プロローグ:墓前にて
夏真っ盛りのお盆の季節。
とある廃墟を見渡せる山を、一人の男が登っていた。
けらけらと笑いながら進む彼の名は、在原虚也。
このお話は、何十年と昔に彼の身に起きた物語。
一人の女性と一匹の龍の、儚く悲しい物語―――。
―ガサガサ。ガサガサ。
手入れのされていない草木を掻き分け、その男-在原虚也-は歩を進める。
此処はとある場所にある忘れ去られた町、そこを見渡せる小高い裏山。
今虚也は彼だけの小さな目的のため、この山を徒歩で登っているのだ。
八月半ばの太陽は真上から彼を照らし、未だ余裕を崩さないその表情を歪ませようと必死なようだ。
「ふぅ~っと。やっぱり徒歩ってなると、なかなか辛いものがあるねぇ。あはははは。」
見た目にさほど疲れた様子は見えないが、しかし普段から自身の持つ実と虚の能力で移動している分、普通の人間より歩くことになれてはいないのだろうか、彼の口からはそんな感想が洩れる。
実と虚の能力。
そう簡単には言うが、実は虚也は妖怪や物の怪の住まう世界においても極めて珍しい、
「龍と人とのハーフ」半人半龍であり、彼の父に当たる存在は、現実と虚ろとを入れ替える天龍族、「顕幻龍」オブリヴィアルと云う存在。
そしてその血を継ぐ虚也は、自身や他の物質をその場に「無い」ものとしたり、
また別の場所に「在る」ものとしたりする、「実と虚を操る」能力を有しているのだ。
そんなわけで彼は何時でも、何処へでも瞬間に現れることは可能なのだが、この登山にそれを使わないのは、ひとえに今回の目的にある。
草を掻き分け姿を現した小さな平地からは、廃れながらも未だ確かに人のいた痕跡を残す廃墟が一望できる。
「…っと。着いた着いた。」
彼が足を止めた場所。そこにあったのは、一つの墓。
何十年とそこに存在し、一年毎に、虚也によって掃除される小さな墓。
彼女の墓に行くために虚也が苦労を選択するほど彼が愛した者の墓。
彼が唯一愛してしまった、たった一人の人間の為の、
大切な大切な墓だった。
「……ただいま。千尋。」
そういう彼の声音は、普段のおちゃらけたものとは真逆の、慈愛に満ちた、優しい声だった。
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