桜ヶ丘学園
銀鼠色のツインベルをミニ小槌が叩く事で生み出されるけたたましい音というのはなんとも不快だ。ジリリリと頭に響き夢にまで干渉してくる。
そんなフラストレーションの溜まる起床など真っ平御免な僕は目覚ましを掛けた事が無かったのだが、通学のため買ったそれの数十回目のスヌーズでようやく目を覚ました。腰を起こして目覚まし時計の文字盤を見ると針は午前七時を示している。何時もなら床に就いている時間だが睡魔に打ち勝ちベッドから脱して学園から支給された制服を着用せねばならない。
僕は閉じようとする目を擦りながら起床した。
ベッドから立ち上がり足下に置かれた段ボール箱を乱雑に開け緩衝材や包装紙を取り除くとビニールに包まれたブレザー、カッターシャツ、ズボンが現れる。いつ採寸したんだよと内心突っ込みながら黙々と着替え制服姿になった僕は一階のダイニングへと向かった。
階段を降りてリビングからダイニングを覗くとそこにはポニーテールに髪を纏めた美少女がいた。
「おはよう奈瑞菜」
いつぶりかの朝の挨拶を後ろから奈瑞菜に投げ掛ける。
「あれ? マスターその格好は?」
目を丸くして僕の制服姿に戸惑う奈瑞菜。七人にはまだ昨日の学園長との話は説明していない。つまり僕が学園に通う事も知らないのだ。そんな奈瑞菜に僕は簡明に制服を着用する理由を述べた。
「今日から桜ヶ丘学園に通う事になってな」
「え?」
驚きながらも喜悦の表情を浮かべる奈瑞菜に対し僕は言葉尻を付け足す。
「まあ依頼だけど」
一呼吸おき徐々に状況を整理し始めた奈瑞菜ははっとした顔になりその口を開いた。
「もしかして昨日の学園長とのお話って…」
「ああ、三日間だけな」
奈瑞菜が言い終わらない内に僕はその仮定を是認する。依頼という言葉で何か察したみたいだな。
「三日ですか、それは少し残念です」
ちらりとカレンダーを一瞥する。今日は5/12(月)。通学期間は三日、最終日が球技大会当日となる。それを確認した僕は肩を軽くすくめて残念がる奈瑞菜にある提案を持ち出した。
「その三日間、一緒に登校しないか?」
別に大した意図はない。ただ一人で登校するのが少しばかり嫌だっただけだ。僕の申し出を聞いた奈瑞菜はにんまりと笑みを浮かべる。
「いいですよ。仕方ないですね」
仕方ないという割には嬉しそうな奈瑞菜を横目に僕は空席の目立つダイニングテーブルに着いた。この長方形のテーブルには九つもの椅子が備え付けられているため一人で座っていると物寂しい。
「そういや他の六人が居ないな」
「皆もう出ましたよ。部活の朝練です」
御形が部活に所属している事は知っていたが奈瑞菜以外全員がなにかしらの部員だとは少しばかり意外だ。
「奈瑞菜は何時に家出るんだ?」
「七時三十分前後です。まだ時間が有りますのでマスターの朝食も作りますよ?」
「じゃあ是非頼む」
テーブルから見える彼女は制服であるチェックのスカートと真っ白なブラウスの上にいつものピンク色のエプロンを身を包んでいた。その姿でせっせと僕の朝食を作る様は見ていて何か胸の奥に沸き上がる熱いものを感じる。
「はい、出来ましたよ」
十分ほど経つと奈瑞菜は漆塗りのお盆に茶碗と魚皿、おわんを乗せテーブルへ運んでくれた。今日の朝食の献立はご飯に焼き鮭に味噌汁といったシンプルなメニューだ。黒塗りで足が一本一本違う形に矯められた西洋風なテーブルにオーソドックスな和の朝食が並べられる。この時ほどシンプルイズベストという言葉に賛同せざるを得ない瞬間はない。
僕は一度両手を合わせてから茶碗に手を伸ばし箸で白米を掴むと口に運んだ。
「美味い」
料理の味に思わず感嘆の声を上げると奈瑞菜ははにかみながら自身のほっぺを指差す。
「マスター、マスター、おべんと付いてますよ」
その愛嬌のある仕草についどぎまぎしてしまった。
「これはあれでは? 取って食べてくれるみたいな」
「夢見すぎですよマスター、取って捨てるのが限度です」
「そうかい」
「でも……」
奈瑞菜はすっと僕の側まで近づくと頬に付いているご飯粒を摘まむ。
「一緒に学園に通えますしこれくらいならいいですよ。私は今機嫌がいいんです」
言いながら奈瑞菜は七人の神様がおわすらしい白く透いた一粒の米を小さな口に運んだ。憧れではあったけどやられるとかなり気恥ずかしいなこれ。あーんは絶対避けよう。照れ隠しに僕はかきこむように朝食を胃に流し直ぐに完食した。
「な、奈瑞菜。そろそろ時間じゃないか?」
「本当ですね。私は部屋にブレザーを取りに行くのでマスターはお皿を下げておいて下さい」
「了解」
「お茶碗はきちんと水に浸けといてくださいよ」
完全にできる主婦ですわこの娘は。何処に出しても恥ずかしくないレベル。いや出さないけども。
奈瑞菜がダイニングから去ったあと皿をシンクに適当に並べ水に浸ける。その足で直ぐに玄関に向かうと階段を降りる音が聞こえた。奈瑞菜は既にエプロンではなくブレザーを身に付けていて肩には茶色のスクールバッグが掛けられている。ちなみに僕は手ぶら。
「じゃあ行くか」
「はい」
履きならした白のスニーカーに足を突っ込み、奈瑞菜が開けた扉に吸い込まれるように外に出た。すると少し肌寒い風が身体を突き抜ける。五月と言えど朝は未だ寒さを感じるようだ、昼以降にしか外を出なかったせいか暑い印象だったんだがな。
「……寒いな」
「朝は未だ少し冷えますね」
ドアノブに鍵を差し込みガチャガチャと戸締まりを確認しながら僕に同調する。
「そういや女子高生って冬でもミニスカートで生足だよな。寒くないのか?」
僕としては眼福だし、ありがたいんだけど不思議でしょうがない。なんなの? 天使なの?
「慣れるって言う子も居ますけどやっぱり寒いと思いますよ」
「へー、奈瑞菜も生足なのか?」
「私はタイツ履きます。寒いので」
「タイツか……」
「マスターは生足がご所望ですか?」
「いや生足よりもタイツの方が好きだよ。ただ一番踏まれたいのはトレンカ」
トレンカとは足を完全に覆うタイツとは違い土踏まずに引っ掛ける部分を持ち、爪先と踵が露出するレギンスの一種である。
「なんで踏まれる基準なんですか……」
「そこはあれだよ。男の性」
「はぁ、マスターだけだと思いますけど。……そろそろ行きましょうか」
僕は先に歩を進める奈瑞菜の隣へと移動する。歩道を歩いていると同じ制服を着た女子高生がちらほらと登校しているのが分かる。うーん、やはり奈瑞菜のが可愛いな。完全に身内贔である。
「というか奈瑞菜」
「はい?」
「桜ヶ丘学園ってどの辺だっけ?」
「知らなかったんですか? 凄く近いですよ。ほら、彼処に坂が有るじゃないですか。あれを上っていけば学園に着きます」
奈瑞菜の指が指す方向に視線を向けると数十メートル先のコンビニの隣に車一台入れるかどうか分からないくらいの幅で勾配の急な道路が続いていた。
そこには大量の生徒達が雑多としていてバイクが通る度にその群れが左右に割れる。
「なんだあれ。現代版モーセ? しかも完全に一方通行じゃないか」
「登校時と下校時で通る門が違うんですよ。いつも朝は結構混雑するんです」
「えー、彼処に入るのか嫌だなぁ」
「大丈夫ですよ。私が行くといつも皆さん道を開けて下さるので」
奈瑞菜がそう言って微笑むとポニーテールが揺れた。ついついそちらにばかり意識が行ってしまう。余談だが男が女性のポニーテールを好むのは長い髪から匂いが分散される為、そして幼稚性が残っているため揺れる物を好む傾向があるかららしい。
「何見てるんですかマスター。そんなに胸を凝視しないで下さい。気持ち悪いです」
キモいより気持ち悪いと言われる方が傷付くと知った。またひとつ賢くなったね。どうやら知らず知らずの間にポニーテールから二つの母性の塊に目が行っていたようだ。その事に対し僕は適当に謝辞を述べる。
「ごめんごめん」
「二回も言わないで下さい。見たら直ぐに分かるんですから」
「いや、奈瑞菜が気付いた回数の五倍は見ぐあっ!」
僕に返ってきたのは言葉ではなく純粋な暴力だった。ローキックが深々と僕の右太ももに突き刺さり膝が呵々大笑といった様子で言うことを聞かない。
「他の女の子の胸を見たらこの程度じゃ済ましませんよ」
「肝に銘じておきます」
右足に鞭を打ち例の坂に近づいていく。歩くペースは先程よりも落ちているが奈瑞菜は僕に歩調を合わせてくれているようで文字どおり僕達は足並みを揃えていた。そのせいか同じく登校している生徒達からの視線が痛い。
坂に差し掛かろうとする辺りで溜まっている人混みを前にしていると僕達の前に奈瑞菜と同じ制服を着用した小柄な少女が現れた。
「おはようございます奈瑞菜さん。隣の方は?」
「ええ、おはよう。私のマスターです」
マスターで通じるのか? そんな僕の懸念を他所に少女は僕を見て驚愕した。
「このぱっとしない男性が奈瑞菜さんの……意外です」
随分な言われようだな。しかしそう思うのも無理は無いだろう。僕は中肉中背で容貌も至って普通。外見に特に褒貶すべき所もないそんな男だ。そんなのが奈瑞菜のような美少女と共に登校していればまず思惟するのは『何であんなのと』といったところだろう。しかし、どうやら彼女のその至極当然な反応は奈瑞菜の気に障ったようだ。
「外見だけ着飾った人より内面を重視するべきだと思いますが」
奈瑞菜の言葉は少しの棘を含んでおり、それを聞いた少女は慌てて弁解する。
「い、いえ…その『管理者』さんってもっと怖い人かなぁと思って…いたので、すみません」
「別にいいよ、気にするな。それより翠名で呼ぶのはやめてくれ。それあまり好きじゃないんだ」
重い沈黙が訪れそうだったので適当にフォローする。沈黙事態は嫌いではないんだが少女があまりにも落ち込むのでつい。
「分かりました。どうお呼びしたらいいですか?」
「名前は畦倉雅明。畦倉でいいよ」
「私は神宮寺咲です」
自己紹介を簡単に済ませると周りの生徒達は奈瑞菜に気付いたようで坂の真ん中に一筋の通路が出来ていた。その両脇には統制のとれた動きで何人かの男子生徒が通路を他の生徒から維持している。なんて通りたくない通学路だろうか。
「毎朝これ通ってるのかよ……」
「私も最初は断っていたのですが親衛隊の隊長さんがどうしてもと言うので」
親衛隊って……。あ、鉢巻きに奈瑞菜様命って書いてある。
「それでは行きましょうか」
そして呪詛を小声で繰り返しながら僕を睨めつける親衛隊の皆さんが作った道を三人で通り過ぎる。幸い坂は短く親衛隊ロードを抜けるのにそう時間は掛からなかった。本当に家から近かったな。
「これが……」
坂から少し歩くと直ぐに校門が見えてくる。対翠感性の合金で作られたその荘厳な門の隣にはいやに威光を放っている桜ヶ丘学園の文字。顎を少し上げ前方を見ると催事等を行うであろうドーム状の建物や築年数を感じさせない三つの屹立する校舎が見え敷地の広大さが窺えた。桜ヶ丘学園は小中高一貫校で其々三つの校舎に分かれているらしい。手前から初等部、中等部、高等部となっていて、つまり僕らが通う校舎は校門から一番奥に有る建物だ。因みに校舎毎に登校時間が違うらしい。少しでも登校時の混乱を避けるためだろうか。
「帰りたい……」
そんな近代的な景観を前に僕の願望が口の端から零れる。
「早いですよ……まだ校舎にも入ってませんし」
早いという事はない。あと半年もすればこの学園に通学するほとんどの生徒は僕と同じ台詞をこの門を見ると同時に呟く事になるだろう。何故なら青春という題目の中で一人ひとりが理想の高校生を演じなければならない負の役者病に罹病した若者を収容するサナトリウムが高校という施設なのだから。そんな所に通いたがる筈がない。帰りたいというのは心胆から出た僕の嘆声なのだ。
「取り合えず行きますよ。ほら」
「了解……」
まぁ、ここで何を言っても変わらないんだけどな。
そうして門を通り過ぎると奈瑞菜が遠くにある校舎を見てそういえばと口を開く。
「マスターは何処のクラスに所属するんですか?」
「聞いてないな。これから学園長室に向かわないと行けないからその時に知らされるんだと思う」
「なるほど。因みに私はBクラスです」
「そうかい。一緒だといいな」
「一緒じゃなかったら学園長に抗議しに行きますよ」
「あのじいさんなら菓子折り持っていくだけで大丈夫そうだな」
僕と奈瑞菜のやりとりを傍らで聞いていた神宮寺さんが僕の顔を覗き込む。
「あの、畦倉くんは今日から学園に通われるんですか?」
女の子にくん付けで呼ばれる事に新鮮味を感じて問われた内容が一切入ってこない。
「え? ごめん、聞こえなかった」
「学園に今日から通われるのかなと」
「その前」
「前ですか? えーと、畦倉くん?」
「もう一回」
「畦倉くん?」
「あ、うん。聞こえた。そうだよ、今日からこの学園にお世話になるんだ」
奈瑞菜のジト目を察知して少し物足りないが早めに切り上げる。今日の夕食とかに影響しなければいいのだが。
「そうなんですか、私も奈瑞菜さんと同じで1-Bなんですよ。これからよろしくお願いします」
「此方こそよろしく。ところで神宮寺さんは奈瑞菜の友達でいいのかな?」
「はいっ!」
その純真無垢な笑顔に思わず第一印象が書き換えられてしまう。恐ろしい娘だなぁとそのまま視線を隣に向けると奈瑞菜は恥ずかしそうに顔を背けていた。奈瑞菜は顔を紅潮させたままギロリと僕を睨み、こほんとわざとらしく咳払いすると話を変えようと一番手前の校舎を指差す。
「マスター間違えないでくださいね。ここは初等部の子たちの校舎ですので、マスターが侵入したら即事案ですよ」
「それは高等部でもそう変わらんわ」
奈瑞菜の照れ隠しに付き合いながらも校舎の方に前進する最中ファイトファイトと叫び続けるランニング中のサッカー部や野球部のコーチの怒声やら部員の声出しやらで反響するグラウンドを尻目にしながら校舎まで着くのに二十分程の時間を要した。広すぎるわ。
しかし……。
「でかい」
高等部の校舎は初等部や中等部の一回りも二回りも大きい。矩形の五つもの建物が中央にあるタワーマンションのように突出した建造物を囲うように渡り廊下を通して円状に繋がり並んでいる。僕達はその囲んでいる五つの内ひとつの建物の入り口に到着したという事らしい。こちらからは見えないが反対側の長方形の建物からは一際大きい通路が存在し、それはドームに繋がっているみたいだ。因みにこの通路は初等部、中等部どの校舎にも存在する。
「奈瑞菜。学園長室って何処に有るか分かる?」
「えーと、そうですね。あのそびえ立っている建物の最上階なんですけど、校舎の説明とか聞いてます?」
「聞いてない」
「あれの周りを囲っている五つの棟がクラス毎に分けられてるんですよ」
「ということはAからEまでのクラスがそれぞれの棟にクラス単位で振り分けられるという事か? 学年とかはどうなるんだ?」
「学年は棟内で階数毎に別れています。例えば私達の場合だと1-BですのでB棟の二階で授業を受けるわけです」
2-BはB棟の三階、3-BはB棟の四階となるらしい。因みに棟は四階建てだ。
「なるほど」
「それとこの入り口はC棟ですので時計回りに行くとB棟に着きます。この五つの棟は円状に繋がっているので行き来が可能なんです」
瑞菜の説明で大体の構造と俯瞰図を頭の中で完成させた僕は依頼者のいるタワーマンションさながらの建造物へと足を向ける。
「把握した。じゃあ学園長室行ってくるよ。二人ともまた後で」
「はい、教室で待ってます」
「畦倉くん。また後で」
Bクラスと決まったわけでもないんだがな。
そのままC棟の入り口から裏口へと直進すると校舎のリノリウムの床は芝生へと代わる。どうやら棟とこの営造物の間には軽い庭園のような中庭が存在するみたいだ。その中庭に有る噴水を何となく眺めているとこの高層ビルのコンシェルジュと思わしき黒のスーツ姿に水色のスカーフを首に巻いた女性が僕の眼前へと現れた。
「畦倉雅章様でいらっしゃいますでしょうか?」
「そうですけど……」
彼女の問いに距離を取りながら肯定する。
「学園長室までご案内致します」
彼女は一言そう言うと年上特有の包容力を感じさせる笑みを振り撒き僕に背を向ける。その背中に追従してホテルのエントランスのような入り口を抜けた。
中は決して学校の一設備とは思えないほどに大きな照明が天井から大理石の床を照りつけて僅かに反射するその光は高級感を横溢させている。僕はその光景に目眩を覚えながらもお姉さんに付いていった。
そうして豪華なロビーを抜けフロントに到着すると、
「学園長室は最上階の三十階となっております」
事務的にそう告げられ彼女は僕をエレベーターへと誘導する。それに乗り込み芳香剤の匂いを嗅ぐこと数分、チーンと到着の合図が鳴りエレベーターを降りると学園長室と書かれたプレートが目に入った。
僕がそれを確認すると、
「私はこれで」
お姉さんは早々に別れを告げてやって来たエレベーターに乗り込む。それを見送った僕は目の前に有る学園長室のドアをコンコンと二度ほどノックした。本来であればこの場合四回ノックするのがマナーなんだけどな。面倒なので省略。因みに二回はトイレである。
「入れ」
しゃがれた学園長室の声を耳にし、少し間を置いてドアを開け、待ち構えていた矍鑠とした老人を確認する。
「失礼します」
人を駄目にしそうなゆったりとしたソファーに深く腰掛けた学園室はくいっと対面するように置かれたソファーを顎で示す。僕は白髭だらけの顎に従いソファーに座った。
「よく来たな。正直バックレるかと思ったのだが」
「僕をなんだと思ってるんですか」
何度か考えたけどな。
「まぁいい、それで君のクラスだが。彼女達と同じBクラスにしようと思っている。なにか問題は有るか?」
願ったり叶ったりだな。ま、特に奈瑞菜達とクラスを分けるメリットもないだろうし当然と言えば当然か。
「有りません。彼女達と言いましたけど七人ともBクラスなんですか?」
「そうだ。そちらの方が君達としても都合がいいだろう? 色々と」
「まあね。それだけですか? でしたらもう行きますけど」
含みのある言い方に違和感を覚えながらもそう返し、つま先を入ってきた扉に向ける僕を学園長は呼び止めた。
「待て、そう急くな。ほら教室の場所とか分からないだろ?」
「奈瑞菜に先程教えてもらったのでそれについては大丈夫ですが」
「む。そうか、ならひとつだけ」
「まだなにか」
学園長は僕を呼び止めると真っ直ぐに僕を見つめほがらかに微笑んだ。
「依頼だからといって肩肘張る必要はない、楽しむといい」
「………覚えておきます」
『楽しむといい』やけに引っ掛かるその言葉を胸に僕は部屋を後にした。