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無邪気な悪意

 視界を遮る物の無い平原を、二頭の馬が駆けていました。馬を駆るは青年が一人と少女が一人。

 男は白い騎士服を纏った好青年でした。ふわりとした金の髪をなびかせ、柔らかな碧玉の瞳で先を見据えています。腰に携えた長剣を扱えるのか不安になる程の優しげな青年です。

 女は白いローブを纏った少女でした。紅炎のような髪を荒々しく振り払い、鋭い紅玉の瞳で先を睨みつけています。腰に剣を携えれば、剣士と言われても違和感のない少女です。

 青年は、不機嫌そうに馬を駆る少女に声を掛けました。


「大丈夫かい、フィオ。気分がすぐれないようだが……。一度降りて休むか?」

「問題ない。丸一日だろうがぶっ続けで移動できる」

「そうかい。けど、俺はそろそろ疲れてきてね。そろそろ休みたい気分なんだ」

「チッ 軟弱物がッ!」


 赤毛の少女――フィオは舌打ちと共にゆっくりと馬の歩みを止めさせます。青年も馬から降りて近くの木に繋ぐと、盛大に伸びをしました。そして、持ち物の中からシートを取り出すと地面に敷いてその上でくつろぎだしました。フィオはその様子を苛立った様子で眺めています。青年は子供が見れば泣き出しかねないフィオの視線を受けてなお、ひょうひょうとした姿勢を崩しません。


「気を抜きすぎだな、レイヴァン。そんな事じゃ、任務を終わらせることが出来ないぞ」

「そういう君は、ちょっと気を張りすぎだと思うよ? 適度に休憩を入れた方が効率もいいさ」

「ハっ! 気を抜きすぎて、不意打ちでも喰らわなければいいがな!」

「ならば、周囲の警戒は俺がしよう。君はしばらく休むといい。君は頭脳労働が専門で、俺は肉体労働が専門だ。君の方が集中力も落ちていると思うんだけどね」

「……ふんっ」


 フィオは馬から降りると、レイヴァンの隣に座り込みました。馬から降りて集中力が切れると、今まで感じていなかった疲労が一度に襲ってきます。レイヴァンが腰の剣に手を触れて辺りを警戒しているのを視界の端で確認したフィオの瞼は、いつの間にか閉じていました。フィオは首が傾くたびに目を覚まします。目を覚ますたびに起きていようとしますが、結局、眠気には抗えませんでした。


「しばらく仮眠を取るといい。そんなに俺が信用できないのか?」

「そんな事は無い。一ヵ月間も一緒に過ごしているんだ。……ただ、ここで眠ると歩みが遅くなる」

「だったらしばらく寝ておいてくれ。乗馬中に居眠りなんてされては、こちらが困る」

「……分かった」


 フィオはしばらく唇を噛みしめて耐えていましたが、レイヴァンの言い分が正しいと感じたのかシートの上に横になって目を瞑りました。よほど疲れが溜まっていたのか、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきます。


「一体何がそこまで君を駆り立てるんだろうね……。思わず嫉妬してしまいそうだ」


 レイヴァンはフィオの寝顔を一瞥し、返事の期待していない言葉を呟きました。


 一ヵ月前、王宮に大勢の騎士と魔法使いが召還され、緊急の任務を言い渡されました。それは、『闇の王』と名乗る魔法使いの討伐です。

 闇の王は転移魔法を用いて王の間に突如現れました。そして、王国に呪いを振りまいたのです。呪いの内容は『三人以上での軍事行動の禁止』。以来、王国では三人以上で戦闘行為を行うと、二人を除いて体が固まり動けなくなる異変が起こり始めました。

 こんな状況で他国に戦争を仕掛けられでもしたら敗北は必死でした。数万の軍に対して二人ずつ挑まなければいけないのです。ゆえに、王は緘口令を出し、騎士と魔法使いのペアを『闇の王』の捜索に当たらせていました。


 フィオは呪いの性質が空間を操る物だと確信していました。つまり、フィオと同じ属性です。そして、術者の力量は明らかに自分よりも上だとも分かっていました。呪いの規模が大きすぎるのです。フィオが転移魔法を一度使うのには数か月の準備を掛けます。しかし、王の間に自由に転移したという『闇の王』は息でもするように転移魔法を使ったというのです。戦える人数が二人に絞られた状態で、勝てる訳がありません。

 それでも王国には戦わないという選択肢はありませんでした。このままでは確実に国は滅びます。『闇の王』を倒せずとも、交渉で手打ちにする必要がありました。例え、闇の王が交渉に応じる可能性がどんなに低くとも……。


「ぅう……」


 眠るフィオがうめき声を上げます。

 フィオは闇の王の捜索を急いでいました。『闇の王』の案件が解決するまで、王国に仕える騎士や魔法使いは捜索を放棄することは許されません。よって、フィオは早急に闇の王を討伐する必要があったのです。後の事はメアリに任せてきたとはいえ、すでに一ヵ月もスーを放置してしまっています。フィオは早くスーの元に戻る必要があったのです。


 レイヴァンは、うなされるフィオをただ心配する事しかできない自分の非力さに唇を噛みしめました。






「命令通りに連れてまいりました、『闇の王』」


 荒涼とした廃墟に、三人の人影がありました。

 一人は男、金の髪をきっちりと固めた男が地面に膝をつき項垂れています。

 もう一人はおそらく女性だろうと思われました。真黒なフードで顔を隠しており、顔からは性別は判断できないものの、胸元に膨らみが見て取れます。彼女は男がひざまずくのを当然のように見下(みお)ろしていました。

 最後に幼子、真夜中の廃墟を訪れるには一番似つかわしくない人物でしょう。彼女はひざまずく男の横で、首を傾げてフードの女に視線を送っていました。


「『第一柱』が倒された。王国の騎士どもは、なかなか侮れないものだな」

「さようでございますか」


 ダミアンは『第一柱』の死を伝えられて、わずかに動揺を示します。

 闇の王は突如として世界に現れました。そして、弾圧される種族、ほの暗い過去を持つ者……陽の目を見ない者たちをまとめ上げ、庇護を与えていました。ダミアン達『吸血鬼』も『闇の王』の庇護の元にある種族です。『第一柱』率いる『アンデッド』も『闇の王』の庇護下にあった種族でした。ダミアンは同胞の死に身を震わせます。


「主よ……、彼の一族は」

「案ずるな。『第一柱』の交戦中に、転移魔法で生き残りを逃がしてある。それよりもダミアン、次の命令だ。交渉でも、殺害でもいい。わたしの首に刃を届けうる騎士と魔法使いを排除しろ。わたしは結界の維持と転移の消耗で、しばらく身動きがとれんのだ」


『闇の王』が杖を振るうと、ダミアンの手元に二枚の写し絵が現れました。一人は優しげな風貌の金髪の青年。もう一人は眼つきの鋭い赤毛の少女です。隣で退屈そうにしていた幼子はダミアンの手元の写し絵を凝視します。


「こやつ等が……、貴方様に刃を届けうると?」


 ダミアンは困惑したように問い返します。『闇の王』の力を目の当たりにした彼にとって、主を超えるという存在など、想像もつかなかったのです。


「今はまだ無理であろうな……。だが、将来必ずわたしを超えるだろう」

「そうですか……、分かりました。この私が、こやつらの首を持って参りましょう」


 ダミアンは深々と臣下の礼を取りました。将来的に自らの主を害する可能性があるというならば、生かしておく必要はないとダミアンは考えたのです。彼は、主の役に立てるという喜びを胸に、気分よく任務に赴こうとします。


「ねぇ、お兄さん。お兄さんは、二人とも殺すつもりなの?」


 しかし、彼の出陣に水を差す声が上がりました。未だに写真を見つめる幼子です。彼女は、濁った深紅の瞳で彼を凝視していました。

 ダミアンは彼女の問いかけに、鼻で笑って答えます。


「ああ、主の敵になるのだ。殺すに決まっている」

「……殺さないで欲しいな」

「それは無理な相談だ。お前の抗議は無意味だ。私は貴様の『親』なのだ。我々一族は、自身より上位の者には逆らえんよ」


 ダミアンは幼子の要望を切って捨てました。その時、『闇の王』は彼に警告の声をかけます。


「ダミアン。その子の頼みは聞いてやれ。その子は――」

「しかし、主の敵になるものは――」


 ダミアンは言葉の途中で全身から血を吹き出し、バラバラに砕け散りました。ダミアンだったモノは肉塊の塊となって幼子の前に崩れ落ちます。幼子は両手についた返り血を舌で舐めとると、肉塊を踏みつけました。


「許さない、許さない……フィオ様を殺そうとするなんて、許せないよ……」

「その子はお前よりも上位の吸血鬼だ……って、遅かったか」


 一瞬でダミアンを始末した幼子――スーはフードの女を睨みつけます。


「お姉さんも、スーにフィオ様を殺せって、命令するの?」

「いいや、止めておこう。彼女たちがわたしと敵対しないでくれれば、何でもいい。方法は、君に任せよう」


『闇の王』は肩を竦めると、呆れたように言いました。スーは満面の笑みを浮かべて女の問いに答えます。


「ホントっ!? スーの好きにしていいのっ!? ならスーはお姉さんのお願い聞いてあげちゃうっ! だってお姉さん、こいつがフィオ様を殺そうって言いだした時に止めようとしてくれたんだもんっ! えへへ、どうやってフィオ様をスーのにするのか、今から楽しみ!」


 スーは大切そうにフィオの写し絵を抱きしめます。『闇の王』はそんなスーの頭を優しくなでました。


「期待している」

「えへへ、温かい……。お姉さん、フィオ様みたいっ! いいよっ! スーがお姉さんのお願いをかなえてあげるっ! ……それに、スーは元々二人の所に行かないといけなかったしねっ」


 スーは肉塊の上に落ちたレイヴァンの写し絵に視線を向けました。写し絵は血に染まり、もう誰が描かれているのか判断がつきませんでした。


 とりあえず、今日はこれだけ。

 書き始めたときは一万文字くらいで終わると思っていたのに、まだ序盤です。

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