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七人寄れば姦しい  作者: 二番
10/15

昼休み

 眩しく気が滅入るような日差しを浴びながら進むB棟までの道のりは屋台や見せ物が幅を利かせており来賓や一般の方、生徒を中心に活況を呈していた。生徒会主催らしいその催し物に興じる人達の間をただ無心に歩き続ける。背中には毒化により一時的に睡眠状態にある芹の柔らかな感触が臆面なく伝わっていたが僕はひたすらに無心でいた。いや、無心でいなければならなかった。 

 10分ほど前、そんな僕が2試合目まで時間が有るという事でその辺をぶらついているとBクラスの食堂が空いているとの情報を耳にし現在、静謐欲しさにその場に向かっていた。試合終了と同時にBクラス生徒だの他クラスのファンだので七人が埋め尽くされたため、芹を回収後、占領されたベンチを足早に脱してきたというわけだ。奇異の目で見られる事にも慣れ、食堂を目指す。



***




 校舎の中は同じ学園内とは思えないほど理想的な物静かさが有った。C棟を通過した時は中央のビルに向かう人達やA棟での上級生のイベントに足を運ぶ姿が見られたがここには居ない。皆、中庭を通じて移動してるのだろう。


「……………ん、マスター?」


 背中でモゾモゾと芹が蠢く。どうやらようやく目覚めたらしい。


「おはよう、芹」

「試合は……?」


 眠そうに目を擦りながら問い掛ける芹に「勝った」、そう伝えると彼女はぐぅとお腹の音を鳴らした。


「すぐに食堂に着くぞ」


 タイムリーな生理的欲求を聴いて思わず笑みが溢れる。僕の背から離れた芹は恥ずかしそうに隣で僕の裾を摘まんでいた。なにこれ可愛い。ここの女子生徒が見たら悶え死ぬだろうその仕草に僕が朦朧としていると目的地に到着。


「図書室の隣だったのか………」



 食堂も各棟に存在するらしい、普段は生徒達もここを利用したり教室だったりと昼食を取るのだが今日に限っては外で屋台だの何だので済ませているのだろう。中には食堂のおばちゃんなる人物が数人いるのみだ。


「芹、食券はあそこで買えばいいのか?」

「うん、カツ丼でお願いします」


 入り口付近に設置された販売機を前に財布を取り出す、ちなみに僕は折り畳み派である。スーツに限っては長財布を支持するけどな、それでも三つ折りが最強。僕の数少ない英世が投入口に吸い込まれる、そうして購入した二つの券を手におばちゃんの方へ向かった。


「あら、芹ちゃん。今日は彼氏同伴かい?」


 おいおい言葉に気を付けろよ。周りに人が居たら酷いことになってるぞ、僕が。おばちゃんのお節介の被害に有ってるのは僕だけではないらしく芹の頬は朱が差していた。


「………う、ううん、マスターです…」


 いつもの意気軒昂、活発溌地という単語はなりを潜めおしとやかに応える。それを聞くとおばちゃんは僕を食い入るように見つめた。


「彼女にマスター呼びを強要させてるのかい……中々にセンスがいいね坊や」


 いや、僕は別に趣味や癖で彼女にマスターと呼べなんて言っているわけではない。というか言った覚えはない。…何だこの懐の広いおばちゃんは、何かハードボイルド染みた雰囲気を感じる。否定するのも面倒だから適当に肯定しておくか……。


「どうもです」

「あら本当なの? てっきり『管理者』さんかと思ったんだけどね」

 

 どうやらからかわれていたらしい。そんなユーモア誰も期待してないんだよ。いいからカツ丼と僕のしょうが焼き定食を出してくれ……。


「知ってたんですか……」

「やっぱりそうかい。まあ坊やの事は結構、学園じゃ話題になってたよ」

「……………」

「あまり嬉しそうじゃないねぇ」


 そりゃ人間、噂になることなんて大概が悪いことだ。しかもあいつら陰口を僕の耳に持ってくるからな、最早陰口ではない。


「好事門を出でず悪事千里を行くって言うじゃないですか」

「おばちゃんが聞いた限り好印象だよ」


 その言葉の尻には大体“高木層の割りに”という定型文が付くことは容易に想像できた。比較対象が悪いだけである。


「そうですか」


 伏し目がちにそう返しながらようやく出てきたそれをお盆ごと受け取る。僕はペコリと頭を下げるとその場をすぐに移動して窓際の中央に陣取った。それに少し遅れて芹がトコトコと此方に歩いてくる。


 そして彼女が席に着くと、同時に入り口の扉がガラリと開かれた…………奈瑞菜達である。

 『春の七草』メンバー五人の先達としてやって来たであろう奈瑞菜の手には風呂敷が握られていた。形から察するに弁当だろう………。



「………私、お弁当作ってるって言いましたよね?」


 側までゆっくりやって来た奈瑞菜の冷ややかな視線が僕を射殺す。完全に忘れていました。


「すまない。忘れてた……けどそっちの方が食べたいな」


 急いでフォローに回るがその効果は顕れない。その様子を見ていたおばちゃん達が「修羅場、修羅場」とひそひそ話し合ってるくらいだ。喧しいわ。しかし、僕の足掛け16年の人生で帰納的に考えようにも“女の子の機嫌を直した”なんて事実は存在しないため最適な対応が導き出されない。


「本当ですか?」


 一拍置いてから奈瑞菜がそう言って僕の顔を覗きこむ。


「ああ」


「でしたら、許してあげます。今日は事実上、マスターと最後の学園生活を送る日なんですから」


 奈瑞菜は僕の隣に腰を据えた。なるほどね……………ただ、


「はい、あーんです」


 海老フライを無理矢理僕の口に詰めるのはやめろ。僕は尻尾は食べないんだよ。



「見せつけるね、マスター」


 心なしか不機嫌そうな御形が僕と対面する芹の隣に座る。それを皮切りに他の四人も腰を下ろしていった。一気に人口密度の高くなったテーブルで僕はただただ手料理を口に押し込まれる。


「いや奈瑞菜、自分で食べるから」

「駄目です。私との約束を忘れていましたから、これは罰なんです」


 奈瑞菜の白魚のような手が僕の左腕をギリリと軋ませるように掴む。これ以上反抗すれば両腕を折ってでも私が食べさせるとでも言いたいのだろうか、中々に猟奇的な美少女だな。獣耳とか似合いそう、狼だとなお良い。


「そうですか」

「はい、そうなんです」


 とまぁ、しょうが焼き定食にも手を付けながら奈瑞菜の料理に舌鼓を打つ。



「やっぱり美味いな」


 そう率直な感想を述べると彼女は嬉しそうにもっと食べろと揚げ物を僕の口に押し込もうとするが、照れたように目を背けているためその箸は僕の頬に押しつられていた。油でベタベタする。


「そういや、次の試合相手ってどっちか分かったのか?」


 早々にグラウンドを後にしたせいでD、Eクラス戦の結末を知らないんだよな。


「……………Eクラス」


 答えたのは菘だ。彼女はそれに続ける。


「……………0ー3でEクラスが勝ったよ、マスター」


 ということはEクラスと当たる訳で…………何か影丸達が情報を掴んでいないだろうか、作戦としてはCクラス優先だったためEクラスに至っては代表生徒すら知らない。後で確認する必要が有るな。


「Eクラスねぇ、そう言えば昨日珠洲が女装させた男子ってEクラスだったよね」

「そんなことも有ったね。珠洲が大根食べちゃったんだっけ」


 撫子と御形が言葉を交わしながら珠洲に視線を向ける。注目にさらされた珠洲は何か思い出したように懐から桜ヶ丘学園の校章がプリントされた小さな手帳を取り出した。この学園の生徒手帳だ。


「昨日女装させた時に剥ぎ取った制服を朝に返しに行ったんだけど生徒手帳を渡しそびれちゃって」

「凄い台詞ですね………」


 奈瑞菜が引いているが、珠洲は悪びれる様子もなくヒラヒラと件のEクラス生徒の所有物である生徒手帳を手で遊ぶ。というか昨日の弁当の大根やっぱり食べたんだな、女装被害を受けた男子生徒に思わず合掌してしまう。精霊がその対応した植物を食べると脳内麻薬的なものが分泌されて交感神経が刺激され一種の興奮状態に陥るらしい。制服を奪われたその男子に同情せざるを得ない……………が取り合えず拝見。


「おい、コイツEクラス委員長だぞ」


 珠洲から受け取ったその生徒手帳にはそんな意外な情報が記されていた。因みに顔写真は一言でいうと最も人間に近づいたゴリラといったところだ。コイツの女装姿は誰が見ても幸せになれない事は一目瞭然だった。


「1年E組、岩下郷田(いわしたごうた)……柔道部所属、委員長バッチもちゃんと有るね」


 依然と僕の口許に箸を運ぶ奈瑞菜は僕からそれをひょいと奪い確認する。しかしこれは願ってもない情報だ。Bクラスは違うが委員長=代表というのは多いらしい。1試合目の対戦相手であるCクラスにしてもそうだ。


「後で影丸達に伝えておくか……」

「え? 別に、今伝えたら良いじゃん」


 僕の独り言に撫子が遠慮なくその言葉を浴びせる。


「ほら、電話とか」


 そう言って取り出したのはキラキラと安っぽく光を反射させている凸凸にデコられたスマートフォンだ。


「貸してくれるのか?」

「嫌、女子高生の携帯に触れるなんて御法度」

「じゃあ、どうするんだよ」


 携帯に触れる事すら禁忌に該当するなんてやっぱり社会に出るもんじゃないな。その内、電車の痴漢同様の扱いになっていくのだろう。あのオッサンあーしの携帯に指紋つけたんですけどぉみたいな感じで。


「マスターのスマホに影丸の電話番号教えるから」


 撫子がジェスチャーでスマホを渡せと訴えてくる。僕のは御法度にならないのな、まぁ渡すけど。


「ほらよ」


 スマホをテーブル上に滑らせ撫子の下に届かせる。それを受け取ると彼女は何やら指を前後左右に素早く走らせた。


「はい」

 

 そうして僕の電話帳に七人と両親以外、通販サイトのアドレスしか登録されていないことが詳らかになり数分後戻ってきたスマホの電話帳を確認すると影丸と表示された文字の隣で絵文字の文字化けしている登録名が追加されていた。


「というか何でお前知ってんの?」

「あたしはクラス全員の番号知ってる、登録件数百は越えてるし。てかマスターは少なすぎ」

「いや卒業したら殆ど必要ないだろ、電話が掛かってくる時なんて結婚式の頭数集めか金の普請くらいだぞ」

「偏見が凄い………」


 そんなこんなで電話を一本入れようと思ったのだがスマートフォンに表示されている時刻を確認したところ、時間もそろそろ迫っているため、それを伝えて昼食を切り上げようとその場を立ち上がる。集合場所で話せばいいだろう、というか電話するのが嫌だ。


「そろそろ動くぞ……どうした? 奈瑞菜」


 その際に奈瑞菜が少しばかり怪訝な顔を見せた。ちなみに料理はしょうが焼き定食含め完食している。他のメンバーも同様だ。


「い、いえ……何でもないです」



 煮え切らない態度だがそれよりも作戦通り動かなければならない。野球はまだ勝手が分かるが、バレーについてはさっぱりだ。2試合目に関しては試合前が僕らの勝負どころとなる。僕達は急ぎ足でその場を後にした。





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