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大罪人

 二人の人影が馬に乗って平原を駆けていました。彼らの向かう方向を旅人が見れば、何事かと驚く事でしょう。二人は街道を外れて山の奥に向かおうとしているのです。その先にあるのはずいぶん昔に滅びた町があるのみでした。


「ああ……、疲れていないか? 慣れない馬に酔ったりはしていないか? ……そうか、大丈夫なのか。すごいな、スー(・・)は」

「……」


 馬を駆るフィオは覇気を失った目で背中に括りつけた棺桶(・・)に優しく話しかけました。レイヴァンはそんなフィオを一瞥しますが、かける言葉もなく視線を前方に戻します。


「この調子だと、向こうにつくのは夜になりそうだな……」

「別に、それでもいいさ。スーは眠っているんだもの。わたし達の体調次第さ」

「……」


 それならばフィオは休んだ方がいいな、という皮肉を口から漏らしそうになりましたが、レイヴァンは唇を噛んで衝動を抑えました。フィオは何かに耐えるように唇を噛んだレイヴァンが理解できずに首を傾げます。


「だが、真夜中に敵のそばまで行くのは得策ではないだろう。目的地からいくらか離れている場所で夜を明かす方がいいんじゃないか?」

「さて、それはどうだろうな……? こうしている間にも『第三柱』は居場所を変えるかもしれない。攻めるなら、早い方がいい。夜襲をかけられる事ばかり考えていないで、こちらが夜襲をかける側に回ってもいのじゃないか?」

「確かに……」


 レイヴァンはフィオの意見に同意しました。フィオの意見も一考の価値があるでしょう。レイヴァンは方針を決めるために質問を重ねました。


「最悪、ぶっ続けで移動した後にすぐ戦闘になる。体調は問題ないか?」

「ああ、問題ないな。もしもの時は先日のほどの森越えのように疲労を後回しにすればいい」

「……そうか。ならば、止めた方がいいな」


 森を超えるために疲労を後回しにした結果、宿の中で魔法を解いたフィオは倒れてしまいました。その尋常ではない苦しみ方を思い出すと、フィオの体に少なくない負担がかかっているのは明確でした。

 しかし、フィオはレイヴァンの判断に口を尖らせます。


「使うのは本当に万が一の時だけだ。今日は走りやすい道を通っているんだぞ? 使わなくても平気なくらいだ」

「……本当だろうな?」


 レイヴァンは疑わしそうにフィオの顔を覗き込みました。スーが死んでからのフィオは危うく見えました。レイヴァンは今のフィオが冷静な判断を下せるとはとても思えなかったのです。

 フィオは心外そうに鼻を鳴らしました。


「傷つくな。そんなにわたしが信用できないか?」

「いや……、分かった。このまま『第三柱』の場所まで行こう」

「ああ。……スーもそれでいいか? そうか、そうか。スーも賛成してくれるそうだ。これで、お前が反対してもこちらの方に軍配が上がるな?」

「……そうだな」


 フィオは不敵に笑いました。レイヴァンは力なく同意する事しか出来ませんでした。




 日が地平線に沈むころ、フィオとレイヴァンは目的地にたどり着きました。山の山麓にあった滅びた町です。しかし、二人は眉を顰めます。この場所は町だと聞いていました。けれども、実際にあったのは墓地だったのです。

 いくつもの墓標が地面に突き立ち、その周りを寂れた木の柵で覆われていました。フィオとレイヴァンは顔を見合わせて話し合います。


「道を間違えたか……?」

「いいえ、合っていたと思うのだが……。仕方がない。今日はここで夜を明かそう。スーもずっと立ちっぱなしで疲れているだろうしな」


 フィオは背中の棺を降ろすと、スーの遺体を棺から出して背負いました。スーの腕を自分の首に回し、しっかりと固定します。

 スーの遺体はフィオの魔法によって鮮度を保たれていました。体の時間が巻き戻され、スーの体は硬直せずにいたのです。しかし、時間を操るフィオの魔法でも、魂までは戻す事が出来ませんでした。

 そんな時、二人の頭の中に声が響きました。優しそうな女の声です。


『……いいや、間違っていませんよ。おいでなさい。『闇の王』に挑もうとする者よ。魔導の深淵に足を踏み入れし者よ』


 突如頭の中に響いた声に、二人は反射的に振り向きました。すると、そこには先ほどまではなかったはずの寂れた小屋が立っていました。小屋の窓からは光が漏れ、誰かが住んでいるのは明らかでした。レイヴァンは警戒心をむき出しにして小屋を眺めます。

 一方、フィオは唖然とした顔で屋敷を見つめていました。そして、小屋にゆっくりと足を進めます。その警戒心のない動きにレイヴァンは悲鳴を上げました。


「フィ、フィオ……っ!? 少しは警戒しないか!」

「ひ、必要ない……。今の声の主が、わたしの予想通りなら……、警戒は無意味だ……」

「何……?」


 フィオはゆっくりと小屋の扉を開けました。

 小屋の中央には囲炉裏が置かれ、ふつふつとスープが煮詰められています。囲炉裏を挟んだ向こうに座っているのは長い黒髪の女でした。フィオとは対照的に肌の露出が多く、豊満な胸元と腰回りを黒い布で覆っただけの姿です。日に焼けた彼女の肌に刻まれたいくつもの魔法陣が、女が魔法使いであると物語っていました。

 彼女は口元に指を当てると、面白そうに笑いました。


「久しぶりですね、フィオさん。ワタシの記憶が正しければ、百年ぶりでしょうか?」

「いや、五年ぶりだな。わたしは、そこまで長生きをしていない」

「ふふっ、そうですか。一人でいると時間の感覚が狂ってしまっていけませんね。それと、意外ですね。出合い頭に殺しに来る(・・・・・)と思っていましたが」

「……」


 女の言葉にレイヴァンは眉を顰めました。しかし、当のフィオは無表情のままです。とても、女に対して殺意を抱いているとは思えませんでした。

 女はくすくすと笑います。そして、手招きして二人に小屋の中に入るように促しました。


「そこまで緊張しなくてもいいですよ? 今は敵意がありませんから」


 そう言って、女は優しく微笑みました。






 それから、フィオとレイヴァンは囲炉裏を挟んで女と向き合いました。フィオはスーの遺体を膝枕の形で横たえます。女はフィオの奇行を気にも留めずにスープをよそって二人に振る舞いました。しかし、レイヴァンはすぐに手を付けられませんでした。二人は『第三柱』を探しに来たのです。この女性が敵とも限らないのです。けれどもフィオは警戒もせずにスープに口をつけました。


「……美味しい」

「フィオ!?」

「あらあら、まだ貴方に信頼されているようで、嬉しいわ」

「ふん……っ、お前が人を殺す時は、魔術しか使わないだろう?」


 狼狽えるレイヴァンは無視して、フィオはほっと息を吐きました。女はニコニコとそれを眺めます。


「スー。美味しいぞ? 飲んでみろ」


 フィオは優しく囁いてスーの口を開けさせました。フィオはスーの口から溢れるのにも構わずに、スープを流し込み続けます。零れたスープが服を濡らすのもお構いなしです。フィオはスーに優しく微笑みかけました。


「そっか、美味しいか」

「まぁ……。そういう事ですか……」


 レイヴァンがフィオの行動に頬を引きつらせていると、女は納得したように何度も頷きました。女はフィオの行動をおかしいとは思わなかったようです。フィオ奇行を微笑ましそうに眺めています。

 レイヴァンは叫び出してしまいそうになっていました。何かが彼を置いてきぼりにして、取り返しのつかない所まで進んでいるのを感じたのです。しかし、彼は唇を噛んで感情を抑え込んで女に話しかけました。


「……あなたは、いったい何者なんだ?」


 レイヴァンは女のことを何一つ知りません。この小屋にたどり着いてからずっと、彼は蚊帳の外だったのです。女は不思議そうに首を傾げました。


「あら? さっき名乗りませんでしたっけ?」

「名乗ってないですよ……」

「ごめんなさいねぇ……、人と話すのも十年ぶりですから、許してくださいね?」


 女が可愛らしく首を傾げました。レイヴァンはその答えに脱力してしまいます。ついでに、その年でその仕草はどうなんだとも思いましたが、その思いは心の中にしまっておきました。しかし、次の言葉で体は硬直してしまいます


「んー。あ、間違えました。少し前に、『闇の王』とお話したのを忘れていました」


 瞬間、レイヴァンは腰の剣に手をかけようとしました。しかし、それは叶いません。腰から剣が消えていたのです。レイヴァンは驚いて手元を凝視します。


「ふふふっ、せっかちな子は嫌われてしまいますよ?」


 見上げると、女の手にいつの間にかレイヴァンの剣が握られていたのです。女は子供の悪戯を咎めるようにレイヴァンを叱ります。レイヴァンは背中を嫌な汗が流れるのを感じました。

 女は唇に指を当てて続きを話そうとしますが、突然、空間に(いかずち)が迸りました。気が付くと、レイヴァンの腰に剣が戻っていました。

 女は頬を膨らませて、フィオに視線を向けます。


「もぉー。何するんですか、フィオさん」

「彼は騎士だ。勝手に騎士の剣を取り上げる事はするものではない。それは騎士の誇りを踏みにじる行為だろう」

「相変わらず堅いですね、フィオさんは。そんなでは、魔導を極める事など出来ませんよ? それともやはり、ワタシが怖いのでしょうか? 一人では敵わないから、お仲間の剣を取られたくないということですか?」

「……」


 フィオは言い返す事をせずにそっぽを向きました。女は諭すようにフィオを非難します。レイヴァンは今の一合の間に何が起こったのか理解できませんでした。辛うじて分かったのは、フィオが剣を取り返してくれた事と、この女の性格が悪そうだという事だけです。レイヴァンは小声でお礼を言い、フィオはひらひらと手を振ってその礼を受け止めます。

 そして、女が中断された自己紹介を再開しました。


「まぁ、いいです。ワタシは先代(・・)『時空の魔女』二カ・ダグラスと申します。悪い噂が一人歩きしていると思いますが、よろしくお願いしますね。レイヴァン・ローウェルさん」






 二カ・ダグラス。先代『時空の魔女』。その名を聞いて、レイヴァンは声を震わせました。


「そんな……。先代は死んだはずでは……。それに、どうして俺の名前を……」


 彼女は王国で知らぬものがいないほどの有名人でした。『時空の魔女』という称号を世に轟かせたのは、他でもない彼女だったのです。

 二カは唇に指を当てて、レイヴァンに微笑みます。


「ほんの少し、未来を『視た』だけです。未来の貴方がワタシに名乗りました。力及ばず、断片的にしか読み取れないのですが……」


 レイヴァンはフィオに視線を送りますが、フィオは首を横に振りました。フィオでは未来の断片すら読み取ることが出来ないようです。


「ふふっ、やはり、ワタシは死んだことになっているのですか。事実、国民の前で首を落とされて処刑されました。しかし、ワタシも『時空の魔女』です。死んでから時間を巻き戻して、生き返っちゃいました」


 二カは舌を出して悪戯が成功した子供のように笑います。

 二カは英雄でした。戦場を破壊しつくし、千の命を奪い去りました。

 二カは英雄でした。枯れた土地に実りを与え、千の命を救いました。

 けれども二カは大罪人でした。禁じられた邪法に手を染めたのです。先人が残した時空魔法を全て極めた二カは、研究する事すら禁じられた魔法に手を出したのです。

 王国は二カの処刑を決定しました。しかし、時空属性の魔法使いに正面から戦いを挑んで勝てる者は、同じ時空属性の魔法使いだけだと言われていました。

 ゆえに王国はフィオに二カを捕えるように命じたのです。


 フィオは二カの言葉にピクリと体を震わせます。フィオが求める情報が、突然転がり込んできたのです。

 フィオは虚ろな瞳を二カに向けました。二カはそんなフィオをニコニコと見つめ返します。

 そして、二カは抱きしめるように両手をフィオに差し出しました。出来のいい我が子を褒めるような、満面の笑みでした。


「ふふっ! そうなのです、その目です! 貴方の求めるものは、禁忌を超えた先にあるっ! ようこそ、我が同胞よ! 貴方もようやくここまでたどり着きましたね。貴方の目の前には今、無限の可能性が広がっています! さぁ、今こそ開きましょう! 英知の扉をっ! 魔導の深淵をっ! 貴方は今、可能性を否定する鎖を引きちぎろうとしているのです。ここから先が、真の魔導っ! フィオ・ドゥリトルの魔導は、これからなのです!」


 そして、フィオの手が二カに伸ばされようとして――

ストックが切れました。この話が難産過ぎました()

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