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七人寄れば姦しい  作者: 二番
9/15

五月の芹は食うな

 まんまと陥穽にはまった僕たちは守備位置に着き、迎える二回裏、相手クラスは七番の下位打線からだ。相手打者がバットを構えるのを見た珠洲は投手板に軸足を乗せてワインドアップポジションを取ると正面からそのボールを投げた。


『ストライク!』


 衰える事のない球威、ボールは一直線にミットに向かう。速さだけを武器とした一投だ。というか変化球が投げれないだけなんだけどな。風間もそれを知ってか知らずかストレートしか投げてこない、譲れないプライドが有るのだろう。


『ストライク、ツー!』



 またもバットはボールの影が過ぎた後に空振った。キャッチャーの岡からボールを受け取り三球目、


「ストライクスリー!」



 今度はアウトコースだったものの焦って手を出し三振を取られてバッターはアウト。打点率の低い下位打線であればこんなものだろう。と、思ったのだが―――――



『ボール。フォアボール!』


 8番バッターの女生徒がボックスに立ったあたりから珠洲の暴投が続きボールは大きくインコースから外れていた。その投球に違和感を覚える。この短時間に何が有った………? 単純な疲労とは思えないし、僕の守備位置である一塁に小走りでやってくる走者をまじまじと見るが別段おかしなところは見当たらない。バッティングの際にも翠感を使用した形跡は見られなかったしな。

 そして新しくバッターがボックスに迎えられる。それを一瞥した珠洲はマウンドに置かれている滑り止め剤であるロジンバッグを軽く摘まんだ…………ん? そういやロジンバッグをこの回で最初に触ったのは八番バッターが出てきた時だよな。それによく見ると珠洲の指先がなにか焦げ茶色のようなものが付着している。……………松脂か。


 ちなみにロジンバッグとは掌サイズの長方形で滑り止め剤の粉末を袋に詰めた物だ。成分は大まかに炭酸マグネシウムと松脂となっている。普通に使っている分には松脂が指先にべったりと着くなんて事はあり得ない。

 投手の禁止事項にスピットボールという物が有るのだが、そのひとつに松脂を掌に塗ることで変化球を大きく曲がらせたりと変化球を扱う時に有利な反則球が存在している。ただし指先につければそれはただただ滑るだけだ、珠洲はそれに気付いていない。その事から、やはり誰かに意図的に仕組まれた可能性が高いのだ。審判が反則を取らないということからも誰かが翠感でロジンバッグに細工した事を暗に示している。詳しくは分からないが翠感が使用可能な以上、本来のルールよりも翠感が優先されるらしいからな。おそらく相手クラスの誰かが行ったのだろう。風間が許すはずもないだろうし、おそらくは暗暗裏に。




『フォアボール!』


 そうこう思考を巡らしている内にまたひとり出塁、進塁、一巡して1番バッターに打席が回ってきた。ノーアウト1、2塁そろそろ危ないな。



「タイムお願いします」


 僕は審判に申告して試合を中断し、珠洲が佇むマウンドへと駆けていった。それを不思議そうに周りが見守る中、僕だけが珠洲に接触する。すると珠洲は不安げな顔で僕を見つめた。


「マ、マスターさっきから何かへんで、すぐすっぽぬけちゃって………」


 責任を感じているのか終始声がうわずりっぱなしだ。真性のマゾな僕だけど可愛すぎてなにかに目覚めそう。そんな内に秘める感情を押し殺してさっさと用を済ませる。


「ああ、わかってる。その指先の松脂が原因で滑りやすくなってるんだよ」


 それを伝えると珠洲は自分の指先をちらりと見たあと、どうしたらいいかと目で訴えてきた。


「何とかしてやるから、その目をやめろ。目覚めるから」

「え?」

「いいから手を出せ」


 差し出された翠感を使って指の腹にオナモミの棘を表面にだけ貼り付かせる。オナモミとはキク科オナモミ属の一年草でその果実は衣服や犬の毛などにひっつく事で知られている。棘は比較的柔らかく鈎状でそれらが衣服などの繊維に引っ掛かるためひっついたように見えるらしい。マジックテープなんかもこの果実から着想を得ている。この場合はボールと指の間に摩擦を生み出すために付けただけだ、硬式ボールなら離れなくなる心配も無いからな。


「後は同じように投げればいい、あまりひとりで気負うな」

「……………ありがと」


 言い捨てるようにそそくさと守備位置であり走者の待つ一塁に駆け足で戻る。


『プレイッ』




 審判の試合再会の宣言が聞こえてきた。珠洲がマウンドへ上がろうとすると同時にその走者が一塁を離れる………それを確認した僕は今ほど珠洲からくすねてきたボールの入ったグローブを走者に当てた。


「はい、アウト」

「………あ」


 走者の女の子が自分の置かれている状況に気がついたのか間の抜けた声を漏らす。

 ―――――隠し球だ。きちんとピッチャーがマウンドに上がる前にタッチアウトしたからボークは取られないはず。主審は少し考えた後に右拳を頭の辺りまで上げた。


『アウト!』


 というわけでノーアウト1、2塁からワンアウト2塁となる。しかし未だに良い状況とは言えない。今から相手にするのは風間颯太含む上位打線だ。1番打者は抑えておきたい。ボールを珠洲に送球して、それを受け取った彼女はセットポジションを取り、投球モーションに入る。投げられたボールは岡がミットを位置した場所にきちんと収まっていた。スピードも問題ない。


『ストライク!』


 岡が珠洲に返球している間に相手はバットを構え直していた。続いてバッターに迫る二球目、ボールは捉えられることはなくストライクゾーン高めに構えられたミットに突き刺さる。


『ストライク、ツー!』


 オナモミの棘で本調子を取り戻したらしい。珠洲が投げた第3球、そのボールの鋭利な球筋をついにバッターは見切ることが出来なかった。



「ストライク、スリー!」


 審判の宣告が伝わりすごすごと去っていくバッターと入れ替わりに問題の風間颯太がバットを担いで打席に入った。ここを抑えれば勝率はぐんと上がるのだが………。当てればファールでさえホームランに変えかねない男だ。文字通り全力投球で挑む他ないだろう。珠洲の腕がしなり、ボールがうなりを上げ、キャッチャーめがけて飛び出した。


『ボール』


 乾いた音を立ててキャッチャーミットにすっぽりと埋まる。別にストライクを狙って外したわけではない、様子見だろう。風間は静かにそれを見つめるのみでバットを微動だにさせなかった。

 二球目を振りかぶり投げ出される剛速球、その直球はスイングされるバットをくぐり抜けキャッチャーの下に渡った。


『ストライク!』


 今度はストライク。


「ナイスピッチ、珠洲さん」


 岡がボールを投げ返す、それを受け取ると珠洲は再びモーションに入り二球目を振りかぶった。目標は外角高め………



『ファール!』


 バットは軸を外し、嫌な金属音を響かせてキャッチャーの背後に飛んでいった。危ない、あれが前に飛んでいたらホームランに調整されてしまうからな。

 そんな緊張感の有るやり取りに観客もただボールだけを目で追っていて辺りは清閑としている。続く三球目、その緊張の糸の張り詰められた空間で笑ったのは―――――――


 キィンッ



 風間だった。審判が右拳をくるくると回している。内角に投げられたボールは天高く放物線を描いてグラウンドから消えていった。



「「「いよっしゃぁぁぁっ!!」」」



 静観していたベンチに座るCクラスチーム一同が一斉に沸き、ホームに戻ってきた二人と和気藹々とハイタッチを交わしている。本塁打を打たれたため逆転されてスコアは、



【Bクラス    VS    Cクラス】

  2             3





 その後3番打者を凡退させ、二回裏が終了した。



 そして互いに得点があげられないまま三回、四回が終わる。




 迎えた最終イニング、僕が待ちに待った回だ。五回表先攻は僕らBクラス、バッターは2番の影丸からだ。ここで点を得ることができれば後は守備で相手の下位打線を抑えるのみ。



「…………行ってくる…」


 影丸は聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼそりと呟くとバット片手に打席につま先を向けた。それを見送りながらこれからの大まかな展開をベンチに座る自陣に話す。


「この後だが、影丸と珠洲どちらかには必ず出塁してもらう」

「それはもちろん努力するけど……」


 珠洲は僕の言葉の真意が分からないといったように首をかしげた。その中、委員長が素朴な疑問を僕にぶつける。


「“必ず”というのはそれをしないと負けるからでしょうか?」

「そうなる。要はひとりでもいいから走者が居る状態で芹に繋いで欲しいんだよ」



『ストライク!』


 言った直後、審判のストライクを知らせる声がベンチにまで届いてくる。


「私に?」


 今日一切の見せ場がない4番バッターである芹が驚いたように目を見張った。


「ああ、芹には毒化してもらう」


 毒化とはもうひとつの芹の人格を引き出すことだ。方法は簡単で五月に関する何かを見聞きすればすぐにそのもう一人の芹………言うなれば毒芹が出てくる。なぜ五月なのかはハッキリとしていないが、おそらくはドクセリと呼ばれる芹に似た有毒植物が五月の時期が一番背丈も似通っていて間違えやすいからだろう。“五月の芹は食べるな”といった言葉があるくらいだからな。


「そうしてポテンシャルを引き出し、最低二点をもぎ取って、それが終わったらピッチャーを珠洲と交代、リードしたまま試合を終了させて欲しい」

「でも………私が毒化出来るのは十数分ですよ?」


 そう、それがネックなのだ。そのため今まで使わなかったのだからな。彼女は一度毒化が終了すれば一時的に昏睡状態に陥り一時間は目を覚まさない。そのため攻守交替したあとピッチャーとして三人抑えるまで時間の勝負となる。


『ファール!』



「それについては間に合うように調整する、一球20秒ペースで投げれば問題ない」

「…………分かりました」


 なんて話してる間に影丸はレフトにフライを打ち上げてアウト。珠洲に打席が回ってきた。


「珠洲、頼むぞ」

「ふふっ」


 珠洲がそれを聞いて楽しげにくすりと笑った。それを不可解に思った僕は何となく珠洲に視線を向けていると、


「マスターが学校行事に夢中になるなんて珍しいね」


 彼女はそう言った。



「………Aクラスの連中が気に入らないだけだ」

「ふーん、まあ芹に繋げますよ」


 マウンドでの珠洲は何処にいったのやらすっかりと憎たらしげにその態度は変貌していた。


「いいから行ってこい」


 その背中を叩きマウンド上で待つ風間の方向へと押し出す。


「うん、行ってくるよ」


 小走りで打席に着いた珠洲は深くバットを握って構えを取った。初回ではホームランを打ったもののそれ以来打席に立つ度内野ゴロでアウトを取られている。最初、初回以降は敬遠されると思っていたがそれ以上に風間の技術は凄く自信があったらしい。

 ただヒットを願うばかりだ。Bクラスの推薦を得て楽して進路を進めたいという怠惰、Aクラスに対する報復したいと望む気持ちとCクラスの野球に対する募った想い、プライドが交差するこの勝負に誰もが口を閉ざし目を見開いていた。攻守、打者、それら勝敗を決する因子を考慮して、ここが最後の大一番と言っても過言ではない。Bクラスにとっては今が状況を覆すターニングポイントなのだ、故にここを守ればCクラスの勝利は手堅いものとなる。



 注目の第一球、


 三回表に取り替えられたロジンバッグを軽く握りしめた風間は真っ直ぐにキャッチャーミットの位置を目で確認して深く呼吸を整えると躍動感あるピッチングを僕らに見せた。


『ストライク!』


 珠洲はそれを目でじっくりと追い続け内角を通過するボールを見逃す。…………やはりボールは見えている、スイングすればボールを捉える事も可能だろう。

 ただ風間がピッチャーの場合、それでは不確実。ヒットにすらならない。珠洲はベストなタイミング、角度を定めてバットの芯に力が充分に伝わる瞬間を模索している。そうでなければ打ち返した球の運動量は風間によって調整されてしまうから、それに打ち勝つバッティングを彼女は狙っているのだ。

 二球目、風間は振りかぶった腕に力を溜めて、一拍置いてからそのボールを投げ放った。


『ストライク、ツー!』


 瞬きする間にボールはキャッチャーミットに埋まる。珠洲はバットを構えたまま動かなかった。その様子を見て風間は第三球目を振りかぶる。


『ボール』


 警戒から、インコースとは外れたところにミットが置かれ、キャッチャーの指示通りボールが投げられた。ボールの勢いも風によって緩急がつけられ珠洲からストライクを奪いたいという欲が前のめりに出ている。

 五球目、緊張感のせいか彼の投球フォームに疲労が感じられ投げたボールはいつもとは違ち精彩を欠いていて―――――打ち頃だった。


 キンッ



 スイングしたバットはその甘いボールを捉えるものの飛んでいくそれにはホームランには足らなかった。やはり押し戻されている、それを見ながら一塁を目指して走る珠洲。誰もが見守るボールの行方は外野のフェンス一歩手前で落ちる。外野手はそれを拾うが既に珠洲は二塁まで辿り着いていた。


『がんばれーっ!』

『珠洲さまぁ、かっこいいですっ!』

『きゃあーっ!』


 等々、同じBクラスの生徒がそれぞれ歓声を上げる。それに続くは満を持しての登場、4番バッターの芹だ。僕のとなりに座る芹と目を合わせ、


「それじゃ、はい」


 スマートフォンに表示された鯉のぼりの画像を見せた。五月といえばゴールデンウィーク、鯉のぼりのツートップだからな。すると途端に桃色の長い髪が黒みを帯びていく、毒化の特徴だ。いま彼女は毒芹となっている。


「41のアイスクリーム奢ってやるよ。だから最低でも三塁打な」


 毒化により粗野な性格へと変貌した芹にそう言い放つ。それを聞いた彼女は睨みを効かせながらも無言で打席に向かっていった。毒芹は素直で扱いやすいんだよな。


「ここでアウトをもぎ取る!」


 芹が今までと雰囲気やらビジュアルやらが違うことを察知して風間の顔は険しくなっていた。珠洲に二塁打を打たれた事も関係しているのだろう。バットを気だるげに持つ芹が打席に立つと、マウンドの投手板を踏む動作ひとつひとつに慎重さが感じられた。

 そしてセットポジションを取り時間を置いてボールを投げた。ミットの位置は外角低めのアウトコース、スイングすればまず当たらないだろう。だが、彼女は打った。


 ベキッ


 無理な体勢でボールを打ったため、バットの芯から外れた位置に当たり、またボールの威力、スイングスピードも影響してバットは根本から折れ曲がった。そしてボールは浮力と風によって押さえ付けられる力が均衡しているのか反射したように真っ直ぐに飛んでいって一番奥のフェンスに直撃、それを見ながら芹は一塁を駆け珠洲は三塁を過ぎていた。


『回ってぇっー!』

『きゃーっ! 芹さまぁ!』


 黄色い声が飛び交い、珠洲がホームベースを踏んだ。



「よし、これで同点」


 思わず声に出る。そして再び4番の姿を目で探すと未だ走ってる芹を発見した。


「まだ、Cクラスは塁にボールを送らないのか?」


 よく見るとフェンスでひとりの外野手がもたもたしていた。ん? あれは………。



「畦倉くん、嵌まってるよ。あのボール」

「ほんとだ」


 件のボールはがっちりとフェンスに嵌まっていて、それを取ろうと苦心する姿がよく分かる。そんなこんなで芹もホームに還り呆気なく僕らBクラスな逆転した。



【Bクラス    VS    Cクラス】

  4             3



『『『うおおぉぉぉっ!!』』』





 そしてその後は芹の毒化のタイムリミットのため、平子、田吾作と立て続けに内野ゴロで直ぐ様アウトになってもらい、守備に回った芹はピッチャーとしてその回のみノーヒットノーランという好成績を叩き出す。



 結果、1回戦はBクラスの勝利となった。




 【1回戦 BクラスーCクラス 種目:野球】


  勝利:Bクラス

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