終わりに向かって
ある宿の一室、二人の少女が椅子に座ってテーブルに向き合っていました。
テーブルの上にはタロットが無秩序に散乱して放置されています。
仮面をつけた女は机の上に突っ ある宿の一室、二人の少女が椅子に座ってテーブルに向き合っていました。
テーブルの上にはタロットが無秩序に散乱して放置されています。
仮面をつけた女は机の上に突っ伏して、情けない泣き声を上げています。それを、もう一人の少女が憐れみに満ちた瞳で見下ろしていました。
「うぅー。十連敗はちょっとおかしくないかな……。なんかイカサマしたんじゃないの?」
「生憎だが、わたしは一切の不正をしていない。手品も魔法も使わずに正々堂々勝負した。……ギャンブルを辞めた方が身のためだと思うぞ? 」
「やめてよ。『闇の王』にもおんなじ事言われて凹んでるんだよぉー……」
フィオは机の上で泣き言を上げる女に、奇妙な既視感を覚えます。
声や髪の色、背格好が全く違うにもかかわらず、エメの事をメアリに似ていると感じたのです。具体的には、ギャンブル依存症な所に天に見放されているとしか思えない運のなさ。そんなどうしようもない特性が、メアリと被って見えました。
そのシンクロ率は、敵であるにもかかわらずに彼女を本気で心配してしまうほどでした。
失礼なことを考えているフィオをしり目に、二カは黙々と机に散らばったタロットを片付けます。テーブルに散らばったカードをかき集めて適当に一つの山にすると、それを懐に入れました。
「仕方ないなー。賭けはフィオの勝ちだよ。でも、まぁ……久しぶりに楽しめたから、ありがとね」
「あ、ああ……」
『闇の王』の従者だというのに、エメはフィオに好意的にはにかみます。フィオは思わず頷いてしまいました。まるで友人のように話しかけてくるエメから視線を外して、表情を見られないように努めます。
そして、エメはフィオを現実に呼び戻す言葉を掛けました。
「それじゃぁ、フィオが勝ったことだし、約束を果たそうか。一緒にいた騎士さんを連れてくるねー」
「……ああ」
エメは椅子から立ち上がって部屋の外に向かいます。エメは仮面で隠していない口元をニヤリと歪ませて、椅子に座ったままのフィオの背中に声を投げました。
「一応言っておくけど、逃げ出そうとしても無駄だよ? そんな事したら、あたしに危険が及ぶもの。部屋から出ようとしたら死ぬから気を付けてねー」
「……」
フィオは扉を閉めるエメを無言で見送りました。
大きな音を立てて閉じられた扉は、二人が相容れない存在だと主張しているようでした。
そして、エメはレイヴァンを連れてフィオの待つ部屋に戻ってきました。
レイヴァンは俯いているフィオを見て、その優し気なかんばせを怪訝そうに歪めます。フィオの表情が緊張で固まっているのを確認し、目の前の女が必ずしも友好的な存在であるとは限らないと判断したのです。
エメはフィオの元へ戻ると、袖の中から短剣を取り出しました。
「なっ!?」
レイヴァンは咄嗟に腰の剣に手を掛けますが、もう既に手遅れでした。エメはフィオの首筋に短剣を突きつけ、彼の動きを封じます。
「……ッ! フィオ!?」
「ふふー。要件を伝える前に、あたしの安全を確保させて貰いました。少しの間黙っててくれるだけでいいから、手を出さないでね? 動いたら、首にグサーだよ?」
「……」
驚くレイヴァンに対して、エメは口元を歪めて笑います。
突きつけられた短剣が軽く肌に触れて、ぽたりぽたりと赤い雫が滴りました。そこまでされても抵抗せず、フィオはされるがままになっています。
抵抗すれば、エメは本気でフィオを刺しかねないと感じたレイヴァンは、ゆっくりと剣から手を離しました。
「いい子、いい子だよー、レイヴァン。で、肝心の要件なんだけど、『わたしの拠点へ来い』だって。一応、『闇の王』の拠点に転移するための魔法陣も預かってきてるから、すぐにでも行けるよ」
「君は『闇の王』の使者なのか……」
「うん。いきなり名乗ったりしたら、刺されかねないと思ったので人質を取らせてもらいました。ちなみに、いつでもフィオを殺せるような呪いをかけているので、あたしに攻撃しない方がいいよ?」
「……卑怯な」
「だって、本気で殺し合えば、あたしなんて十秒持たないもん。仕方ないじゃん」
エメはそう言って肩を竦めます。
実際にはエメの語ったような呪いはかかっていませんでした。けれど、フィオはそれを口にすることはできません。呪いが無いと分かればレイヴァンは即座にエメを切り捨てるでしょう。それを誘発するような情報を伝える事は、契約書によって封じられていたのです。
「ささ、早く拠点に行きましょうか。フィオはスーちゃんを連れて行く準備をしてねー」
エメは短剣をしまってフィオの体を開放しました。
フィオはエメを一瞥してからベッドに横たわるスーに近づきます。フィオはスーの遺体を棺に納めると、彼女を棺ごと背中に担ぎました。
フィオは、エメに警戒の視線を送り続けているレイヴァンに近づくと耳元で囁きます。
エメの誘いは明らかに罠と分かる代物でした。動きを縛られているフィオはともかく、レイヴァンまでわざわざ罠にかかりに行く必要はないと考えたのです。
「すまん、レイヴァン……。いつ、どうやって魔法を駆けられたか分からんのだ……。わたしは『闇の王』にどうしても会わねばならん。だが、お前は国に強制されているだけだ。お前がやらなくても、誰か他の騎士が任務を果たしてくれるだろう……。お前は、ここから逃げてくれ」
「そんな事できるか。今の君に何が出来る。俺も着いていくぞ」
「だが……」
しかし、レイヴァンは首を横に振りました。フィオはレイヴァンを説得して逃がそうと考えますが、その前に黒い魔法陣が二人の足元まで展開されました。エメが『闇の王』から貰ったという魔法陣を展開したのです。
「はいはい、相談はそこまでにしてくれるかな? 二人とも来てくれないと、また給料を減らされそうなんだよー。だから、逃がさないよ」
エメは困ったように頭を掻いて二人に声を掛けます。
フィオは敵意を込めてエメを睨みつけますが、彼女は堪えた様子はありません。
元より逃げるつもりのないレイヴァンは、魔法陣を避けるそぶりも見せずませんでした。
そんなレイヴァンの態度に業を煮やしたフィオは、彼を魔法陣から突飛ばそうと手を出します。けれども、彼に手首を掴まれ、それは叶いませんでした。
「ここまで来て俺だけ仲間はずれにしようとするなんて酷いな」
「馬鹿か! 危険すぎる!」
「……どうせ、フィオが居なくなれば戦いにすらならないんだ。ここで一緒に行くのが一番勝率が高いだろう」
「わたしが居なくても、他の魔法使いと組めばいいだけだろう!? 何もわざわざ……」
「はいはい、言い争いはそこで終わりにしよーよ。どうせ、もう魔法陣から出られないんだし」
エメは魔法陣の中で言い争いを始めた二人を止めました。フィオはエメを睨みつけようとしますが、その前に魔法陣が三人を光の中に飲み込みます。
「あたしたちの拠点へようこそ、二人とも! ここから先が最後の仕上げだよ!」
エメは光の中で、高らかに宣言します。
フィオはその言葉の意味を問いかけようとしますが、その前に二人の意識が遠のいていきました。
そして、目が覚めると三人は見知らぬ屋敷の前に立っていました。
屋敷の庭は荒れ果て、長らく手入れがされていないのが分かります。
庭の荒れ方は、長らく放置して植物が生え放題になっているのではありませんでした。地面は抉れ、魔法を使った戦闘があったことが窺えます。
うかつに侵入すれば迷ってしまいそうな大きな屋敷も、壁に傷がつき、扉は壊れて今にも崩れてしまいそうでした。
フィオは目を顰めて屋敷を見上げます。そこに、呑気なエメの声がかけられました。両手を広げて、秘密基地を自慢する子供のように無邪気な声で語ります。
「どう? 今にも崩れてしまいそうですごいでしょ? 廃墟ってカッコいいと思わない?」
しかし、フィオは興味なさげに首を横に振りました。周囲に警戒は払っているレイヴァンは、景色を評価する余裕もありませんでした。
「特に思わんな。しかし、仕上げとは一体、何の事だ?」
フィオは建物についての評価を出さずに先ほどの言葉の意味を訪ねます。そっけない感想しか貰えなかったエメは、頬を膨らませて不機嫌そうにしながらも、答えました。
「それは『闇の王』に会えばわかるよ。さぁ、付いて来て」
二カはそう言うと、屋敷の中へ入っていきました。
フィオとレイヴァンは一瞬顔を見合わせた後に、二カの後に続きます。
屋敷の中も外と同じく、戦いの後がありありと残っていました。高級そうなカーペットは乱れ、血の跡らしきシミが掃除しきれずに残っています。花瓶が飾られていたらしい台の上には花はなく、刃物が突き刺さったような傷だけが残っていました。
フィオとレイヴァンは罠が仕掛けられていないか警戒しながらエメの後に続きます。そのエメは何の気負いもなく先に進んでいきました。
三人はただ黙々と屋敷の中を歩きます。
屋敷の扉は開きっぱなしで、中が覗けるようになっている部屋がいくつかありました。部屋は例外なく荒らされ、家具はボロボロになっています。仕事部屋だったのか、書類がバラバラにぶちまけられている部屋もありました。
エメはその部屋に視線を送りながら呟きます。
「この屋敷は、ある魔法を開発する拠点だったんだー。散らばっている資料に魔法の事が書いてあったり。そして、『第一柱』が王国の兵と戦って死んだ場所でもある」
「魔法の開発……?」
フィオが呟きますが、エメはその言葉に返事を返すことはありませんでした。そのまま黙って先に歩きます。
そして、三人は廊下の突き当りの部屋までたどり着きました。エメは二人に振り返って口を開きます。
「この先に待ち人がいるよ。さぁ、行こうか」
エメがそう言うと、レイヴァンの足元に黒い魔法陣が展開されました。魔法陣の形は、屋敷に移動する時に使ったものとよく似ています。その魔法陣が、レイヴァンだけを包み込ました。
「「なっ!?」」
そして、事態は急変を迎えます。
意味のある言葉を発する間もなく、レイヴァンの姿は掻き消えてしまいました。
「レイヴァン!? お前、レイヴァンをどこに――ぁぐっ!?」
現状をエメに問いただそうとしたフィオは、肩に走った痛みに膝を着きました。エメが短剣でフィオを切りつけたのです。
エメは真っ赤な舌を、血の付いた銀色の刃に這わせます。
「……ッ! 罠だとは思っていたが……。わたし達を『闇の王』に合わせるんじゃなかったのか?」
「んー。あたしは拠点に連れてくるようには言われただけなの。殺すなとか、戦うなとかは言われなかったんだよね。だから、命令違反はしていません。……そんなにご主人に会いたいのなら、あたしを殺してみなよ。レイヴァンも『第四柱』に歓迎されているはずだしー?」
エメは倒れたフィオを見下ろし、口元を歪めて笑います。フィオはふらふらと立ち上がってエメから距離を取る事しか出来ませんでした。戦いの跡が残る廊下にエメの狂笑が響きます。
「あはっ! あはははっ! どう? 魔法を封じられて、ただの一般人になった気持ちは! 魔法使いは、魔法の使えない者の気持ちを知った方がいいんだよ。特に、時空魔法なんて、規格外の魔法を持っているフィオみたいなのはね! ……さぁ、覚悟しなよフィオ。ここから先が、『第零柱』との本当の蹂躙なんだから」
エメは両手を広げて高らかに笑います。
そして、エメはフィオに向けて短剣を振りかぶり――