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七人寄れば姦しい  作者: 二番
4/15

Aクラス

 歴史……それは万物に存在する今までの経緯。僕の目の前で雑然としている有象無象の同級生一人ひとりにも歴史は確かにそこに有るのだ。現存する物だとなお分かりやすい。

 例えばブルマーは、日本にやって来た当時、腰と裾口にゴムが入っている以外はだぶつきのある作りで、運動時の可動性を確保するためにギャザーあるいはプリーツがつけられていた。そのため形状はカボチャパンツのようであり、ちょうちんブルマーと呼称されていたそれは後に化学繊維とニット素材の発達により臀部にぴったりフィットしたショーツ型へと進化する。このショーツ型ブルマーは思春期の男子に差し響き、確実に脳はブルマーに侵食されていったのだ。


 つまり何が言いたいのかというと……。


「ブルマー最高」


 格技場の隅で群れているブルマーを目にして感慨深く頷く。格技場とはどうやらドーム状の建物の事だったらしく、ここに繋がる長い渡り廊下を通って僕はこの喧騒に包まれた空間にやって来たのだった。このブルマー畑が無かったらストレスで直ぐに発狂していたことだろう。とにかくストレスが凄い。血圧の上がる速さは直ぐにでも動脈硬化にならんとする勢いである。

 見渡す限り唯一、体操服ではなくブレザー姿の僕は気を鎮めるように壁を背に座り込み、体操服に着替えた暑苦しい学生どもを視界に入れないよう癒しを求めていると視界の隅に揺れるポニーテールを捉えた。


「死にそうな顔してますよ」

「奈瑞菜か、ああ学生アレルギーがな……」


 学生アレルギーとは思春期の子供の半径五メートル以内の空気中に含まれる特有の抗原を取り込む事によって免疫が過剰に働くことをいう。症状は目に入った学生を思わず(めっ)したくなる等々。

 鬱屈の眼で奈瑞菜を見つめると彼女はこめかみに手を当てふぅと溜め息を吐いた。


「相変わらずですね」

「ほっとけ」


 ぶっきらぼうに答えながら周りに視線を巡らすと取るに足らない情報が入ってくる。例えば(ねんご)ろな関係になりたいという欲望が丸出しの少年ABCDが奈瑞菜に対して微妙な距離を保ちながら機会が有ればいつでも話掛けられるようににチラチラと此方を見ている事だったり、同じクラスの親切ゴリラを中心としたグループがやたら五月蝿(うるさ)かったりと。

 中でもこの少年によるABCD包囲網はとりわけストレスが溜まる。只でさえこの学生による蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)のせいで僕の堪忍袋がぶんぶん振り回されているというのに。

 そんな事を考えながらその渦中の人である少女を見つめる。


「やたら可愛いってのも考えものだな」

「へ?」


 突然の労いの言葉に奈瑞菜はぽうっと顔に熱を帯びさせた。いや、おかしいだろ。なんで(ねぎら)ってんのに赤面するんだよ。


「いや、だからさっきからお前のことジロジロ見てる奴等がいるだろ? 大変だなと思って」

「あ、は、はい。そうですね」

「何にやけてるんだ?」

「にやけてないです。このアホマスター」


 奈瑞菜は急に罵倒をしたと思ったらふんっとそっぽを向く。アホマスターだとアホを修得したみたいになっちゃうだろ。それとABCD包囲網が発動したようで彼等の炯眼(けいがん)が僕を射ぬいてるんだが。なんかこういうの多いな最近。

 僕は未だ顔を背けたままの奈瑞菜の横顔に話しかけた。


「六人にはもう話したのか? 依頼のこと」

「はい。説明しましたよ」


 その問いに奈瑞菜は短く答え僕の隣までやって来ると同じように壁にもたれ体育座りした。そしてこほんと咳払いするとちらりと僕を見る。


「マスター、私達を召還した時のこと覚えてます?」




 おもむろに話題を振る奈瑞菜に何か引っ掛かるが直ぐにそのもどかしい疑問は解消された。彼女達と出会ったのは中学にあがる頃だったか。召還したはいいが元の世界に還す方法が分からず当時はよく苦悶したものだ。もちろん、勝手に呼び出した僕に対する心証は良いはずがなく、僕は彼女達から冷遇される事もしばしばあった。

 そんな状態が中学を卒業するギリギリまで続いたため奈瑞菜達と学園生活を共にした事が無かったのだ。学校も違ったしな。だからこの状況は奈瑞菜に当時の事を想起させたのだろう。


「ああ」


 奈瑞菜はそんな過去を(しの)ぶように目の前の虚空を見つめていた。



「そう言えばクッキー上手く焼けるようになったのか?」


 仲直りの印として渡された真っ黒で苦かった木炭のようなクッキーの味を思い出す。


「ふふ。近い内に思い知らせてやりますよ」

「楽しみにしてるよ」



 この心地好い軽口に僕の表情は自然と愉しげに歪んでいたらしい。それを見た奈瑞菜は体育座りした膝に頬を押し付け僕を凝視する。


「やっと笑いましたね」

「別に僕は寡黙キャラでもないからな。それにいつも笑ってるぞ、冷笑とか追従笑いとかな」


 因みにこれが出来ないと社会不適合者の烙印を問答無用で押されます。そんなひねくれた発言を奈瑞菜はハイハイと一蹴すると何かに気付いたように立ち上がった。


「そろそろお呼びみたいですよ」

「みたいだな」


 Bクラスの面々が格技場の入り口前に集まっているのが分かる。その集団の先頭に芹がこっちに来いと僕と奈瑞菜に手招きしていた。芹の元まで小走りで駆け寄ると彼女は一段落ついたように胸を撫で下ろす。


「マスター存在感無さすぎて捜すの大変でしたよ」

「へいへい。で、もう出発か?」


 お尻をふりふりして可愛らしく悪態をつく芹にそう訊ねる。確か教師の説明だと最初は入り口近くで待機。その後、連絡が来たらクラスで纏まり格技場の中心にあるコロッセウムさながらの1ha(ヘクタール)の円形フィールドまで移動して測定を行う……だったか。ちなみにこの格技場は約4ha(ヘクタール)あるのでその円形闘技場(仮)はかなり遠くに感じられる。


「ううん、まだ少し時間が有るんですけど……Aクラスの生徒が…」


 Aクラス……僕の記憶が正しければ最初に翠感測定を行うクラスだ。先程から気になっていたが見るからに柄の悪そうなのがこの格技場内に増えている。Aクラスの測定を終えた者が帰ってきたのだろうか。


「Aクラスの生徒ってのはあの髪が色褪せたように脱色してる奴等のことか?」


 近くにいるそれっぽくチャラチャラした男子生徒や女子生徒を目で示す。芹はそれを確認するとこくりと頷いた。


「で、そのAクラスがどうしたの?」


 奈瑞菜の問いに芹は周りをキョロキョロと首を巡らすと僕と奈瑞菜にだけ聞こえるように小声で内容を話し始める。


「実はさっきうちのクラスの女子生徒がAクラスの男子に何処かに連れていかれたみたいで、それを偶然見つけた珠洲がその少女を助けたんですけど……珠洲自身が帰ってこないので、念のためマスターにも向かってもらおうと思って」


 芹によるとその時、珠洲に助けられた女子がこの一連の事を伝えたらしい。


「それは構わないが珠洲一人で事足りると思うけどな」


 色々な意味であいつは腐っても精霊だ。普通の翠感使いじゃいくら束になっても敵わない。それほど精霊と人間の間には力量差が存在する。しかしそんな僕の心情とは対照的に奈瑞菜は『Aクラス』という単語に顔を曇らせた。


「Aクラスですか、少し心配ですね」


 どうやらなにか訳が有りそうだな。取り合えずは聞いてみるか。


「Aクラスだと何から不味(まず)いのか?」

「一抹の不安程度ですけどね。Aクラスは『高木層(こうぼくそう)』の生徒をまとめた学級なんですよ」


 『高木層』とはシイやカシを代表とした森林の最上層の林冠(りんかん)を構成する部分ののことだ。しかしここでの高木層の意味合いとは違う。翠感をランク分けすると『低木層』『亜高木層』『高木層』の三つに分けられる。ランク分けの判断は希少性だったり社会への貢献度の見込みや汎用性の高さだったりと様々だが『高木層』とされる人間は総人口の1%にも満たない。前に言った昔は戦争で重宝され今では見えない所で跋扈(ばっこ)しているというのはその『高木層』の事だ。


「Aクラス全員が『高木層』なのか? そんなに集められるとは驚きだな」


 クラスの人間が総じて『高木層』だということに素直に驚く。普通の学校なら学年に二、三人いるか居ないか程度だ。


「Aクラスは十人程の生徒で構成されている学級です。学年ほぼ全ての『高木層』が集められているのでBからEクラスは『低木層』『亜高木層』の生徒達で形成されています」


 なるほど。だからAクラスの人間が他のクラス……この場合はBクラスの生徒にちょっかいを出しているという訳か。ただ幾つかおかしな点がある。


「BからEのクラスは『低木層』と『亜高木層』で形成されていると言ったがBクラスに所属している少なくとも七人は『高木層』の筈だぞ」


 繰り返される質疑応答に嫌な顔ひとつ見せず奈瑞菜は僕の問いに答える。


「Aクラスが嫌で他のクラスに移った『高木層』は少なからず居ますよ。私達もそうですし、あの人も……」

「あれは……ゴリラか?」


 これは意外だったな。奈瑞菜の視線の先には居るのは僕の隣の席に座っていた親切ゴリラだった。名前は知らん。


「まあ大体の状況は把握した。それじゃちょっと覗いてくるわ」


 奈瑞菜と芹にくるりと背を向け入り口へと足を踏み出す。目的地は取り合えず渡り廊下側の出入り口付近にある準備室だ。体育倉庫は定番中の定番だからな調べない手はないだろう。


「マスター頼みましたよ」

「なるべく早く帰ってきてくださいね」


 美少女二人に見送られ固まるBクラス生徒の間を縫うように歩き抜ける。入り口である自動ゲートの前まで行くと半球体のサーチカメラが僕を視認し赤く点滅していた信号はピッという電子音と共に青に代わった。植物の能力を使っていたりと中々にファンタジーしているのにこういう科学を思い起こさせる機械には萎えてしまう。

 ゲートを抜ければ格技場準備室は直ぐ其処だ。両脇の白壁が続くこの廊下には幾つかの扉が存在し、その一つである僕の右手側の壁に建てつけてられている大きな物を運べるように横に延びたスライド式の扉……これが準備室の門口(かどぐち)だ。僕は今一度確認するようにプレートに書かれた文字を見ると取っ手に指を引っ掻け扉を静かにスライドさせた。


 中に入るとそこには折り畳み積まれたマット、鈴なりに並ぶ跳び箱、その間に挟まれるスポーツタイマー、他にも体育倉庫に有るような用具が広々としたこの部屋に所狭しと配置されている。その極ありふれた用具室なだけに女子高生が扉を背に向けた状態で一人の男子生徒にコブラツイストを掛ける光景は僕の目には異様なものとして映った。

 ……大丈夫そうだな、よし帰ろう。僕はバックトラックさながらの動きでその場を離れようとするが――


「あれ? マスターだ?」


 珠洲に見つかってしまった。その如何(いかが)わしくない純粋なプロレスを行う二人との間に12メートル以上の臨界距離を取っていたにも関わらず扉の外側に戻ろうとする僕の姿を珠洲はとらえたらしい。あいつの背後には目でも有るのか。

 珠洲は直ぐに技を解き僕の方まで駆け寄る。


「どうしたの? こんなところで」


 不思議そうに首を傾げる珠洲はそう僕に問いかける―――いや全くもって此方のセリフである。どうしたらこの薄ぐらい準備室の中でプロレスに興じられるのだろうか。

 そう質問で返してやりたかったが早くこの場から離れたいので素直に求められている応えを口に出す。

 

「お前が『高木層』に絡まれてるって情報が入ってな。だから念のため、一抹の、一握の、ひとつまみの心配でこんなところにまで寄越された次第だ」


 僕は珠洲に対して淡々と説明した。聞き終えた珠洲は、なるほどといった様子で頭の上のクエスチョンマークを取り払うと僕の顔をじーっと見つめる。


「マスターがあたしを心配したの?」

「多少はな。取り込み中じゃないなら格技場に戻るぞ、そろそろ移動らしいから」

 

 そう言って(くだん)のAクラスの男子生徒であろうコブラツイストの餌食となっていた青年を見る―――ああ、おそらくコイツで間違いない。

 僕がそう確信したのは彼の風貌を見たからだ。小柄な体つきにメラニンが欠乏したよあに白く染まった髪に肌、毛細血管の透過したように赤く染まった瞳。これらの特徴を有した人間というのはほぼ必ず『高木層』級の翠感を発現させる。

 そんな青年に脇目も振らず、なにやら満足げな珠洲は扉へと歩き出した。


「待ってくれ珠洲さん!」


 その鬼気迫る声の主は白髪の青年だ。彼は僕を睨み付けながら此方に歩いてくる。


「俺はまだ君から返事をもらってない!」


 すがり付くように喚く青年に珠洲はきっぱりと言い捨てた。


「誰か他人を巻き込まなきゃ告白出来ないような人と付き合う気はないよ」


 ああ、なるほど。大体状況が把握できた。この少年は珠洲の正義感を利用して告白の舞台まで連れ出したという訳だ。最終的には惨憺たる結果に終わったが。具体的にはコブラツイストからの拒絶。

 もっと普通に断れなかったのかよ。


 その弊害か、傷心のただ中にある青年は依然として僕を睨み付けたままだ。


「君を呼び出すのに少し協力してもらっただけじゃないか!」

「あれを協力とは言わないよ。あの子が嫌がってたのだって気付いてたでしょ」

「………」


 真正面から正論を叩き付けられた青年は押し黙る。自分に非があることは理解しているのだろう。


「……あんたさ」

 

 青年は珠洲から僕へと視線を移し正面から見据える。


「『管理者』なんだろ? 今から勝負してよぉ、俺が買ったら珠洲さんくれよ」


 何やら様子がおかしい。雰囲気が先程とは別人のようだ。なんだこの違和感は………? その違和感の大元はなにかと僕が思惟していると少年は両手を翡翠(ひすい)色に煌めかせていた。


「ったく、その勝負受けるなんて言ってないぞ」


 翡翠色の煌めきは翠感を使用するサインみたいなものだ。


「つれないこと言うなよ。楽しもうぜ」


 すると青年の回りにあるリノリウムの床がぐにぐにと流動体のように動き五十センチ程の人の形を形成、パキパキと木質化する。この間は一秒にも満たない。


「『樹人』トリエントか本当に優秀らしいな」

「これくらいで驚いてもらっちゃあ困るぜ。おら、出てこい」


 彼の言葉に従い床材が同じように変化する。五体もの木の肌をもった無機質な表情の人形が青年の前に並べられた。

 やはりおかしい。『高木層』と言えど人間が五体もの樹人を呼び出すなんて事は有り得ない。彼は僕と違い『召喚形』ではないため精霊よりランクが下がる樹人であってもその消耗は計り知れないはずだ。現に青年の顔がどんどん土気色に染まっていく。これは早急な対処が必要だな。


「悪いがすぐ終わらせるぞ」

「ふん、やってみやがれ」


 彼を傷つけず無力化する方法。それは―――




「『樹人』トリエントよ還るがよい」



 命令。


「は? なに言ってんだあんた」


 僕の翠名『管理者』はその名の通り管理する能力だ。それは青年の翠感さえも可能としている。


「『樹のかもじ』って知ってるか?」

「知らねえよ。あ? 居ねぇぞ……てめぇ何しやがっ―――」


 どさりと青年がその場に崩れ落ちる。既に『樹人』トリエントは姿を消していた。厳密には消えたのではなく『還らせた』のだが。

 理屈は簡単だ。『樹人』トリエントの主。端的に言えば上位互換である『樹のかもじ』を呼び出し憑依させ命令しただけなのだから。これの応用で大概の『低木層』『亜高木層』であれば意のままだ。それが『管理者』たる所以なのだろう。

 『高木層』の相手が樹人を出してくれたのは運が良かった。最上位の精霊の能力を使ってきたりしたらこの方法は使えなかったからな。


「マスター、その人……」

「ああ、おそらく催眠にかかっている」


 翠感を使い果たして意識を失うなんて普通は有り得ない。絶対に何処かで無意識にセーブがかかるものなのだ。珠洲に指摘され大人しくなった辺りから著しく雰囲気が変わった。それがなにやら引っ掛かる。


「直ぐに御形のところに連れていくぞ」


 白髪の青年を背負った僕と珠洲は格技場へ向かった。


***




 4haという学園の一施設にしては広すぎる敷地面積を持つドームの入り口では同じクラスの生徒達が委員長から何かしらの説明を受けていた。おそらく翠感測定の準備が出来たという旨が連絡されたのだろう。


 僕らは点呼を取りはじめた三つ編み少女に歩み寄る。


「委員長、御形はいるか?」


 委員長は突然の問い掛けに少し驚いてみせたが、背中に抱えられた青年を一瞥すると理由も聞かず応えてくれた。


「御形さんはあそこにいます」


 その指差す方向へ視線を巡らせると奈瑞菜や撫子たちと談笑を交える御形の姿があった。


「了解だ、ありがとう委員長」


 礼もほどほどにその場を離れて三人の下に歩を進める。他の女生徒をかき分け彼女達との距離を縮めると、それに気づいたらしく僕と奈瑞菜の目があった。すぐに彼女らの前まで移動する。


「二人とも遅いですよ……それで、その方は?」


 僕の背中に身体を預ける青年を見て奈瑞菜がそう言った。両隣に構えている撫子と御形の二人も興味津々といった様子で青年を凝視している。


「芹が言ってた例のAクラス生徒だ」

「ということは珠洲に絡んできたというのは……」

「ああコイツだ」


 相槌を打ちながら隣に佇む御形に視線を移すと彼女は青年を覗くように此方を見てその口を開いた。


「その子……何かおかしくない?」


 一目で青年の異常に気づいたらしい、その一隻眼に感心しながらも僕は彼を背中から下ろす。


「ああ、何か洗脳のようなものを受けてる……取れるか?」


 僕が御形にそう問い掛けたのは、彼女が春の七草で言うところの母子草――別名「ゴギョウ」、その花言葉『無償の愛』『温かい気持ち』から治癒能力を有してるためだ。しかし症状が不分明な以上、僕の言葉尻に疑問符が付くのは致し方ない。


「分からない、少し診るよ」


 そう言って御形は左手を綺麗な翡翠色に煌めかせると白髪の青年の胸にその手を当てる。


「マスター、いったい何があったん?」


 その言葉を発したのは今まで黙っていて状況の把握できていない撫子だ。治療を施している間は手持ち無沙汰なのでその問いに応える。


「珠洲がAクラスの生徒に絡まれてたってのは聞いてるか?」

「うん」

「それで様子を見に行ったんだがこの青年にコブラツイストを掛ける珠洲の姿があってな」


 それも青年に告白されていたらしい。そう付け足し、鮮明にその時の光景がフラッシュバックする僕に対し撫子たち三人は何でだよと言わんばかりに珠洲をじっと見つめていた。


「い……いや、つい」


 ついプロレス技を掛けてくる女子高生なんて嫌すぎる。僕としては上四方固め辺りでお願いしたいところだ。そんな願望はさておき説明を続ける。


「まあ、それですぐに帰ろうとしたんだけどその青年が急に突っ掛かってきて翠感を放出しきって倒れたんだが、それも含めて少し行動が異常でな。一応、御形に診せにきたわけだ」


 そうやって簡単に説明を終えると、ほぼ同時に御形が僕に向き直った。


「翠感による介入だね、この青年は催眠状態にあるみたい」


 とのことらしい。翠感による介入ということは誰かによる意図的な行為だろう。それと催眠ともなる強力な翠感は『高木層』に限られ、Aクラスへの疑いが強まる。しかし、何故だ? その動機が分からない。


「ちなみに何の植物か分かるか?」

「うん、分かるよ。誰がやったのかも」


 珠洲までもがなにか心当たりが有るらしく、僕を除いた三人は即答する御形の言葉に顔を曇らせる。


「何か訳ありみたいだな」


 “訳あり”その言葉に反応したのは僕の隣で苦い顔をしている珠洲であった。些事にも過ぎないと思われたこの珍事件の当人である彼女が口を開く。


「間違いなくAクラスの木田くんだね、この白髪の子のやり方は褒められるべきものではなかったけど告白は本気だった。だから……」


 その続きを言ったのは珠洲ではなく撫子だった。


「この青年は利用されていたのよ。奈瑞菜にちょっかいを掛けるための口実を作るために、あいつは」


 撫子の口調は嫌悪感に満ちていた、その一言だけで木田と呼ばれた人間の人物像が何となく浮かび上がる。


『AクラスからBクラスに移った』


 少し前に聞いた奈瑞菜の台詞を思い出す、憶測ではあるがその人物が原因かと思われた。


「……それで治せるのか?」

「治せるよ」


 ただ……と続ける。


「少し時間が掛かる。局部的に催眠が掛けられていて脳が翠感をセーブ出来ない状態になってる、それに精神が不安定で興奮しやすいみたいね。こんな芸当が出来るのは木田の『ブルグマンシア』だけだよ」


 ブルグマンシア――――僕はその名称に聞き覚えがあった。『エンジェルトランペット』『曼陀羅華』とも呼ばれるそれは現存する樹木のことであり、その花はラッパ状で下向きに咲かせる。その姿はどことなく人目を引くため観賞用として手に渡ることもあるが扱いには注意しなければならない。

 それはアトロピン、ヒヨスチアミン、そして精神を操るスコポラミンという恐ろしい三つの強力な毒を持っているためだ。

 毒の引き起こす症状としてはせん妄、幻聴、頭痛、めまい、興奮、錯乱、意識喪失等と精神に関するものが多い。それが木田の場合“洗脳”という形で翠感に表れたのだろう。


 翠感というのは同じ植物をモチーフにしていても当人によってその効果は違う。例えばこの『ブルグマンシア』にしても麻酔薬に使われることも有るため御形のように医薬的な方面で翠感を発現することだってあり得たわけだ。

 強い力というのは使う人間によって大きく左右される。この場合はそれが悪い方向に行ったみたいだが。


「はぁ……そりゃまたけったいな能力だな」


 木田の目的が奈瑞菜に対するその“ちょっかい”ならそれは失敗したことになる。彼はAクラスの仲間がBクラスの奴等にやられただの適当に理由をつけてその内やって来るつもりだったのだろうが、白髪の青年が怪我している瞬間などは存在しない。本来であれば襲い掛かってきた青年に対して仕方なく珠洲が対応したところを写真等で記録に残しそれをネタにする予定だったのだろう。


 というか、


「ちょっかいって何だよ」


 僕は転校初日のためその木田と七人の確執がなんなのか全く知らない。あまり知りたくもないがそうも言っていられないだろう。


「奈瑞菜に近付こうとしてんのよ。Aクラスに居たときもしつこく言い寄ってきてたし」


 答えたのは撫子だった。その後もつまびらかに以前起きた出来事を話していく。話を聞くと、要するに木田がアプローチを仕掛けるが奈瑞菜がそれを拒むためその行動がどんどんエスカレートし最近ではBクラスの生徒達をダシに奈瑞菜を呼び出すこともしばしばあったらしい。 

 恋は盲目と言うがもう少し可愛らしく振る舞えないのかね。全く嘆かわしい。


「なるほどね、事の真相は分かったが取り合えず移動しよう」


 先程から委員長が僕の視界の隅で手を振っていた。そろそろ移動する時間なのだろう。


「こいつはどうするか……あとどれくらいか分かるか?」

「十分くらいで終わるよ」


 意外と早いな。ま、早いに越したことはないが。


「じゃあ、それまで僕と御形はここに留まるから先に行くようクラスの連中に伝えてくれ」


 すぐに終わるみたいだし十分経ってから向かえばいいだろう。なによりコイツを連れていくと木田とやらが乱入してきそうだし。面倒なのは勘弁だ。……ま、遅かれ早かれなんだがな。


「分かりました、なるべく早く来てくださいよ」

「善処するよ」


 それを聞くと奈瑞菜は委員長のもとに駆け寄っていく。事情を説明しているのが遠目にも分かる。それが終わると、


「じゃ、今から向かいまーす」



 その委員長の言葉にクラスの固まりはぞろぞろと歩を進めていった。辺りにいた人がごっそりと減り、取り残されたように治療を続ける僕らは他クラスであろう周りの生徒から注目を浴びせられる。それからBクラスが翠感測定が行われる場所に到着する頃、ようやく治療が完了した。


「終わったよ」


 そう言って横たわる青年から手を離す。青年の土気色だった肌も見るからに血行の良い色へと変わっていた。



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