3.heartless
「本当にあいつが好きだったの」
帰り道。
やっと泣き止んだ所でアイザック様はあの吸血鬼を強制的にどこかへ追いやった。ただ『視界に入らないところに消えろ』と命じたのだった。彼は一言も話さず、こちらを見ることもせず、闇の中へ溶け込むように消えていった。
そうして私とアイザック様は2人歩いて屋敷へ戻りはじめた。
「私が好きなのはアイザック様ですよ」
前に告白したときから、何一つ変わっていない。姉の婚約者で家族になると自分に言い聞かせた。でもそれだけだ。
「それは違うよ」
「違いません。昔からアイザック様だけが好きです」
「…違うよ、好きだった、だよ。今はもう違うんだ。僕に前告白してくれた時にはもう、その気持ちから卒業してたんだよ」
そんなつもりは、なかった。
だけど私は自分でも「振られても構わない、分かっていた」と自分で気付いていた。
知らず知らずのうちに片想いを終わらせてしまっていたらしい。
そしてそのきっかけは、どう考えてもあの吸血鬼と出会ったことだった。
「どうして」
どうして好きになってしまったのだろうか。
「最初にあいつに会った時、殺されそうになったんだろう。それが一転、僕の関係者だとわかって急に態度を変えて優しくしてきた」
「え、ええ」
「だったらそれが原因だよ。それは恋愛感情じゃない。一時的なストレスによるものだから、僕とタバサで治せる」
無感情にアイザック様はそう言い切った。
「そもそも奴の人間に対する感情なんて『美味しそう』か『そそらない』かの二択でしかないんだ。餌に対して抱く感情なんてその程度だろう。でも僕が加護をかけている君から無理やり血を吸えば僕との契約違反で殺される」
「…餌」
「でも君が自ら血を差し出せば話は別だ。彼は優しく君に近付いて、惚れさせて、君が血を差し出すように仕向けた」
「…彼は今までにも同じことを?」
「何度かね。女相手には時間をかけることに意味を見出してたから。身も心も虜にして、最後には吸い殺していたよ」
「……そうでしたか」
多数のうちの一つだと聞くと、また胸がずきずきと痛んだ。
「改心させたんだけど、君が相手じゃ分が悪かったな」
アイザック様はそう呟いて、沈黙した。
「あの馬鹿吸血鬼は何処」
屋敷に戻ると、姉は玄関先でアイザック様を殴り飛ばした。尻餅をついたアイザック様に馬乗りになって首を締めながら姉はそう尋ねた。アイザック様はあくまでされるがまま、死なない程度に抵抗をしていた。
「お姉さま、おやめください…!」
私が姉を止めると、姉はやっとアイザック様の首を絞める手を解いた。
「許せない…」
低い声で姉はそう言った。
「あの吸血鬼め、お前だけじゃなくて妹にまで…!この手で八裂きにしてくれる…」
「タバサ、彼はまだ利用価値がある。僕が罰を与えるから」
「お前の見張りが甘いせいだ!」
また激昂した姉を私は必死で鎮めようと、「タバサお姉さま!」と声を張り上げた。姉は振り上げた手を止めて、悔しそうに顔を歪める。アイザック様はほっとしたように表情を緩めた。
「…黙っていてごめんね。こんな形で知らせるつもりはなかったんだ」
「私が特異体質だということと吸血鬼が存在することを、ですか」
「そう」
姉はそう言って、瞳を潤ませた。
「言っていなかったけどね、我が家の家業は…悪魔退治なんだ」
「悪魔退治…?」
「そう。この街に潜む悪魔や魔物を退治するのが仕事なんだよ。この街は常に狙われているからね。特異体質の君が何の防御もなしに外に出て仕舞えば当然あの吸血鬼のような輩に食われてしまう。…少なからず人間にも悪影響を及ぼすから、人の社会にも安易には混ぜれない。君は男も女も魅了して滅ぼしてしまうだけの力があるんだよ」
「そんな…」
「だから名乗ることすら禁じた。名乗りさえしなければ認知されないように術をかけたから。君を透明人間でいさせた」
存在しないことにしてしまえば、誰も魅了されない。そう思ったのだと、姉は続けた。
「だったら、彼に…殺されれば、良かった」
「ウェンディ…なんてことを」
「こんな身体で生まれたくなかった…!」
どうにもならないことを、姉に八つ当たりした。姉は苦しげに眉を寄せて嘆く。
「…ウェンディが5歳の時だったかな。一度吸血鬼に襲われて、噛まれているんだよ。繰り返し見ている夢は、現実に起こった事だったんだ。…安心して、噛まれたくらいじゃ吸血鬼に転生したりもしない。何度記憶を消しても、消えなかった。…だから夢だと言うしかなかった。僕はそれを見て…たまらなく恐ろしくなった。大切な妹を守るためならどんなことでもすると決めた」
「お、お姉さま」
「それ以来、魔術も退魔術も死ぬ気で磨いた。君を守るための防護策ならなんだってする」
「だったらどうして教えてくれなかったの!」
思わず吠えた。
教えてくれていたら、安易に外には出なかったかもしれない。姉に対して強烈な劣等感を持たずに済んだかもしれない。
「言えっこないよ、可愛い妹が『存在するだけで罪』なんて。…特異体質の人間なんて殺してしまえと言う人は一定数いるんだ」
姉は美しい青の瞳から涙を零した。
「こんな運命、残酷すぎる」
そう続けて、姉は口を閉ざした。アイザック様が姉の肩を抱き、溢れる涙を指先で拭った。
「…君が絶望して身を投げたりしないか、それが怖かったんだよ」
アイザック様はそう言って、私をじっと見つめた。
「さあ、記憶を消そう。なかったことにしてしまおう」
アイザック様の言葉に、姉は頷いて同意した。私は一歩、後退りした。
「わ、わたし、忘れたく、ない」
「苦しむだけになるよ」
「それでも良いんです。それでも…忘れたくない、なにもかも…あの吸血鬼さんのこと、忘れたくない」
どうしても、この記憶を忘れたくなかった。
「例えこれが恋じゃなくても、…騙されていただけだとしても、私には…美しい思い出なのです。…こんなに楽しい日々を生きたのは初めてだったんです。だから消さないで…」
「本当にそれで良いの?」
「…はい、お願いします。私、この体質について勉強します。…必ず、もう一人で出歩いたりしません。守ってくださって、ありがとうございます」
頭を下げると、姉はわっと泣いた。アイザック様が姉を宥めて、私は頭を下げながら…泣いていた。騙されていたことに対する胸の痛みは消えない。消したくない。
どんな過程であれ、私は恋をしていた。毎日が楽しかった。それは嘘じゃない。だから、忘れたくない。
「アイザックお兄様。お願いです、彼にさようならを言わせてください」
私はアイザックお兄様に改めて頭を下げた。
翌日。
貴族の令嬢らしく身支度を整えた私は、アイザック様に連れられて屋敷の中の一部屋に向かっていた。吸血鬼には太陽が降り注ぐ昼間に向かわせた。吸血鬼は遮光フードをかぶっていても、日光を浴びるのは精神的な苦痛と感じるらしい。敢えてこの真っ昼間を選んだのは、タバサお姉さまの彼に対する嫌がらせだった。
「アイザックお兄様、ありがとうございます」
「僕の使い魔なんだから遠慮することないよ」
アイザック様は珍しく笑った。
「アイザック様、大好きでした」
「うん、知ってたよ」
私のアイザック様への最後の告白は、終わった恋へのさようならだった。アイザック様は当然のように聞き流して、笑ってくれた。
「扉の外にいるからね。クリストファーには悪さが出来ないように結界で縛っているけれど、君から身体を差し出すようにまた仕向けてくるかもしれない。気をつけるんだ」
「はい、お兄様」
部屋の扉をお兄様が開けて、私は深呼吸してから部屋に入った。
部屋の中は遮光カーテンが引かれ、キャンドルの灯りでぼんやりと明るくなっていた。
その真ん中に椅子が置かれ、その椅子を中心に魔法陣が描かれていた。椅子には吸血鬼が座り、頭を抱えている。
「よお、ウェンディお嬢様」
「御機嫌よう、クリストファー様」
呼び方が変わった。空気も変わっている。もう無邪気では居られなかった。
「これが終わったらこの街から出て行く。アイツもそうしろって言うしな。だからもう二度と会わない。安心してくれ」
最初にそう宣告して、吸血鬼は押し黙った。
「貴方のお陰で姉の婚約者に対する無意味な恋愛感情を捨てることができました。ありがとうございます」
私はそう言って頭を下げた。
「アンタの血欲しさに優しくしただけだ」
吸血鬼は私の目を見ずにそう答えた。
「恋する女の血は格別に美味いからな。それが俺に対する気持ちなら尚更」
「美味しかったですか」
「美味かったよ、これまでで一番。特異体質の女は何人か喰ってきたが、アンタはその中でも一番だと思う。…つまり、そんだけ狙われやすい体質なんだから、ちゃんと守られていろよ」
今度はじっと私の目を見てそう言った。
「今でも貴方に喰われて死ぬなら悪くないと思っています」
私はそう言って、にっこり笑った。
「貴方が好きなんです」
吸血鬼の時が止まっていた。目を見開いて、今にも椅子から立ち上がりそうになっていた。私はそんな彼をじっと見つめて、泣き出さないように息を止めた。
「私は記憶を消しません。だから、ちゃんとこの気持ちにもさようならができるように『アンタはただの餌だ』と言ってください」
姉の婚約者にそうトドメを刺されたように。
「言いたくない」
吸血鬼はぽつりとそう言った。縋るような目で、私を見上げた。
「頼むから、もう、辞めてくれ。何も、言わないでくれ」
吸血鬼は頭を抱えた。
「もう会わない。会えないんだ。俺にも未練が残るようなことは、聞かせないでくれ。アンタよりも俺はずっと寿命が長いんだ、その分長く苦しむことになるのは御免だ」
ああ、これは、勝算がある。騙されているのかもしれない、そういう戦法でわたしを吸い殺すだけかもしれない。それでも、それでもと思ってしまうのは。
「私を覚えていてください。餌としてでも構いません。私を忘れないで。私も貴方を忘れません。死ぬまでずっと覚えています」
私がそう言って微笑むと、彼は椅子から立ち上がった。魔法陣からは出られないらしく、魔法陣の端に立って、私をじっと見つめる。赤い目には苦しさが滲んでいた。
「餌には見えねえんだよ」
彼はそう呟いた。
「餌なら血を飲ませてくれると言った時に吸い殺してんだよ。自分から血をくれるなら、俺が自主的に殺したことにはならないから契約違反にもならない…でも、できなかった」
吸血鬼の目には困惑する私が映り込む。
「吸血鬼が人間に情を持てば終わりだよ。殺したくないから吸えやしない。あんたの味を覚えてしまえば他は…気が乗らない」
吸血鬼は頭を抱えた。
「いくら特異体質だからって、俺が餌に情なんか持つわけねえんだよ。今までだってそうだった。お嬢さんよりずっと駆け引きの上手い女はいた、恋のフリだって何度もした。なのに今回は違った…」
「……」
「…生きてる時に会いたかったよ。それなら悩まずアンタと生きていけたのにな」
彼は私への好意を否定しなかった。私は思わず魔法陣へ一歩近づいた。
「今からでも遅くはありませんよね」
私の問いに、吸血鬼は首を傾げた。
「貴方が私をただの餌だと思っていないなら、私は貴方と一緒にいたい」
「…は、いや、お前」
「何か不都合がありますか」
「俺は吸血鬼だぞ、それも結構気紛れな」
「はい。承知しております」
手を差し出す。
「貴方が好きです。好きなんです。一緒に居られるなら、これほど嬉しいことはありません」
「本気か?」
「本気です。答えをおねがいします」
魔法陣の手前で手を止める。
「俺はお前を殺すかもしれないんだぞ」
「好きな人の手にかかるなら悪くないと思います」
彼は困ったように眉を下げて笑った。私も応えるように笑って、いつもように微笑んだ。
「あーあ、俺の負けだよ。俺は一生あんたを涎垂らしながらでも守り続ける。一緒に居させてくれ」
私は一歩、魔法陣の中に入った。迎え入れられた。彼の腕の中に収まり、安心して私はまた笑った。
その瞬間、扉が開いて慌ただしくアイザック様が入ってきた。
「止まれ、止まれ!クリストファー」
「なっ」
がくんとクリストファーの身体がこわばった。
「お、おにいさま…」
「離れろクリストファー、椅子に座れ」
クリストファーは指示通り私から離れて、椅子に座った。私はアイザック様に手招きされ、魔法陣から離れた。
「また性懲りも無く喰おうとしたな、本気でお前を見損なったぞ」
「違う」
クリストファーは椅子に座り腕を組みながら否定した。
「仲間に入れてくれ。アンタと一緒に彼女を守りたい」
「……信用ならないな」
「俺もなんで彼女に絆されてんのか全然理解できねえ。でも、今はタバサなんかに惹かれて自分の全てを捨て去ったお前の気持ちが理解できる」
「重症だな」
アイザック様は軽い調子で答えた。
「俺の心臓を半分返せ。それを彼女に渡す。俺はアンタと彼女の使い魔になる。こうすれば俺は絶対に彼女を殺せない。…それに負担も半分になって、アンタの寿命も伸びるだろ」
「…本気なんだな」
「本気だよ」
使い魔は自らの心臓を主人に預ける。その心臓を取り返せば、使い魔は自由を勝ち取ることができる。それが原則だ。
だが、心臓を半分にして主人を2人にするなんて聞いたことがなかった。
「俺やアンタにはできなくてもタバサにはできるだろ」
「…タバサもその条件なら多分反対しないだろうしね」
アイザック様は溜息を吐き出した。右手を真横に振り、魔法陣を消し去る。するとクリストファーの目に見えない拘束が解け、椅子から立ち上がった。
「あ、あの、私は魔力がないのですが、使い魔なんて…」
「気にしなくて良いよ。都合の良い召使が1人できた、くらいの認識で」
「召使…」
アイザック様が軽い調子でそう言って、クリストファーはそれに頷いた。
「それじゃ僕は準備と…タバサに説明してくる。1時間後に戻ってくる。…変なことするなよ、クリストファー」
「しねーよ」
呆れた顔でクリストファーはアイザック様を追い払った。
「良いのですか」
2人きりになって、私はそう問いかけた。
「使い魔の件か?」
「はい。私、貴方を使い魔にするには…相応しくないかと」
「良いんだよ。アンタに縛られて生きて居たいと思ったんだから」
手が重ねられた。冷たくて、綺麗な指が絡められる。
「アンタが好きだよ」
「私も貴方が好きですよ」
へらりと笑うと、彼は尖った歯を見せて笑った。
「あーあ、本当に俺ときたら、吸血鬼失格だぜ。昔から『らしくない』とは言われてきたけど、ここまで人間らしくなるとはなあ」
「では私は人間失格でしょうか」
「悲しいこと言うなよ」
吸血鬼は真顔でそういった。
「気が進まない、今でも君を八つ裂きにしてやりたい、けどウェンディが君を望むなら姉として願いを叶えてやらないわけにはいかない」
「悪かったな、タバサ」
「妹が君に飽きたらすぐに殺してくれるからな」
きっちり1時間でアイザック様は姉を連れて戻ってきた。姉は顔色を悪くしていたが、それでも渋々認めてくれた。そして儀式をあっさりと終わらせた。私の心臓には今1.5人分の鼓動がある。
「不思議」
思わずそう呟くと、姉は私の手を己の心臓の上に押し当てた。姉はより不思議な心音をしていた。
「こうして沢山契約して強くなっていくんだよ」
「私も?」
「ウェンディの代わりに僕が契約するんだ。守ってあげるからね」
「はい、お姉さま」
契約と同時に髪の毛の先が、お姉さまと同じ鮮やかな青に染まった。契約主と使い魔はある程度魔力を共有することになるらしく、私は魔力を手に入れることになった。まだ何も使いこなせていないが、姉と兄が教えてくれると言うし、楽しみだ。
「大丈夫、タバサがいなくても俺が守ってやるんだからさ」
「馴れ馴れしい魔物め、滅されたくなきゃ黙ってろ」
「怖え…」
姉の毒舌にクリストファーは顔を青くした。
「ウェンディ」
「はい?」
クリストファーに名前を呼ばれて、私は顔を上げた。クリストファーは少年らしい笑顔を浮かべる。
「今日からアンタの下僕だ。死ぬまでこき使ってくれ。どんなことがあろうと、全身全霊かけて守るから」
「まあ」
どうやら私は素晴らしい騎士を得たらしい。騎士というにはあまりにも禍々しい、私に恋をした吸血鬼が。餌に恋をした哀れな吸血鬼。吸血鬼としては失格かもしれない。
対して私は、自分を喰らいたくて仕方ない吸血鬼に恋をしてしまった。抗い用のない恋を。人間失格かもしれない。
「いつまでも一緒にいてください。私がお婆さんになっても、離れないで。私が死ぬときは貴方にこの血を捧げます」
「はは、そいつは聞けねえかもなあ」
吸血鬼は快活に笑った。
「実は僕が契約するには彼は強すぎてね」
珍しく笑顔のアイザック様が私にそういった。
「魔に引きずり込まれて死にそうになっていたんだよ。君の部屋で吐血して死にかけたときも」
「…クリストファーのせいだったのですか?」
「自業自得だよ。自分には身に余る力を手に入れた代償」
ふう、とアイザック様は息を吐き出す。クリストファーは私の手を握りながら、不愉快そうに眉を寄せた。
「よく言うぜ、人の心臓もぎ取っといて勝手に死にそうになりやがって。せめて返してから死ね」
「悪かったね。ウェンディが半分その負担をしてくれたおかげで僕は死にそうだったのを脱せたんだ。ありがとう」
アイザック様に微笑まれても、もう心臓は大きく跳ねたりしなかった。家族に感謝されたように、私は自然と顔が綻ぶ。
「負担は感じていないのですが…」
「流石はニカレスタ家、器が大きいんだね。僕は正直…クリストファーの心臓半分でけっこう一杯なんだけどね」
アイザック様は困ったように胸に手を当てた。
「タバサなんかは底無しだぜ。あいつ俺を10人分くらいなら余裕で契約してみせると思う」
「1000年ものの悪魔がすでに配下にいるしね」
私は目を輝かせた。
「もしかして私にも…!」
「浮気か?」
「えっ!」
じとっとクリストファーに睨まれると、私は思わずたじろいだ。
「そういう認識になるのですか?」
「…そもそも普通は使い魔と恋人や友人関係にはならないんだよ」
当たり前のことを諭された。
「お前と俺も主従関係は薄かっただっただろうが」
「そういう意味ではクリストファーが特殊な部類になるね」
アイザック様はクリストファーを肘で小突いた。
「そ、俺は特別。大切にしてくれよ」
「はい、かならず」
「ほかの悪魔は要らねえ!って思わせてやるから」
「ふふ、お願いします」
笑って冷たい手を握ると、クリストファーは嬉しそうに破顔した。
「あー、悪いけど僕の前で僕の妹とイチャつくの辞めてくれる?これでもものすごく大切にしてきた宝石箱入りの娘なんだから」
べり、とクリストファーをわたしから引き離し、お姉様は私を抱きしめた。
「…色々、ごめんね」
「私こそ…」
姉が珍しく謝罪の言葉を口にした。私も答えようとしたが、何故か涙が飛び出した。お姉様も泣いていた。
「これからは私にも色々教えてくださいね」
「うん、できる限りね」
姉が笑った。
私はその後、姉やアイザック様と同じように悪魔退治を生業とする魔術師になった。クリストファーのお陰で手に入れた魔力で、私は魔力無しから一流に成り上がった。姉たちの取り巻きはもう私をからかったりしなかった。
それは勿論私自身が強くなったということもあるが、それよりも私の側に常に吸血鬼がいるからだと思う。強さが年齢に比例する悪魔の特性によると、クリストファーはそれなりに高位の悪魔に入るらしい。みんな彼を怖がり、私に突っかからなくなった。
そして吸血鬼は私との約束を守った。
60年と少しの私の生涯、彼は私から片時も離れなかった。そうして寿命が尽きる時、彼は私の願い通り私の血を吸って、私を殺した。私は幸福に死んだのだと思う。また彼に巡りあいたいと、強く願いながら没した。