2.shameless
「どこ行ってたんだよ!」
怒鳴り声に続いてばちん!と乾いた音が響いた。叩かれた頬を、まるで他人事のように冷静に把握し、私は深々と頭を下げる。
「大変申し訳ございません」
「ペンダントまで外して!」
姉の手に握られていたのは、姉に常につけているようにと命じられた青色の石の嵌ったペンダントだった。わざと外して置いて行ったことに気付いたのだろうか。
「僕がどれほど心配したか、ちゃんと分かってるの?!」
「…お姉さまが、私の心配を」
家の不名誉になっていないか、管理下に置いておけない状態では気になって仕方ないらしい。
「タバサ、そのくらいに」
いつのまにか完全回復していたアイザック様の声が割り込んだ。姉は憤怒の表情でアイザック様を睨みつけ、諦めたように溜息を吐き出す。アイザック様は私の肩を慰めるように叩いた。
「…顔、腫れる前に冷やそう」
「はい」
アイザック様に手を引かれ、私はちらりと姉を見た。姉は苛だたしそうにアイザック様を睨んでいる。
「ウェンディ。ペンダント、もう外さないで」
「…はい、お姉さま。申し訳ありませんでした」
ペンダントがアイザック様に投げつけられた。アイザック様は手慣れた様子でペンダントを受け取り、私に手渡す。手の中で青い石を転がしながら、私は姉に頭を下げた。
「タバサも悪気があるわけじゃないんだよ」
「…はい」
「それはちゃんと覚えておいてあげて」
部屋で冷たい布を頬に当てる。アイザック様は私のとなりに座って姉をそう庇った。
分かっている。お姉さまは何も悪くない。悪いのは、心配させるような行動を取る私。
「…もう、お体は大丈夫ですか」
「ごめんね、とんでもない所を見せて」
部屋は何事も無かったかのように綺麗に片付いていた。血まみれだった床は綺麗に掃除され、寝台のシーツは真新しくなっている。
「ご病気ですか?命に関わるものならば…ッ」
「まあ、長くはないかもね」
アイザック様はあっさりとそう言い放った。目の前が真っ暗になるような感覚。
「そんな…!」
「まだ暫くはタバサになんとかしてもらうし、僕もそう簡単に死ぬつもりはないよ。安心して」
「…お姉様になら、治せるのですか?」
「根本的には無理だろうね」
アイザック様は表情を一切変えずに言い切る。
「でも僕はタバサの為なら死んだって構わないからね」
ほんの少しのためらいも見せず、アイザック様は滔々とそう言った。表情の変わらない顔から、わずかに微笑みが浮かんだように見えた。
「それにしても、ひとりで出て行ってしまうなんて君らしくないね」
急に話を逸らされて、私は返す言葉を見失った。
姉と何があったのか、まだ聞いていないらしい。…安心したような、そうでもないような。
「アイザック様のご友人にお会いしました」
「友人?」
「名前は…伺っておりませんが」
私がそう言うと、アイザック様は首を傾げた。
「僕には友達なんて居ないんだけどね」
アイザック様は不思議そうにそう呟いて、天井を見上げる。
「私は?」
「ウェンディは妹だから友達じゃないよ」
「…妹」
私はあの死神に、アイザック様は家族だと言った。姉の恋人だから、ゆくゆくは本当に家族になると。なのにそれをアイザック様の口から聞くと堪らなく苦しく感じる。
私はわがままだ。
「そのペンダント、タバサも言っていたけれど…肌身離さず持っているんだよ。君を守る大切な盾なんだから」
「盾、ですか」
なにか呪文が掛けられているらしい。私はペンダントを握りしめて、こくりと頷いた。
「アイザック様のおっしゃる通りにします」
「良い子だね。タバサも安心するよ」
くしゃくしゃと私の頭を撫でて、アイザック様は立ち上がった。
「わたし」
歩き出したアイザック様の黒い袖を掴んで引っ張った。アイザック様のオレンジがかった栗色の髪が揺れて、鳶色の瞳がこちらを覗き返す。瞳の中には顔色の冴えない私が住んでいた。
「わたし、アイザック様が大好きです」
唐突な思いつきによる告白だった。
相変わらず顔色の変わらない私が、驚きの一つも見せないアイザック様の瞳のなかにいる。
「ありがとう」
「お姉さまじゃなくて、私と結婚してください」
「それはできないよ」
今まで照れて話しかけることもままならなかったことが嘘のように饒舌に迫っていた。
そしてアイザック様の瞳の奥に、なぜかあの死神を思い出していた。強烈なあの個性を。
「いつもと随分様子が違うね。やはり外で何かあったのかな」
「はぐらかさないでください、アイザック様。私は真剣に、本当に真剣に貴方が好きなのです」
「じゃあ僕も真剣に答えても良いのかな」
「はい」
アイザック様は揶揄うようにそう言って、私に跪いた。まるで求婚するかのように。
なのに私の心は冷え切って平常心のままだった。まるで、彼の次の言葉が分かりきっていたようだった。
「僕は君のお姉さんに心底惚れているんだ。だから君とは結婚できない」
がっかりすら、しなかった。
私の表情が変わらないのを見てもアイザック様は何も言わず、また立ち上がった。
「これで満足したかな」
「…いいえ、むしろ、不思議でならないんです」
これ以上ないほどきっぱりと失恋したのに、思い起こすことと言えば死神のシニカルな笑顔。
「君は僕の答えを知っていただろう」
「はい、予測はしていました。ずっと昔から」
「それでも僕にそう言って欲しかったのかな」
「はい」
不毛な恋に諦めがつくかとばかり。
それどころか今では恋すらしていないくらいに、冷めきっている。
「タバサお姉さまには言わないでくださいね」
「…僕は言わないよ」
「わたしも言いません。これからはちゃんと、もっと妹らしくしますから。…気まずい関係にはなりたくありません。大好きなお兄様ですから」
「ありがとう、ウェンディ」
手の中の石を握りしめながら、わたしは微笑んだ。
また出会えるかなんて分からないけれど、私は姉と兄が出掛けた頃を見計らってまた屋敷を抜け出した。
路地裏を覗いて、あの凄惨な事件現場がすっかり綺麗になっているのを確認する。彼が戻って後始末をしたのだろうか。
路地裏から大通りに戻り、カフェのショーウィンドウの前で物欲しげに中を覗き込んでいる黒服にフードを目深に被った男を見つけた。思わず頬が綻ぶ。
「死神さん?」
私がくすくす笑いながらそう声をかけると、彼は未練がましくショーウィンドウから目を逸らして振り返った。
「透明人間のお嬢さん」
「私今からこのカフェでお茶をしようと思っているのですが、お話相手になってはいただけませんか」
わたしからそう誘いかけると、死神はぱっと顔を輝かせた。
「話し相手でも椅子にでも何にでも!」
喜んでそう答えて、彼は重い扉を開いた。ちりちりと呼び鈴が鳴り、わたしと彼は奥の席へと案内された。日光が届かず、ランプの灯りでぼんやりとしたスペースに入ると、彼はフードを脱いだ。目立つ銀色の髪がフードから現れ、ランプの光を吸収して淡く光っているように見える。
「腹減ってたんだけど金が無くてな」
「そうでしたか」
「アイザックの野郎に取り上げられたからな。勘弁してくれっての」
赤い濁り色の目が私をじっと見つめた。
「アイザック様に聞いたのですが、…彼にお友達はいないと、言っていました。貴方はアイザック様の友達ではないのですか?」
「友達ィ?あっはは、んなわけねーだろ。俺からお断りだ!」
なら何の関係なのか。
私が難しい顔をしていると、彼はまた快活に笑った。
「まあ分身みてえなもんだよ。俺はアイザック、アイザックは俺。表と裏、お互いがお互いを映し出す鏡」
「仰る意味が分かりません」
「それで良いんだ。余計な詮索したら俺も詮索するぞ」
「困ります」
私がすぐに諦めると、彼もへらりと笑って諦めた。
「それにしても」
私は話題を変えた。ひそひそとささやく。
「どうしてあの方を…殺していたのですか?」
「そりゃ俺は死神だからな。それが仕事みてえなもんだよ」
「あの方は悪い方なのですか」
「さあ、知らねえ」
何でもないようにそう言って、彼は運ばれてきたケーキにフォークを突き刺した。
「貴方は私に見つかったとき『また』人に見られた、と仰っていましたよね。これまで何度もああいったことをしていて、見られたこともあるのですね」
彼は答えなかった。
「前に貴方を見た人はどうなったのですか」
「死んじゃいねーよ、一応」
「でも」
「まだ詮索を続けるか?」
赤い目が鋭くなった。私は萎縮しておし黙る。
「死神なんて名前で良いのですか。偽名でももっと良いものがあるかと」
「ま、その名の通りの人生歩んでるからな。お嬢さんもあるだろ?不本意だけど、まさにその通りだって思う呼び方」
「ありますよ。…貴方が仰った透明人間もそうですし、お荷物、捨て子、出来損ない…他にも色々、本当にその通りだと思うものが」
そう呼ばれてきた。本当にその通りだと思っていたし、今でもそう思っている。だけど、それを良いと認めたことはない。
「だからといって呼ばれたいわけではありませんが」
「諦めがつくような歳じゃねーもんな」
「…私たち、同じくらいの年齢だとばかり」
「何才?」
「今年で16です」
「はは、若えな」
どう見ても少年の彼はそう言って笑った。
「おいくつですか」
「さあ、もう覚えてねーなあ。数えるの辞めて随分経つし」
たかだか10数年生きているだけなのに。私は不思議に思って首を傾げた。
「ごちそうさま」
からん、と彼はフォークを皿に投げ出した。丁度お茶を飲み終わった私もごちそうさまと小さく呟く。ウェイターを呼んで会計を済ませると、彼はさっさと立ち上がった。
またフードを目深に被り、私を屋敷の近くの大通りまで送った。そしてそのまま彼は路地裏に消えた。
その後3回、彼に出会った。
出会ったというよりは探し出したと言うべきかもしれない。ある時は彼の方が私を待っていただろうという日もあったし、彼が全く予想もしていないのに出会ったこともあった。
今日の出会いに関して言えば、後者だろう。
私はまた路地裏をふらふらと歩いていた。また赤一面の景色に出くわし、顔を返り血で真っ赤に染めた死神と出会った。
「冗談じゃねえって、ったく」
彼は血に濡れた唇を拭いながらそう言った。
「路地裏は危ねえから来んなって言っただろ?」
「ええ、でも、居るかもしれないと思いまして」
「そりゃ居るけどさ…」
居るんだけどさ、とまた死神は呟いた。大きなナイフを腰にぶら下げ、彼は死体のコートから鍵の束を取り出す。
「ほんと俺こういうやつだから、側にいねーほうが良いと思うけど?」
「財布は盗らないのですか?」
「この現場2度目のくせに随分余裕だな」
と言いながらも死神は財布の中身から紙幣を抜き取った。
「お嬢さんはあれだろ、分かりやすく俺が敵から味方になったから安心しきってんだろ。俺に付け込まれる前に辞めとけ」
「付け込まれる?」
「俺がとんでもねえこと要求したらどうすんだよ」
「たとえば?」
死神はため息を吐き出した。
「たとえば血をくれ、とか」
「血?何に使うんです?」
別にあげてもいいんだけど。
私は首を傾げた。死神は悩ましい顔をしながら私の首筋を見つめ、目を逸らした。
「まあ、あれだ。俺は血を喰うんだ」
「血を…?随分変わったご趣味ですね」
「お前、今ので分かんねえのか。本気かよ…」
呆れの混じった声で死神はそう言った。
「血はどれくらい必要ですか?」
「そんなには要らねえ。口直しがしたいだけだから」
「ナイフを貸していただければ、腕を少し切りますので」
「お、おい!駄目だ!」
私は本当に、本心から彼に血をあげても問題ないと思っていた。彼が血を喰らうことについて何も思っていなかった。世の中は広いと、そう思っただけだった。
「でも私、あなたのお役に立ちたいんです」
「お前…マジで良いやつだけど、とんでもないアホだな」
そう言いながらも彼はナイフを取り出して、差し出した私の右腕の手首をナイフの先でツンと突いた。随分切れ味の良いらしいナイフで突かれた所はちくりと痛み、ぷくりと血が湧いた。
「本当にいいんだな」
「はいどうぞ」
確認をされても迷うことすらなかった。彼は遠慮がちに赤い舌を伸ばして、零れ落ちそうな私の血をなめとった。
「ん」
人に腕を舐められたのは初めてで、その不思議な刺激に私は息を漏らした。ぞくぞくと足が震えて、夢中で血を舐めとる死神の舌から目が反らせない。冷たい赤い舌が手首を這いずり、その感触はこれまで感じたことがないほどに刺激的なものだった。
「…っ、」
はあ、とまた息を漏らしたところで死神は口を離した。血はもう漏れていない。死神が強く腕を握って止血をしているようだった。頬を紅潮させている私を見て、死神は私の頬にそっと触れた。
「ごちそうさま」
「…、お、美味しかった、ですか?」
「うん、アンタ以上は多分俺の長い人生でももう拝めねえだろうな。ありがとう」
血で染まった赤い歯を見せて彼は笑った。その笑顔があまりにも眩しくて、私は胸がキュッと苦しくなった。
「お、おい、その顔は辞めろよ」
「え、どんな顔ですか」
死神が頬を染めた。死神の冷たい手が私の熱い手を握り、指先がそっと触れ合う。息がかかるほど顔が近くなり、彼の整った美貌が眼前に迫る。
「弱ったな、あんたのこと逃したくなくなってきた」
そう言って、彼は不躾に私の唇を奪った。自分の血の、鉄錆のような臭いが鼻に抜けた。そんなことも気にならないくらいに唇の感触に酔っていた。これまで一度も感じなことのないものだった。まるで溶けそうだと、そんなことを感じながら口づけに応える。
「止まれ」
こつこつと革靴の踵の音がして、男の声が路地裏に響いた。聞き慣れた声だった。
その声がした瞬間にびくりと死神は唇を離した。は、は、と息を荒げながら死神の背後を覗く。
「あ、…アイザックお兄様」
私がそう呟くと、死神は呻いた。死神は全く動けないのか、冷や汗を流しながら微妙な笑顔を浮かべた。
「まったく、躾のなっていない犬だな、クリストファー」
「…噛んじゃいねえよ」
「だからってキスして良いなんて言っていないけど」
アイザック様は冷たく吐き捨てた。
「きちんと座れよ、クリストファー。さて、どういうことか説明してくれるかな」
そう言われると死神は弾かれたように煉瓦の上に正座した。
「彼と私はお友達です」
私がそう答えると、アイザック様は疑わしそうに死神を睨みつけた。
「友達、ねえ。こんな危ない奴とどこで知り合ったの?」
「それは、…この路地裏で、たまたま」
「たまたまこの現場を見たということかな。それ以来君はクリストファーに付きまとわれているのかな」
「そんな…!私のほうが探し出していたのです」
「女の子に庇われる気分はどうだい、クリストファー」
実に嫌味ったらしくアイザック様は死神を嘲った。死神は困った表情で応える。
「たまたま見られて、噛んでやろうと思ったんだが、…アンタの加護が付いてるのが分かって辞めたんだよ」
「惚れさせれば血を貰えると思って会っていたんだろう」
「ほんとそのつもりは無かった、誓って言う」
死神は弱り切って答えた。
「寧ろこの俺が落とされたくらいだ」
アイザック様は鼻で笑った。
「アンタの家族のくせに俺のことが分からねえらしいんだが、どうなってんだよ」
「そりゃ教えていないからね。さて2人とも、ちゃんと自己紹介しようか」
アイザック様はそう言って、私に「名乗って良いよ」と囁いた。私は死神に向かって目を逸らしながら自分の名前を振り絞る。
「ウェンディ・ニカレスタです」
「ニカレスタ…ああ、マジかよ…」
私の名を聞いて、死神は頭を抱えて蹲った。
「彼女の姉はタバサだ」
「聞きゃ分かるよ」
死神は唸っていた。
「正真正銘のお嬢様ってわけだ。タバサとアンタの加護で厳重に守られりゃ透明人間にもなる。世間が名乗らない彼女を認知しなくて当然。…そもそも、本当なら俺と出会うわけがなかった」
「本当にたまたま、偶然条件がかち合って出会ってしまっただけなんだよ。恐らく2人が出会ったのは彼女がタバサの結界ペンダントを持たずに街に出てしまった日。…あれさえなければ出会いすらしなかっただろうに」
死神はまた呻いた。
「さてクリストファー。君の番だよ」
そう言われると、死神は私に真っ直ぐ視線を合わせた。
「お嬢さん。俺の名前はクリストファー。年は…400歳と少し、たぶん。死んだ時は18歳だった。俺は所謂吸血鬼なんだ」
「吸血鬼」
血を吸う悪魔。
「そ、そんな…」
書物の中の存在だとばかり。お姉さまだって吸血鬼のような魔物は存在しないと言い切っていたのに。
戸惑う私を他所に、アイザック様は私の手を引いた。
「クリストファーは僕の使い魔なんだ。僕と契約して、僕に管理されている。だから僕には絶対服従」
「使い魔…ピクシーとかならともかく、吸血鬼も、可能なのですか」
「タバサの手伝いがあって、だけどね」
お姉さまはこれを知っている。
「どうして…」
「それは僕からは言えないよ。タバサが決めたことだから」
「お姉さまは、どうして私に…吸血鬼なんて居ないって…嘘を…」
「一つ君が自覚しておかなきゃいけないことはね」
アイザック様は私の肩を掴んだ。
「君は特異体質なんだよ。君の血はいかなる悪魔や魔物の傷をも癒す魔法の薬。同時に素晴らしく美味しいものでもある。特に吸血鬼にとって、君はご馳走にしか見えないんだ」
「特異体質…ごちそう…」
「ちなみにそこの死体はこの街で悪さをしている悪魔だよ。クリストファーはそういった奴らも喰らうんだけど、不味いらしくてね。事が終わったら人の血を欲しがるんだ」
口直しに。
急に話が繋がり、私は目の前が真っ暗になった。
「つまりそこの馬鹿吸血鬼も、ウェンディのことはただの食べ物だと思っているんだよ」
「あ…」
胸がどくどくと激しく脈打ち、きりきりと痛んだ。
「お嬢さん、俺は!」
「黙れクリストファー」
吸血鬼が声を上げた瞬間にアイザック様がきつく命じた。吸血鬼の口は縫われたように動かなくなり、動けない命令から恨めしげにアイザック様を睨み上げることしかできなくなった。
「ウェンディ、帰ろう。タバサがちゃんと説明してくれる。傷も治るよ。…彼に恋をしていたなら、その記憶も消してしまおう。そうすれば無かったことになる。全部綺麗にしてしまえば、それで良いんだ」
「アイザックさま…わたし…私…ッ」
こんなに胸が痛んだことがない。
私は痛む胸を押さえて、泣いた。目が熱くて、こぼれ落ちるものを止める方法がわからない。どうすれば楽になれるのかも。
涙と一緒に胸の中の苦しさも流れ落ちていけば良いのに。