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less than  作者: 成瀬 せらる
kiss my neck
11/17

うん、やはり君はすごい




半年ほどタバサに連れられて、宝石箱の中のウェンディの元へ通った後、タバサはついに僕を尋問した。

宝石箱の中の一部屋に入れられ、僕はタバサに桃色のおもちゃのような子供用の椅子に座らされる。


「それで?今日もウェンディに会いたい?」


それで、とは。

僕は首を傾げて小さなタバサを見つめた。


「タバサが会いたいんじゃないのかな」

「アイザックに聞いてるんだよ」

「うーん、もちろんウェンディはタバサの妹で、可愛いと思ってるよ。僕にはいないけれど、妹に抱く可愛いって感情はこんな感じなのかと思っている。でも僕はウェンディに会うためにタバサと一緒にいるわけじゃないから」


もちろんウェンディは可愛い。すごく可愛い。

純真無垢で、純粋な気持ちで僕と遊んでいる。外部との接触が殆どないらしい彼女は、僕やタバサが部屋を訪れると大喜びするのだ。


「もし僕がもう二度とウェンディに会わないと言ったら?」

「ウェンディが悲しがるんじゃないかな」

「だから君もウェンディに会えなくなる、それは?」

「それが?」


僕は再び首を傾げた。

たしかに可愛い妹分に会えないのは寂しいと思うが、いつかは忘れることだ。


「うん、やはり君はすごい」


タバサは何度も頷いて僕の肩を叩いた。


「君、一度も聞いてこなかったね、なぜウェンディがあんな場所にいるのかってこと」

「気になってはいたけれど、聞いて教えてくれる雰囲気でもなかっただろう」

「まあね」


タバサは軽い調子で言って、椅子に座る。

あの宝石箱は、僕が見ても分かるほど何重もの結界で入念に守られていた。あの年頃の幼女が、世間から隔絶されてあんな場所に閉じ込められている理由がわからない。


「ウェンディは特異体質なんだ。授業で習っただろ。…団の方針では、特異体質は閉じ込めるか殺すか、いずれかの方法を取らねばならない」

「特異体質、というと、魔を育てる体質の持ち主ということだね」

「ウェンディに限って言えば、もっと酷い。ウェンディは特異体質中の特異体質だ。ウェンディは魔を育てるだけではなく、人間をも魅了し支配する」


僕は思わず閉口した。


「生まれたすぐ後から、母親と父親を魅了し尽くし、そして彼女を一目見た使用人達も…」

「そんなことが可能なのか…」

「母親は片時も離れられなくなり、父親も仕事を放棄して側に侍った。日を追うごとに人は増えていって、彼女のお披露目の日、最悪の事態になった」


お披露目というと、生後3ヶ月を過ぎたニカレスタ家の赤子が退魔団の上位メンバーへと顔見せをする日だった。


「全員が、ウェンディを奪い合って、壮絶な争いになった。定められた後継である僕を殺してでも、ウェンディを次の退魔団の団長とすべきだ、ウェンディこそが宝だと騒ぎ立てたよ。僕は怖かった。ここに至るまで誰もウェンディが特異体質だと気付きもしなかった…ウェンディの力の恐ろしいところさ、疑念の余地を生まないほど素早く魅了する」

「そんなことある?」

「あったんだよ。本当に、退魔団はあの日破滅しかけた。そりゃ、外から見れば明らかにおかしいだろ。何日か掛かったけれど正気に戻った人が出てきて、魅了封じをかけて回った。それでようやくウェンディは特異体質だったと結論付いたわけだ」

「タバサは魅了されたの?」

「わからない」


タバサは首を振った。あのタバサが分からないなんて、そんなことがあるのだろうか。


「ウェンディを結界に閉じ込めて、ウェンディの特異体質は漸く外にいれば効かなくなった。みんな正気に戻ったよ。みんなウェンディを不気味がった。両親ですら。…でも僕だけはウェンディが大好きなままで、ウェンディの側から離れられなかった」


タバサは本心から妹を溺愛していたらしい。ウェンディの魅了に、良くも悪くも終始正気を保っていられたのはタバサだけで、その他大勢は魅了によって操られていたと。


「ウェンディを殺すかどうか、すごい論争になったよ。正気に戻っても、両親は勿論生まれたばかりの娘が可愛くないわけがないし、それでも特異体質はいないほうが退魔団は望ましい。結論が出ないから、あの箱を作って閉じ込めたままにしている、それだけのことさ」

「でも魔法使いなら特異体質をある程度コントロールできるようになるよね?」

「魔法使いなら、だ。ウェンディには魔力がない…ウェンディは特異体質をコントロールできるようにはならないだろう」


たしかにウェンディの髪は黒だった。ニカレスタ家の特殊な体質では、魔力量によって髪の色が青くなる。タバサもその父親も真っ青な髪色だった。


「…うん?箱の中では魅了が効く、のであれば、僕は?」


実は僕は魅了されているのだろうか?僕は普段と何も変わりない、と思う。ウェンディに狂うこともない。それはないと断言できる。

思案する僕に、タバサは微笑んだ。


「言っただろう、君には特別な才能があると」

「才能」

「僕の妹の強烈な魅了が効かないという才能さ」

「知らなかった…」


僕は思わず自分の両手を見つめてしまった。


「ウェンディと出会っても、僕が一番?」

「うん、それは間違いない」

「だから僕は君を選んだんだよ」


タバサは僕の両手を掴み、嬉しそうにステップした。


「だから君は僕の唯一の友達なんだ」

「友達ね」

「親友というのかな?大人になったらこの関係は幼馴染だったと言うかもしれない」

「タバサと居られるなら僕はこの関係がどんな名前でも良いよ」


友達でも、親友でも、幼馴染でも、それ以外でも。僕はどんな関係でも良い。


「ありがとう」


タバサは珍しくお礼を言って、頭を下げた。

タバサはウェンディを溺愛しているけれど、同時に恐れているのだろう。まだ力のない小さな頃に、可愛い妹に親も使用人も何もかも奪われたような気持ちになったのではないだろうか。自らの命すら危ういものとされたかけたのだから。

だから、魅了の効かない僕を選んだ。


「ずっと二人一緒にいよう」

「うん」


僕が答えると、タバサは涙目で頷く。

以降、僕はタバサから片時も離れなかった。タバサが何より一番だと囁き続けた。


優しい関係は、これからウェンディが思春期に入るまで続いた。その後は今に至る。突然タバサが僕を婚約者にして、紆余曲折を経て婚約済みの恋人になり、その合間に凄まじい暴力が始まった。


タバサはウェンディの特異体質を克服させる、あるいは失くす為に人の何倍もの努力をした。死に物狂いで魔術を学び、技を磨き、そして、自らの実験に大失敗をした。しかしそれを経てようやくウェンディの特異体質を封じることに成功し、ウェンディは早い段階で宝石箱から出ることができた。だが、屋敷から出ることは禁じられた。タバサや僕の付き添い無しには何もできない不自由な生活を強いられるが、ウェンディは理由を知らない。


大きくなったウェンディが反抗するのは、自然な流れだった。


(今はそれで良かった、と思えるけれど…)


吸血鬼の恋人を手に入れ、自分の特異体質を魔力である程度コントロールすることができるようになったウェンディを見ると、これまでのことは間違っていなかったのだと思える。


件の吸血鬼の恋人に後ろからべったり抱きつかれて幸せそうにしているウェンディを見れば、苦労が吹き飛ぶ思いだ。


特異体質のウェンディを殺すだ殺さないだの上層部の論争に明け暮れていたあの頃はもう思い出したくない。僕のはじめての仕事はウェンディの保護だったな、なんて思い出して微笑ましい気持ちになる。












吸血鬼を仲間にするという方針が決まったところで疲れが出たのか、ぐったりした様子のウェンディをクリストファーが支えた。


「ウェンディ、大丈夫かい?」

「はい、問題ありません」


青白い顔をしたウェンディに増血剤と水を渡す。ウェンディは早速丸薬を水と一緒に飲み込んだ。


「少し血を飲ませすぎたようだね」

「悪かった」


クリストファーは心から反省していた。

とはいえ手負いの状態でウェンディの血を与えられて我慢しきれたのは、よく出来たと手放しに褒めても良いことだろう。前回口直しにウェンディの血を飲んだのとはわけが違う。


「いえ、血はそれなりに…クリストファーは手加減してくれました」

「思っていたより飲んじまったのは事実だが、それより呪いがな」


クリストファーはウェンディは溜息を吐いた。クリストファーが吸血の為に噛むと、すごく痛い。僕なら叫ぶレベルだ。だから吸血鬼は優しくしたい時は噛んだ瞬間に催眠の呪いをかけ、痛み以外の感覚へ変換させる。僕がクリストファーに噛まれる時は大体睡眠にされるが、ウェンディは眠気を誘われたようではなさそうだ。そもそも今眠ってしまうと困る。


「久しぶりだしウェンディだし、加減が分からなくなって、大変だった」

「………はぁ」


つまり笑い殺しそうになったと見られる。ウェンディの疲れはそこからだろう。楽しいに変換しようとして、大爆笑を誘ったらしい。

おおよその察しがついたところで、僕は溜息を吐き出した。


「ウェンディ、首を噛ませたんだね」

「はい、だって…アイザックお兄様も首ですよね」

「そんなわけないだろう、僕は大体手首だよ。ほら」

「まあ」


僕が右手の手首を見せると、ウェンディはしげしげと眺めた。吸血鬼に噛まれた傷はなかなか治らない。僕の手首には沢山噛まれた傷跡が残っている。


「そんなに」

「主にアイザックの怪我を治してやって、ものすごく負傷した時に血を貰ってたんだよ」


僕は弱いから、そして自主的にタバサの盾になってしまうから、怪我が多い。そして死に瀕すような怪我をするから、必然的に直したクリストファーも死にかけ、慌てて僕の血を飲ませるサイクルが出来上がる。


「わあ、この薬凄いですね。もう効いている気がします」

「タバサ印の魔法丸だよ。僕も何度も救われてる」

「流石はお姉様…また教えてもらいたいものです」

「ウェンディになら教えてくれると思うよ。僕には教えてくれないけど」

「何故お兄様に教えないのですか?」

「僕に才能がないからね」


こと魔法薬の分野において、僕はとことん才能がなかった。あれこれ僕の面倒を見てくれたタバサですら匙を投げ、生涯魔法薬の調合を禁じたほどだ。タバサは今後僕が魔法薬を調合しなければならない事態になった場合、代わりに必ず自分が作ると約束した。僕は依頼があっても基本は断るようにしているが、どうしても必要な場合だけタバサに代わってもらっており、当然質の良い魔法薬ができるものだから、団では魔法薬上手として知られている。


「待っている間に準備したから、二人とも装備だけ整えてくれるかな」

「はい、アイザック様」


各種ポーションや傷薬、武器にちょっとした休憩道具。万が一迷宮に誘い込まれても2日くらいなら生きていられる程の装備を二人に持たせる。ウェンディはある程度を身につけ、残りは空間圧縮魔法を使ってポケットに仕舞い込んだ。クリストファーは黙って全部遮光コートのポケットに入れる。


「さあ準備は終わった。移動しよう。馬車じゃ遅すぎるから、僕はタバサから借りてる移動用術式を使うけど、ウェンディはクリストファーが運んでくれるかな」

「仕方ねえな」


タバサの魔力が込められた靴に自分の魔力を流し、術式を起動させる。足が軽くなり、僕は窓からひとっ飛びで街の外へ移動した。後ろからウェンディを抱きかかえたクリストファーが追いかけ、僕たちは迷宮を目指して走り出した。



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