第27話 ガトリングハイペリオン砲
その光輝く両翼は光子エネルギーを応用した、白雪の新装備だ。
ビームや魚雷発射口をシールド粒子に塞がれたバインドケージの中。この翼は一振りの名刀の如く、いとも容易くケージを切り裂いたのである。
新装備の光の翼は、現行艦の最強武装ハイペリオン砲のエネルギーを翼のように放射させるシステムだ。これは千年先を行く技術であると、開発者は鼻高々らしい。
ちなみに、これの数段強力なものをヤマブキは装備している。
そもそもシールド粒子の弱点は光子エネルギーだ。シールドの応用であるバインドケージも弱点は同じ。
二人が余裕をかましていたのは、それにすぐ気付いた為である。
敵艦隊は旗艦を先頭に、白い猛獣に鎖をかけ、意気揚々と凱旋をしてる所であった。
だが突如としてその鎖は食い千切られ、猛獣に襲ってくださいと間抜けな尻を向けている状態になっていた。
夕日乃が目に前で並列航行する中央艦に狙いを定め、一気に加速し右舷から追い抜くと、コッペパンの如く、光の翼によって水平にスライスされた艦が爆散した。
その先にいる旗艦をあえて見逃し、右へ船体をひねりながら一気に上昇。隊列の一番右端の艦を狙い、斜め上方から急降下して船体中央から真っ二つに輪切りにすると、前半分のみが爆散した。
光の翼の切れ味は異常だ。その攻撃の前に防御兵装は全く役に立たず、極厚の超微粒子複合装甲をもバターの様に難なく切断してゆく。
ただし大量の光子エネルギーを消費する為、ハイペリオンドライブの出力には注意が必要である。
瞬時に二隻が狩られ、ようやく他の艦も状況を把握。
白雪を近付けまいと必死に弾幕を張り牽制を開始するも、次々に真っ二つされ爆散。一方的に狩られてゆく。
「なっ何なんだあれは! あんな化物だったなど私は知らんぞっ! しっ司令っ何とかしないかっ!」
「お言葉ですが、此度の件は全て貴殿の責任ですよ。もはや勝ち目はありません。幸いこれはゲームですから、全滅する前にサレンダーして下さい。これ以上貴重な艦艇を失うのはあなたの進退問題に係わりますよ」
「私があんなガキに降伏……だと? あり得ん……」
「潔くお認め下さい。今の我々にはあの白い艦に勝てません」
「はっ……ハイペリオン砲だ! ハイペリオン砲用意だ!」
「はぁ? 高速軌動中の戦闘艦に、ハイペリオン砲など当りませんよ。近代戦の常識ですぞ?」
「命令だっ! じゅっ準備しろっ! クビにするぞぉ!」
旗艦グレートハウンドの艦首が開口し、口径10m砲身110mの巨大砲がギュルギュルと回転しながら定位置まで現れると、ガコォォンと重厚音を響かせ停止した。
高圧縮された光子エネルギーを放射し対象を原子分解させてしまう絶大な威力を誇る、近代宇宙戦艦で最も強力な兵装がハイペリオン砲だ。
ただし放射までに時間がかかり、艦の動きも制限される為に手軽に撃てる兵器ではない。司令が指摘する通り、本来一対一の対艦戦に使用する様な兵器ではないのだ。
そして五艦目がバゲットの様に二度スライスされ爆散した。
「さぁ残すのは、あのおじさんの戦艦だよ。あ、でもエネルギー切れだ」
「大丈夫、まだハイペリオンドライブ1基分の光子エネルギーは残ってますよ」
「うん、おっけー」
降伏勧告なんてしない、全部食い散らかす。
今の夕日乃はとても欲求に正直だ。
艦首を最後の目標に向けると敵艦の様子が何かおかしい。
「夕日乃、あの男、また酷い事やろうとしてますよ。なりふり構わないようですね」
「なにあの大砲、いくら強くても、私達には当たらないよ?」
「先程と同じですよ、あの砲の狙う先に東京があります……ん? これはひょっとして……」
「さぁ来いガキ共! これで私の負けは無くなった! やつがハイペリオン砲を持ってないなら降伏するかないし、持ってるなら受けるしかないっ!」
「しっしかし、グランドン殿……祭の前に地球に被害を与えるのは……」
「司令は知らんのかね? 祭のルール上、ハイペリオン砲同士の相殺はドローゲームになるのだよ。今回はこれで終わらせ、次回は別の方法で奴を潰して見せよう」
やれやれ……この男と関わるのは二度とゴメンだ。
昔は気さくで……こんな男ではなかったのに――
そんな表情を隠すかの様に帽子を深く被り直すエッゲルト司令。
「ほぉれ、来よったぞ! やつもハイペリオン砲を使うはず、データ取れよ! 今回は被害甚大だったが、クラリア艦の最新データが得られのだ!」
敵砲軸線上に白雪がゆっくり乗り、東京への射線を遮る。とはいえこのまま撃たれては、白雪の防御力でもハイペリオン砲を止める事は不可能だ。
なら方法は一つ、こちらもハイペリオン砲を使用するしかない。
どうやら相手もそれを望んでいるように見える。
トーナメント戦では、実力伯仲で決着のつかない場合、最後にド派手にハイペリオン砲を撃ち合いドローゲームとする。祭ならではのルールが有るのだ。
相手はこのルールを強制的に飲ませ引き分けとし、体裁を保とうとの腹積もりなのだろう。
「雪ちゃんっ、ハイペリオン砲用意!」
「了っ解! ハイペリオン砲起動します!」
艦橋内がふっと暗くなる。
そしてチカチカとモニター表示がハイペリオン砲モードへ切り替わる。
艦首から艦中央150mに渡り、ガバァっと大きく開口する白雪。
その姿は、巨大な口を開く深海魚のようにも見える。とても異形だ。
その開口部より「この戦艦の中身大砲だけかよ!」と、ツッコミを入れたくなる程の巨大な砲身が現れた。
ヴェリオメタルのインゴットを削り出し磨き上げ、カービングにより美しい装飾が施された、六連式リボルバー拳銃とライフルを組み合わせたような形状の砲身を持つ大砲だ。
その名もガトリングハイペリオン砲。
リボルバー状の六連式砲身を毎秒300回転させながら光子エネルギーをパルス状に放射する新型のハイペリオン砲で、現在白雪とヤマブキのみに実装されている秘匿兵器である。
「ガトリングハイペリオン砲、ガンバレル展開完了。続いてハイペリオンドライブⅠにハイペリオンチャンバー接続。光子バイパスを六連式薬室に接続。光子エネルギーを注入します」
光子エネルギーが充填され始めると、六連式砲身がゆっくり回転を始める。
「夕日乃、銃型トリガーがポップしますので、握って構えて下さい。最終照準補正はこちらでします」
ガシュンとトリガーが天井から現れ、夕日乃の正面に現れる。右手でグリップを握りトリガーに指をかけ、左手で銃身を掴む。とても大きく形状はアサルトライフルに近い。
「なんか格好いい!」
「夕日乃、撃つ直前までトリガーに指をかけちゃダメですよ?」
「うん、くしゃみして撃ったら大変だもんね」
こんな時でもリアクション可愛いなぁ夕日乃。
六連式砲身が高速回転を始めると、艦首左右から光の翼の小型版とも言うべきエフェクト光が発生した。
「光子エネルギー充填完了。光子バイパス正常供給中、放射準備完了です」
グレートハウンド側のハイペリオン砲も光子エネルギー充填を終え放射準備を完了していた。
「なっ何だあの輝きは、あれもハイペリオン砲なのか?」
「光子エネルギーの放出が観測されてます。あれもハイペリオン砲なのでしょう。今、敵艦より発射準備完了の合図が来ました。ルールに則り同エネルギー量で撃ち合います」
「そっそうか、ならデータさえ取れればよい。よし、カウントだ」
60、59、58、57……
「カウント来ましたよ夕日乃。ハイペリオン砲同士をぶつけ合います。相手の砲口を狙って下さい。放射時間は0.3秒です」
「ええっ?そんな短くて大丈夫なの?」
「大丈夫、ルール通りですよ。はいっ前見る! カウントダウンしますよ」
「うんっ」
05、04、03、02、01――
「ハイペリオン砲撃てぇーっ!!」
グレートハウンド艦首が眩い光を放ち、巨大な光の洪水が一直線に白雪へ向かう!
「ガトリングハイペリオン砲、放射っ!」
超速回転する六連式砲身が一瞬だけ閃光を放つ!
その瞬間、こちらへ向かってくる敵ハイペリオン砲の光がパァンと弾けながら消滅し、更にその先にいる、グレートハウンドまでも一瞬で消滅させてしまった。
ただし、艦橋を含む上部構造体が辛うじて残っているので、相手に死者はいない。
「ゆ、雪ちゃん……何っこれ……」
あまりの威力にトリガーを引いた夕日乃も顔を真っ青にしてる。
これが秘匿兵器ガトリングハイペリオン砲の威力だ。今のは0.3秒だが12秒フルバーストだと関東平野を消失させ、地球を貫通するほどの恐るべき威力がある。
旗艦グレートハウンドから、敗北宣言と夕日乃を賞賛する通信が送られて来た。
一方が戦闘続行不能か敗北宣言をする事でバトルは終了する。
ちなみにこのバトルでの死者は無し。
艦橋ユニットは頑強で、ビームの直撃や艦の爆発程度では損傷しないのだ。
ただし、白雪のガトリングハイペリオン砲やヤマブキの要塞砲が相手では瞬時に蒸発してしまうので、彼女達に敵対する場合は覚悟が必要だろう。
夕日乃と白雪は、血の気を失ったボワードに対し二度とこちらに手出しするなと確約させ、東京のヤマブキとさくらの元へ向け降下した。
こうして、夕日乃の提案だったとはいえ理不尽な1対8のバトルシップトーナメントルールに沿った対艦戦闘は、宇宙戦艦白雪の一方的な強さを見せ付ける勝利で幕を下ろしたのである。
ちなみにバトルの様子は、リンのアイデアで「戦艦祭をつまみ食い! 特別エキシビションマッチ!」として称し編集され銀河中に配信されたのであった……
東京上空の被弾したさくらの艦体の穴は塞がり、自力航行可能な状態まで再生していたが、白雪乗員室で眠るさくらはまだ目覚めていない。
驚く事にこの植物戦艦さくらは、船体と人間体が全く別の存在で、精神はリンク可能だが、全くの別人格なのだという。
艦のさくらの希望で、さくらは彼女の体内に預ける事にした。
『皆さん、この子を救ってくれてありがとう……夕日乃さん、優しくて素敵な名前をありがとう』
「うんっ、今日から大きいさくらちゃんも、人のさくらちゃんも、私のお友達だよ!」
外観は再生したが内部ダメージが酷く残っており、回復の為に亜空間でしばし眠る事にした植物艦さくらは、いずれ地球にやって来るであろうクラリア博士の元へ出頭すると約束し、亜空間へと消えていった。
元々出奔してた彼女は専用のドックを持たいない。せめてここに要塞艦クラリア銀がいれば、効果的な処置をしてもらえただろう。
後日、さくらが過去に襲い食らった戦艦の被害者全てに、損害賠償としてクラリア博士より普及量産型ではあるが、クラリア艦が贈られる事となった。量産艦とはいえ、簡単には手に入れられない、超高価で超高性能なクラリア艦だ。受領を断る者などいない。しかも武装やカラーリングのカスタマイズサービス付きである。
これにより被害者全員が被害届けを取り下げ、さくらがユニオン治安軍に追われる事は無くなった。
これは彼女を理解せず、苦しめてしまった博士の贖罪のつもりなのかもしれない。
そう恋人兼助手のギンコ(クラリア銀)は考える。いや妄想する。
付き合いが誰よりも長く、恋人の彼女でさえ、クラリアの真意を察する事は難しいのである。なにせ相手は深淵だ。
「マジか……マジなのか……んおおおおおっ!」
涙をぽろぽろと零しながら吠えるのは、その昔、夕日乃の初バトルで瞬殺された傭兵戦艦ドワンゼッペルの艦長ディム・オードンだ。
クラリアから贈られた新生ドワンゼッペル号の到着に、ターミナルコロニーの窓越しから屈強な男達の集団が目に涙し、野太い歓喜の声を上げるのだった。
「雪ちゃん、14歳のお誕生日おめでと~っ」
「ありがとう、夕日乃……ん~っ」
プレゼントの包みを受け取ると、唇を尖らせる白雪。
「それはさっき二回したよね」
「えー……」
今日はあの戦艦バトルの翌日。そして11月29日は、白雪の戸籍上の誕生日。
そして今は亡き姉、雪奈の誕生日でもある。
最近はどちらから誘う訳でなく、二人きりになりたい時は決まって白雪の乗員室。
ここは白雪自身の体内でもあるので、夕日乃がやって来た時点で二人きりが成立するのだ。何よりここだと、やかましいヤマブキも入って来ない。
ヤマブキも夕日乃の事が鬼可愛くて仕方なく、普段からペタペタしているのだが、一応この二人の仲を邪魔する無粋な真似はしないと決めているらしい。
とりあえず戦艦バトルの反省会はあとにして、今日は二人、まったりと寄り添い、互いの体温を感じながら、静かな時間を過ごす事にしたようだ。
とは言えこんな時ほど「もう辛抱たまらん!」と騒ぎ出すのは案の定、白くて胸の大きい方なのだが……
2014年――晩秋。
この地球に白い宇宙船が現れ、約30年が経とうとしていた。
そして、銀河ユニオン戦艦祭まで、あと2年と4ヶ月。
この先、地球に訪れる絶望的な未来を人類はまだ知らない。
ここまで読んで下さりまして、ありがとうございました^^
とりあえず、この物語はここで一区切りです。
2017年から放置してましたが、八年ぶりにリファインして再投稿しました。
本当はもっともっと続くはずでしたが、長く放置したせいで、この先の展開をきれいに忘れてしまいました……続き、思い出せるかなぁ。
実は未公開の第28話があるので、8年ぶりに加筆して公開します。




