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七人寄れば姦しい  作者: 二番
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木五倍子(きぶし)

「今日から桜ヶ丘学園に編入する事になりました。畦倉雅明です。どうぞよろしくお願いします」



 学園長室から去った僕は奈瑞菜達と別れたC棟からB棟に向かいその二階にある1-Bで(いわお)のような男教師とフルネームが大きく書かれた黒板を後ろに自己紹介を行っていた。

 教室内を概観するとちらほらと知った少女達の顔が見え奈瑞菜を除き喫驚仰天といった様相を呈している。生徒数はおよそ三十人くらいだろうか、内装も至って普通だ。あの大理石の床とのギャップが凄い。

 教壇を下りると純粋に自己紹介だけを目的とした朴訥で無難な言葉に乾いた拍手が響いた。これが満点の自己紹介だ。よく第一印象を気にして痛々しい自己紹介を行う奴がいるがまず成功しない。そういうのはそれなりの関係を築いている事を成功の前提条件としているのだから。逆に言えばその関係さえ築いていれば痛々しい事を言っても問題ないのだ。だから学生同士の会話というのは聞いていて不快極まりない。



「畦倉は空いてる席に座ってくれ。何処でもいいから」


 教師は適当に指を巡らす。何処でもと言うが席はひとつしか空いてない。僕は唯一空席な窓際の一番後ろという主人公ポジションへ腰掛ける。前の席には奈瑞菜、隣には腕を握られたら本当の意味で粉骨砕身しそうな大柄な男が座っていた。男はこちらを見ると温和な口調で話し掛けてくる。



「畦倉くん。これからよろしく、教科書とか持ってるかい? 無ければ見せるよ?」


 見た目とは裏腹な言動がなにか怖いので適当によろしく言っておこう。どうせ三日だしな。


「ああ。よろしく、球技大会が終わるまでは授業はその準備か翠感実習と聞いたが」

「え? そうなのかい? 知らなかったよ。じゃあ球技大会終わったら教科書見せてあげるよ」


 未だ知らされていないのだろうか。こいつがHRを真面目に聞いていないだけという可能性も有るが。


「いや、流石にその頃には教科書くらい間に合うと思うぞ」


 というか学園にいない。



「あ、そうだね。でも忘れたりとか他にも困ったら遠慮なく言ってくれ。ほらいきなり環境が変わったりすると人間心細かったりするからさ」


「……ああ」


 なんだこいつ。裏がなく言ってるなら聖人の領域だぞ。人が良い事なんて一切得なんかしないというのに。演技という可能性も有るがメリットが分からないしな。まあ親切ににしてくれるというなら利用させてもらうが。


「よし畦倉はその席だな。えー、お前ら今日は一日翠感測定だ、終わった奴から帰っていいぞ」



 翠感測定とは定期的に行われる翠感の成長を確認する為行われる身体測定の様なものだ。スパンとしては大体一ヶ月。因みに小学生に好きな行事を聞くと行事だと言ってるのに必ず翠感測定が上位に食い込んでくる。測定の日は自分の番が廻ってくるまで友達とくっちゃべっるだけで一日終わるからな。一日中教室で席に座ってるよりはいいのだろう。それは高等部でも変わらないようで教師の知らせにクラスは和気藹々としていた。

 そんなクラスの雰囲気に辟易しながらも教師の言葉に耳を傾ける。


「じゃあそういうことだから。体操着に着替えて格技場の方へ向かってくれ。それから畦倉は分からない事が有れば七人でも他のやつでもいいから聞くといい」


 教師はじゃあなと僕に手を振り教室の扉をピシャリとスライドさせた。



 瞬間、クラスメートが一斉に僕の方へと首を向ける。その大勢の中には我らが春の七草も含まれていた。


「「「「「「マスター」」」」」」


 直ぐに僕の席までやってきた奈瑞菜を除いた六人は説明しろと言わんばかりにギロりと僕を睨む。やめろ目覚める。目覚ちゃうから。


「んーまぁ、少しの間ここに通学する事になってな」 


 僕の曖昧な物言いに彼女たちは口々に問い掛ける。


「少しの間ってどのくらいですか」「僕もそれ気になる」「それより何故通われる事になっているのですの?」「………マスターが学園にいる」「マスターこっち来て早くその制服着替えて」「珠洲、あんたなんで女子の制服携帯してんのよ」


 桜ヶ丘学園指定の女子用ブレザーを大事そうに抱き抱える変態をおいて彼女達の疑問は奈瑞菜に説明して貰えれば解決するだろう。


「全員同時に話すな、後で説明するから」


 そう口に出しながら奈瑞菜をちらりと一瞥する。奈瑞菜は僕の視線に応えるようにこくりと頷いた。


「奈瑞菜は何か知ってるの?」

「知ってそうですわね」


 そのやり取りに疑問を覚えたのか御形と平子が奈瑞菜を問い詰める。


「後で皆にも説明しますよ。ここでは言いにくいので」


 他の生徒達に聞かれると面倒だからな。只でさえ転校生という設定で質問攻めにあいそうな展開なのに話のタネを増やすのは得策ではない。基本的に僕は人とコミュニケーションを取りたくないんだ。春の七草は例外。聞かれると面倒な理由は他にもあるけど。



「あ、あの……畦倉くんってさ、もしかして『管理者』さん?」


 僕の席近くまで来ていた三つ編みの少女がそう訊ねると辺りは静寂に包まれた。その質問はこの教室にいる大多数の者が思わんとするところなのだろう。彼等は此方に傾聴するように押し黙り視線は足下に突き刺さっている。その双眸には哀感が籠っていた。この目を見るのは中学の卒業式以来だな。


「ああ」


 短く肯定の意を示す。


「そう、なんだ」


 女生徒は苦くなる顔を意識して作り笑いにひきつらせた。予想はしていたがこの顔は未だに慣れない。それも仕方ないのだろうけどな。彼等が危惧しているのはヒエラルキー的な問題だ。翠感に秀でている者がクラスを牛耳るなんてのはよくある話だしな。それもこれも翠感による報復を恐れての事だ。翠感でヒエラルキー上位にいる人間には下位にいる人間をいくら束にしようが敵わないのが現実。それゆえ昔は戦争でもよく重宝されてきたのだが今では戦闘での翠感の使用はされていない。

 そのためか、この泰平の世で力を持て余している輩が見えない所で跋扈(ばっこ)しているのが現状だ。彼等の目には僕はその輩として映るんだろう。



「まだ何か?」

「い、いえ。なんでも……」


 その場で固まる少女に少しばかり高圧的に問い返す。最初から嫌われているのだから分かりやすい態度をとって距離をおいた方が楽なのだ。

 彼女のか細い声が静かに響き再び静寂が訪れる………と思ったのだが、スパーンと小気味良い音がその空気を破った。


「本当にマスターは、そんなんだから友達出来ないんですよ」

「やかましいわ。欲しいわけでもないし」


 叩かれた頭頂部を擦りながら奈瑞菜をジトーっと見つめる。


「本当に不器用ですわね。どうしたらこの朴念仁を更正させることができるのかしら」

「そんな時には女装だよ! 女の子の格好をする事によって物腰も自然と柔らかに! さぁ早く雅子(まさこ)ちゃんおいで」

「昭和臭の漂う名前ですわね」


 やれやれと溜め息を吐く平子と未だにブレザーを抱えながら詰め寄ってくる珠洲に警戒する。絶対に女装で更正する男はいない。



「と、取り合えず珠洲よ。その制服をしまえ」

「なんで?」

「なんでってお前…」

「自分の性癖に気付いて男に戻れなくなってしまうからよ」

「違うわ。適当な事を言うな撫子」


 初対面な人ばかりだというのに誤解されるかもしれないだろ。


「でも昨日女装した時はノリノリだったよ」

『え……』


 おい、やめてくれ。微妙に事実も混ざってるせいで否定しにくいだろ。やめろそんな目で見るな。お願いだから。

 そんな誤解を解くため僕は上腕二頭筋を強調するように腕を曲げた。


「言い掛かりはよせ。見ろこの野性味溢れるこの身体を。女装なんか恥ずかしくてとても出来ないぞ」

「そんな細腕見せられても…」

「隣のゴリラと比べてるからそう感じるだけだ」

「ゴ、ゴリラ!?」


 突然の罵倒で驚くゴリラを横目に無実を主張していると珠洲はポケットから一枚の写真を取り出した。おい、ちょっと待て。


「舞ちゃん。これ見て」

「あ、かわいい」



 ………………状況的に可能性は低いが猫の写真ということも……。


「セーラー服……。腐へへ」

「メイド服バージョンも有るよ」


 駄目だ。もう自分を騙せる要素が見当たらない。というか舞ちゃん腐の世界に足踏み入れてないですかね……それとメイド服なんて着た覚えないぞ、合成か……。 


「メイド服は睡眠薬を飲ませて無理矢理着替えさせました」


 予想よりもずっと酷かった。


「ああ、あの時ね」

「撫子……睡眠薬に気付いたのなら止めてくれよ」

「嫌よ、面白そうだったし」


 もうやだ、この娘達。というか撫子お前なんで制服でも痴女感が隠せてないんだよ。なんなのそのドクロのアクセサリー。

 その心情が顔に出ていたのか、撫子は僕に不満と懐疑を織り交ぜた視線を突き刺す。


「今失礼なこと考えなかった?」

「お前ビッチ臭いんだよな。スカート短いし胸パンパンだしドクロだし」


 指摘すると悪戯な笑みを浮かべ豊かな胸を隠すように腕を組む。隠せてないから乗りそうだから。あ、乗った。


「今はドクロのチャームとか流行ってんの。今年のトレンドも知らないとかマジでマスター」

「マスターを述語にすんな」

「名詞だし。因みに意味は巨乳好き女装野郎」

「巨乳好きはどこから来たんだよ………」 


 もうやめてくれ。先程とは違う意味でクラスメートの視線が痛いんだよ。編入初日から女装趣味の変態という烙印を押されるのは通学期間が三日間だということを考慮しても辛い。

 水曜日よ早く来いと太陽系の何処かにおわしますであろう僕にだけ都合のいい神に祈りを捧げていると三つ編みおさげの女子生徒と目が合った。


「畦倉くんって思ったより怖くないんだね」


 その言葉に一度深くため息を吐く。それはなんとなく心地のいいものだった。


「普通だよ。普通。気とかも遣わなくていいからな。普通にしてくれ」


 奈瑞菜達との会話が思わぬかたちで功を奏したらしい。先程の憂虞とした表情とは違い少女は含み笑いを浮かべていた。クラスも僕に対する警戒が解けてきているようでちらほらと談笑が聞こえる。


「でも女装趣味はちょっと……」

「い、いや違うぞ。あれは珠洲に無理矢理着替えさせられたんだよ」

「えー、マスター自分で着てたじゃん」

「おい誤解を招く事をこれ以上言うな。そうせざるを得ない状況に陥らせたのお前だろ」

「畦倉くん、無理があるよ」

「ぐっ…」


 帰りたい。先程まで沈黙を守っていたクラスメート達が憐れみの目を此方に向け井戸端会議さながらに話し合ってるんだ。もっと学生らしくはしゃげよ。逆に気が滅入るわ。


「ふふ。嘘だよ。嘘」

「へ?」


 可愛く笑う少女に間抜けな声が漏れてしまう。


「珠洲ちゃんの女装犠牲者はこのクラスにもいるからね」


 僕以外にも犠牲者が……。よく見ると男子生徒が数人深く何度も頷いていた。


「畦倉くんは飛び抜けて可愛かったけど」

「委員長。焼き増しいる?」


 腐のオーラを帯びはじめた三つ編み少女に珠洲が耳打ちする。ちょっと腐女子率高過ぎませんか?


「いる」

「聞こえてるぞおい」


 即答かよ。というか委員長だったんかい。


「でも畦倉くんが本当に良い人で良かったよ。翠感の強い人って恐い人多いからさ」

「別に良い人ではない。それよりあの写真を取り返してくれ」


 珠洲の手から離れ男女問わず渡っていく僕の写真(セーラー服&メイド服)を取り替えそうと席を立つ。


『おー』


「おーじゃない。やめろ見るなお前ら!」

「畦倉くん気にするな、俺も小さい時姉ちゃんのスカート履かされた事有るから」

「フォローになってないんだよ。ゴリラ」

「ゴリラ!?」


 がくりと肩を落とすゴリラを余所に写真を取り替えそうと躍起になっていると教室の扉が開く。確かこの小柄な娘は……神宮寺さん、だったかな? その隣には数分前に出ていった巌のように頑丈そうな教師が立っていた。


「仲が良いのは結構だが」

「そろそろ移動の時間ですよ」


 教師の言葉を神宮寺さんが継ぐように話し用件を伝える。そういや翠感測定だったな。


『へーい』


 やる気のない返事をするとクラスの人間は体操着と思われる袋を持って教室からぞろぞろと出ていく。僕は更衣室も知らないし体操着も持っていないのだが。というか写真返せ。


「まぁいい…。奈瑞菜、説明よろしく」

「分かりました。翠感測定は男女別なので私達が居なくても泣かないでくださいよ。ちゃんと友達を作ってください」

「泣かんわ。お前は僕のオカンか」

「いいえ違いますよ。私はマスターの正妻です。それでは」

「………」


 爆弾発言して去っていったせいでそれを聞いていた男子からの殺気が背中に突き刺さるのだが。というか殺気って本当に有ったんだな、漫画とかで「はっ! 殺気!」とか言っててコイツ痛いなぁとか思ってたよ。

 そんな殺気に苛まれていると視界の端におぼろげな雰囲気を漂わせる少女を捉えた。


「……マスター」


 奈瑞菜と共に女子はみんな教室を去ったと思っていたが深窓の姫君は未だ取り残されていたようだ。


「菘、まだ残ってたのか。もう女子はお前しかいないぞ」


 そう、この教室には菘を除き殺気だった男子生徒と僕しかいない。菘はうんと頷くと掌を胸の高さまで上げて小さく左右に動かした。


「………ばいばい」


 菘よ、可愛いがその行為は火に油を注いでいるに等しいぞ。


「畦倉くんさアイアンメイデンと電気イスどっちが好み?」「お近づきの印にドクササコのポトフを食べに来ないかい?」「僕と友達にならないかい? 友達料金は君の臓器でいいよ」


 嫉妬に狂った同級生は皆狂気染みた事を口走り始めたので緩和しようとフォローを入れる。


「まぁ君達もすぐ彼女くらい出来るんじゃないかな?」


「鬼籍候補リストに追加しました、異議はありませんね?」


「「「「異議無し」」」」


 どうやら逆効果だったようです。

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