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『第三柱、深淵を行く者』

 そして、フィオは二カの手を取ることはせずに、彼女の喉元に杖を突きつけました。フィオは虚ろな瞳で二カに問いかけます。


「……一つ、聞きたいことがある」

「どうぞ?」


 二カは楽しそうに首を傾げました。フィオが何を問いかけるのか。それが楽しみでたまらなかったのです。


「……お前は、王国を追われた時、死者の復活について研究していたな? この十年で、結果が出せたのか?」

「無理でしたね。とりあえずの術式は完成しましたが、不完全です。元通りにはなりません。事前に準備をしても欠陥が残ります。準備がなければただの傀儡です。そこに元の魂の輝きはありません。やはり、霊体に干渉できない時空魔法では死者の復活は不可能なのでしょうか?」


 しかし、二カは残念そうに首を振りました。二カは嘘偽りなく問いに答えます。フィオはその答えに、ため息を吐く事しか出来ませんでした。そして、自分の思いを伝えます。


「それでは、スーを生き返らせる事は無理という事か。ふん、時間の無駄だったな。これでもう、お前と話す必要はないわけだ。……研究記録を差し出せ。そして、お前が『第三柱』なのだろう? さっさと、『闇の王』の居場所を吐き、そして死ね。お前の研究成果は、わたしが有効活用してやる」


 フィオは無表情だった瞳に殺意を称えて言い放ちました。レイヴァンはフィオの覇気につられて、剣に手を添えました。二カは死刑囚。そして、『闇の王』の居場所を握っています。レイヴァンとしても彼女を生かして捕えたいところです。しかし、殺意をぶつけられてなお、二カは笑みを崩しませんでした。そして、事は起きました。


 突如、囲炉裏の炎が弾け、三人に襲い掛かったのです。

 フィオは空間をずらして火の粉を避けようとしますが、フィオと二カの間に閃光が走り魔法は不発に終わります。二カの魔法がフィオの魔法を打ち消したのです。


「ぐっ……」


 焔がフィオの顔を焼き切る寸前、レイヴァンがフィオの首根っこを引っ張って炎の直撃を避けました。行く手を失った炎は二カの腕を焼き、小屋に引火します。まるで小屋に油が塗ってあったかのように小屋は爆発的に燃え上がりました。


「脱出するぞっ!」

「ちっ……!」


 フィオは急いでスーの亡骸を抱き上げると、舌打ちをして小屋から飛び出しました。

 そして、小屋から飛び出したレイヴァンは絶句します。小屋の周りを、唸り声を上げる無数の人影が取り囲んでいたのです。フィオ達を包囲する人影の体は朽ち果て腐り、衣服は服で汚れていました。


「死者の使役……」


 フィオの口から言葉が漏れました。

 二人を取り囲む人間は例外なく、魂なき者たちでした。戦で滅び、朽ち果てた最果ての街で眠る彼らは、二カの時空魔法によって時間が巻き戻され、命だけが蘇ったのです。

 彼らは意思を持ちません。ただ命令に従うだけ。人間とも言えないただの動く肉塊でした。そんな過去の住人が、一人、また一人と墓の中から這い出て、一緒に埋められた錆びた農具を、武器を、ボロボロの指先で握っていました。


 レイヴァンは今度こそ腰の剣を引き抜きいて、臨戦態勢を取りました。フィオはレイヴァンに背中を預け、燃え盛る小屋の中で笑う二カを注視します。二カは焼ける体を無視してフィオに語り掛けました。


「貴方の力は強大です。いずれワタシにも匹敵するでしょう。そんな貴方を今ここで殺してしまうのはもったいないです、フィオさん。さぁ、ワタシと一緒に魔導の深淵を覗きましょう? 貴方ならば、更なる魔導を求めるワタシの想いを分かってくれると思っています」

「知るか。わたしが求めるのは安寧としたスーとの生活だけだ。お前のように魔導に人生をかけて平穏な生活を棒に振るのは御免だ」


 吐き捨てるように言ったフィオの言葉に、笑みを絶やさなかった二カは表情を曇らせます。そして、落胆の表情を浮かべると、冷たい目でフィオ達を見据えると口を開きました。

 同時に小屋が崩れ落ち、二カの姿は炎に巻かれて消えました。それでも声は何処からともなく響いてきます。フィオ達を取り囲む亡者も敵意に満ちた唸り声を上げ続けます。


「そうですか……。つまり、ワタシの同志にはなってくれないと? ワタシと敵対するということで?」

「ああ、そうだ。ワタシはお前を倒し、『闇の王』の居場所とこれまでの研究成果を奪わせてもらう。全てはわたし自身の願いのために」


 二カの姿は消えてしまいました。けれども、頭に響く彼女の声には戦意が籠っています。周りの死者も、それぞれの武器を構えて戦意をみなぎらせていました。

 フィオはそんな亡者を無視してスーの体を棺に収めます。そして、彼女の耳元に優しく囁き掛けました。


「少し待っていてくれ、スー。今、あいつを打ち倒し、お前を生き返らせる秘術の一端を吐かせて見せる」


 フィオが杖を振ると、棺はズプズプと音を立てて地面に飲み込まれていきます。彼女は沈む棺に向けて臣下の礼をとり、胸に杖を当てて宣言しました。


「わたしは当代『時空の魔女』フィオ・ドゥリトル。我が命、杖となりて最愛の家族に捧げん」


 フィオは棺が沈み切るのを確認すると、ようやく亡者に目を向けました。どうやら、二カはスーの亡骸を安全な場所に移動させるのを待っていてくれたようです。

 フィオは亡者に警戒を払うレイヴァンの隣に立つと軽く声を掛けました。厳しい表情を浮かべる彼を励ますように、自分に言い聞かせるように、自身と彼を鼓舞しました。


「案ずるな。たとえ相手が最強の魔女だろうとも、わたし達なら勝てるさ。攻撃の肝はお前だ。頼むぞ、レイヴァン」

「ああ、分かってる。君もしくじるんじゃないぞ」

「言われなくとも」


 そして、覚悟を決めた二人の頭に二カの声が響きます。声には歓喜が籠っていました。二カは負けず嫌いなのです。戦う事、それは人と人の間に優劣をつける手段でもあるのです。それは、魔導を追い求める二カのもう一つの生きがいと言っていいものでした。


「ふふっ! ふふふっ! そうですか。人間ごときに現を抜かす貴方が、禁忌の魔導に手を出す資格はありません。もちろん、禁忌を追い求める『闇の王』に会う資格もありません。ワタシの研究成果を見る資格もありませんっ! ワタシは『第三柱』『深淵を行く者』二カ・ダグラス! さぁ、十年前の続き始めようではありませんか! どちらが優れた『時空の魔女』なのか……。今宵がその証明の時ですっ!」


 そして、亡者の咆哮が月下の墓場に響き渡ります。

 レイヴァンは剣に炎を纏わせ、突撃の姿勢を取りました。フィオは杖を構えて援護の用意を始めます。

 レイヴァンは大きく息を吸い込むと、地面を全力で蹴り飛ばしました。そして彼は亡者の群れに飛び込みんで行きました。






 とある台地の上、山の中腹にて、山麓にある墓場を見下ろす二人の人影がありました。

 一人はメイド服を着た女性です。クラシカルな白と黒のメイド服のほかに、口元以外の顔を白い道化の仮面で覆っていました。彼女は単眼鏡で月明かりに照らされた墓場を見下ろしています。もう一人はフードを被って顔を隠した女性です。全身を黒いローブで覆ってしまっているため、体格はほとんどわかりません。彼女はフードの隙間から赤い片目を覗かせて、山の麓に視線を落としています。裸眼ではとても目視できない距離でしたが、どうやらメイド服の女と同じものを見ているようです。


「ぅへー。コレ、どう足掻いても二カの勝ちじゃないのかなー?」


 メイド服の女は単眼鏡を外すと、口元を嫌そうに歪めて愚痴りました。

 墓場では炎を操る金髪の騎士が亡者の大群を次々と叩き切り、赤毛の魔法使いが何処からか飛んでくる魔術を次々に撃ち落として援護しています。

 一見、騎士と魔法使いが優位に見えます。けれど、亡者の数は微塵も減っていませんでした。切り伏せられて動けなっても、すぐに体を再生させて何事もなかったかのように動き出すのです。

 メイド服の女は、腐りきった死体から飛び散る血と臓物に気分を悪くして墓場から視線を外しました。彼女は手近な岩の上に腰を下ろすと退屈そうにプラプラと足を揺らし始めました。


「こんなの一方的過ぎてつまらないよー。ねえねえ、ご主人。これならギャンブル下手なあたしでも勝てるよ。二カが勝つ方に金貨1枚」

「そうか、お前がそう言うなら、わたしは確実に勝てるな。わたしは二カが負ける方に賭けようか」

「ええ! ちょっとそれ酷くないっ!?」


 ぷくぅっと頬を膨らませて抗議するメイド服の女性に対して、フードの女は口元を歪ませて笑みを浮かべます。そして、楽しそうに言いました。


「悪くない賭けだとは思うがね? わたしの未来視では、十回戦えば二回は二カが負けているのが見えるぞ」

「とてもそうは見えないけどなぁ。あたしには十回やれば十回負けるようにしか見えないよ」


 メイド服の女は再び単眼鏡を目に当てて、麓の戦いを見下ろします。戦局には特に変化がありません。このままではいずれ、体力を失った騎士と魔法使いが負けてしまうでしょう。

 フードの女は不思議そうに首を傾げてメイド服の女に問いかけました。


「ところで、お前はどうして単眼鏡を使っているんだ? 魔法がかかっている今なら裸眼でも見えるはずだが」

「こっちの方が黒幕みたいな雰囲気があっていいでしょ?」

「……単眼鏡の分を給料から差し引いておこう」

「ええっ!? 酷い! これは経費で落ちる案件です! 従業員のモチベを上げるのはご主人の役目です!」


 メイド服の女は慌てて抗議をしますが、フードの女はどこ吹く風で抗議を無視しました。どうやら、メイド服の女の今月の給料が減ってしまったようです。

 抗議が受け入れないと分かると、女は肩を落としてぼやきました。


「ああ……。スロット千回転分の給料が……」

「ギャンブルを辞めるいい機会じゃないか」

「ギャンブルはあたしの生きがいなんですッ! あ、そうだ! スロットで勝てば元の給料と同じ金額を貰えたことになるよね? むしろ二倍は余裕」

「先月もそう言って有り金全部スッたのは誰だったか?」


 フードの女の皮肉は、一人盛り上がるメイド服の女の耳には入ってきませんでした。フードの女は盛大にため息を吐くと、メイド服の女に声を掛けて彼女に背を向けました。


「わたしはもう疲れた。後の事は任せたぞ『第零柱』」

「はーい。りょーかいです『闇の王』。さぁ、早く帰った帰った」


 フードの女――『闇の王』は、ひらひらと手を振る『第零柱』を不安そうに一瞥すると、闇に溶けるようにして消えました。

 メイド服の女――『第零柱』は、単眼鏡を目から外すと両手で頬杖をついて戦局を眺めます。


「かなり部の悪い分岐点だね。ていうか、なんで帰っちゃうんだろ『闇の王』。この前イレギュラーが発生したばかりなのに。また、予想外の事が起こっちゃうんじゃないかなぁコレ。でも――」


『第零柱は』愚痴をこぼしながらぼやきます。けれども、どこか楽しそうに口元を歪めて呟きました。眼下の戦局がわずかに変わったのです。


「――やっぱり、ギャンブルは辞められないね」


 登場予定すらなかったイレギュラーなので零にしました。

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