表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

『第四柱、灰燼の騎士』

遅くなってごめんなさい。

テストがあったんです。二週間ぐらい。その間に書かない癖がついてしまっていました()

 エメがフィオに短剣を振りかざした頃、レイヴァンは一人の男と向き合っていました。

 見渡す限り純白の空間。何処まで続くともしれない謎の部屋で、男はレイヴァンが来るのを待っていたかのように佇んでいます。

 レイヴァンは景色と同化して床だと判断しづらい地面を踏みしめ、足場の有無を確かめました。足元に加わる感覚だけが彼の意識をつなぎ留め、気を抜けば自分がどこにいるか分からなくなって気が狂ってしまいそうでした。

 彼は自分の正気を保つために男を見つめます。男はレイヴァンの視線を気に留めた様子もなく、ただ自然体で佇んでいました。


 男の服装はレイヴァンと同じ、王国から支給される白い騎士服でした。しかし、レイヴァンの物とは違い、生地が所々裂けて火傷の後が残る皮膚が露わになっています。服にも焼けた跡があり、あしらわれた王国の紋章は焼け焦げて溶けてしまっていました。

 その服の荒れようやぼさぼさな金の髪は、彼が数々の戦場を生き抜いてきたように感じさせ、レイヴァンは最大限の警戒を彼に払っています。

 さらにレイヴァンの警戒心を煽るのはエメと同じく目元を覆う白い仮面でした。仮面が目元を覆い隠して表情がうまく読めません。

 これまで彫像のように悠然と佇んでいた彼は、レイヴァンに声を掛けて自分が生身の人間であることを証明します。


「よく来たな『赫灼の騎士』。であれば、彼女の計画も順調に進んでいるという事か」

「……君はいったい何者だ? 見たところ王国の騎士のようだが……。何故『闇の王』についている? 王国に忠誠を誓い、使える事が我々騎士の使命じゃないのかい?」


 眉を顰めて発したレイヴァンの問いに、男は鼻で笑って答えます。


「王国には忠誠を誓う価値などない。『闇の王』がこの世界に現れた時、王国は何をした? 使い潰すように魔法使いを『闇の王』に差し向けただけじゃないか。この国は魔法使いに対する扱いが酷すぎる。そんな国に忠誠を誓う必要があるのか?」

「何を言っている。騎士と魔法使いの数は違いすぎるじゃないか。『闇の王』に立ち向かうには必ず魔法使いの協力が不可欠だ。一部の騎士にしか任務を割り振られなかったのは仕方ないことだ」


 レイヴァンは当然の道理を男に解きました。レイヴァンにとっては至極当然の事。男が何を不満に思っているのか分からなかったのです。

 一方、男もレイヴァンが何を言っているのか分からないといった様子でレイヴァンの瞳に視線を合わせていました。そして、手を打ち付けて合点すると狂ったように笑い始めます。レイヴァンはそんな男に困惑を浮かべる事しか出来ませんでした。


「くくっ……。あははははっ! そうかそうか! 君はまだ『あの事』をエメから聞いていないのか! あははっ! エメのやつ、こんな時まで嫌がらせのつもりか!? ……いや、違うか。確かに知らせるよりいいのかも知れないな。ああ……。この方が存分に殺り合える……。だが……。くふふ……。あまりに滑稽で、惨めで、心が痛む……。あははははっ! 最低だ! 最低の気分だよっ! 何でもいいから八つ当たりをしたい気分だっ!」

「おい……。何を言って……」


 男は戸惑うレイヴァンに向けて、引き抜いた剣を突きつけます。レイヴァンも腰の剣に手を当て、いつでも戦闘に入れるように臨戦態勢に入りました。

 もはや話し合いなどは無意味だと、戦うしか道はないのだと、男は態度でレイヴァンに示します。レイヴァンも男の意思をくみ取って、腰の剣を引き抜きました。

 レイヴァンは突きつけられた剣を注視し、その剣が自分の持つ剣と同様に耐熱加工を施されている事に気が付きました。どうやら彼も炎を操る騎士であるようです。


「くくっ……。あははははっ! 聞きたい事もあるだろうが、まずは俺と戦え! ここで敗れるならそれまでの事。せいぜい無知の微睡みに浸かって去ね! だが、もしも君が世を変える力を持つならば……、求める真実を手にすることが出来るだろうさっ! 俺は『第四柱』『灰燼の騎士』! 国に捧げた名は()うの昔に捨て去った! 俺が倒れればこの空間は消え、君は『闇の王』の元に送られるだろう!『闇の王』に会い問いかけるがいい! 知るがいい! この国に渦巻く悪意を! 腐臭をっ! 堕落しきった悪魔の存在をっ! その時に君がどう行動するのか……。俺は、それが楽しみで仕方がないっ!」


 そして、第四柱は剣から青い炎を迸らせると、いつでもそれを振るえるように構えます。レイヴァンも炎を迸らせ、名乗りを上げました。

 彼の言う国に渦巻く悪意というモノも気になったレイヴァンですが、第四柱には戦わないという選択肢はありませんでした。当然、密室で彼と相対するレイヴァンに戦いを避けられる道理はありませんでした。


「俺は『赫灼の騎士』レイヴァンだ。我が命、剣となりて同胞の王へ捧げん」


 二人の生み出す炎が宙に迸り、双方の逃げ場を塞ぐように赤と青の炎が二人の周囲を覆っていきます。そして、炎による決闘場が完成すると同時に、二人は勢いよく駆けだしていきました。






「ぐっ……。はぁはぁ……」


 レイヴァンと第四柱の戦いが始まった頃、フィオは屋敷の中をフラフラと彷徨っていました。肩から流れるおびただしい血を無視しながらもギリギリの所で意識を保ち、青白い顔で足を進める姿は幽鬼じみていました。


「フィオー? どこにいるのー? 隠れていないで出ておいでよー」


 遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえました。フィオは歯を食いしばりながら痛みに耐え、いつもよりも重く感じる足を無理矢理に動かして先に進みます。

 フィオは今自分が何処にいるのか、すでに分からなくなっていました。

 レイヴァンが何処かに飛ばされた直後、エメに切り付けられたフィオは力を振り絞ってその場から逃げ出しました。『楔の魔女』の魔法に縛られているフィオでは、どうやってもエメに攻撃を仕掛ける事は出来ないのです。


「チッ……。舐めやがって……」


 フィオは少しでも自分を奮い立たせるために、意識して荒々しい口調で悪態をつきました。

 フィオの歩いてきた道は肩から溢れ出る血で汚れ、後を追う事は容易なはずでした。しかし、エメはどういう訳か走ろうともせず、ただただゆっくりと歩いてフィオに近づいてくるのです。いえ、むしろ引き離されているのかもしれません。

 フィオの命はそんなエメのふざけた態度によって繋がれていました。フィオは自分がいいように嬲られていることに歯噛みし、拳を壁に打ち付けました。


「くそ……」


 フィオは肩の時間を巻き戻して止血します。しかし、少し歩くと治ったはずの傷口がすぐに開いてしまいました。

 どうやらフィオを切りつけたナイフには魔法が掛かっていたようで、傷を完全に治す事が出来なくなっていました。傷口だけではありません。屋敷自体にも魔法が掛かっているのか、屋敷の壁に干渉することも出来ませんでした。

 屋敷から脱出することも出来ず、怪我を治すことも封じられたフィオは血を温存するか魔力を温存するかの二者択一を迫られたまま、おぼつかない足取りで足を進めます。


「……?」


 そうして歩いていると、見覚えのある光景が目に入ってきました。この屋敷についた時に見た書類の散らばっている部屋です。この屋敷が魔法開発の拠点になっていたとエメから小耳に挟み、その魔法に興味を持ったフィオはその資料室らしきこの部屋の事をよく覚えていました。

 エメに切り付けられると、めちゃくちゃな方向に逃げ出したフィオが元と同じ道を通っている訳がありません。どうやら屋敷の中を一周して元の場所まで戻って来たようです。


「これなら、出口は近いはず……だが……」


 フィオは生きを荒くしながらも、血を失ってほとんど動かない頭を働かせます。屋敷自体に魔法をかけている存在……。おそらく『闇の王』は元からフィオ達を逃がすつもりはないのでしょう。それは、屋敷に時空魔法の対策を施されていることからも分かります。であれば、出入り口はとっくの昔に封鎖されていると考えられました。


「……」


 フィオはゆっくりと書類の散らばっている部屋に足を踏み入れました。

 新しく開発されていたらしい魔法について書かれた資料は気になりましたが、今はそんなモノに構っている暇はありません。

 書類の山をかき分けてスペースを作ると、フィオは背中に担いでいるスーの棺の鎖を外してゆっくりと床に降ろしました。

 身軽になったフィオは自分のローブの端を無理矢理に千切ると、切られた肩に巻き付けて止血を施します。真っ白だったローブの切れ端はたちまちのうちに赤黒く染まっていきますが、ないよりはましかと思う事にして部屋の中を見渡します。

 そして、部屋の隅に窓がある事に気が付きました。そこから脱出できるのではと淡い期待を抱いたフィオは、窓を覗き込むと思わず乾いた笑みを漏らします。絶望が大きすぎると逆に笑えて来るんだと冷静に分析する自分が滑稽に感じました。


「はは……。どうしろっていうんだよ……」


 窓の外は一面の白。白、白、白白白。明らかに普通ではありえない空間でした。

 どうやら屋敷ごと異空間に放り込まれているようでした。こんな事を出来そうな人物は、フィオには二人しか思い浮かべることが出来ませんでした。


「『闇の王』……。いや、この感じは二カか? だが、誰が張った結界か分かったところで破れそうにないな……」


 フィオは丹念に張り巡らされた術式を読み取ってため息を吐きました。屋敷を隔離する結界は一日二日で解除できそうなモノではありません。今のフィオには悠長に解析をしている時間はなかったのです。


「くそ……」


 フィオは思わずその場に膝をついて倒れてしまいました。

 今も遠くからフィオを探すエメの間抜けな呼び声が聞こえます。フィオは虚ろな目で、スーの眠る棺の蓋を開けました。

 眠るスーは穏やかな表情で、その姿を見ているだけで絶望に彩られた心が軽くなっていくのを感じました。

 けれども、エメの追撃を躱す術も、屋敷から脱出する術もないことには変わりありません。

 フィオはスーの体を抱きしめると、彼女の骸に縋り付いて涙します。


「スー……。ごめんな……。どうやら、わたしはここで死ぬみたいだ……。どうしてもここから逃げ出す方法も思いつかないんだ……。エメを退ける方法も思いつかないんだ……。怖い、怖いよ、スー……。死ぬのは怖い……」


 フィオはしばらく泣きじゃくり、涙が収まるまで泣き続けました。

 そして、フィオを呼ぶエメの声がしだいに近づいてくるのが分かります。フィオはその声にビクリと体を震わせると、未だにあふれ続ける涙を拭ってゆっくりと顔を上げました。


「死ぬのは怖い……。だが――」


 何かを思い立ったらしいフィオはスーの体を置いて部屋の隅にあるテーブルに向かいます。

 そして、魔法陣の製作の為にテーブルに置かれた特殊なインクとペンを手に取りました。ペンを机の上の書類に走らせて使えるかどうかを判断し、フィオは満足気に頷きます。その瞳からは濁りが消え、何かを決意した様子でした。


 ペンとインクが使える事を確認したフィオはそれを持ってスーの元へ向かおうとしました。その時、インクの出を確かめるために使った書類に書かれた文字が目に入ります。

 そこには『魔力の封印について』という題目が書かれていました。


「……はっ、本当にそんな事が出来るならこの結界も破れるんだろうがな」


 フィオは苦笑を浮かべてスーの元へ向かいます。その題目に書かれた通りの事が可能なら、結界を破る事も、エメを守る契約魔法を破る事も可能でしょう。しかし、今のフィオには部屋に散らばる研究レポートを読んでいる時間はありませんでした。着々とエメの声と足音が迫ってきているのです。


「すまなかった。スー。これはわたしの最期のわがままだ……。追い詰められて、追い詰められて……。ようやく選択できた。そんな臆病なわたしの選択だ。まだまだ迷惑をかけるが、諦めてくれ。罵ってくれても、呪ってくれても構わない。それでも一緒に居させてくれ、スー」


 そして、フィオはスーの服を肌蹴させると、その小さな胸に術式を刻みました。次に自分の服を脱ぎ捨てると、同じ術式を自分の胸に書き込みます。

 ペンを走らせる度にインクに残った他人の魔力が体に染み込んでいくのが分かりました。自分のモノとは相いれない魔力が体に入り込み、気分が悪くなっていくのを感じます。それでもフィオは腕を止めることはありませんでした。

 書きなれた魔法陣を、ミスを犯さないであろう限界ギリギリの速さで書き上げたフィオは用済みになったペンとインクをゆっくりと床に置きました。同時に、部屋に人影が入ってきます。


「うーん。フィオってばまたやってるよ……。ヤケになって屍姦はどうかと思うよ?」


 エメ気まずそうにフィオから視線を外しながら、友人を咎めるように言いました。しかし、フィオは苦笑して否定します。


「別に犯してるわけでも、ヤケになったって訳ではないさ。わたしがやり残したことをやっているだけだ。わたしがここから生きて出る事は、もう諦めた」

「……やり残したこと、ね」

「ああ、だから見逃してくれると助かるな。……これからわたしはスーを生き返らせる。スーは『闇の王』の事をいい人だと言っていた。当然、いい人が生き返ったスーを殺したりはしないよな?」


 そう言ってフィオは、疲れたようにエメに笑いかけました。


第四柱と言いながら、彼の出番が少ない件

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ