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幻想種たちの内緒話

 ファンタジーすぎる事態に思考が停止する。

「なん? 幻想種? バジリスク……?」

 俺の目の中で暴れてるトカゲがバジリスク……?

 藤村は、固まる俺をよそに滔々と説明しだした。

「そうっす、バジリスクは『雄鶏が生んだ卵をヒキガエルが温める』ことで孵るっす。昨日先輩がカエルひんやりシートとか言って、カエルの腹を目に当ててたっすよね。多分それで孵ったんです」

 うそだろ、ただの一発芸で、22年間うんともすんともいわなかった卵が孵るのかよ?

 バジリスクが云々より、むしろそっちの方がショックだった。因みにアニマがバジリスクだってのは割と納得した。だってよくよく思い出してみたら、俺が見た場所から藤村が石になっていったんだし……。ちなみにバジリスクの邪眼はガラスを通りぬけることができないらしい。藤村が持ってきた眼鏡は邪眼封じのためだったようだ。

「ちなみに幻想種ってのは、現代では伝説や伝承にのみ存在が確認された生き物の総称っすよ。竜とかヒポグリフとか、日本だと鵺とか天狗とか……。バジリスクも幻想種で、その魔眼で万物を石化させる怪物っす」

 幻想種か……。さらっと言ってるが、それはかなりの新事実じゃないか? 

「アニマは、『実在する動物』しかいないってのが通説だったと思ってたよ」

「逆に考えるっすよ。伝承になるほどの大昔には実在していて現在では絶滅したけど、アニマとして人間の眼の中に生き続けていたってことっす。奇跡のような確率で先祖返りして幻想種のアニマが現れることがあって」

「く、詳しいな。しかし、そんなとんでもない学説、どの概論にもなかったぞ」

 眼棲生物学の学徒として、これまで積み上げてきた知識が疑問を呈する。

 藤村はこともなげに肩をすくめてあっさりと言った。

「そりゃあ、私たちは実験動物になりたくないっすからね。幻想種の共同機関『モルディア』の力で世の中には秘匿されてるっす」

 なんだそのファンタジックな組織は。いやそれよりも……。

「ん……? わたしたち」

「私も幻想種のアニマ持ちっすから。下位の土着幻想種、人狼っす。よろしく」

 藤村が顔を近づける。いつも見慣れている、その瞳の中の巨大なハスキー犬が急に立ち上がった。――危なげなく二本足で! まるっきりの狼人間だった。しかもかなり背が高い!

 いっつも寝そべってたのは、その狼人間の体躯を隠すためだったのか!

「ひえー!」

「天狗を見た農民みたいな反応っすね」

 藤村は不満げだ。

「だって、こいつ花粉症で狂暴化してるんだもん! めっちゃ牙むき出しで唸ってますけど!」

「あー、症状忘れてました。う、急にめまいがしてきたっす……」

 この騒動でまぎれてた症状がぶり返したのか、藤村はへたり込んだ。俺もなんか頭痛くなってきた。脳内でシューシューとバジリスクの唸り声が聞こえる。アニマ持ちの花粉症の症状ってこれか。とにかく酷いぐだぐだである……。

「と、とにかく先輩にはルーマニアに来てもらうっす。『モルディア』の本部で、幻想種の正体隠しながら生きていく方法を学んでもらわなきゃ」

「うん、もうどうにでもしてくれ……」

 徹夜の疲れと今朝の騒動で二人共床に伸びて、死屍累々である。

 藤村はもそもそと先ほど脱いだ上着を手繰り寄せ、なんとか着込んだ。さすがにブラ一枚は風邪ひくからな……(そこじゃない)

「うー、と、とにかく、進藤教授には気を付けるっすよ。私はルーマニアの『モルディア』から進藤教授を監視するために派遣されてきたんすけど、教授は幻想種のことに気付きつつあるっす」

「気付かれるとどうなるん?」

「うむ、これまで以上の人体実験じゃな! 知識の巨人もご照覧あれ! 私が築く新たなる知識の新天地を!」

 新たに割って入った第三者の声。俺たちは弾かれたように飛び上がり、研究室の入り口を振り返った。

「はろー、夢のような実験動物たち。内緒話はもう少し小声でするもんじゃぞ☆」

 そこにはやたらとキラキラ目でウィンクする、……進藤教授が仁王立ちしていた。


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