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終章、長い旅の終わりに

 その日、王国を覆った結界は元から存在しなかったかのように消え去りました。

 その王国を滅ぼしかねない性質の結界の存在は、ほとんどの国民が認知すらしていませんでした。それでも結界の存在に気が付いた一部の民衆は警告を鳴らします。しかし、その警鐘の声は、不自然にぱったりと途切れてしまいました。残ったのは都市伝説じみた噂だけでした。

 そんな、人々の暮らしに影響を与えたようで与えなかった呪いは、幻のように消え失せたのでした。






 ――――

 先日、世界が一変した。

 周囲の環境はわたしたちを害する凶器に変貌し、人の目はわたしたちを追い詰める為の武器と化したのだ。

 ものぐさで面倒くさがりなわたしが日記などというモノを書こうと思い立ったのは、わたしの死後、一人でも多くの人間にわたしが置かれた世界を知ってほしいからだ。


 わたしはそこそこ名の知れた魔法使いだった。

 だからこそ、わたしを捕えるために多くの兵力を動員されたようだ。故に事前に察知することが出来たのだ。

 わたしは傷を負ったが何とか逃げ延びることが出来た。

 どうやらわたしは、身に覚えのない罪を着せられ、指名手配を受けたようだ。

 それだけならいい。わたしが気に入らない誰かの策謀だろう。

 だが、わたしを殺すために使われた兵器が問題だった。魔法を無力化する未知の『魔法』。あれが世に出回れば世界の力関係がひっくり返るだろう。これが、魔法使いと対峙した魔無しの気持ちなのだろうか……。

 何にせよ。あの魔法がこの世界の価値観までを変えてしまうのは間違いないだろう。




 ――――

 友人に一日目の記述を見られ、笑われた。

 明日にも命尽きるかもしれないのに、あの魔法が世界に与える影響を考えてどうするのだとからかわれたのだ。

 彼女の表情は疲れ切っていた。精一杯の冗談のつもりだったのかもしれないが、彼女の目は笑っていなかった。

 わたしたちが逃れた町ではすでにわたしの似顔絵が出回っていた。ゆえにわたしたちは魔法で顔と声を変え、名前も変えた。しかし、まるっきり別の顔に帰る事は出来ず、よくよく見れば同一人物だとバレてしまうかもしれない。フードか何かで顔を隠さないと。

 あの魔法について探るより先にまずは食い扶持を探さないといけないだろう。わたしはともかく、ただ一人の家族まで飢えさせる訳にはいかない。




 ――――

 新しい街での生活にもようやく慣れてきたと思う。顔の一部を変えたおかげか、正体がバレることは無かったのだ。わたしや友人は何とか仕事に就いて食い扶持を稼げるようになり、義妹にも友人が出来たようだ。

 指名手配されている今、堂々と魔法を使うことが出来ない。使えなくなって初めて魔法の偉大さを理解できたと思う。魔法を使わない家事は想像以上に重労働だった。魔無しや、家事に使えない魔法しか持たない友人の苦労を、今さらになって理解させられた。

 ……少々、愚痴っぽくなっていけない。わたしの苦労話はここまでにしていこう。

 今の生活になってよかった事もあった。義妹に友人が出来た件だ。前の屋敷に住んでいたころの義妹はわたし以外の人間に係わろうとしなかったが、この街に来てからそうは言っていられなくなった。

 街に来てしばらくは情緒不安定な様子だったが、今は安定しているように見える。仲良くしてくれる彼女の友人には感謝してもしたりない。あの屋敷で二人暮らしを続けていたら、彼女は一生、誰とも関わりを持たなかったかもしれない。わたしはどうやら彼女に対して甘すぎたらしい。




 ――――

 有名な魔法使いが罪を犯して処刑されたという噂を街で聞いた。

 わたしが濡れ衣を着せられて追われている今、他人事とは思えない。何かが起こりそうな、嫌な予感がする……。




 ――――

 また、魔法使いが罪を犯して処刑された。

 今月に入って何人目だ? 流石にこの頻度で名の知れた魔法使いの罪が次々と表に現れるのはおかしいだろう。

 街の様子もおかしい。誰もかもが魔法使いに対して恐怖を抱いている。

 魔法使いとは人々の憧れの存在だったはずだ。魔力を持つ人間は少なく、身内から魔法使いが生まれれば、2~3代は安泰に暮らせると言われるほどだ。その魔法使いが、ここ数ヶ月で恐怖の対象として恐れられるようになっている。あまりにも多くの魔法使いが犯罪者として処断され、魔法使いは全て犯罪者という考え方が蔓延しているのだ。

 確かに、未知の力を持つ存在が悪意を持っていると言われれば、恐怖を持たない人間の方が少ないだろうが……。


 わたしは処断された魔法使いのほとんどが無実なのではないかと考えている。わたしを殺しかけた魔法の存在を考えると、何かが起ころうとしているのは間違いないはずだ。




 ――――

 魔法使いを人間ではない亜人だと定めるお触れが出された。これにより、魔法使いはアンデッドなどと同じく人外であると決まった訳だ。

 これからは魔法使いからは人権が剥奪され、例え犯しても殺しても罪にはならない奴隷以下の存在となったのだ。

 民衆の反応はおおむねこのお触れに好意的だ。度重なる魔法使いの不祥事によって、魔法使いに対する信頼が失われていたのだと思う。


 とはいえ、世界が変質しきるには数十年の時がかかるだろう。変質しきった世界に慣れてしまった人間は、この日記に書かれた事実を受け入れられないかもしれない。それでも、受け入れてほしい。知ってほしい。わたしたちの歩んだ軌跡を、忘れないでくれ。




 ――――

 街で魔法使い狩りが始まった。

 街の中央には簡易的な公開処刑場が作られ、数多くの人間が刑に処された。

 炎の中に放り込まれて泣き叫ぶ『魔法使い』を見物していた女が「いい気味だ」「魔法使いは死んで当たり前」と言っていた。

 翌日、その女は『魔法使い』として川底に沈められた。


 俺の畑は不作だった。アイツの所が豊作なんてありえない。アイツが作物を枯らす呪いをかけたんだ。

 私の子が生まれる前に死んだ。昨日まで元気にお腹を蹴っていた。アイツが不妊の呪いをかけたのよ。

 僕の財布がなくなった。昨日は鍵のかかった部屋で眠っていた。アイツが魔法で盗みに入ったんだ。


 そんな、証拠も信憑性の欠片もない憶測で、次々に人が死んでいく。

 わたし達は死の匂いに耐えられず、街を出る事にした。お世話になった隣人にその旨を伝えると、わたし達が魔法使いなのではないかと、怯えた瞳で疑われた。

 そうだよ。わたし達は魔法使いだ。だけど、処刑された街人の中に、魔法使いは一人もいない。




 ――――

 わたし達は街を出た。

 魔法使い狩りが始まってから、どの町も村も外からの人を受け入れない。

 けれども、魔法を使えば獲物を狩ることも出来るし、獲物の捌き方は街で学んである。ほとぼりが冷めるまで森の中で過ごすことくらいは出来るだろう。




 ――――

 義妹が死んだ。

 森の中の暮らしに、幼い義妹の体は耐えられなかったのだ。

 魔法で治療しようにも、わたしの魔法はその場しのぎにしかならなかった。薬学に関する知識が少ないわたし達ではどうすることも出来なかった。

 何がほとぼりが冷めるまで森で暮らせばいいだ。あの時の判断を下したわたしを殺してしまいたい。

 いや、後悔するのは後にしよう。わたしの魔法では彼女を生き返らせる事は出来なかった。けれど絶対に彼女を生き返らせる術を見つけてやる。


 それにしても、彼女が恋しい。ああ、彼女の身体(むくろ)温かい(冷たい)……。




 ――――

 義妹を生き返らせる魔法の手掛かりを探して旅をする中で、アンデッドの女性と出会った。彼女は山の中で迷って行き倒れかけていたわたし達の命を助け、集落に匿ってくれた。

 彼女は理性的だった。

 アンデッドとは生前の理性を無くし、生き物を喰らい続ける存在だと聞いていた。しかし、彼女は意識をはっきりと保っており、人並みに話せる。いや、狂気に捕らわれた今の王国民よりもよっぽど理性的だ。

 しかし、彼女の体は腐敗し、その見た目からはとても理性があるようには見えなかった。人間のセンスに従って言うならば、彼女は醜いだろう。とても見られた容姿ではない。それは元人間だった彼女も理解しているようで、容姿をフードで隠していた。


 アンデッドも魔法使いと同じように、王国から追放された被害者なのかもしれない。そう思っていたが、どうやら理性をもって蘇るアンデッドは著しく少ないらしい。理性を保っているのは彼女を含めて僅かな者たちだけで、残りのアンデッドは噂通りの化け物だ。一部の理性のあるアンデッドが理性の無い者を統率することで、無用な争いを避けているらしい。

 そう話す彼女は諦めたような悲しい笑みを浮かべていた。


 彼女――仮に『第一柱』と記そう。日記を盗まれる可能性を考慮し、具体的な名前を書かないでいたが、流石に書き分けが難しくなってきた。行く当ての無いわたし達を支えてくれた事を考え『柱』と記す事にしたと伝えると、それを聞いた友人が「それじゃあ、あたしは『第零柱』ね」と笑った。『第一柱』は「柱に支えられる陽の目を見ない人物……。それじゃあ、あなたは『闇の王』かしら」とからかい交じりに言った。

 特に偉いわけでもないのに、自分を『王』と記す事に恥ずかしさを感じながらも、他に案は思いつかないので、このままの略称で書き綴る事にしよう。

 話がそれた。族長である『第一柱』の好意でアンデッドの集落で匿われるようになったわたしは、魔法で彼女たちの腐敗した身体を人間に見えるように隠蔽した。これで、旅人が集落に迷い込んでも騎士団を呼ばれる事は無いだろう。




 ――――

『第一柱』に義妹をアンデッドとしてでも生き返らせる事は出来ないかと尋ねたところ、首を横に振られた。どうやら、アンデッドとして蘇る素質が無いらしい。運悪く(・・・)素質があったならば、すでに蘇っているはずだそうだ。

『第一柱』に義妹をすぐにでも埋葬するべきだと勧められた。けれど、なんと言われようが、わたしに諦める気はない。




 ――――

 集落で数年を過ごし、すっかりアンデッドとの暮らしに馴染んできたわたし達の元に、『第一柱』が訪ねてきた。死者の蘇生にいい顔をしなかった彼女が、どういう風の吹き回しか、手掛かりを持ってきてくれたのだ。

 彼女曰く、やつれた今のわたしを見ていられなかったからだそうだ。


 他の不死に近い亜人……。例を挙げるなら、吸血鬼などと親和性が高ければ、義妹をその亜人として蘇生することが出来るかもしれないそうだ。

 明日、さっそく集落を出る事にしよう。




 ――――

 ようやく吸血鬼の生き残りと出会い、蘇生の協力を取り付けることが出来た。彼の事は『第二柱』と記すことにする。

 だが、それでも義妹は生き返らなかった。

 偶然にも吸血鬼と高い親和性を持っていた義妹だが、死んでから時間が経ちすぎていたため、完全に魂の抜けた彼女が目を覚ます事は無かったのだ。

 だが、まだだ、まだ、わたしは諦めていない。




 ――――

 魔法使い『第三柱』の噂を聞き、彼女の元を訪れた。

 殺し合いの末に蘇生の手掛かりを手に入れることが出来たが、彼女の術式は使い物にならなかった。義妹の魂はバラバラに分かれて飛び散った後だった。

 こんな事なら、義妹を誰にも会わせず、ずっと監禁しておけばよかった。




 ――――

 結局、蘇生の手掛かりを手に入れることも出来ずに、のこのこと『第一柱』の集落に戻る事になってしまった。

 彼女はわたしを慰めてくれたが、言外に『蘇生を諦めろ』というメッセージを伝えてきた。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

 まだ、まだだ。まだ、わたしは止まれない。絶対に、彼女を取り戻して見せる。




 ――――

 集落に籠り、わたしは自分の魔法を磨き続けた。

 何かをしていないと狂いそうになってしまう。ああ、ああ……。わたしのただ一人の家族……。お前の温もり(冷たさ)だけがわたしの存在理由だ……。


『第一柱』には息抜きもするように言われたが、何もしていないと落ち着かない。とりあえず時間の魔法以外の鍛錬をする事にした。そして、それが新しい仮説のヒントになった。

 いくら義妹の時間を巻き戻しても戻らない。恐らくアプローチの仕方が違ったのだ。わたしの魔法ならば時間以外にも干渉できる。わたしは今まで同じやり方にこだわりすぎていたのだ。


 もう少し、もう少しなんだ……。この理論が正しければ、お前は生き返るかもしれない……。




 ――――

『第一柱』が死んだ。元から死んでいたが、今度は完全な消滅だった。彼女の魂は完全に砕け散ってしまったのだ。

 しばらくご無沙汰だったから忘れていた。王国の騎士団が攻めてきたのだ。

 あの『魔法を無効化する魔法』を受けたアンデッドたちは全滅してしまった。どうやら、アンデッド化とは、世界に記憶された術者のいない魔法だったらしい。


 生き残ったのはわたしと『第零柱』と王国の騎士が一人だけ。彼の事は『第四柱』と記そう。彼は騎士の中でも魔法を使う変わり種で、お触れが出されて以来奴隷のように扱われていたらしい。王国に残っていた『第零柱』の契約書で無理矢理に戦わされていたようだ。

 この戦いの中で彼を縛っていた契約書を破棄できたのは運が良かった。


 それにしても、『第零柱』と『第四柱』はもっと仲良くできないのだろうか? ことあるごとに喧嘩を始めるのは止めてほしい。気が散るじゃないか。




 ――――

 以前に立てた蘇生魔法の仮説を証明する時が来た。この魔法陣を使えば義妹が生き返るかもしれない。うまくいけば『第一柱』も生き返るかもしれない。


 わたしの魔法は時間と空間に干渉することが出来る。しかし、時間を巻き戻す事では蘇生は出来なかった。それでは、空間に干渉する魔法ではどうか? 最近まで思いつくこともなかった事だが、こちらの魔法にも蘇生の可能性が残っているのではないかと考えるようになった。

 こちらの魔法を研究する過程で、こことは違う別の世界の存在を確認出来た。例えば、今この日記を書き続けるか考えよう。今のわたしに出来る選択肢は日記を書く事と、日記を書かないかの二つだ。つまり、この選択肢の先には二つの世界が存在するという事だ。

 普通、このように分岐した世界は交わる事は無い。しかし、こうやって分岐した世界同士は互いに干渉しあっているようだ。例えば、この世界で義妹が死ねば、別の世界の義妹も何らかの方法で死んでいる可能性が高くなる。

 つまり、別の世界の義妹の死を防ぐ事が出来れば、こちらの世界の義妹を生き返らせることが出来るかもしれないという訳だ。


 まずは王国の戦力を削ぎ、『魔法を無効化する魔法』を開発した拠点を潰そう。そして、別の世界の『わたし』や義妹に戦う力を身に付けさせる。そうすれば、わたしは、わたしは……。

 わたしは『第一柱』のフードを纏って向こうの世界に行く事にする。彼女は怒るだろうが、それでも義妹が生き返る所を、彼女にも見てほしい。

 さぁ、いよいよ明日だ。明日、別の世界への扉を開こう。




 ――――

 魔法の開発拠点を依頼したこの世界の(・・・・・)『第一柱』が死んだ。あの魔法の対策は立てていたが、それでも死んでしまった。王国に掛けた呪いの維持に力のほとんどを使ってしまったとはいえ、私自身が出るべきだったか? いや、それでも結果は変わらなかっただろう。

 ここがわたしのいるべき本来の世界とは違うせいか、未来視の精度が著しく落ちているようだ。それに、元の世界の『第一柱』が死んだ影響を受けているのかもしれない。このままいけば、義妹もいずれ死んでしまうだろう。

 何か手を打たねば。




 ――――

『第二柱』に頼んで、義妹を吸血鬼に変異させた。これで、彼女がやすやすと死ぬことは無いだろう。

 それにしても、義妹が好戦的な性格だとこの時初めて知った。だが、そんな彼女も愛おしい。

 結局、多少の危険を承知で彼女を見送ってしまった。やはり、わたしは彼女に甘いのだろうか。しかし、大丈夫だろう。

 こちらの『わたし』が彼女を殺す事など、ありえない。




 ――――

 義妹が死んだ。ありえない、ありえないありえない。

 だが、まだ取り返しがつく。この時点での義妹にとっては『わたし』が世界の全てのはずだ。

 まだ道が閉ざされた訳ではない。




 ――――

 こちらの『わたし』はなかなか義妹を蘇生しようとしない。

 その気持ちはわたしにも理解できた。この魔法は彼女の愛が誰に向けられているのかを証明する事になる。臆病なわたしが躊躇するのも納得できた。

 だが、このままではいけない。『わたし』たちをここに招き、戦いの中で力を付けさせる。いくらわたしとて、限界まで追い詰められれば義妹を生き返らせるだろう。

 この世界の『わたし』には魔法に頼らない戦いを。この世界の『第四柱』にはより上位の剣術を。それぞれ経験してもらおうと思う。

 呪いを維持しなければならないわたしは戦いに参加できないが、わたしには『第零柱』と『第四柱』がいる。

 ひとまず、戦闘能力の無い『第零柱』の為に契約書にわたしの名前を記した。これで、わたしと『わたし』は『第零柱』に危害を加えることが出来なくなった。






 魔法による戦いの傷跡が残る屋敷の椅子に、二人の少女が座っていました。

 一人は少女。彼女は血に濡れた白いローブを纏い、痛々しいほどの鮮やかな赤い髪の魔女でした。眼つきは悪く、彼女に会ったものは睨まれたと勘違いをしてしまいます。彼女は膝の上である魔女の手記を広げていました。

 もう一人は幼子です。童は紅い魔女とおそろいの白い洋服を着せられていました。パサパサの茶髪とくりくりの紅目は、魔女に極上の癒しを与えています。彼女は魔女に寄り添うようにして、手記を覗き込んでいました。

 そして、手記を読み終えた魔女が日記を閉じると、幼子は自分よりも背の高い魔女の瞳を覗き込みました。


「ねえねえ、フィオ様。フィオ様はもう、スーの前からいなくなったりしない?」

「ああ、もう離れ離れになる事は二度としないよ」


 フィオがスーから離れるのは、王国から任務を受けた時だけでした。その王国が敵だと分かった今、フィオにはスーと離れ離れになる理由はありません。

 もっとも、フィオにはスーの望みを断る事は出来ませんでした。フィオの種族は、上位の者に逆らうことが出来ないのですから。フィオは、やけに長く伸びた自らの犬歯を愛おしそうに指で撫でると、クスクスと笑いました。


「……? どうしたの? フィオ様」

「いや、何でもない」


 怪訝そうに問いかけるスーの頭をなで、フィオは気恥ずかしさをごまかしました。スーは気持ちよさそうに目を細めていました。しかし、いつまでもこうしている訳にはいけません。『闇の王』一派が消えた今、王国がいつ動き出してもおかしくなかったのです。

 ひとまずはレイヴァンと合流することにして、フィオは椅子から立ちあがりました。スーもつられて立ち上がりました。もちろんフィオは、スーの手を優しく握る事は忘れませんでした。


「さて、行こうか」

「うん!」


 そうして二人は笑い合うと、屋敷の奥へと消えていきました。

『闇の王』の討伐任務以降、王国の記録にフィオ・ドゥリトルとレイヴァン・ローウェルの名は出てくる事はありません。また、時を同じくして失踪したメアリ・アルターレの行方を知る者も、誰一人いませんでした。

 しばらくして、王国による捜索が行われましたが、名の知られた三人と無名の一人の軌跡は、誰一人として見つける事は出来ませんでした。






 ――――

 あちらの世界の『わたし』と『第四柱』が倒れた。己の力の無さを痛感出来た事だろう。それを知らせることが出来ただけでも、あの世界に行ったかいがあったと思う。

 二人にはこれからも襲い掛かる王国の悪意を跳ね除けるだけの力が必要だ。でなければ、義妹を守り切る事は出来ないのだから。


『第四柱』は死にかけただけで済んだが、『わたし』は明らかに死んでいる。とはいえ、脳が生きている今ならば、アンデッドか吸血鬼に変異させれば蘇るだろう。後の事は義妹に任せてきたが、あの子ならばうまくするだろう。


 ……それにしても懐かしい感覚だった。『わたし』を生き返らせるように懇願する義妹の体はなんと温かい事か。久しく、人肌の温もりなど忘れていた。

 ああ、わたしのただ一人の家族。この手に残った温もりだけで、わたしはまだ、戦える。


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