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死線

 月光だけが光源だった寂れた墓場は色とりどりの閃光で満ち溢れていました。渦巻いた炎が大勢の人影を飲み込み、迸る(いかずち)が空を切り裂きます。

 レイヴァンは周囲を取り囲む亡者の群れの中で剣を振りぬき、殴りつけ、着々と亡者を切り捨てていきました。


「らあぁあああッ!」


 レイヴァンに掴み掛かろうとした亡者の胴が真っ二つに切断され、刃が届かない亡者は炎に巻かれて灰に帰っていきます。レイヴァンは目にかかる腐った血糊を拭って視界を確保しました。その間にも地面から這い出る人影を踏みつぶして戦線を維持します。


「くそッ! キリがない!」


 今しがた灰になったばかりの亡者の時間が巻き戻り、再び隊列に加わりました。撒き散らされた臓物や両断された人体が、意思でも持っているようにのたうち回り、元の一つの体に戻っていきます。彼の剣戟は襲い掛かる亡者の侵攻を一時的に止めるほどの役割しか持てていませんでした。

 レイヴァンは剣を炎で炙って血液を蒸発させると、再び死体の群れの中に突撃していきました。


「『闇の王』の呪いで二人を超えての戦闘はできないはずだろうっ!? 俺はなぜ敵地のど真ん中で剣を振り回しているんだ……っ」

「無駄口叩いている暇があったら手を動かしてっ! このままじゃ、押し切られる!」


 レイヴァンはフィオに鍬を叩きこもうとした死者を剣で殴打し、距離を無理矢理に離します。剣から伝わってくる内臓が破裂して骨が砕ける感覚に眉を顰めますが、不快感を無視して焔による追撃を加えました。


「ふふっ、ふふふっ! この戦場には生者が三人。あとは命令に従うだけの肉人形。つまり、この戦いはワタシと貴方たちの一対二! 当然、『闇の王』の魔法には違反していません! ふふっ! なんとも丁度いいハンデだとは思いませんか?」


「よくもまぁ抜けぬけと……っ!」


 二カの楽しそうな笑い声が何処からともなく二人の頭に響きます。

 二人を取り囲む亡者の数は二桁では済みません。一体一体の錬度が低くとも、圧倒的な数はそれだけで十分な脅威になりえていました。それが、痛みも感じず疲労も感じない不死の集団ならば尚の事でした。

 二人は小屋が焼け落ちると同時に見失った二カを探そうとします。けれど、どうしても二カを見つけることが出来ません。敵を見つけられない二人は攻勢に出られず、防戦一方な戦いを強いられていました。


 レイヴァンが剣と炎を振るって死者が近づけないように奮戦する中、フィオも二カの攻撃をひたすらに防いでいました。何度も宙に発生する閃光が、何処で魔法が打ち消し合ったのかを遅れて世界に伝えます。

 二カは何度もレイヴァンやフィオの周りの空間を歪めようと魔法を放っていました。対して、フィオは二カとは逆方向に空間を歪めます。結果、墓場の空間は均衡を保つことが出来ていたのです。

 二カはレイヴァンの振るった剣を空間のズレに巻き込み、彼の首に刃を導きます。彼女は彼の刎死を狙ったのです。二カは彼の炎をズラして焼死を狙いました。二カは彼の体を高所に放りだして墜死を狙いました。二カは彼の心臓の位置だけをズラして惨死を狙いました。二カは彼の体の時間を進めて老死を狙いました。二カは地中に彼の体を転移させて圧死を狙いました。二カは彼の周りの空気を取り除いて窒息死を狙いました。

 しかし、その全てはフィオの魔法に打ち消されます。その衝撃で走る閃光が、墓場を明るく照らし出していました。

 二カの魔法は二人に掠り傷一つ負わせる事無く相殺されてしまいました。けれど、この魔法の打ち合いは、二カにすこぶる有利な打ち合いでした。居場所を悟られずに一方的に攻撃できる二カと、攻撃に転じることも出来ずに致死の魔法を防ぎ続けなければならないフィオ。二人にかかる精神的な疲労は天と地ほどに開きがありました。一度でも攻撃を通せば即死の極限状態に晒されているフィオの集中力がいつまで持つかは分かりません。

 たとえ、魔法を防ぎ続ける事が出来ても、蘇り続ける死者と戦い続けるレイヴァンの体力が持たないでしょう。彼が倒れれば戦線が崩壊し、二人が亡者の群れに飲み込まれてしまうのは明白でした。


「フィオ! 二カの居場所は分からないのか!?」

「駄目! 魔法を使って隠れているのならともかく、普通に隠れられたら見つけられない!」


 レイヴァンはフィオに向けて叫びます。フィオも叫び返しますがその返事には悲痛な色が混じっていました。

 空間を操って地面にでも潜っていたのならば、フィオが空間魔法の気配を感じ取ることが出来たでしょう。しかし、感じるのは二人を直接狙う攻撃と、墓場全体に張り巡らされた時間を操る魔法だけでした。


「奴は必ず近くに隠れているはず……。わたし達の体力が尽きる前に探し出さないと……」


 フィオは小屋から転移しようとする二カの魔法を打ち消していました。つまり、二カは必ずこの近くにに潜んでいるはずです。けれども、どういう訳か二カの姿が何処にも見当たりません。

 レイヴァンは亡者を切り伏せながら戦場を見渡して二カの姿を探します。フィオも辺りを見渡しますが、それらしき人影は見当たりません。


「どうなってる……」


 フィオは唇を噛んで顔に焦りを浮かべます。

 一度撤退することも考えますが、首を振って否定しました。転移魔法はフィオがやったように封じられるでしょう。徒歩で逃げれば亡者の群れからは突破できるかもしれません。しかし、それでは完全に二カの居場所を見失ってしまいます。そうなれば完全に対抗手段を失ってしまいます。二人が生き残るには、近くに隠れているはずの二カを見つけ出し、今ここで倒すしかありませんでした。


「はっ!」


 レイヴァンは死者の体を踏み台にして跳躍します。剣を振り下ろすまでの間に辺りを見渡しますが、目に映るのは腐った体の持ち主と寂れた墓場、そして戦場を照らす攻撃の残滓だけでした。

 迸る紫電と焔に照らされて見通しには問題ありません。しかし、二カの姿はやはり見つかりませんでした。


 着地したレイヴァンは足を軸に体を回転させて前方の亡者を切り払います。背後から抱き着くように襲い掛かる死者の気配を感じて彼は再び跳躍しました。彼は宙返りをしながら亡者の頭上を飛び越えるついでに異形の頭を剣で砕きます。

 別の亡者が彼の着地の隙を狙い、腐った爪で襲い掛かりました。レイヴァンは腰の鞘を地面に突き立てると、空中で無理矢理体を回転させます。攻撃を仕掛けようとした亡者はあっけなく首を飛ばされて倒されました。


「はぁ、はぁ……。いつになったら終わるんだこれは……っ!」


 今しがた切り裂いた亡者が既に再生を始めているのを横目に、レイヴァンは周りの死者の全てに警戒を払います。

 亡者は腐り落ちた喉からうめき声を漏らしつつ、徐々にレイヴァンへの距離を詰めていきました。亡者たちは、その異常(・・)に連携が取れた動きで少しずつ彼の動きに対応しつつありました。

 そこに背後からフィオの声が掛かります。


「レイヴァン! 一度戻れ!」

「分かった!」


 フィオの声でレイヴァンに向いていた亡者の意識が彼女に向かいます。レイヴァンはフィオに向かおうとする死者を灰にし、切り飛ばしながら彼女の元へ向かいました。そして、フィオの元にたどり着いたレイヴァンは周囲に炎の壁を発生させて亡者の侵攻を一時的に抑えます。


「どうしたんだ? 二カの居場所に検討が付いたのか?」


 レイヴァンが早口で問いかけますが、フィオは悔しそうに首を横に振りました。レイヴァンは先の見えない状態に歯噛みします。フィオはそんな彼に問いかけました。


「何でもいい。戦って気になる事はなかったか?」

「特にないと思うが……。いや、こいつ等の動きはやけに連携が取れている気がする……くらいか」

「それは、こいつらに二カが指示を出しているという事か……? やはり、二カはこの近くにいるはずなんだ……」


 細かい指示を与えるならば、近くで亡者の動きを観察した方がいいのは分かり切っています。二カはすぐ近くにいると考えていいでしょう。

 フィオは爪を噛みながら思考を巡らせました。

 そうしている間にも亡者は炎の壁を突破しようと壁を殴りつけては、灰まで焼き尽くされています。それでも亡者は突撃を止めません。


「くそっ! ニカは近くにいる事しか分からないじゃないか! どうにかして正確な居場所を……っ! どうすれば手掛かりが増える!? どうすれば……っ!」


 フィオは額を押さえて地団太を踏みました。

 レイヴァンはフィオが冷静さを失ってきているのを感じました。そして、自分自身も焦りに支配されていた事に気が付きます。

 彼はゆっくりと深呼吸をすると、フィオの肩を軽く叩きました。すると、フィオの体が面白いように震えます。どうやら、彼女も必要以上に焦っていたようです。

 フィオは震える声で彼に向き直りました。そして、恐る恐るというように喉を震わせました。


「……レイヴァン?」

「フィオ。君はこの戦いでずっと二カの攻撃を防ぎ続けている。今もそうだ。そんなんじゃ、集中して考えられないんじゃないかい?」

「確かにそうかもしれんが……」

「焦りすぎだよ。一度、深呼吸でもしたらどうだい? それくらいの時間なら抑えて見せるさ」

「だが……」


 レイヴァンは無理矢理に笑みを張り付けて言いました。フィオは不安そうに彼を見つめます。けれど、彼の決意が変わらないと感じてゆっくりと頷きました。このまま続けても勝ち目はないと悟り、賭けに出る事にしたのです。


「……十秒でいい。それだけの時間を稼いでくれ」

「了解」


 それだけ言うと、レイヴァンはゆっくりと炎の壁を打ち破ろうとする亡者の群れと向き合います。そして、剣を地面に突き立てました。


「『赫灼の騎士』……。その名に恥じない戦いをして見せようじゃないか」


 レイヴァンは片目を瞑って腕を横に振りました。すると、墓場の至る所から次々と巨大な火柱が立ち上がります。

 突如現れた火柱に飲み込まれた亡者は掠れた声を上げて燃え尽きていきました。


 剣術の補助として炎の魔法を使うくらいだったレイヴァン。しかし、この時ばかりは剣を捨て、意識の全てを魔法に注いでいました。魔法使いとしての実力はそれほどでもない彼ですが、体内の魔力を限界まで絞り出すくらいならば、彼にでも可能な事でした。


「ぐっ……」


 彼の体から急速に魔力が抜けていきます。それに合わせて彼の体はふらつき、意識までもを失いそうになってしまいました。けれども、彼は炎を生み出すのを止めません。

 倒れた火柱がさらに亡者を巻き込みます。レイヴァンは腕を振って宙に追加の炎を生み出しました。

 杖代わりの剣を手放したために制御が効かず、炎が辺りに拡散していきます。出鱈目に動き回る炎と煙が、墓場に満ちていきました。


 そして、二カの攻撃の手が緩みます(・・・・・・・・・)。充満する黒煙と、辺りを覆いつくす炎で視界が塞がれ、狙いが付けにくくなったのです。

 二カの魔法は見当違いの空間を歪めます。魔法で消された炎の穴はすぐに埋められ、二カから視界を奪い続けました。

 同時に複数の魔法を行使している今の二カには、墓場の全てを巻き込むほどの空間魔法は起こせなかったのです。


 一時的に攻撃が届かなくなった所で目を瞑り、フィオはゆっくりと深呼吸をしました。

 今まで二カの攻撃を防ぐ為に使っていた脳の全てを、二カの居場所を探り当てるために使います。


 二カはすぐ近くにいます。

 戦場のあらゆる場所には二カらしき人影はありません。

 戦場で使われた二カの魔法は、二人を狙う空間を操る魔法と墓場全体に張り巡らされた時間を操る魔法のみです。


 分かっている情報はこれだけでした。

 フィオは新たな手掛かりを求めるのを諦めて、これらの情報だけで二カの居場所を予想します。そして――


「そういう事か……。ようやく見つけたぞ、二カ」


 ――全てが一本の線で繋がりました。フィオの目に、ようやく二カの姿を捕えることが出来たのです。

 フィオは二カをこの場に引きずり出そうと、獰猛な笑みを湛えて呟きました。


どうしても入れる場所がなかったので……。

割と気軽に転移魔法を使っていますが、視界に収まる範囲だからです。視界の外に転移するには数ヶ月の準備をかけて魔法を練り上げます。


後で修正するかもしれません

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