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七人寄れば姦しい  作者: 二番
14/15

アキレア

『――――これより球技大会第三回AーBクラス戦を始めます。試合種目は硬式テニス、ダブルスで行います。これまで通り必ず一人は代表生徒の参加が義務づけられていますのでご了承ください。なお、途中交代は認められません』


 先程の雨が嘘のように感じられるほど青々とした空からは太陽光がBグラウンドの僕達の立つテニスコートへ真っ直ぐに射し込まれていた。

 

「畦倉くん。何故君が?」

「………色々事情が有ってな」


 Bクラスのテニス参加生徒は僕と岡の二人だ。対するAクラスは木田と名前の知らない大柄で目付きの悪い男である。

 事情……それについて岡は問い詰める事をしなかった。もうすぐにでも試合が始まるかもしれないためか、なんにせよそれは有りがたい。


「畦倉くん。専攻、後攻どっちがいい?」

「もちろん専攻だ」


 言いながらネットの中央へと向かう。既に木田ともう一人はそこで僕らを待っていた。


「やぁ、畦倉くん。せいぜい頑張ってくれよぉ」

「言われなくともその予定だよ。それでサーブとコートどっちがいい」

「選ばせてあげるよぉ。ハンデだよぉハンデぇ」


 腹立たしいが都合の良い申し出だ。試合前にラケット回して決めるアレよく分からないんだよな。


「じゃあサーブだな」

「僕たちはこのコートでいいからぁ。そろそろ始めようかぁ」


 言いながらコートを歩いて其々位置に着く。コートは土だがコンディションは万全だ。雨を降らしたのもCグラウンドだけだしな。

 Aクラスが出るということも有ってか以前の試合とは明らかに客層が違う。その多くがスーツ姿で用意された観覧席に座っていた。

 ちなみにこのテニスは6ゲーム3セット、つまり2セット先取した方の勝ちとなる。主審はまたもやBクラスの担任が勤めるようで審判台に腰掛けていた。副審はいない。

 視線を前に戻すと向こうから緩いボールが2つ飛んできた。それを手にしていたラケットで一度軽くバウンドさせてズボンのポケットに入れる。


「畦倉くん。僕がなるべくボールを拾ってフォローするから前衛を頼むよ」


 後衛を担うと岡が言う。奈瑞菜と代わった事で確実に勝ち取れる勝利が危ういものとなったと言うのに彼はこの状況に柔軟に対応してくれている。


「ああ。了解した」


 言いながら応援に駆けつけたBクラス一同に視線をやる。奈瑞菜は見るからに不安そうな顔で此方を見ていた。

 ―――――ちなみに僕は奈瑞菜と木田との間に起こった一連のことを知っている。ずっと通話状態だったからな。おそらく木田と会う直前まで僕に電話を掛けていたのだろう。樹人『トリエント』を使うAクラスの青年を運んだのも僕だ。今は御形からその治療を受けている。


「………まいったな」


 セイタカアワダチソウね。さっきから全く翠感が使えない。こればかりは本当にまずい。まず、すべきは状況確認だ。パワーバランス、個々ではテニス部部長である岡に分がある。しかし相手は二人ともそのレギュラーだ。スポーツは苦手では無いものの彼等と僕の差というのは大きい。

 おまけに翠感まで使えないときている。これは本当に岡任せになりそうだな………。珠洲に代わっても良かったのだがそれでも勝ちは厳しいし何よりも奴等が気に食わない。

 普通に勝つだけでは収まらないのだ。


「岡。最初に言っておくが僕達は今、翠感が使えない状態に陥っている。あいつのせいでな」


 僕は対角線上に立つレシーブの責務を負った青年を指差す。


「うん。僕は元々使う気はないし。木田くんの『ブルグマンシア』と山田くんの『セイタカアワダチソウ』は強力だけど直接的な介入はないと思う。自身の肉体的なポテンシャルで戦うしかないね」


 彼はそう言って優しく微笑んだ。


「知ってたのか」

「まぁね。一応、僕テニス部部長だから。部員の事はちゃんと知っておかないと」


 でもまぁ考え直してみると岡の翠感が活用できる場なんてとても思いつかない。タンブル・ウィードだしな。テニスで自身が丸くなったところで……いや体を柔らかくする能力だからスナップとかも効きやすいのかな。まあそんなところだろう。


「それじゃあ始めるか」


 ポケットからボールを取り出して所定の位置に着いた僕は何度かそのボールを左手でバウンドさせてからサーブを放った。ガットにボールが接触し乾いた音を鳴らして飛び出たそれはサービスコートで跳ねる。

 ―――――よし、スピードが少し足りないがコントロールは大丈夫そうだな。

 そのボールはすぐに相手に打たれてパワーもスピードも何割増しで返ってきたが既に僕は前衛に移動、岡が後衛を受け持っていた。僕がサーブを打った位置に向かっていくボールをバックコートを驚異的な速さで駆けた岡がそれに追い付きフォアハンドで打ち返す。重い打球が一直線に木田目掛けて飛んでいく。木田はそれを待ち構え今度は対角線上に居る僕を狙い打ち返した。

 その速さに戸惑いながらもなんとか食らいつく。ボレーで返した球はぽてっと相手の前衛から少し離れた位置に落ちた。

 間違いなく拾われる。そう考えた通り彼は一度バウンドしたボールをサービスラインギリギリで打ち返してきた。しかし無理な体勢だっためラケットは上向きとなり山なりに進んでいく。

 その先を目で追っていくと岡がラケットを豪快に振りかぶっていた。その紫電一閃を思わせる動きと同時に後衛の木田が駆け出すが既に遅く打ち出されたボールは一番後ろのベースラインの少し手前で跳ね、通過する。


 それを見た観覧席、両チームの生徒が快哉を叫んだ。


「お前テニス上手いな」


 当然なのだろうがそれでも僕というハンデを負ったうえでのその華麗な試合運びに思わず賞賛してしまう。


「ははは。これでもテニス部部長だからね」


 岡はそう言って二の腕の筋肉を強調させるように両腕を折り曲げた。確かに見た感じはボディビル部だな。とてもテニス部とは思えない。


「野球の時、全然活躍してなかったから少し心配だったけど」

「それを言われると痛いな」

「まあその調子で頑張ってくれ。僕にはあまり期待するなよ」

「畦倉くんもそれなりに動けてたと思うけどなぁ」


 そんなやり取りをしている内に悪寒が僕を襲う。何だこの馴れ合いは何で褒め合ってんだ。


「そりゃどうも」



****



 試合は快調に進んでいた。その後もポイントを取り続け危なげなく着実にゲームを取っている。今では岡のストロークが決まる度にギャラリーから声援やら雄叫びやらが届いていた。

 そんなこんなでいつの間にかあと1ポイントで1セット取れるところまで来ている。このゲームのサーブ権はAクラス木田正人にある。レシーバーは岡だ。何となく彼の様子を窺うが肩で荒く呼吸する姿は明らかに疲弊していた。それに気付いているのか木田は嗜虐的な笑みを浮かべる。

 岡は殆どのボールを一人で捌いている。それも僕の方へボールを寄越さないためだ。来たとしても大きく弧を描くようなロブ。それもこれも岡を疲労させるのが狙いなのだろう。実際にその成果は少しずつ顕れていた。

 体力が削られストロークにも力強さが少しずつ薄れていってるような印象を受ける。

 そんな不安を残しながらも所定の位置に着く。

 木田の速さと重さとを兼ね備えたボールが飛んできた。球はライトサービスコートとレフトサービスコートギリギリを跳ねる。

 岡はそれを見てラケットをフォアハンドから素早くバックハンドに持ち変え、持ち前のパワーを活かし鋭い打球を真っ直ぐに返した。それをなんなく木田は打ち返す。方向は僕の方だが大きく上がったためボレーは望めない。岡を走らせるためだ。僕はそんな相手の思惑通りコートを走る岡を確認しながら手薄になった方へ移動する。少ししてラケットを振る音が聞こえ、ボールは唸りをあげて前衛の山田へ向かった。

 山田はボレーのためラケットを構えるがその急速のためかギリギリでガットに当てたボールは上向きにぽーんと高く上がっていた。そのボールはコートの中央を落下地点としていてその下では岡が左手を空にかざし右手でラケットを担ぐよう構え――――降り下ろす。

 球は山田と木田の間を一直線に抜けコートに叩き付けられた後、後方へ消えていった。


「ナイススマッシュ」


 一際大きい歓声が轟く中、そう言いながら岡に駆け寄る。


「とりあえず1セット取ったが………次は厳しそうだな」

「………そうだね」


 息を整えながら岡は汗を服で拭った。


「間違いなく次からはこの消耗の差が出てくるよ。彼等は次のゲームから本気で勝ちを狙ってくると思う」


 岡を揺さぶるようなストロークでは無く僕が標的となるわけだ。サポートして後衛に徹する岡を疲弊させたのはそのためだろう。


「1セット落としてもいい。岡はなるべく体力回復してくれ。僕も下がって球拾うようにするから」

「………そうさせてもらうよ。」


 力無くそう呟く。ちなみに相手の二人はというと体を軽やかに屈伸させたりと余裕綽々といった様子を僕らに見せつけていた。それとさっきから気になっているのだが―――――


「なんかアイツさっきからずっとこっち見てないか」

「ああ。山田くんの事かい。確かに見てるね」

「アイツが居なければ翠感使って直ぐに勝てるんだけどなぁ。大体セイタカアワダチソウレベルの能力なら幾らか制限が掛かるはずだろ」


 奈瑞菜なら翠感発動までに相手に触れること、一度催眠を掛けた相手には2回以降掛けられないこと。等がある。僕の制約は“友達を作らない”とかだったりして…………違うか。違うな。


「うーん。知らないなぁ」


 とまぁ解決の糸口が見つからないまま試合続行。

 審判の指示が与えられコートチェンジのため時計回りに移動する。2セット目、最初のゲームは岡のサーブから始まった。ラケットが風切り音を立ててサービスコートのライン上を跳ねた。ただし審判のジャッジは、


『フォルト!』


 納得のいかないものだった。まあ誤審くらい有るだろうと軽く見ていたが――――

 

『ダブルフォルト!』


 時が過ぎてスコアはこれで『0ー40』。

 一度ではない二度目のダブルフォルト、つまり誤審を4回繰り返していた。岡の疲労だけじゃなくあちらさんは審判まで囲っているらしい。その自覚は決して無いけどな。つまりは木田の『ブルグマンシア』だ。いつ審判に触れたのかは知らないがそういう事だろう。


「おいおーい。フォルトし過ぎじゃないぃ?」


 その態度は語るに落ちていた。なんて分りやすいんだろうか………。そのうえ決めるところは決めてくる。山田のスマッシュや木田の力強いバックハンドでダブルフォルト以外にもキッチリ二点取られていた。

 この失点も有ってあっという間に1ゲーム取られてしまう。岡もそろそろ捌ききれなくなっていた。それに加えて審判の誤審、そしてこのゲームになっていきなり増えたAクラスに対する黄色い歓声だ。なんだこの三重苦。


「おい、岡。やっぱりこれ翠感使わないと負けるぞ」

「………しかしどうしたら」

「というか、あの女子共はどこから湧いたんだよ」


 セイタカアワダチソウの防止策を考えていたところ耳に甲高い女子の歓声が届いた。集中できん。


「木田くんの親衛隊だね」


 なんなの? この学園、親衛隊幾つ有るんだよ。流行ってんのか。


「腹立たしいな」

「直球だね。分からないでもないけど。………それとあの審判さっきから異様に誤審が多いけどやっぱり彼の―――」

「まあ、そうだろうな」


 それが問題なのだ。普通に試合を行っていれば勝ち目も十二分に有るのだが、なんせ審判が彼方の思惑通りに動いてしまってはどうしようもない。


「このまま普通にやっても勝てない。翠感さえ使えれば簡単に勝てるんだが………」


 木田の『ブルグマンシア』を抑えて勝つためにも山田の『セイタカアワダチソウ』を攻略しなければならない。


「とりあえず移動しよう」


 その言葉に頷きながら歩き出す。視界の端で木田が此方を見ているのに気付き不快な心持ちになりながらも位置に着く。サーブ権は木田に渡ったわけだが…………。


「まさかアイツ――――」


 案の定だった。ボールはバックコートでそれを待っていた僕の前に有るサービスコートではなく明らかに隣に入ったのに判定はイン。露骨過ぎるだろ、もうちょっと隠せよ………。

 流石に看過出来なかったのかギャラリーの生徒達が野次を投げ始めた。その直後にAクラスのメンバーが大声で騒ぎ立てる。


『うるせぇ! 審判が判断してんだろうがぁ!』

『そうよ! そうよ!』


 それに続く木田親衛隊。

 この光景見たら学園長も頭抱えるな。これ学園のイメージ駄々下がりだろう。どうでもいいけど。

 なんだかんだでその場は収まりAクラス以外が不満を抱える中、試合は進行していった。誤審は目立たなくなったが正確無比なサーブに力強いストローク、点はそこそこ返すものの完全に僕らが押されていた。

 あれよあれよという間に次1ポイント取られてしまうと2セット目が終わってしまうところまで来ていた。接戦の末、長らく続いたデュースもパスッと不完全燃焼な音を上げてネットに打球が引っ掛かり二点の差をつけられてしまう。

 もちろん誤審も無くなったわけではない。依然とライン上であれば問答無用でアウトとなる。


「セイタカアワダチソウね………」


 なんかやけに視線を感じるな。何であんなに此方凝視してくるんだアイツは。アイツというのは件のセイタカアワダチソウの彼のことだ。えーと……山田だったな。

 …………セイタカアワダチソウといえばやはり植物の成長を抑制させるアロレパシー、ゴールデンハニー、代萩くらいだろうか。代萩とは切り花用の観賞植物としてハギ(萩)の代用として用いられ、同様に茎を乾燥したものはすだれとして使われるとか。

 観賞植物―――――観る、視る、とか? いやまさかな………と思いつつも岡の大きな影に隠れる。そうして山田の視界から外れた。


「あ、できた」


 確認のためバレー試合の際、活躍の限りを尽くしたムチンを含んだ粘液を精製することに成功。手に着いた粘液を岡の体操服で拭いながら状況を確認する。

 …………つまり、セイタカアワダチソウの発動条件は目視か。ちょっとチート過ぎない? まぁ其ならそれで手の打ち用は有るけど。


「岡。奴の翠感発動条件が分かったぞ」

「奴というのは山田くんの事かい?」


 その問いに対して僕は首を縦に振る。内容を話している内に最後の6ゲームが始まった。

 先手は僕らだ。サーブは僕が打つことになっている。

 試合の内に覚えた打点をスイートスポットに当てるように振りかぶる。パコッと小気味いい音を立ててサービスコートの真ん中で跳ねた。勿論インだ。流石にフォルトには出来なかったのだろう。

 それを木田は逆サイドに打ち返す。打ち返された方向に僕は全力で走った。このゲーム後衛は僕、前衛が岡だ。

 なんとかボールよりも早く着地地点でラケットを構えた僕はボールが当たった瞬間、それを振り抜いた。球はネットギリギリを擦れて対角線上に飛んでいくが待ち構えてようにその先では山田が張っていた。

 押し当てるようにしてボレーで返す。その球を岡はバウンドさせず直ぐ様ボレーで返した。またそれを山田が返し、と数回ボレーのラリーが続いたがそれは岡のミスという形で終わりを迎えた。

 なんとかラケットにボールを当てたもののボールは高く上がりコートの前の方を落下地点としている。絶好のスマッシュポイントだ。山田は落下地点でボールを見つめその構えを取っていた。

 しかし、これは僕にとっての好条件でも有る。ボレー合戦の際から後衛に徹していた木田が山田とは反対のコート前方のネット付近に位置していて、尚且つ山田の視線は高く上がるボールのみ。

 僕は地面に手を着き翠感を行使した。

 案の定、スマッシュを打ち込まれ1ポイント奪われる。だがこの時点で僕らの勝ちは決定していた。


「畦倉ぁ!」


 木田がその憎悪の籠った熱線を僕に向ける。


「詰めが甘いんだよ」


 言いながら僕は木田の下半身を含み笑いを浮かべて凝視する。そこにはラケットを構えた両腕を巻き込みながら腰まで植物の根が這っていた。

 足下から出ているそれはその根の深さから『地獄草』と呼ばれるスギナのものだ。ガッチリと縛られた身体は言うことを聞かないようで木田は首を動かすのみだった。 


「卑怯だぞぉ! おい! 聞いてるのか!」


 どの口が言うのか。木田が喚き散らすがそれを耳に入れず次のサーブ位置に着く。先程とは逆サイドの場から直ぐ様サーブを打った。狙いはレシーバーである山田のサービスコートではない―――――口うるさいその男の顔面だ。


「へぶっ!」


 男の顔にボールが埋まる。それを見て僕は言った。


「すまない、フォルトだな」


 鼻から血が吹き出し呻き声を上げて苦しむその姿を眺めながら二度目のサーブを繰り出す。狙いは同じだ。いくら苦しもうがその姿勢は変わらない。固定してあるからな。


「てめぇ畦―――――ぶっ!」


 再び直撃。やっぱり人は具体的な目標が有ると力を発揮するんだな。自分のコントロールが良くなるどころか球威も上がっている。


『ダブルフォルト!』


 淡々と審判がそう宣告をする。この悪意有るサーブに審判が何も言ってこないのは洗脳のためだ。


「あと四球残ってるぞ、木田」


 そう伝えるとAクラスギャラリーから罵詈雑言が飛んでくる。それを聞き流しながら木田を見ると彼は力無くうなだれ完全に気を失っていた。

 ルール上、選手の交代は不可能。こんな暴力的なやり方が認められたらの話だが僕らの勝ちである。

 この手段を用いたのはただの個人的な憤り故だ。


「主審を操ってる木田くんに真っ当にテニスして勝てない。だから退場してもらったというわけか」


 岡がポリポリ頭を掻きながら言う。

 結果試合は物議を醸しそうな雰囲気の中、Bグラスの勝利となった。




【3回戦最終試合 AクラスーBクラス 種目:硬式テニス】


  勝利:Bクラス

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