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less than  作者: 成瀬 せらる
kiss my neck
16/17

不眠症はもう終わりにするのかい?



死闘が明けた翌週、僕とウェンディの身体の調子は万全に戻った。


僕とウェンディは自分たちの部屋で暫く休んでいたが、ウェンディにはクリストファーが付き切りであれこれ世話を焼いていたらしい。新入りの下僕達については、クリストファーに邪魔だと追い払われたらしいが、ウェンディの手配で3人には街に家が一つあてがわれた。地上よりも地下室の方が広い特別製の家だ。

僕はクリストファーに野宿を強いていたが、女性にそんなことをさせられないとウェンディは強情に言い張った。女性、とはいえ吸血鬼である。そもそも休むための家は不要だ。何故なら彼らは疲れないから。

そしてウェンディは彼女らに日焼けの装備をすぐに手配し、それぞれに似合うようにカスタマイズすらしてやった。


そして僕であるが、夜になるといつものようにタバサがやってきて、ぺったりとくっついてきた。今週は暴力衝動がなかったので逆に心配になるほどだった。


「ウェンディママ、今日はどれ?」

「こっちの仕事の方が良くはないかしら?ねえお母様」

「ウェンディ様、こちらを推薦致します」


司令室の端っこ、ウェンディに与えられた席の背後にはクリストファーが額に青筋を浮かべて立っている。席に座っているウェンディの右にはベルが、左にはシャザが、そしてシャザの隣にはエレナがそれぞれ取り囲み、ウェンディが持っている仕事依頼一覧を熱心に覗き込んでいた。


彼女らは、父であるクリストファーの伴侶となったウェンディを、母と認識した。クリストファーはものすごく気持ち悪がったが、ウェンディはおおらかな心で受け止めた。元から自分の子供も同然なんて言っていたから覚悟は決まっていたのだろう。


そして、髪が真っ青になったウェンディに、ニカレスタ退魔団は態度を丸切り変えた。これまで特異体質であるウェンディを邪魔者とすら思っていた幹部連中ですら、タバサに次ぐ重要な者としてウェンディを持て囃し始めたのだ。分かりやすくニカレスタ家の特性を兼ね備え、特異体質を完全にコントロールし、吸血鬼を4体も従えたウェンディは、団内でも上位の実力者へと繰り上がっていた。


「じゃあベルとシャザでこの任務、エレナは一人でこれ行けますか?クリストファーは私とこれを」


サクサクと任務の割り振りを決めて、それぞれの任務の詳細が書かれた紙を渡す。3人は従順に紙を受け取り、瞬きの間にそれぞれの仕事へ向かっていった。


仕事は楽しい、らしい。

元来獲物を狩ることに喜びを覚える魔物の本能を持つ吸血鬼が、合法に楽しく働けるのだから、彼女らは新しい環境を喜んだ。ニカレスタの印を付けているから退魔師に追われることもない。


「俺たちも行くか」

「はい、クリストファー。今日もお願いしますね。ちゃんと二人きりにしたでしょう?」

「夜まで居座られるから…」

「最初だけですよ」


クスクスとウェンディが笑い、クリストファーの手を取って歩き出す。女吸血鬼達はクリストファーとウェンディの二人きりの時間を邪魔しまくったらしく、クリストファーが怒っていたようだ。ウェンディはクリストファーの機嫌を取りつつ、楽しそうに歩いていく。

僕はその背中を見送った。



かくいう僕にも変化はあった。

タバサの暴力衝動が、それ以降もかなり抑えられるようになったのだ。タバサの中であの出来事が何か大きな転機になったとしか思えない。

僕は正直寂しい。


タバサの不眠症が治ってしまう。

かと言って元のタバサに戻るのが彼女にとって正解だとは思えない。このまま僕を信じてくれるならそれはそれで彼女の健康のために良いことだと思う。


僕がここ数日変な顔でタバサを見ていたせいか、タバサはけろりと白状した。


「僕は改めることにした」

「何を?」

「お前への支配欲だよ」


自分でコートとブーツを脱ぎ、ワンピースの背中のホックを外し、薄い下着姿になったタバサは寝台に寝そべった。


「信じて待つ。それができたのは、お前への信頼があるからこそ。…自分でも不思議だけど、アイザックはちゃんと帰ってくると分かっていた。…昔から」

「君がそんなこと言うなんてね」


薄らと微笑み、タバサは寝台の枕を抱きしめる。


「僕はアイザックを傷つけて傷つけて、僕のことしか考えられないようにしてやりたいと思ってた。僕しかいらないって思わせてやりたかったよ。でも酷いことをするたびに、僕が嫌いになっていないか怖くなる。他の誰が思うより僕はずっと下衆で、屑だよ。アイザックへの独占欲は、暴力的で自己中心的だ。そうだろ?でも僕はアイザックを決して手放せないよ。手放せるような恋なら最初からしてない」


タバサは一息にそう言って、枕を手放す。


「そして反省した。支配は愛ではない。お前が本当に僕を愛しているなら、支配せずともそばにいてくれる筈だ。お前の行動はもう十分僕の信頼に値する」


大人になってしまったようで、僕はタバサの言葉が悲しかった。僕は自分のコートを脱いで、寝台に座った。


「可愛いね、タバサは。僕のことが本当に大好きなんだね。僕を傷付けて、酷いこと辞めてくれと縋る僕が好きなんだ。嫌われるか怖いなら最初からそんなことしなきゃ良いのに。本当にタバサは可愛いよ。何でも見通して、どんな魔法でも使える稀代の魔術師なのに、こんなに賢いのに、とっても愚かだ。だけど僕はそんなタバサが大好きなんだよ」


今まで僕がタバサの暴力に何一つ抗議しなかったのは、タバサがそれを死ぬほど後悔して、眠れぬほどに苦しんでいると知っているから。僕が絶対に逃げないように支配しようとしているとわかっていたから。

僕は逃げるつもりなんて最初からないのだけれど、タバサは信用しなかった。だから僕は信用されるまでじっと待っていた。


「タバサ、不眠症はもう終わりにするのかい?僕が寝てる間にいなくなったら怖いからって、ずっと見張ってただろ。可哀想に。僕は君から逃げたりしないのに」


僕はタバサの無防備な背中を撫でた。


「愛しているよ。君は僕を、暴力よりも非道な愛の鎖で君に縛りつけたんだ。一生かけて償ってくれ」

「らしくない詩的な表現だな」


タバサは僕に擦り寄り、膝に頭を乗せた。


「お前が僕の前に初めて現れた時に、お前が魅了の類の効かない稀有な人間であるとすぐにわかった。当時の僕の悩みは、認めたくないがウェンディだった。ウェンディの特異体質は周りの人間を巻き込んでしまう」

「ああ、あの時の」

「ウェンディにお気に入りの人を全員取られてきたからね。僕のトラウマだよ。だからアイザックを試した。ウェンディと引き合わせて、それでも僕が大切だと思ってくれるなら、一生大事にしようって」

「友達として?」

「当時はね」


つまりタバサは、最初は恋愛感情なんてこれっぽっちも抱いていなかった。僕は些か落胆しながらも、タバサの頭を撫でる。


「お前の孤独に僕が入り込む。僕だけがお前の友達。そう思うと心地が良くて」

「僕なんかの孤独にね」

「僕にとっては妹よりも僕が大事だと言ってくれることのほうが自尊心を保つのに大切なことだったのだと思うけどね」


みんなの憧れの人であるタバサの心の闇は、最も愛している妹そのもの。幼いながらに大人びた思考をしていたタバサでも、ウェンディの強烈な特異体質は手に負えず、そして誘惑されてゆく人々に蔑ろにされる苦しみを味わってしまった。


だからタバサは僕を見つけて、僕を呪いのような言葉で縛り付けて精神を保った。


「なのに、ウェンディがアイザックに惚れた。それがキッカケかな、アイザックへの気持ちを自覚したのは」

「君の暴力が発現した瞬間でもあるね」

「認めるよ」


タバサはクスクス笑った。


「お前が僕に暴力を奮うことがあったとして、僕は間違いなく全力で反抗して倍返しにする自信がある。でもお前は、いつも無抵抗だ。それが不思議だった」

「僕は僕に酷く当たるタバサも好きなんだ。後悔して苦しむタバサも見ていたい。僕は無条件の愛を信じないから、暴力でもなんでも制限があると信用しやすい」

「これから僕はお前を大事にする、宝石箱に入れるように。それでも?」

「なら結婚しようか」


僕の言葉にタバサの笑顔は固まった。

婚約をしているのだから、当たり前のことではある。いつか結婚するのだから婚約をしている。


しかし僕には分かっていた。


この婚約はタバサから僕に無理やり取り付けた契約であったからこそ、タバサは僕の好意を信じていなかったことを。


「ほ、本当に?」

「本当に」

「嘘じゃなくて?」


タバサは起き上がって僕に縋りついた。最高に気持ちの良い瞬間に口元が綻ぶ。


あのタバサが、狼狽えているのだ。


「結婚は明確な契約だからね」

「…いいのか?僕みたいな呪われた女と結婚して。きっと僕は子供も作れないし、可愛い奥様とやらにはなれっこない」

「うん、僕は構わないよ。逆に言えば、君は老いる僕を選んで良いの?」

「一緒に老いることが出来なくて申し訳ないが、お前の変化を楽しんでいたいよ」

「老いを変化と捉えるか。あの吸血鬼と同じ感性だね」

「それでいい」


タバサは老いることがないだろう。自らの失敗を挽回できれば違うかもしれないが、今の彼女には直せそうもない。身体の何もかもが変化しないタバサは、きっと妊娠すらできない。食事もほとんど受け付けていない。自らを人間擬きと蔑むタバサを慰め続けているが、実際人間らしい行いに制限がかかることは認めるしかない。


「後でやっぱりやめた、は無しだ」

「やめた、なんて言わないけど、僕は君が浮気なんてしたならば、持てる力全てで君を殺して僕も死ぬよ」

「覚悟しておくよ」


爽やかに笑って、タバサの頬は幸せそうに染まった。


「お前が僕を妻にして後悔しないよう、すごく良い妻になるよ」

「引退してくれるのかい?」

「ううん、今より強くなって何からもお前を守ろう」

「タバサにかかれば僕はお姫様ってことかな」

「当然だろ?」

「当たり前のようにね」


僕は珍しく、頬が緩んだ。笑ったのだと思う。表情が変わらない僕が、あどけなく笑った。タバサがつられて笑って、2人抱き合って寝台を転がった。



タバサが僕にもたらしたもの、人間性。

僕がタバサにもたらしたもの、安心感。


僕はタバサが本当に大好きだ。愛している。そしてそれ以上にタバサが大事だ。タバサを愛おしく、大事にしたい気持ちは好きになったその日から変わらない。タバサも同じ気持ちでいてくれたら良いと、その時は心からそう思った。



まさか同じタイミングで吸血鬼が義妹にプロポーズしているとも知らずに。


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