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七人寄れば姦しい  作者: 二番
6/15

前日

 球技大会と聞いて何を思い浮かべるだろうか。野球にサッカー、バスケットボール、育まれる友情、勝利の悦び、深まる男女の縁。言うまでもなく僕はその連想される浮わついた言葉が大嫌いだ。それは種目であるスポーツまでも嫌いになる勢いである。スポーツは苦手でないのに運動が嫌いになる一端が僕の場合これだ。



『『『Aクラスに勝つぞ!!』』』


 その騒がしい叫声の後に女子の甲高い奇声と男子の歓声が教室内で大合唱を作り上げていた。ついでに言っておくと球技大会が催されるのは明日である。

 彼等がここまで球技大会に固執し熱望しているのは僕を含めた九人もの『高木層』、またそれ以上の存在がBクラスに有るためだと思われる。打倒Aクラスを掲げる彼等には日頃から溜まっているものが有るのだろう。



「皆さん元気ですね」


 そんな光景を尻目に奈瑞菜は呟いた。元気も程々にして欲しいけどな。現在は昼休みなのだが、落ち着いて食事をとれるような状況ではない。昨日の残りであるBクラスの翠感測定がやっと終わって休憩がてら教室に戻ってきたらこれだ。


「とにかく弁当をくれ、ストレスで死にそうだ」

「はいはい、今出しますよ」


 そう言ってスクールバッグから傾かないよう固定された弁当用の重箱を取り出した。無意識に顔が朗らかになっていくのが分かる、ここで箱を開けたら中身がサバ缶とかだったら泣くぞ。しかもあの時はプルトップ缶じゃなくて缶切りで空けるタイプだったんだよな………漫画に影響されて指を鍛えていた同じクラスの近藤くんの指が曲がってはいけない方向にくの字に曲がったのは今でも鮮明に覚えている。


「なんて顔してるんですか」

「いや、昔の事を急に思い出してな」


 どうやら近藤くんを慮るばかり顔に出てしまっていたらしい。


「何でもいいですけど、今日は手が込んでるので期待しても大丈夫ですよ」


 僕は机をひっつけて対面して座る奈瑞菜にその重箱を手渡される。そして並べられた二つの机の間に椅子を持ってきて座っていた菘の前に重箱を運んだ。ちなみに他の五人はそれぞれ友達と食べるだの何処かへ行ってしまったらしい。


「ああ期待してるよ、寧ろ弁当にしか期待してない。これが無かったら学園来てないわ」


 こちとら弁当だけが唯一の楽しみなのだ。弁当箱に白飯とサバ缶しか入ってなかったら耐えられん。


「…………マスター……海老」


 そんな心配は菘のその行動と添えられた言葉で杞憂に消えた。


「豪勢だな」


 菘の箸は赤く染まった背のくるりと丸まった車海老の塩焼きを掴んでいた。

 箱を開けると中にはぎっしりと並べられた車海老に伊達巻きや昆布巻き、飾り切りされたかまぼこ等、お節で定番だと思われる料理がところ狭しと詰められていた。


「おお」


 思わずその彩りに感嘆の声を漏らしてしまう。僕は最初に伊達巻きを箸で掴むと口へ放り込んだ。


「これは無類の味だな、賞賛せざるを得ない」


 料理が豪華なためか何故か少しばかり畏まった口調になりながら感想を述べる。奈瑞菜はお菓子作りは下手なんだけど本当に料理は旨いんだよな。特に和食がおいしい。


「それは良かったです」


 奈瑞菜が微笑むとその隣で菘は何かに気づいたように隣を振り向いた。


「………奈瑞菜、これ大根の煮物入ってるよ」

「あ」


 別に菘が大根が苦手とかそういうわけではない。僕と奈瑞菜と菘の弁当の中身が同じように他の五人も同様というのが問題なのだ。つまり清白(すずしろ)……大根の精霊である珠洲の弁当にも入ってるわけで、食べてしまうと交感神経が刺激されて落ち着きのない状態になってしまう傾向に有るらしい。


「ま、食べなければいい話だろ」


 そう食べなければ問題はない。以前珠洲が食べた時は自らの欲望に素直になって腐の波動に目覚めたわけだが。ちなみに珠洲は世界最大の桜島大根や世界最長の守口大根のような日本の大根に恥じぬようとか言って筋力、敏捷力、耐久力をカンストさせたようなステータスを翠感として有している。


「………周りの男の子が女装被害に有ってなければいいけど」


 それ以上はあまり想像したくないので、そこで珠洲の話は終えると弁当をつつく作業に戻った。既に1/3は僕の胃の中に消えており箸のスピードは未だ変わらない。


「マスターあまり早く食べると午後に支障しますよ」


 その姿を見て奈瑞菜はそう発言する。午後に何かあるのだろうか? その疑問を伝えるまでもなく奈瑞菜は話してくれた。


「昼休みが終わると大会の内容だとかが放送で発表されるのでそれから下校時間までは毎年、情報戦が繰り広げられんです」


 情報戦って何だよ。指揮統制戦とかハッカー戦とか電子戦とかの情報戦か?


「いや球技大会だよな?」

「はい、学園長がそう定めているので」

「………そして翠感は使ってはダメ」


 奈瑞菜のあとに菘がそう付け足した。球技大会をにおける情報戦の意味がよく分からない、単純に球技を行う生徒の情報を知らせないだとかそういう事だろうか?



 そんな疑問を抱きながら昼休みを終えた。



***





『――――これより第二十四回球技大会のプログラムを説明します』


 黒板の上に設置されたスピーカーから教師のものと思われる声が聴こえていた。この時間はどのクラスも教室内でスピーカーから発声される内容に耳をそばだてるらしい。教室では春の七草含めた全てのBクラス生徒が席に着いていた。


『今大会はトーナメント形式で行われます。1試合目がBクラスーCクラス、DクラスーEクラスで競技をします、それぞれ勝ち進めたクラス同士が2試合目を執り行い、勝ち越したクラスが最後に3試合目でシード参加のAクラスと対戦となります』


『球技の種目は1試合目から野球、バレーボール、ダブルスのテニスとなります。競技に対する細かなルールはクラスの委員長に伝えてあるのでそちらからご確認お願いします。尚、それぞれの種目には必ず代表が一人参加することを原則とします。そして優勝商品ですが、優勝したクラスの生徒全員に推薦文を書くことを確約します』


『大会当日に翠感を使用することは認めていられますが、本日この時間をもってして翠感、暴力の行使は禁止します。違反したことが確認された場合はそのクラスが出場停止となりますのでお気をつけください』


 注意事項を伝えるとスピーカーからブツッと音がして放送は終了した。Aクラスのシード参加に優秀な生徒を推薦したいという学園側の思惑がひしひしと感じられる。――――気に入らないな。



「クラスの代表を男女別で決めますので推薦をお願いします。また選ばれた方には拒否権はありませんので悪しからず」


 そうして午後の情報戦とやらの準備が始まった。教壇上に立った委員長はあらかじめ用意していたであろうくじ引きで使われるだろう真ん中に穴の開いた箱を持っている。


「今から紙を配りますのでそれに推薦したい方の名前を書いてください」


 委員長と他数名の女子生徒が僕達に紙切れを配っていく。どうやら女子は女子の男子は男子の代表を決めるらしい。僕も受けとったのだが、誰を書いたらいいのやら。


「すまない、名前教えてくれ」


 僕は横の席に座るソイツに声を掛けた。昨日端から見た限りだとクラスの信望も厚い人気者らしかったからな。この辺が妥当だろう。


「俺の名前かい? (おか)武司(たけし)だよ」

「岡、武司……っと」


 そのまま紙切れにその名前を書いた。それが意外だったのか岡は不思議な様子で僕をまじまじと見る。気持ち悪いわ。


「なんだよ」

「いや、少し意外だったからね」

「別に深い意味はないぞ、お前こういう青春くさいイベント好きだろ? 適任だと思ってな」

「畦倉くんは嫌いなのかい?」

「そうなるな」


 そこまで言い終えると岡は「そうかい……」と呟くと何かを紙切れに記した。



「回収しますので、この箱に入れてください」


 それから数分が経ち委員長が机と机の間を歩いてその票を集める。教室内を一通り歩き回ると彼女は教壇に上がり集めた紙を取り出して開いていった。


「奈瑞菜さん」


 そこに書かれた名前を読み上げると隣に立っていた少女が奈瑞菜と書いてその下に一と記した。そしてまた委員長は次の票を開く。それを繰り返していくうち、男女それぞれすぐに代表は決まった。たくさん連なった正の文字を下から追っていく、そこには『奈瑞菜』『岡武司』二つの名前が黒板に書かれていた。

 なんとなく予想していた二人だ。先程の“1種目に必ず代表が参加”という点で考えると代表になるのは運動神経がいい生徒が適任かと思われる。それだけだと珠洲や他にも該当する生徒が要るのだろうが最後のテニス、ダブルスのため二人しか出られないので中学時代テニスで県一位をもぎ取った奈瑞菜が選ばれたのは必然だろう。


 岡は見た目からスポーツ出来そうだしな。筋肉の鎧纏ってるし。



「あの二人ならAクラスの木田コンビにも勝てるだろ」


「ああ、岡くんはテニス部の部長だし、奈瑞菜さんは体験入部の時、木田に1ゲームも取らせなかったもんな」



 そんな会話が聞こえてくる。どうやら筋肉の使い道はテニスだったらしい。ちなみに件の二人は委員長と入れ替わるように教壇に立っていた。



「今から主に他クラスへの諜報活動及び種目に参加するメンバー、作戦を会議しよう」


「その際に皆さんの翠感を考慮して選出しますのでそれにうってつけな………」


 何だか嫌な予感がする。



「「畦倉雅章を参謀役とします(するよ)」」


 同時に奈瑞菜と岡の視線が僕に突き刺さった。



「………」



「確かに翠感測定の時審査員席に居たしな」「『管理者』さんでしょ? ちょうどいいじゃない?」「やっとAクラスに勝てるんだな……」


 クラスのあちこちから前向きな意見が耳に入る。……はぁ、納得いかないけどAクラスに勝たれても後味悪いしな。


「……分かったよ」



***




 参謀という球技大会に決して必要のないと思われる役職に就いた僕は教壇に立つ奈瑞菜と岡の隣で佇んでいた。



「えーとそれで情報戦だとか諜報活動ってのは相手クラスの情報を引き出してそれの対応策を練るって事でいいか?」


「そうですね。後は正しい情報の確保と漏洩の防止、つまり戦力を削がれないようにするんです。皆さん推薦が懸かってるだけに必死ですからね」



 桜ヶ丘学園の推薦というのはとても効力の大きいもので進学は勿論、就職にも対応しているらしい。結構な大企業等と太いパイプがいくつも有るためこの球技大会は注目度が大きく毎年世界中から来賓もやって来るらしい。あの校舎にはとても見えない高層ビルもその来賓を手厚くもてなすためだとか。

 だから、彼等のモチベーションは理解できるのだが分からない点が有る。


「戦力を削ぐってどういうことなんだ?」


 放送では翠感や暴力などの実力行使は禁止されていたはずだ。


「それはだね、出場する生徒を減らして試合に参加させないという意味なんだよ」


「参加させない?」



 岡の言葉に余計理解に苦しむ。何らかの方法で参加させないこともポピュラーな対策でも言いたいのだろうか。


「すまない、詳しく説明してくれ」



 顔をしかめながら思い悩む僕を見た岡は教室にいる生徒全員に聞こえるであろうボリュームで話し始めた。


「中等部以前からこの学園に通っている人は分かると思うんだけど、今から行う情報戦というのは公開されなかった情報をかき集めてまず試合に参加する所からはじまるんだよ」



 少し前に放送された情報だけでは不十分で参加することすら出来ないという事は分かったが情報戦というのが未だに漠然としていてイメージできない。



「つまり、俺達Bクラスは諜報部隊や残った生徒で自身のクラスの情報を守り且つ相手クラスの雑多とした情報から正しい物を見抜かなければならない」


「その情報というのは?」


「大体が試合を行う場所だったり、代表生徒の個人情報だね」


「試合開始から十分ほど経ってしまうと不戦敗扱いになってしまうんです、それに代表生徒は必ず一人は参加しなければ行けませんからね」



 なるほど、間違った試合場所を教えられでもしたらたまったもんじゃない。広大なこの学園には3つものグラウンドが存在していてとても十分じゃ移動出来ない距離を保っている。

 僕はようやく岡の言葉と奈瑞菜の捕捉でその形が見えてきた。


 つまり………



「情報戦は試合運びのための対策を練り、試合に出るために正確な情報を選ばなければならないリテラシーがクラスとして試されるわけか」


 そして鬼門なのが“クラスで”というチームワークが要求されている点だ。それは僕の最も不得手としているところでもある。



「そうなります。それと諜報部隊を使うことで情報を得るんですけど、その時に鍵になるのが教師から教えられる幾つかの正しい情報なんですよ」


「その正しい情報というのは?」


「今回Bクラスに知らされているのは、Cクラスには野球部のレギュラーが六人とキャプテンがいる、D、Eクラスそれぞれにバレー部員が十人いる。どちらも性別は問わない。この二点です」


 おもいっきり不利だな。最初に野球でCクラスと当たり勝ち進めばまた経験者と対戦するわけだ。おそらくどのクラスにも分のある種目が有り、このクラスはそれがテニスなんだろう。30人クラスに1つの部活の部員が10人なんてのは多すぎるからな。


「あ、それとですね。Aクラスだけ情報を全て解放してるんですよ。最後の試合が不戦試合だと来賓の方にも悪いですから」



 そうしてようやく情報戦とやらが理解できたところで諜報部隊の編成、球技に参加するメンバー及び作戦を決めるのがクラス全員の翠感を知っている僕の仕事というわけだ。


 

「えー、取り合えず菘、珠洲、芹、御形、平子、撫子の六人は此方に集まってくれ」

『『『はーい』』』


 ぞろぞろと六人は席から離れて教壇の端に集まった。そうして『高木層』とそうでない生徒を分けたところで対陰性の植物を探し出そうと室内を概観する。隠密行動が比較的得意な能力だからな。彼等に多かったのは確か観葉植物だから………。


「オリヅルラン、テーブルヤシ、ガジュマル、ホヤ・カルノサ、これ等の翠感を有してる生徒はヒカゲノカズラの影丸(かげまる)茂樹(しげき)を中心に諜報部隊として活動して欲しい」


 影丸をリーダーに据えたのは彼が唯一の対陰性の『亜高木層』だからだ。それにどうしても司令塔というのは必要になる。


「俺で……いいのか? 翠感は使えないんだぞ……?」


 頭の黄色いバンダナが印象的な端正な顔立ちの彼はゆったりとした口調でそんな言葉を口にした。影丸茂樹本人である。


「ああ、対陰性の翠感を有してる人間は普段から背景に溶け込むのが上手いんだよ。隠密にはうってつけなんだ」


「……そうか」


 彼も納得したようなので彼らを一纏めにして後ろの黒板回りに移動させた。えーと9人か……そしたら、


「他の生徒はこの教室周辺で怪しい人間が居ないか監視をしてくれ」


 指示はこれでほぼ全てだが彼等が言う通りに動いてくれるかどうかが気掛かりだ。それさえ出来れば作戦に集中できるのだが…。

 そんなことを考えながら視線を巡らすと彼等が僕の方を見ているのに気付いた。

 何か合図のような掛け声を待っているのが僕にもなんとなく分かるのだがこういう時、何をしたら――――



「あー、円陣でも組むか?」

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