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宇宙戦艦白雪   作者: 烏葉星乃


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第3話 雪

 静かに雪の降り積もるクリスマス。

 福山デパートの屋上で彼はプロポーズし、彼女はそれを受け、そして抱き合った。

 二人の関係が恋人から夫婦になった瞬間だった。

 そんな二人の様子を衛星軌道上からドローンを操り、ひとりシートにぽつんと座り、じぃっと見入り、紅茶を一口、ほぅっと息をつき、目を閉じ「おめでとう」と祝福の言葉を口にする。


 彼女の名はクラリア白。


 彼女の名とは言ったが、それはクラリア・ヴァスティール博士の特別な戦艦、クラリアカラーズ艦の分類上の名称だ。白の他に赤、青、紫、金、銀、黒が現時点で存在する。白は実験艦を意味するイメージカラーで、正式にはクラリア白六番艦が今の名称だ。


 現在の彼女は本来持つべき固有の艦名、つまり自分の名前をまだ持っていないのだ。


「名前は自分で決めなさい」


 そう博士に言われるも、生まれて約40年……

 未だ彼女は自分の名を決める事が出来ないでいた。



 夫の名は星宮利春。妻の名は秋奈。

 春の穏やかな日、二人の結婚式。髪と瞳を黒く変えて、こっそりと式に混じり、二人を祝福し立ち去るクラリア白。


「今の人、秋の知り合い?」

「さぁ、知らないけど……すごい美人だったわね」


 あのクリスマスのプロポーズに遭遇したのは本当に偶然だった。

 何か運命めいたものを感じ、彼女、クラリア白の地球人観察はこの星宮夫婦を中心に行われていた。

 ラブラブな新婚生活、幸せな二人、夜の営みもじっくりと……ごにょごにょ。

 時々喧嘩もしているけど、とても幸せそうな二人をずっと見守る彼女。


 時は流れてゆく。

 少し気になる事があるとすれば、ふたりのあいだに、コウノトリとやらがが現れない事。

 その件で、跡継ぎが待ちきれぬ星宮の親族は心無く「子の出来ない嫁はいらん!」などと秋奈を責めたてていた。

 怒った利春は親族から距離を置こうと、宇都宮市から60㎞ほど北の那須野原市へ引っ越しをする。妻の実家も近くにあり丁度良い。


「那須山にまだ雪があるよ、夏になったらロープウェイに乗って山頂に行こう」


 そんな利春の声が艦橋に優しく響く。


 静かに時が流れ……1999年11月末。

 この時期としては珍しい大雪で真っ白の朝。星宮家に待望の女の子が誕生した。

 まるで自分の事の様にクラリア白は喜んだ。

 艦首を真上に猛スピードで雪雲をぬけ、澄んだ空の中を駆け回るように飛んだ。

 その日――白い宇宙船がビュンビュンと空を駆け抜ける姿が世界中で目撃された。

 旅客機や軍用機とにニアミスもなんのその。そんな姿が一日中確認されている。

 さすがに並んで飛ぶのは不味いだろう……

 そして、もう何度も訪れ顔なじみになっている宇宙センターの食堂にて、大きなハンバーガーにかぶりつく。理由はわからないが、ぽゅぽゅんとご機嫌の彼女に付き合い、職員達も大いに盛り上がった。

 

 雪の日に生まれたから雪。そしてママ秋奈の奈。

 単純だが名の由来を娘に聞かれた時、とても答えやすいだろう?

 そう言いながらパパが笑っている。

 二人の娘の名は雪奈。星宮雪奈。

 とても元気で可愛らしい女の子。ん~お父さん似だろうか?


 ああ……私はこの子を見守ろう。

 私はこの子の成長をずっとずっと見守り続けるんだ。


 そう強く誓いながら、この星に来た時からずっとずっと欲していた、あの望みを叶える時が来たのだと心を弾ませる。

 年が明け、西暦2000年。

 白い宇宙船の予言通り、宇宙の彼方からの使者が来訪した。

 地球人類は新たな時代の到来に歓喜するのだった。


 その年、雪奈が一歳の誕生日を迎えて間もない、大雪の降る夜の事。

 ――急性肺炎だった。

 あまりにも突然に、ふっと消えるように雪奈は短すぎる生涯を終えた。     


 私はこの気持ちをどう処理したらいいのか判らない……

 涙が止まらない。ぽろぽろぽろぽろと止め処なく溢れてくる。

 つらい、苦しい、痛い、これは私の胸の奥にある熱い塊が放つものなのだ。

 その正体は「悲しみ」という感情だという事も理解できる。

 無論、悲しさが何であるかを私は理解している。

 過去に似た感情に涙した事もある。

 知っているから、体験済みだからと言って、悲しみというものは、簡単に慣れるような類の物ではないようだ。

 死――

 私は死を知っているはず。

 惑星ヴェリスティアに居た頃も、些細な事故でも、小さな諍いからも、星を砕く星間戦争でも、簡単に人は死んでいた。

 地球人をずっと観察していたのだ。この星にだって死は何処にでも普通にある。

 死んだ子。死んだ母。すがり泣く者。叫ぶ者。じっと我慢する者。

 理不尽に死んでゆく者。瘦せ細り餓死してゆく者。自ら命を絶つ者。

 たくさん見てきたので知っている。


 それを私はこんなに悲しんだだろうか。否。

 そう――それは他人事だ。

 第三者視点の客観的な情報としての、自分に接点のない死。

 そんな死に大きな悲しみが伴うはずもない。

 私は初めて親しさを感じる、大切な存在の死の重さを知ったのだ。

 勿論、私は赤の他人でしかなく、星宮家の人達はこんな私を知る由もない。

 私のそれは、例えるならテレビドラマの登場人物に感情移入し、その不幸に共感し涙を流しているに過ぎないのかもしれない。


 では最愛の娘を失った二人の悲しみはどうだろう。

 私の悲しみと何か違うのだろうか。正直、私には判らない。

 でも、私の悲しみは両親のそれとは違うはず。そう心でわかっていても私は悲しみを抑えられない。どうする事も出来ない。どうしたらいい?

 私は戦艦だ、地球と呼ばれるこの鉱物惑星を貫通する程の攻撃力を持つ宇宙戦艦だ。そんな私が機能不全? 危険物だ。心の安寧を得ようと暴走したらどうする?

 誰かが言っていた。悲しみは時が解決する? いつか心の奥底に沈み消える?

 拒否する! 私はあの子を忘れたくない!

 もうどうしていいか判らない。


 なら……泣こう。

 雪奈の為に泣こう。

 涙の溢れるままに泣こう。

 わんわん声をあげて泣こう。

 泣き止むまで、ずっと泣き続けよう。

 

 白い宇宙船は地球の自転と逆の方向に猛スピードで飛び続けた。

 とある映画のワンシーンのように地球を逆転させ、時を戻す事は出来ないけれど。


 一週間程すると、私はいつもの定位置に戻ってきていた。


 どのぐらいの時が流れたろう。私は艦の目を閉じ、真っ暗な音のない空間でじっと膝を抱えていた。

 そうだ……あの二人はどうしているかな……

 二ヶ月ぶりに目に映る星宮家の様子は驚くほど悪化していた。

 娘を失ったショックで秋奈が心を病み寝たきりになっていたのだ。

 利春も心身共にかなり弱っているように見える。

 ベッドの上、日に日に衰弱してゆく秋奈……

 

 あああっ、どうしよう! このままでは彼女まで失ってしまう!

 もう枯れ果てたと思っていたはずの涙が、またぽろぽろと溢れ出す。

 考えろ私!

 雪奈には何も出来なかったけど、今度こそ何か出来るはず、いやするんだ!

 こんな最新の戦艦を制御してる上等な脳ミソを持っているんだ、材料はあの超天才で頭のおかしい博士の遺伝子なんだぞ。何か思い付いて!

 くるくるり、そしてぐるんぐるん艦を回転させ、のたうち回わりながら……

 そうだ……あの存在の事をふと思いだす。

 この艦唯一の小さな乗員室。その床にある六角形のパネルに乗り、私はゆっくり下降した――

 


 また雪が降っている……僕にとって雪は良い事も悪い事も運んでくる。

 だから雪の日は少し身構えてしまうんだ。


 利春は窓に映る白くてふわりふわりと舞うものをじっと眺めていた。


 おや、妻が久しぶりに弾むよう声で僕を呼んでいる。

 よかった、今日はいつもより元気そうだな。

 少し安堵しながら寝室に入ると、僕は妻が大切に抱きかかえる存在に唖然とした……


「見てあなた、雪奈ちゃんが帰ってきたのよ!」


 雪奈と同じぐらいの幼児が妻に抱かれていたのだ。

 なっ……なんだその子は……どこの子だ? どうしてここにいる?


「ごめんなさいねぇ、ママったら雪奈ちゃんを病院に置いて帰って来ちゃってたのね」

「秋っ! その子は、一体どこの子なんだ?」


 その幼児に向け手を伸ばそうとすると妻は叫びながら、その身元不明の幼児を抱き締め背を向けた。

 僕も叫びかけたが、何とか押しとどめ、冷静にと努めた。

 深呼吸だ、落ち着け。

 得体のしれない幼児の黒い瞳がこちらを窺うようにじっと見ている。

 

 僕は居間に戻り考えた。

 秋がどこからか攫ってきたのか? 衰弱した妻がこんな雪の中を? それはあり得ないだろ。

 ならば雪奈の事を知った誰かが、育てきれない我が子をうちに置いていった?

 それならあり得なくもないが……いや、昨日からずっと雪だったんだ、家の周囲にもそんな足跡はない。当然妻の足跡もだ。

 警察に何か関連しそうな事が無いか電話してみたが空振りだった。

 この件は明日にしよう。妻の食事とあの幼児に離乳食を作らないと、雪奈の残りがあったな。あ、まだミルクの方が良かったか?


 はっ……気付くと時計の針が深夜一時を回っている。

 寝るか……立ち上がろうとした時だった。


「利春さん」


 知らない声で名を呼ばれ、驚きながら振り向くと、あの幼児がこちらを見ていた。

 つかまり立ちもせず、姿勢良くすたすたと歩き、僕の前にちょこんと座り、顔を上げ僕の目をじっと見てる。

 僕は正体不明の存在を前に本気で怯えていた。


「驚かせてごめんなさい。私の事をお話しますので、どうか聞いてください」


 こんな一歳位の幼児では、まずあり得ない流暢な口調で語り、深々と丁寧にお辞儀をした。


「きっきっ聞きましょうっ」


 なっ何とか言葉になった。


「ありがとうございます」


 もう一度深いお辞儀。


「あなた方が白い宇宙船と呼ぶ、あの船をご存知ですよね?」


 コクリと頷く利春。


「あの船はずっとあなた達夫婦を見ていたんです。あなたがデパート屋上で秋奈さんにプロポーズした、あの日からずっと……」

「えええっ?」


 しぃっと口元に小さな人差し指を立て、話を続ける幼児。


「仲睦まじく幸せそうな二人、けんかする二人、親類の心無い言葉に傷つく二人、そして家族が三人なった事、ずっとを見ていました」

「雪奈ちゃんが生まれた事が自分事の様に嬉しかった。もう嬉しくて、嬉しくて、いっぱい飛び回ってしまいました」


 喜々と語る幼児が一瞬黙り込み、そして再び語り始める。


「ふた月前、雪奈ちゃんが急にこの世を去ってしまいました……」 


 膝の上の小さなこぶしが震えている。

 その幼児は言葉に詰まり、耐えるように目を大きく見開き、こちらを見つめながら大粒の涙をボロボロと流し始めた。


「悲しかった。悲しくて、悲しくて、悲しくて……何も出来ない自分が悔しくて、辛くて、苦しくて」


 ポロポロと涙がこぼれ落ち続ける。

 見ず知らずの全く接点のない正体不明の幼児が、自分の娘の為にこんなにも涙を流してくれている。

 その様子は本来ならとても異様な事なのだろうが、とてもそうは思えなかった。


「雪奈を想ってくれてありがとう」


 その涙は間違いなく本物だ……娘を想い流してくれる、あたたかい涙だ。

 利春も涙が溢れ出る。

 

 鼻をすすり涙を拭うと幼児は更に続けた。


「――気付くと、秋奈さんがとても衰弱していました……このままでは、秋奈さんまで失ってしまう。それだけはどうしても避けたかった」


 声に出さなかったが僕は凄く驚いた。


「だから、考えて、考えて、考えて、これが正しいかは判断できないけれど、秋奈さんを元気付けられるならと……この姿になって、この家に来ました。拒絶されれば……すぐ宇宙へ帰るつもりです」

「あ、あなたはまさか……」

「はい、お察しの通り、あの白い髪の宇宙人です」


 そう言いながら、幼児の髪は真っ白に、そして瞳も藤色がかった銀色に変化してゆく。


「えっええっ? でも体が!」

「この体は、秋奈さんが懐妊した時に作ったんです……雪奈ちゃんの友達になって、ずっとずっと、一緒に成長し見守るつもりでした」


 僕は正直混乱かけてて理解出来ない事も多かったが、再び泣き出す白い幼児を思わずぎゅうっと抱きしめてしまった。

 彼女は娘の死を悼み、更には妻の身を案じここに来てくれたのだ。


「ありがとう、来てくれて……ぜひここに居てください」


 更に強く抱きしめた。

 本物の親子のように抱き合う二人。お互い涙でびしょびしょだ。


 泣き止むと改めて自己紹介をした利春は、彼女に名前を訪ねた。

 クラリア白――有名なその名を知ってはいたが、ここで暮らすなら日本人の名が必要だろう。


「雪奈と名乗るのはどうだろう」


 そう提案する。


「ダメ、それは雪奈ちゃんのものですよ」


 まったくその通りだ。雪奈と白い幼児へ詫びるように頭を下げる。


「クラリア白……白……雪奈……白雪……うん、白雪はどうだろう」


 彼女――クラリア白の胸奥にぱぁっと光が差した気がした。

 そして言葉で表現できない、熱く透明で弾ける様な感覚に襲われ、再びぽろぽろ涙するのだった……

 この日、彼女に借り物でない本物の名が付いた。


 星宮白雪――これが私の名前だ。



 白雪のおかげで妻はどんどん元気になってゆく、なんとありがたい事か。

 さて白雪の戸籍だが、役所に相談した所、不思議な程にとんとんと話しが進み、我が家の養女として迎え入れる事が決まった。


 そして翌年の夏――星宮家に男女の双子が誕生する。


 窓向こうに深緑の木々が揺れる病室のベッド。

 母の横ですやすやと眠る二つの小さな命。


「ママ、ありがとう!」

「いやいや、それパパのセリフだろ?」

「じゃあ言い直す。ママ、弟と妹をありがとう!」


 同室の患者さんからも、笑いが零れる。


「雪奈ちゃん、あなたも今日からお姉ちゃんよ」


 秋奈が白雪に手を差し伸べ、それをぎゅっと握る。あたたかい。


「雪奈ちゃん……いえ、白雪さん……ありがとう……ずっと前からありがとう」


 白雪はちょっと驚いて、ちょっと涙が出で、照れ笑いした。

 そして、秋奈にぎゅうっと抱き着くのだった。


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