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虚ろな瞳

今回は本当に残酷な表現注意。

「あははっ! 弱い! 弱いねっ、お兄さん! こんなのじゃスーには当たらないよっ!?」

「ぐっ……」


 縦横無尽に振るわれるレイヴァンの剣戟をスーは踊るように舞いながら躱していきます。

 左から振るわれる斬撃。同時に焔の刃が右からも襲いかかります。しかし、スーが長剣の腹に軽く手をあてると剣の軌道が変わりました。後は簡単、襲い来る炎の隙間を縫ってスーはレイヴァンの懐に入り込むだけです。

 スーは簡単にレイヴァンの懐に潜り込んでしまいました。しかし、スーは攻撃を仕掛けません。レイヴァンの顔を覗き込むと、馬鹿にした笑みを浮かべ、せせら笑いました。


「おっそーい! そんなのでホントに二つ名まで貰えるのっ!? あははっ、王国の騎士ってそんなに弱いんだっ、ははっ!」


 スーは言いたいことを言い終えると、驚愕に目を見開くレイヴァンに笑顔で唾を吐き掛けました。

 フィオに出会う前、スー自身が何度も何度もやられた事です。スーに唾を吐き掛けた人間は、スーの事を嫌いだと言いました。だから、スーも殺したいほどに嫌いなレイヴァンに、唾を吐き掛けるのです。


「……このっ!」

「あははっ」


 レイヴァンはスーの胴を剣で薙ぎ払おうとしました。けれどもスーは、振るわれた剣の腹を足場に宙返りを決めました。レイヴァンも当たるとは思っていません。宙に業火を発生させます。炎蛇がスーの体を巻き取ろうとしますが、スーは流動的な炎の隙間を滑るように縫って躱しきりました。

 炎がまるで、スーの舞を美しく魅せるための道具のよう。レイヴァンは一度も攻撃を当てられないどころか、遊ばれている事実に歯噛みします。


「フィオっ! 援護できるか!?」

「手を出さないでフィオ様! こいつさえいなくなれば、帰れるのっ!」

「あ、ああぁぁあ……」


 フィオはどうすればいいのか分からず、狼狽えることしかできませんでした。

 スーは大切な家族です。そのスーがレイヴァンを殺そうとしています。レイヴァンは信頼できる仕事仲間です。そのレイヴァンがスーを殺そうとしています。どちらに肩入れすればいいのか分からず、フィオはその場にうずくまって震えることしかできませんでした。


「フィオ!」

「フィオ様!」


 二人は技の応酬の合間にフィオに呼びかけます。フィオは震える腕で短杖を構えて魔法を構築しました。けれども、狙いをつける事ができずにうめき声を上げるので精一杯です。

 フィオはスーを倒さなければいけません。『闇の王』の情報を話してもらわなければならないからです。レイヴァンを殺させてはいけないからです。けれども、フィオはスーに杖を向けることもできません。スーを傷つけることはフィオにとって、自害するほどに難しいことでした。


「くっ……」


 レイヴァンは状況の悪さに歯噛みします。フィオの魔法は一発で戦局を変えるほどの威力を持っていました。

 しかし、今回はフィオに戦意がありません。よって、一人でスーを倒さなければなりません。けれども、相手は各上なのです。まともに戦って勝てる相手ではありませんでした。


 スーは手加減をして、攻撃を仕掛けずに戦っていました。スーの目的はレイヴァンをできるだけ苦しめる事だったのです。騎士の誇りを折り、苦しみと無力感の中で死んで欲しいとスーは思っていました。ゆえに、手加減をして戦い、鍛えた技を真っ向から打ち破り、自信を叩き折ろうとしていました。


「いいのかフィオっ! この子が大事なのだろうっ!? この子を『闇の王』から救い出さないといけないのだろうっ!? 立ち上がってくれ、フィオ!」

「ダメだよフィオ様! お姉ちゃんはいい人だっ! スーはスー自身の意思でここにいるのっ! スーは害されていないんだよ、フィオ様!」


 レイヴァンは挫けたフィオを激励します。フィオが援護すれば勝てるのです。スーはフィオに立たなくてもいいと言います。フィオが戦いに入れば負けるのです。このスーに有利な戦局は、フィオであれば一瞬でひっくり返してしまえるのです。


「ぁあ……あああぁ……っ!」


 フィオは頭を押さえて嫌だ嫌だと呻きます。

 その姿を見て、戦いを長引かせれば長引かせるだけフィオに負担をかけることにスーは気が付きました。スーは即座にレイヴァンを殺した方がいいと、方針を切り替えます。スーにとって、レイヴァンを苦しめる事よりも、フィオが苦しまない事の方が大切なのでした。

 スーの爪が、目を見開くレイヴァンの心臓に迫ります。同時に、フィオにとっての決断の時が来てしまいました。スーを攻撃するのか、レイヴァンを見捨てるのかを決めなければなりません。


「ああっ……、ああああああああアアアアッ!」


 フィオは絶叫します。国を裏切るのか、スーを裏切るのか……。その二つの板挟みに合い、叫ばずにはいられませんでした。そして、フィオは涙を流しながら二人に杖を向けます。


「フィオ様っ!?」


 スーは絶叫しました。まさか、フィオに杖を向けられるとは思ってもいませんでした。そして――


「がっ!?」


 次の瞬間、レイヴァンの体が吹き飛ばされました。唐突に目の前の敵がいなくなり、スーの爪は宙を切り裂きます。スーは驚いてフィオに振り向きました。フィオは荒く呼吸を繰り返して、涙を流しながらスーに手を差し出しました。


「ぁあ……帰ろう……、スー。わたしはやっぱり、スーには杖を向けられない……。王国を裏切ることになろうとも、スーと一緒に居たいんだ……」

「ふぃお……さま……」


 スーはゆっくりと、フィオに近づきました。スーの目からは嬉しさに涙が溢れていました。ある程度まで近づくと、スーは勢いよくフィオの胸の中に飛び込みます。スーはこれまでの寂しさを紛らわせるようにして、何度も、何度も頬をフィオに擦りつけました。


「フィオ様、フィオ様っ! もう、こんなに会えなくなるのは嫌だよっ! 寂しかったよぉっ!」

「すまなかった、スー。これからはずっと一緒だ……。もう離してやるもんか」


 フィオはスーを優しく抱き返しました。スーは我慢することなく、フィオの腕の中で泣きじゃくります。フィオはスーが泣き止むまで、ずっと、ずっとスーを抱きしめて頭を撫で続けました。

 それから、スープを煮すぎて沸騰させるほどの時間が過ち、スーはようやくフィオから離れました。腫れた目元を恥ずかしそうに隠して、天使のような微笑みを浮かべます。


「もういいのか、スー」

「うん……。でも、これからずっと一緒にいるんでしょ? なら、泣きたくなったらまた慰めて? それだけでいい……」

「そうか……」

「フィオ様っ! スーはフィオ様の事が、だーい――――あれ?」

「……ぇ?」


 スーが再び、フィオに抱きつこうとした瞬間、フィオの表情が固まりました。スー胸から木を切って作った槍が突き出ています。心臓を潰されたことは明確です。次の瞬間、スーの首が地に落ちました。崩れ落ちる体から噴き出した血が、フィオの顔を濡らします。

 フィオが顔を上げると、そこには無表情で剣を振り切ったレイヴァンがいました。フィオはレイヴァンを殺す決心がつかずに、手加減した魔法を放っていたのです。レイヴァンは剣についた血潮を払って鞘に戻すと、フィオから気まずそうに視線を外します。


「……国を裏切るような発言は、聞かなかった事にしておく」


 レイヴァンはそれだけ言うと、近くの木に背中を預けてそっぽを向きました。フィオは力の抜けたスーの体を抱きしめました。


「ぁあ……、スー、スー、スー……」


 フィオは壊れたようにスーの名前を何度も呼びかけます。レイヴァンはそんなフィオに声を掛けることができませんでした。






「今日はずいぶんと疲れたんだな。だが、少しくらいわたしの話し相手になってくれてもいいと思うのだがね」


 ある町の宿の一室。ベッドに横たわる幼子に優しく話しかける少女の姿がありました。フィオはベッドに寝かせたスーの亡骸の頭を優しく撫でています。

 スーの死体はフィオの魔法で時間が戻され、まるで生きているようにも見えました。傷跡はどこにも見当たりません。けれども失われた魂は戻ることがなく、起き上がることはありませんでした。

 けれどもフィオは話しかけるのをやめません。


「スー、スー……、可愛い可愛いわたしの、スー。大好きだ。愛している……」


 フィオは眠るスーの唇にキスを落としました。フィオの舌がスーの唇を割り開き、舌を絡めて、何度も何度も貪るように味わいます。ゆっくりと口を離すと、二人の間に銀糸が伝っていました。


「ぁあ……っ、愛してるよ、スー」


 そしてフィオは、まだまだ足りないというように、再びスーの唇を奪います。

 フィオの虚ろな瞳には、もはや正気と呼べるものは残っていませんでした。




 一方その頃、レイヴァンは隣の部屋で、足を抱いてうずくまっていました。

 スーを無力化するには不意を打つしかありませんでした。フィオの協力が得られない以上、レイヴァンがやるしかありません。そして、彼の実力ではスーを殺さずに無力化するのは不可能だったのです。

 スーは『第二柱』と名乗りました。『闇の王』の幹部が『柱』と呼ばれているのは、別の部隊からの連絡で分かっていました。ゆえに、スーを野放しにしておくことはできません。

 しかし、レイヴァンは悔やんでいました。幼い子供を斬るしかなかったこと。フィオの目の前でスーを殺したこと……。王国のためとはいえ、自分がした事は正しかったのか? スーを殺してからずっとレイヴァンは悩み、苦しんでいました。


「……ん? 伝書鳩?」


 そんな時です。レイヴァンの元に王宮からの連絡が届きました。レイヴァンは気だるげな体を起こして、鳩の足に括りつけられた筒から封筒を取り出します。


「……中身がない?」


 封筒を開けたレイヴァンは首を傾げました。封筒の中には肝心の手紙が入っていなかったのです。しかし、背後から突然声がしました。レイヴァンは体を震わせ、勢いよく振り向きます。


「へぇ……。『第三柱』がこの近くにいるのか……」


 いつの間にか部屋の中に侵入していたフィオが手紙を持って立っていました。フィオは興味深そうに手紙の内容を読み上げます。レイヴァンは、冷や汗を拭いつつフィオに向き直りました。


「フィオか……。勝手に入ってこないでくれると嬉しいんだが……」


 しかし、フィオはレイヴァンの抗議を無視して問いかけます。


「なぁ、レイヴァン。『闇の王』は聞く限り凄まじい力を持っているそうだな? だったら、スーが動かない理由も知っているんじゃないだろうか?」

「いや、それは……」

「決めたぞ、準備ができしだい『第三柱』の元に向かおうではないか。そいつから『闇の王』の居場所を聞き出してやる」

「……」


 フィオはレイヴァンの返事も聞かずに部屋を後にしました。部屋に戻ったフィオは、再びスーの亡骸に愛の言葉をささやきました。


僕もスーちゃんに唾を吐かれたい。


レイヴァンの方が正しい気がするのに、書いてて彼にヘイトが集まりました。

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