第零柱と第四柱
残酷な表現注意。
果ての見えない白い空間。その終わりの無い異界にて、二人の男が刃を打ち合わせていました。
焼け焦げた騎士服を身に付けた仮面の男と、騎士服を着こんで金髪を揺らす青年――レイヴァンの剣が衝突して盛大な火花を散らします。
「はぁあっ!」
「ぐっ!」
仮面の男――『第四柱』の斬撃を剣で受け止めたレイヴァンは、衝撃で痺れが走った利き腕を庇うようにしながら後方に後ずさりました。そのまま、目隠しの炎を宙に走らせて『第四柱』の追撃を防ぎます。
しかし、彼も黙って追撃を止める事はしませんでした。『第四柱』も宙に青い炎を生み出して応戦しました。
レイヴァンの生み出した炎はあっさりと飲み込まれ、炎はレイヴァンの体を包み込みます。
炎に包まれたレイヴァンは、ほとんど視認できない真っ白な地面を転がって、酷い火傷を負う前に炎の中から転がり出ました。自身の炎に耐えられるように加工された騎士服も少し焦げ目がついています。
レイヴァンはすぐに立ち上がり、油断なく剣を構える『第四柱』に対して同じような構えを取りました。
まるで鏡に映った自身と対峙しているよう。そう思わせるほど二人の構えは酷似していました。使う剣術や、魔法の系統、その戦い方まで。二人の戦術はあまりにも似通っていました。
しかし、向かい合う二人には大きな違いがありました。レイヴァンが息を荒くし、冷や汗を垂らしているのに対し、『第四柱』は息一つ乱れていません。レイヴァンはたった一合の斬り合いの中で、自身の技術が『第四柱』には遠く及ばない事をまじまじと見せつけられたのです。
「君は……。一体、誰なんだい?」
「誰……か。俺は俺だよ。『闇の王』に仕える騎士。それだけだ。国が俺の事を『俺』だと識別する名はとっくの昔に捨てたんでね」
レイヴァンは困惑に満ちた表情で『第四柱』の纏う騎士服を見つめます。
『第四柱』は自身の名を名乗りませんでした。これほどの腕があれば王国でも名を轟かせる事は容易でしょう。彼自身が名乗る事が無くとも、どこかで噂くらいは聞いた事があるはずです。
けれども、レイヴァンは『灰燼の騎士』の二つ名を聴いた事はありませんでした。レイヴァンは特に世間の情報に疎かったという訳ではありません。にも拘わらず、これほどの実力者の名を知らないというのは異常でした。特に、戦闘スタイルが自身と似通っている実力者の噂を聞き逃すほど、レイヴァンの交友関係は狭くないはずだったのです。
「俺の素性はどうでもいいだろう? 君にとって大切なのは、俺に勝つことだ。でなければ、ここから出る事すらままならないのだから」
「……っ!」
仮面の男はその言葉と共に濃密な殺気を飛ばします。レイヴァンは思わず体を強張らせて迎撃態勢を取りました。油断すれば簡単に殺されてしまうという事を、男の苛烈な気配から嫌でも理解させられます。
そして、男は剣に青い炎を纏わせて切りかかってきました。
レイヴァンは炎に隠されて軌道を読みにくくなっている剣を弾いて防ぎます。戦法が似ている影響か、剣の軌跡が手に取るように分かったのです。
レイヴァンは返す刃で『第四柱』の胴を狙いますが、しかしその刃が体に届くことはありませんでした。レイヴァンの足が払われて体勢が崩されたのです。動きが読みやすいのはどちらにも言える事。読み合いにおいても『第四柱』が上手のようでした。
『第四柱』の刃が、足を払われたレイヴァンに迫ります。レイヴァンは体勢を崩しながらも空中で体を捻り、振るわれた刃を剣で受け止めました。
「はっ!」
「ぁぐ……っ!」
しかし、崩れた体勢では『第四柱』の剣戟を受けきる事は出来ませんでした。レイヴァンは燃え盛る炎に向けて吹き飛ばされてしまいます。白い世界を燃やす炎の中を転がるレイヴァンは、地面に剣を突き立てて吹き飛ばされる勢いを緩めました。
「……ッ!」
勢いを殺しきれずに炎の中に放り込まれたレイヴァンは、身を焦がす熱に歯を食いしばって叫び声を押さえます。肺の中まで炎を呼び込む訳にはいかなかったのです。レイヴァンは火傷を負いながら地面を転がり、服に引火しかけた炎を消しながら立ち上がりました。
「ぐっ……ぅ……」
剣術で劣るとはいえ、レイヴァンは『第四柱』の斬撃が直撃するのを避けていました。しかし、剣では防ぎきれない火傷は確実にレイヴァンの体を蝕んでいました。耐火性の騎士服で覆われていない顔や首、剣を握る手などは火傷を負ってじんじんと痛み訴えています。
「これほどの力を持ちながら、君はなぜ『闇の王』に味方をする……」
「それを知りたければ、俺を倒して直接彼女に聞くがいい。次の攻撃は今のお前では躱せないだろう。……持てる力の全てを持って生き残って見せろっ!」
レイヴァンが顔を上げると、『第四柱』は青い炎を次々に生み出し、蛇のように唸らせていました。炎は際限なく生み出され、レイヴァンの視界の全てが青く染まっていくようでした。
レイヴァンはその光景に頬を引きつらせて身構えます。『第四柱』の魔法を相殺できるだけの火力を出すことが出来ないレイヴァンは、全身全霊を掛けて魔法を躱すしかなかったのです。
「行け」
そして、いとも簡単に『第四柱』の魔法はレイヴァンに向けて放たれました。それと同時に、レイヴァンは『第四柱』に向けて駆けだします。
巻き上がった炎は獲物を絡めとろうと、鞭のようにしなりながらレイヴァンに向けて落ちて来ました。レイヴァンは、そんな鞭のようにうねる炎の合間を縫うように駆けて、『第四柱』との距離を詰めていきました。
姿勢を低くして落ちてくる炎蛇の真下を駆け抜け、地面にぶつかり飛び散る飛沫を炎で防ぎ、それでも避けきれなかった炎は腕で弾いて何とか致命傷になる事は防ぎます。
けれども、無限に湧き出ているとも思える炎を躱し続ける事は不可能でした。次第に炎をさばききれなくなり、やがてレイヴァンは炎に飲まれてしまいました。
「……ッ!」
呼吸を止めて肺を焼かれる事は防いだレイヴァンですが、その体は容赦なく炎に焼かれていきました。このまま炎の中に居ればすぐに息絶えてしまうでしょう。
露出している肌は簡単に炭化し、刻まれる火傷の深さは命に係わるほどのものでした。
しかし、同時にチャンスでもありました。
炎に飲まれたレイヴァンの姿は『第四柱』からは隠れてしまっていたのです。剣術でも魔術でも劣る彼が『第四柱』に勝つためには、正攻法以外の手段が必要だったのです。
炎を使って戦うレイヴァンは、自身の炎が敵の目だけではなく自分の視界も塞いでしまう事を知っていました。炎を使った目隠しはレイヴァンを殺す凶器であると同時に、『第四柱』を殺しうる凶器でもあったのです。
炎に纏わりつかれたレイヴァンの体は酷い火傷を負い、神経までも焼き尽くす深度の火傷は、痛みすらも彼から奪い去っていきました。
そんな、半死半生のレイヴァンが握った剣を振るうことが出来たのは奇跡と言っていいでしょう。レイヴァンは瞑った目を見開き、最期の力を振り絞りました。
開いた瞳はたちまち炎に焼かれて白濁し、すぐに光を失ってしまいます。けれども、その一瞬、一秒にも満たない間に感じた炎の揺らぎを感知し、何者かが動いた気配に目掛けて足を進め、そして剣を滑らせました。
その踏み込みは間違いなく、彼の人生の中で最も力強い踏み込みでした。その一撃は間違いなく、彼の人生の中で最も鋭い剣閃でした。そして、視力を失ったレイヴァンの剣はまっすぐに、導かれるように『第四柱』の首に伸びていきました。
レイヴァンの剣は全力で振り切られます。正確に、無慈悲に、レイヴァンの振るった剣は『第四柱』の首を刎ねんと大気を切り裂きました。
そして、青い炎に照らされた異界に紅い血液が飛び散ります。レイヴァンは薄れゆく意識の中で、確かに刃が届いたという確信がありました。それほどまでに、彼の剣閃は完成されていたのです。それでも――
「ぁぁ……」
「炎を目隠しにしての一閃。あぁ、懐かしい……。俺は国に裏切られ、死にかけた……。その時に同じ技に至ってなければ、死んでいたのは俺だった」
それでも、レイヴァンの剣は『第四柱』に届くことはありませんでした。
宙を舞ったレイヴァンの剣はガキンッという音を立て、白い地面に突き刺さりました。切り飛ばされたレイヴァンの手首が、一呼吸遅れて地に落ちます。
レイヴァンと同じく剣を振り切った姿勢でいた『第四柱』は、手のひらで血が滲む首筋を拭いました。彼の首には掠り傷程度の傷が出来ていたのです。
「よくぞ俺に傷を与えたな。君は戦いの中で成長しているだろう。だが――」
『第四柱』が後ろを振り返ると、レイヴァンが力尽きて倒れてしまいました。焼け焦げた騎士服から除く腕は、ピクリとも動くことはありませんでした。
『第四柱』はゆっくりと仮面を外すと、力尽きたレイヴァンを見下ろします。彼の仮面は手から滑り落ち、バラバラに砕けてしまいました。仮面の欠片は元から存在していなかったように宙に消えてしまいました。
「だが、どうやらここまでか」
火傷で表情がほとんど動かなくなっている『第四柱』の呟きが、どこか残念そうに響きました。
「死者を生き返らせるですか。二カでも成し遂げられなかった偉業を、あたしにも勝てないフィオが? あたしを守る契約のタネすら分からないフィオが? あははっ! 面白いじゃん! なんなら、蘇生が失敗する方に全財産賭けてもいいよぉ!? 勝敗が決まった賭けは大っ嫌いだけど! 今度は! 今度こそはっ! あたしでも勝てる簡単な賭けだねぇっ!」
異界に封じ込められた屋敷の中。その部屋の一角で二人の女が対峙していました。
メイド服を身に付けた仮面の女――エメは、半裸の体に魔法陣を書き込んだ少女――フィオの宣言を嘲笑い、二人の交わす視線は火花を散らしていました。
自分の覚悟を馬鹿にされて不機嫌そうにエメを睨みつけていたフィオは、ふと表情を柔らかくして微笑みます。エメはそんなフィオを不審そうな眼差しで見つめました。
「……なにが可笑しいのかな?」
「いや、お前がそういうなら、わたしは確実に勝てると思ってな。わたしはスーが生き返る方に賭けようか」
フィオが楽しそうに呟くと、エメはあっけにとられるたように口を開けてフィオを見返していました。しかし、すぐにそっぽを向いて鼻で笑います。
「フ、フン。やりたきゃ勝手にやればいいんですよ。どうせ、スーちゃんは生き返りません。フィオはスーちゃんが生き返らない絶望の中で死ねばいいんです。あたしの運の無さを馬鹿にした罰ですよっ! ばーかばーか! フィオのばーかッ!」
エメは地団太を踏みながら、ひたすらフィオを罵倒します。賭けに勝てないと言われた事がよっぽど気に食わなかったようです。
エメがそう願えば、フィオの命は今この瞬間にでも尽きてしまうでしょう。けれども彼女は腕を組んで壁に寄りかかりました。どうやら、エメにはフィオの術式を邪魔するつもりは無いようでした。
「……ありがとう」
「な、何がですか!? フィオの最期の願いだからって邪魔しないんじゃないんです! あたしが賭けに弱くないと証明するために見逃すんですっ! 他に理由は無いんだからねっ!」
エメはそう叫んでそっぽを向いてしまいました。フィオはそんなエメの横顔を見て苦笑を漏らします。仮面に隠れているとはいえ、エメの顔が羞恥で赤くなっている事に気が付いたからでした。
そして、エメに術式の最中に妨害されて蘇生が失敗する可能性を減らしたフィオは、気合を入れなおして術を起動しようとしました。その途中、自分の一挙一動に注目しているエメの視線を感じてフィオは口を開きます。
「死者の蘇生……。時空魔法ならば肉体の蘇生は簡単なんだ。問題は魂だ。時空魔法では魂までは干渉できん。このまま時間を巻き戻したところでスーの目は覚める事は無いだろう」
それは、スーが死んだ日にフィオが何度も何度も時間を巻き戻して確かめた事でした。体の時間を巻き戻すだけで死人が生き返るなら、スーはとっくの昔に生き返っているでしょう。しかし、結果はスーの体の鮮度を保つのみに終わりました。完全な蘇生には至らなかったのです。
「そこで、二カがとっていた手段が『魂を吸い寄せる』物質を体に埋め込む事だった」
「ああ、そういえば二カもそんな事を言ってたねー。けど、あたしには何も教えてくれなかったんだよ。真面目に研究するつもりのない人間に教える事は無いって。もったいぶらずに教えてくれればいいのにさー。『闇の王』も教えてくれないし……。フィオはあたしに教えてくれるの?」
エメが手をワキワキと動かしながら問いました。よっぽど気になっていたのでしょう。エメの鼻息は荒くなり、今にもフィオに顔を近づけて質問攻めにしそうな勢いでした。
フィオはそんなエメに対して苦笑いを浮かべながらも答えます。
「死んだ魂の向かう先……。それは、死者が愛した人の心臓さ」
フィオはスーに読み聞かせた絵本の内容を思い出しながら答えました。
その絵本は、旅を続ける魔女が死に、それでも彼女の仲間が前に進み続けた童話です。スーは魔女の死に涙し、彼女をフィオに重ねて嘆き悲しみました。泣き叫ぶスーを見かねたフィオは、スーに語り掛けました。死んだ者は愛する人の『心臓』に宿り、力を与え続けると。心は受け継がれていくのだと……。
それは、王国で語り継がれる死生観でしかありませんでした。しかし、二カの魔術を見たフィオはそれがただの信仰に収まらない事に気が付いたのです。
二カは死者の心臓を、死者と親しかった者の心臓と取り換え、不完全ながらも蘇生の術式を完成させていました。その結果が、あの墓場に現れた亡者の軍勢だったのです。
その答えを聴いたエメは口元を悲しげに歪ませます。仮面から除く瞳は可哀想な者を見る哀愁に満ちたものでした。フィオのたどり着いた術式の欠点に気が付いてしまったからでした。
「フィオ。その術式は不完全だよー。人が生きている間に愛する人が一人なんてありえない。親愛、友愛、家族愛、愛玩……。一言に愛と言ってもいろいろあるんだよー。死んだ魂が愛した者の『心臓』に宿る……。うん。あたしたちにとってはなじみ深い考えだよ。でも、誰の心臓に宿るの? 家族? 恋人? 友達? ペット? それとも他の誰か? そもそも一人の心臓に宿っているの? スーちゃんが出合った生き物全ての心臓を抜き取りでもするの? そんなのは不可能だよー」
エメの指摘はもっともなモノでした。事実、二カの術式が不完全だったのは、魂全てを集めることが出来なかったからでした。細部は違えど、フィオの術式は二カとほとんど同じ仕組みの術式だったのです。このまま魔法陣を起動しても失敗することは目に見えていました。
それでもフィオは、自身とスーに刻まれた魔法陣に魔力を流し込みました。エメの指摘はフィオも分かっていた事でした。それでもなお、フィオは蘇生の術式を止める事はしなかったのです。
「第一、スーちゃんに誰の心臓を埋め込むつもり? まさか自分の心臓を埋め込むなんて真似はしないよね? 今のフィオの体には時空魔法が効かないんだよ? 魔法で抜き取ることも出来ないし、傷を治すことだって出来ないんだよ?」
「そうか、それはいいことを聞いたな」
「何を言って――」
フィオが自分の心臓を使おうとしている事を察したエメは、フィオを止めようと抗議しました。しかし、その言葉はすぐに途切れます。パシャリという音を立ててエメの仮面が真っ赤に染まったのです。
「あっ、ぐっ……ぁっ、はっ、あぁあ……」
「ひっ!」
エメは目の前で繰り広げられる光景が信じられず、壁に寄りかかるようにして崩れ落ちてしまいました。フィオがいきなり自分の胸に、隠し持ったナイフを突き立てたのです。
フィオは胸の中央に突き刺さった刃を震える腕で無理矢理に動かします。その度に肉が切れる音が鳴り、苦悶に満ちたうめき声を漏らします。
腕を動かすたびにおびただしい量の血が流れ、ぼたぼたと滴る血液はスーが納められた棺や、部屋のカーペットを汚していきました。切り開かれた胸元からは、白い骨や脈打つ心臓が覗きます。
「ふぃ、フィオ……」
「ぐっ……ぁっ……。ど、どうだ? これなら魔法で抜き取らなくても、入れ替えられるだろう……?」
フィオは崩れ落ちたエメに向けて、青い顔で力なく微笑みます。自分を殺そうとしていたエメが視線を外すことも出来ずに震えているのを見て、フィオはよく分からない奴だと思いました。
痛みに心が折れそうなフィオでしたが、力尽きる前に術式を完成させようと体内をまさぐり、心臓に手を掛けました。そして、力任せに引き抜きます。
「あッあああああああッ!」
心臓を引き抜くと、これまでとは比べものにならない量の血液が溢れだしました。
フィオの心臓が抜き取られると同時にスーの胸元に刻まれた魔法陣が輝き、フィオの手に握られた心臓は一回り小さいモノに変わっていました。スーとフィオの心臓が魔法陣によって入れ替えられたのです。
「ぁっ、ぁぁ……」
そして、フィオはスーに抱き着くように倒れてしまいました。手に握られたスーの心臓は手から零れ落ち、フィオの指は何度かピクリと痙攣していました。しばらくすると、フィオの体は完全に動かなくなってしまいます。それでも血は溢れ、部屋の床を赤く染め上げていきました。
「ふぃ、フィオ……」
命をかけたフィオの最期の魔法を見届けたエメはゆっくりと立ち上がり、仮面を外すと力尽きたフィオを見下ろします。彼女の仮面は手から滑り落ち、バラバラに砕けてしまいました。仮面の欠片は元から存在していなかったかのように宙に消えてしまいました。
「賭けはあたしの負けかな……。短い間だったけど、久しぶりに楽しかったよ、フィオ」
涙を堪えたエメの呟きが、どこか寂しそうに響きました。
エメはスーの眠る棺に近づき、中を覗き込みました。すると、スーの瞳がゆっくりと開いていきました。そして、目を開いたスーは自分にもたれかかるフィオに気が付き、掠れた声を漏らします。
「フィオ……様?」
フィオの魔法は成功したのです。
スーはフィオとたった二人で暮らしていました。たまに屋敷を訪れるメアリの事は、殺意を覚えるほどに嫉妬していました。スーが愛せる人物はフィオしかいなかったのです。
スーが自分だけを愛している確信を持てなかったフィオは、スーを蘇生する事をためらっていました。スーが自分を愛していないと突きつけられる事を恐れていたのです。しかし、スーは生き返り、フィオへの愛を証明して見せました。フィオは一世一代の賭けに見事勝利したのです。
「フィオ様……? ねぇ、起きてよフィオ様……。ねぇ、ねぇってばっ!」
スーは自分に寄りかかっているフィオの体を揺すります。何度も何度も揺すります。けれどもフィオはピクリとも動くことはありませんでした。
「何で、何で? なんでフィオ様が動かないの……? ねぇ、ねぇってば! フィオ様! フィオ様ぁっ!」
エメは泣き叫ぶスーに掛ける言葉が見つかりませんでした。泣き叫ぶスーをただただ見守る事しか出来ませんでした。
スーはフィオの骸に縋り付き、涙を流し続けます。エメは黙って二人を見つめます。そんな二人に近づく一人の人影がありました。
「……?」
足音に気が付いたエメは足音がした背後に振り向きます。
そこには黒いフードを被った赤目の女――『闇の王』が佇んでいました。
もうちっとだけ続くんじゃ