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七人寄れば姦しい  作者: 二番
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翠感測定

 前にも話した通り翠感というのは現在軍事的に使われることは無く、自衛隊や格闘家などの例外を除き戦闘に用いられることもない。それゆえ大概の人は翠感を就職や仕事の効率化のためだったり社会に都合のいいよう成長させていく。

 その一例として僕の場合だと『管理者』であることから『低木層』『亜高木層』などの犯罪を容易に取り締まれるということで警視庁から警部が青田買いと称して中学校までやって来たことがある。勿論、断ったが。

 そのように就職に翠感が使用されるようになったのは第二次世界大戦終戦後からだ。ちなみに古くからある学校にはその戦争の名残から軍事目的に作られた物がオブジェとして残ってる場合が多々ある。


 この楕円形の訓練場もそうだ。長径132メートル、短径88メートル、高さは格技場と同じで48メートル。少しばかり小振りなこのコロッセウムのようなオブジェが訓練場として扱われたのは今では昔のこと。現在は当時無骨なコンクリートだったらしい床も畳が敷き詰められている。主に用途は柔道部の練習や体育、今のように月に一度の翠感測定で使われることらしい。昨夜見た桜ヶ丘学園のホームページに全部書いてあった情報だ。

 視覚としての新しい情報は柔道部の試合を観戦するためか周りに備え付けられた客席やコロッセウムの外壁が校門と同じように翡翠色の対翠感性合金でできることだろうか。畳にも同じ翠感耐性が施されているらしく密かに翡翠色に煌めいている。


 そんな畳の上に座る僕を含めたBクラス一同は担任の説明に傾聴していた。


「今から配る用紙に自分の長所、翠感内容、そしてその活用法を進路をよく考えて纏めてくれ」


 言い終えると他クラスの先生方も用紙を僕たちに配り始める。回されてきた用紙には大きく今ほど聞いた担任の発言と似通った内容が記載されその下には原稿用紙一枚が丸々プリントされていた。


「受け取ってない生徒はいるか? ……いないな、よしじゃあ少し時間を取るから呼ばれたらあそこに移動してくれ」


 “あそこ”と呼ばれたのは年配の方が会議用テーブルでよくみる長机に並んでいらっしゃるところだろうか。皆、手元には書類だったりノートパソコンだったりと何かを記録する媒体が置かれている。


「時間はそうだな………15分くらいでいいな。書くのが間に合わなければ他の生徒に順番を回すからその間に書くといい」


 言い残し年配の先生方がいる方へ去っていく。しかし進路ね、働かないって選択肢はないんだろうな。


「はぁ……」


 そんな現実に思わず深いため息を吐く。すると不運なことに教室で僕の隣に座っていた男ゴリラと目が合ってしまった。


 「畦倉くん、いきなり不躾な質問で申し訳ないのだが……」


 と前置きして僕に疑問をぶつける。


「やっぱり求人とかも沢山やって来るのかい?」

「まぁな。働く気は一切無いけど」


 その問いに無気力に答える。不労所得が得られる召還術とかないですかね、ほんと。


「それは勿体ないね、僕からしたら羨ましい限りだよ」


 彼はそう言い捨てると手元の用紙に目を落とした。そういやコイツ奈瑞菜が言うに元Aクラスだったよな、就職先はたくさん有るんじゃないのか?


「いや、お前『高木層』なんだろ? お前こそ引く手数多じゃないか」


 どの企業も役員だとかの重役は『高木層』が担っている場合が多い。『高木層』とはそれだけステータスなのだ。


「でも僕のは稀少さだけで『高木層』に選ばれたから、来る求人も少し変わったものしかなくてね…」


 だから自分の希望の職に就けないといったところか。しかしそう言われるとコイツの翠感が気になるな。希少さで『高木層』に選ばれる場合は世界でただ一人の場合のみがそれに適用される。


「因みに植物の名前聞いていいか?」


 そんな興味本意の質問に彼は快く応えてくれる。


「タンブル・ウィードだよ」


 タンブル・ウィード………確か回転草の事だよな。よく西部劇なんかで風に吹かれてコロコロ転がってるアレだ。


「全く想像が出来ないな、どんな翠感なんだ」

「別に大したもんじゃないよ。ボールのように丸まれるくらい体が柔らかくなるだけ」


 なるほど、それで来る求人も偏るわけだ。しかしこの筋肉の塊がボールになるのか……少し見てみたいな。


「で、お前としてはどんな職に就きたいとかやっぱり有るのか」

「……そうだね、実は警察官になりたいんだけど普通に就職活動するしかない。あまり翠感には頼れないよ」


 だからその筋肉なのか……? 日本の警察としては浮きそうだな、アメリカ辺りなら溶け込みそうだけど。

 そんな感じで交わされる僕と彼の対話に少し高めな女性のものと思われる声が間に入った。


「畦倉くん」

「んあ、委員長か」


 綺麗な黒髪を三つ編みおさげという髪型に呈した彼女はBクラスの委員長だ。委員長であるのに眼鏡を掛けていないことが悔やまれる。


「畦倉くんはその用紙書かなくていいよ」

「そうなのか?」


 委員長は縦にうんと頷く。書かなくていいのは有り難いけど何故だ? 学園長の計らいというわけか? よくよく考えれば此処にこうしていること事態仕事だしな、就職は済んでることとなる。


「だって畦倉くんは審査側だから」


 そう言って担任が“あそこ”と呼んだ長机に並んだ教師達を指差す。……それはそれで嫌なんだが。

 しかし雇われの身である僕にもちろん拒否権は無かった。


***



「では次の方、前へ」


 結局、審査する側に移った僕は長机の端に座り白髪の目立つ男教師の隣でその債務を可能な限り負担していた。


「書類を」


 呼ばれた女子生徒は半時ほど前に渡されたプリントを担任の巌教師に手渡す。それには彼女の個人情報が詰まっているわけで本日転校してきた僕に見せるべきものではない。


 だから、


「先生ちょっと良いですか?」

「なんだ」


 僕は巌教師にその考えを提起する糸口として口を開いた。


「同年代の僕が彼女の個人情報を見聞きして審査するというのはおかしいと思うんですが、それも今日が転校初日ですよ。貴女もそう思うでしょう?」


 要点だけをまとめ、食い気味にその女子生徒の同調を得ようと問い掛ける。


 しかし……


「いえ、私は大丈夫です。それに畦倉くんとは確かに面識は無いけどあの『翠感者』さんだし、そんな人に評価してもらえるんだったら嬉しいです。……それに可愛かったし」


 彼女は躊躇いなく毅然とそう言い放った。いや、嬉しいんだけどそれだとこの場から逃げ出せないから。最後のは聞かなかったことにしよう。


「諦めろ畦倉、もう五回目だぞ。黙って職務を全うしろ」

「………はい」


 というわけで再開される翠感測定。



「えーと土田さんは翠感がスギナと書いてありますけど、どんな感じか見せて貰えますか?」


 僕は回ってきたその用紙を元に何故か面接染みた台詞を口にする。


「はい」


 土田さんは短く答えると鈴なりに並ぶ審査員の前で足を翡翠色に煌めかせた。それが数秒続き彼女の足裏から細っこい根のようなものがうねうねと生えてくる。


「それは?」

「これはですね。地面が土ではないので今は出来ないんですけど、地面が土の場合このスギナの根が地中に根付かせると――」

「と?」

「躓いたとき転けないんです」


 彼女の用紙には名前の隣に『低木層』と書かれている。ま、大抵の翠感はこのようになんでもないものばかりだ。この質疑応答の間も他の審査員である教師陣は黙々と何かを記録していく。


「なるほど、それを今後どう活かそうとか考えたりはしていますか? 希望の職は事務員と有りますが」

「してませんね」


「はい、有り難う御座いました」


 だいたいこんな感じだ。そして彼女の翠感測定は終了し帰路につく。全くもって羨ましい。そんな僕は此方に背を向け帰っていく彼女を恨めしげに見送っていると、


「次、前へ」


 担任の野太い声が聞こえた。まだ終わらないのか……とため息を吐きそうになるが、男子は全員終えているため残りは女子だけだ。その女子も八人ほど終えてるのでその残りも少しだろう。そう思い顔を上げる。


「あらマスター、ごきげんよう」


 まあ、そろそろ来ると思ってたよ。それは我らが春の七草の一人、平子だった。平子は体操服が真ん中から張り裂けそうな胸を揺らし用紙を担任に手渡す。その手渡された用紙を僕は嫌々受け取った。


「えー、じゃあ平子。取り合えず能力使って」


 適当な口調になる僕の質問に平子は「了承しましたわ」と呟いた。説明を受けるまでもなく彼女のことはよく知っている。僕は平子の主だからね。


「お出でなさい」


 いつものような艶っぽい声ではなく凜としてソレを呼び出す。ちなみに精霊がその能力を発揮する際に翡翠色の光が現れることはない。

 そのため突然歪んだ空間が現れ、そこから出てきたのは紛れもなく見たまんまの“鬼”だった。三体呼び出されたそれは何するでもなくピシッとその場で直立している。血で赤黒く染まったような肌に三白眼の目付きは鋭く、額から突き出た二本の角や口に収まりきらない牙はその凶悪さを表していたが彼等は例外なくリクルートスーツを着用していた。

 平子の能力は単純に鬼を召還、使役できることだ。平子は『コオニタビラコ』の精霊のためか鬼という部分に過剰に反応し翠感としてこの力を発現したらしい。


 『コオニタビラコ』とは春の七草で言う『ホトケノザ』の事である。余談だがオニタビラコという植物が他に存在していて、その「鬼タビラコ」はタビラコの大きいものの意であるから、そこに小さいを付けた「小鬼タビラコ」は大きさがよく分からない曖昧な物となっている。

 そのためかこの三体の鬼も体格がまちまちであった。二メートル近くある巨漢も居れば平均的な者もいて小柄な鬼も存在していた。

 そこまで確認して僕はようやくその用紙に目を通す。


「社会に対するメリットで人件費の節約と書いてあるけどもこれは?」


「単純に私一人を雇えば四人分の働きが望めるということですわ」


 簡単に言うがそれは凄まじく難しい。僕がそれを可能とするならば既にやっている。いや、物理的に出来ないわけではないのだが精霊を自分の思うがままに働かせるのは法に触れてしまう。樹人であれば法に触れる事は無いのだが単純な動きしかできない上会話なども不可能だ。しかし、それゆえ僕が不可能としていることを平子のはやってのける。

 それを知らない審査員の教師陣はその発言に異を唱えた。


「それはおかしくないかい? 植獣に会話や複雑な動きは出来ないはずだ、力仕事でも指示が君しか与えられないしデスクワークなんかも不可能だ」


 その一見もっともな指摘は間違いで有ったことが直ぐに確認された。


「いえ自分等は会話も可能であります。それに力仕事だけでなくデスクワークも出来るように努めてきましたので、ワード、エクセル、パワーポイントであれば使用できます」


 人智の感じられる鬼の口調に度肝を抜かれたらしく教師陣は一同ポカンと口を開けていた。


「そういうことですわ」


 誇らしげに強調される屹立する平子の双丘を凝視しながらその確認のため僕は指示を出す。


「それじゃ実際に書類を作って貰えるか? そうだな……学校のお知らせで登下校時の交通事故に喚起する文を頼む」


 それを聞いた鬼達は、「了承しました」と答えると担任からノートパソコンを受け取った。

 貸し与えられた学習机にノートパソコンを置きパイプ椅子に一人の小柄な鬼が座るとマウスをカチカチと操作しているのが対面する僕にも分かった。正直吹き出しそうだが頬に力を入れてなんとか堪える。


「吾平、拝啓の文字が背景になってるぞ」

「それに保護者様各位に“様”は要らないんだ“各位”が敬称だからな」

「む、本当だな。すまない田吾作、信蔵、すぐに直す」


 僕はそのやり取りを息を止めることで耐えきり、吾平はブラインドタッチを駆使してその文を書き上げていく。十分後にその文章は完成した。


「出来ました」


 僕の前に運ばれてきたノートパソコンを確認する。


            平成○○年○○月○○日

保護者各位

                 ○○学校校長

                   ○○○○


   登下校時の交通事故防止についてのお願い


拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。平素は本校の教育活動につきましてご理解とご協力をいただき、誠にありがとうございます。


 さて、学校では、日頃より登下校時の交通事故にはくれぐれも注意をするよう指導を行ってきたところですが、先日、登校時に本校生徒が乗用車にはねられて怪我をするという事故が発生しました。この事故を受けて、交通事故の防止に万全を尽くすよう指導を行った次第です。


 つきましては、保護者の皆さまにおかれましても、ご家庭でご指導をお願いいたします。


 なお、お気づきの点がございましたら、学校までお知らせください。

                     敬具




 まるで文例を丸パクリしてきたような無難なこの文章を鬼が作ったことに感動すら覚える。僕はそのまま長机づたいにノートパソコンを隣に流して教師陣に見せた。


「「「「な、なんと………」」」」


 その様子を確認して僕は平子に向き直る。


「平子もういいぞ。先生、次お願いします」


 あと少しなんださっさと終わらせて僕も帰る、それだけを目的として僕は早く終わらそうと担任を急かした。ちなみに高スペック鬼は既に還った。平子もその場から離れていく。


「次……ん?」


 数の少なくなったBクラス生徒は残り奈瑞菜達の数名だったが彼女達が待機していた場所に他クラスだと思われる大勢の生徒らが鎮座していた。その中の一人がてとてとと小走りで此方へ駆け寄ってくる。


「君は何クラスだ?」

「Cクラスです。Bクラスの翠感測定が少し遅くて時間が押してるみたいなので先に他のクラスに回してくれと担任が」


 どうやらのんびりとやり過ぎたらしい。平子にも結構時間掛けたしな。

 代表してやって来たその女子生徒の言葉に巌教師はうーんと唸ると仕方無いかとその提案を了承した。ということはBクラスの翠感測定は中断、僕は帰れるというわけでは……? そうに違いない。


 悦びに満ちる僕を余所に担任は委員長を手招きして呼ぶと、


「Bクラスの翠感測定は後日に回すから取り合えず今日は帰っていいぞ」


 そう伝えた。そしてその言葉を聞き颯爽と帰ろうとする僕の襟を掴み、


「お前は全クラス終わるまで審査員だ」


 こうも伝えた。



****





 結局その後、僕が解放されるまでにそれから五時間ほどの時間を費やし、校舎の外に出た僕は暮色の迫る空を見上げながら登校最終日に担任に復讐してやろうと誓っていた。具体的にはレトルトのカレールーを靴に流し込んでやろうと奸計をめぐらしていると遠くから歩いていくる六人の影が見えた。

 それを見ていると、



「遅いですよマスター」


 背後から声が聞こえてきた。その声は聞き慣れた女性のものだ。


「悪かったな、じゃあそろそろ帰るか」

「ええ」




 こうして僕の高校生活初日は終了した。

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