第4話 廃教会の迎撃戦
突然、ガラスの割れる音が廃教会に響き渡った。
何事かと思い、音がした方に目をやる。
見ればそこには、外側から打ち破られた窓ガラスの破片。
そして今まさに教会内に入り込もうとしている、複数の侵入者の姿があった。
奴らだ。
冒険者ギルドでルーピアに絡んできた末、俺の脅かしで一目散に逃げ去っていった5人組の冒険者達だ。
ここまで追ってきたということは、覚悟と態勢を整えてきたと考えるべきか。
「シノブ様……!」
「大丈夫だから下がって」
俺は慌てず騒がず身構える。
遅かれ早かれ追っ手がかかることは分かっていたのに、俺が余計に話を振ったせいで、ずいぶんと長居をしてしまったかもしれない。
これは迂闊だったと言わざるを得ないだろう。
俺は腰に差していた採集用のナイフを右手で抜き構えた。
これが唯一の武装だ。
これまでにも多くの人間と対峙してきたが、そのほとんどを戦わずして勝利してきた。
理由は言わずもがな。俺の正体にビビって相手が逃げ出すか、こちらの脅しにビビって相手が逃げ出すかの2パターンだ。
それでも襲いかかってくるような怖いもの知らずも、人外パワーのワンパンで意識を刈り取ってやれば問題はない。
魔物に関しても、どうやら人間かそうでないかの判断くらいはできるらしく、その結果俺を獲物と認識せずに素通りするものがほとんど。
たまに襲いかかってきてもやはりワンパンするか、自慢の口臭を浴びせるとキャンキャン鳴いて逃げ出した。
まあ要するに、俺には武装なんて必要がなかったって話だ。
でもそれは、あくまで今までの話。
俺が1人で行動していた時の話だ。
だけど今回は違う。
相手は腹をくくっているであろう上に、俺の後ろにはルーピアがいる。
俺の救いの一翼を担ってくれる存在がいる。
庇護すべき対象だ。
だからナイフを抜いた。
威嚇のために。
こちらに近寄るなという意思表示のために。
そのつもりだったんだけれど、俺はすぐにそれが無駄な行為であることを悟った。
「――アギががガガガッ!!」
意味不明の雄叫びを上げながら、連中は一斉に襲いかかってきた。
「!? ルーピア、離れてろ!」
あまりの急展開に多少動揺したものの、俺は前線を上げるため、連中に向かって駆け出す。
ナイフを咥えて両手をフリーにし、まずは先頭の顔面に右ストレートをお見舞いした。
拳骨が気持ち良くめり込む。
まず1人目。
手加減はしておいたから、鼻骨が折れる程度で済むはずだ。
それでも意識を飛ばすには十二分の威力だろう。
俺は第2撃目に備え、素早く拳を引こうとした。
――したのだけど、伸ばした腕がびくともしない。
「え?」
思わず間抜けな声が漏れた。
見れば一撃を叩き込んだはずの冒険者が、俺の拳を顎が外れんばかりに咥え込んでいる。
その歯は手の甲の辺りに深く食い込み、手袋には薄っすらと血まで滲んでいた。
え?
何?
一体何がどうしてこうなったのか、少しの間、理解が遅れた。
俺の混乱を知ってか知らずか、そいつは咬筋をきしませて、さらに歯を食い込ませる。
革の手袋もろともに皮膚と血管が噛み切られ、甲の骨が噛み折られる。
衝撃と共に血が噴き出し、鈍った痛覚が悲鳴を上げた。
「――いへーよ、こにょっ!!」
たまらず左腕を振り上げる。
問答無用で殴り飛ばすためだったけれど、すかさずその腕にも別の奴がかぶりついた。
「んがっ!」
意表を突かれたところに、3人目が俺の首筋に歯を突き立てる。
見事なジェットストリームアタックだ。
とても受け止めきれない。
俺は連中の人間離れした勢いに押され、後方の壁に思い切りその背中を叩きつけられてしまった。
信じられない。
いくら3人がかりとは言え、たかがこんな小悪党連中に力押しで負けるだなんて。
それにしたって一体どうしちゃったんだ、こいつら。
あの時ちょっとビビらせすぎた?
ビビりすぎてラリっちゃったの?
「フヴー! フヴー!」と、そいつはまるで獣のような息づかいで俺の首筋の肉を噛み千切って見せた。
あまりの激痛に思わず声が漏れる。
その傷からは当然のように血が噴き、相手の顔は腐った血液でどす黒く染まっていった。
やっていることは恐ろしく過激なのに、その表情からは微塵も感情を読み取ることができない。
ふと目が合う。
目が合ったとは言っても、そいつの眼からは、およそ意思と呼べるものは見出せなかった。
その瞳は、俺のそれに負けず劣らずのレベルで濁りきっていて、もはや焦点すら定かじゃない。
――ああ、そういうことか。
俺はここでようやく勘付いた。
もっと早く気付いて然るべきだったのだけど、一連の怒涛の展開と、何より自分以外の同類を初めて目の当たりにしたという経験の浅さから鈍感になってしまっていた。
今、確信した。
これは俺が生ける屍であるが故の確信だ。
この連中からは、生者の匂いが少しもしない。
あれから一体何があったのかは知らないけれど、どうやらこいつらは、この世でもっとも忌み嫌われる部類の仲間入りをしてしまったらしい。
そう――彼らはゾンビに成り果てていた。
これはまた、可哀想すぎてかける言葉も見つからない。
しかもどうやら連中は、俺と違って自我を保ってはいないらしい。
これぞまさに本家本元。
ゾンビのあるべき姿といった感じだ。
そうこう考えてる内に、俺の首筋の肉を美味しそうにもぐもぐしていたアホ面が、再び大口を開けた。
「ふんっ!」
すかさずそこに頭突きを打ち込む。
相手の前歯は見事に砕け散り、その体勢がぐらりと後方に下がった。
その一瞬の隙を突き、わずかに空いたスペースを利用して前蹴りを打ち込む。
俺の渾身の一撃を食らったそいつは勢いよく吹き飛び、対面の壁に激突。
ぐちゃりと湿った音を立てて床に沈んだ。
俺の腐った肉は美味かったか、このボケめ。
「――やっ! 離して! 離しなさい!」
ルーピアの声だ。
見れば、少し離れたところで2人のゾンビに押し倒されている。
1人が馬乗りになり、もう1人が彼女の両手首を押さえつけているのだが……何だろう、これ。すごく貞操の危機を感じる襲い方だな。
心なしかゾンビの表情もいやらしく歪んでいるように見えるんだけれど。
「頑張れ、ルーピア! 今行くからな!」
もはや一刻の猶予もない。
俺は次なる標的である、右拳咥え込み犯の処理に取り掛かる。
奴の口腔内で握られたままの拳。
それを解き、指を下の歯の裏側に引っ掛ける。
そのまま力一杯引き下ろすと、その下顎はブチッと千切れて取れた。
俺は自由になった右手を頭上に振り上げると、敵の頭頂部へ鉄槌打ち。
俺の人外パワーによって床に直撃したそいつの頭は、まるでトマトのようにぐしゃりと潰れた。
――あと1人。
すでに俺の右手には、口に咥えていたナイフが逆手に握られている。
今も左腕にかぶりついたままのマヌケは、自身に迫っている危機にも気付いちゃいない。
俺は隙だらけのそいつの頭に何度もナイフを突き入れる。
刺して。
刺して刺して。
刺して刺して刺して刺して――
ナイフの力と言うより、ほとんど俺の腕力による打撃によって、そいつの頭部はおよそ半分にまで潰れてしまった。
ガパッと、食い込んでいた歯がようやく外れる。
俺は相手の、そのハーフサイズになった頭を掴み、止めとばかりに壁面に打ちつける。
それはパンッと景気よく弾けた。
憐れな首なしゾンビの出来上がりだ。
よし次は――
「ルーピア!」
障害物を片付けた俺は一目散に走り出す。
ルーピア周辺の状況は大して変わっていないようだった。
多少投げ技に自信がある程度の彼女が抵抗したところで、ゾンビの怪力には敵わないはずだけれど……まさかこいつら、抵抗されるのを楽しんでいるわけじゃあるまいな?
ゾンビだよな?
オーソドックスなゾンビだよな?
――いや、この非常時に細かいことは考えるな。
加減なし。
3手でシメる。
まず1手目。
俺はナイフを投擲した。
それは狙い通りに、ルーピアの両手を封じている野郎の側頭部にヒット。
だけど動じない。
まったく動じない。
まあ想定内だ。別にいい。牽制だし。意味ないけど。
「そいやぁっ!」
そして2手目。
威勢の良い掛け声から繰り出したミドルキックは、ルーピアに馬乗りしている変態の顔面にクリティカル・ヒット。
それはミンチとなって飛び散り、胴体も衝撃で吹き飛ぶ。
手応えあり。
休んでる暇はない。
次は、頭にナイフが刺さったタフなスケベオヤジに天誅を下すため向き直る。
すると――
笑ってる!
やっぱり笑ってる!
こいつ気持ち悪ぃ!
俺の心の声が聞こえたのだろうか。
そいつは標的をルーピアから変更し、こちらへと手を伸ばしてきた。
「死ねっ!」
もう死んでいる相手には不適切だったかも。
とりあえず締めの3手目だ。
伸びてくる手はお構いなし。
そいつの頭に刺さっているナイフの柄を素早く握ると、すかさず刃を捻ってしっかり固定。
相手の胸のど真ん中を目掛けて後ろ蹴りを繰り出す。
俺の膂力によってその首は引き千切れ、奴の身体は物凄い勢いで硬い床の上を転がっていった。
死んでもスケベとか、つける薬なしか。
しつこくガチガチと歯を鳴らすゾンビの頭部。
そこからナイフを引き抜くと、急いでルーピアを抱き起こす。
「無事か? 怪我は? 噛まれたりしてないか?」
「わ、私は大丈夫です。何だか、すごくおぞましい思いをしましたが――そんな! シノブ様こそ酷い怪我! お待ちください、今治療を!」
「そんな暇ないって。すぐ移動しないと」
すでに連中は起き上がり始めていた。
どうやら頭を潰されようがもがれようが関係なしらしい。
俺の知ってるゾンビと比べるとずいぶん頑丈にできてるみたいだ。
俺はフードを被るとナイフをしまい、彼女の手を引いて出口へと走った。
急いで扉を開ける。
横目で後方を確認すると、連中はまだ奥の方でもたついていた。今の内だ。
二人して出口をくぐり、間髪入れずに扉を閉めて一件落着。
――と思ったんだけれど、残念ながら、そうは問屋が卸してはくれなかった。
一難去ってまた一難。
俺達にとってのゾンビ難は、扉の向こうにまでその魔の手を広げていた。




