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「依頼で来ましたー。冒険者のシロと申します」
ミトル村の入り口に結ばれているヤギに向かって、シロは挨拶していた。ミトル村は、山の麓に300人程の集落を作っており、集落の前は畑が広がっている。畑の先に簡易な門が作られており、周囲は山の麓までは木柵で囲まれている。シロがヤギに挨拶しているのは、門の入り口であったため、その入り口付近で畑を耕していた少女しか見ていなかった。
「ふふふ、こんにちは。冒険者さん」
「おや、これは恥ずかしい所を見られてしまいました」
シロが顔を上げると、丁度手の届きそうな位置に、少女が笑いながら立っていた。
日に焼けているが、元々地黒なのが雰囲気で分かる。藍色の髪がザックリと切られていて、木綿で出来た貫頭衣のような物を着ている。髪型や服装は農民であるが、雰囲気は貴族の子女であるし、顔の艶もあった。しかし、シロの観察眼では、そこらの農民となんら区別が付かない。
シロは少女に近付くと、懐から封筒を出す。
「はじめまして。冒険者シロです。そんちょーさんに会いたいのですが、どこにいますかね?」
「ふふふ、はじめまして。ナターシャよ。村長なら一番大きい家よ。案内してあげる」
少女ナターシャは、シロの言動が面白いのか、笑いながら先を歩き始めた。
村は農業以外に産業も無いようで、畑に人はチラホラと見えたが、逆に村の住居の方には人がいなかった。
100m程無人の居住区を歩くと、突き当たりに大きな家が見えた。
「あれよ。あの大きな家が村長の家」
村長の家の間近まで来ると、村人の家と比べると一回り大きいが、全く同じ形なのが分かる。
ナターシャはスタスタとノックも、声も掛けずに村長宅に入って行った。中は簡素な構造で、大部屋しか無かった。その部屋の中央で、ゴリゴリと石で薬草を潰している老人に、ナターシャは駆け寄った。
「じいじ、ただいまっ!冒険者の人来たよ」
「ご苦労、ナターシャ」
ナターシャの祖父が村長であったようで、ナターシャを労うとスッと身体をシロの方に向ける。
「よく来てくれました。この村の村長のウォルターです。」
外見はヨボヨボであるが、言動が若かった。
「これはこれは、どうもはじめまして。冒険者のシロです」
シロが玄関で勢いよく頭を下げる。風圧で砂埃が浮いたのが見えた。村長はシロの動きに少し笑うと、身じろぎして喋り出す。
「早速で申し訳ないが、今回の依頼について説明しましょう。この村に来られた時に見られたと思うが、後ろに大きな山があるでしょう」
「ええ、とても大きな山がありましたねえ。私もどうにかして持ち運べないかと考えました」
「ふふふ、そうでしょう。あの山はとても綺麗ですから・・・最近になって分かったのですが、山に一匹のハイグレードウルフがいるようなのです。ご存じかと思いますが、ハイグレードウルフは、大変狡猾でして場合によっては、生贄の提供を交渉するヤツですが・・・どうも一部の村人が生贄の提供を行っていたようです」
ウォルターはふうとため息をつく。シロは少し黙り込み、顔あげる。
「・・・なるほど、私はその村人を殺せばいい訳ですか」
シロは納得したように頷くと、回れ右をして戸に手をかける。シロの行動をウォルターは慌てて止める。
「ち、違います!ハイグレードウルフを討伐して欲しいのです!」
「・・・なるほど、そちらでしたか。いえ、分かっていました。分かっていましたとも」
シロは目を泳がせながら、ウォルターに向き直る。ウォルターは安堵の表情を浮かべると、話を続ける。
「驚かさないで下さい。ハイグレードウルフの住処はナターシャが知っていますので、この子に案内して貰ってください。それで、」
「やった!シロ様いきましょう!」
ウォルターに指名された瞬間に、それまで、ウォルターの後ろにいたナターシャが飛び出し、シロの手を掴むと戸を開けて、山に向かって走り出す。家からウォルターの呼び止める声が聞こえる。
「おやおや、行ってよろしいのですか?」
ナターシャに引きずられながら、シロはのんびりと言う。
「よろしいです!このペースなら10分もしないうちに着きますよ!」
山道を小走りで行き、少し行ったところで小脇に入る。そこから、5分程で二人はハイグレードウルフの住処に着いた。
大木の根元に3m程の灰色の塊が動く。横たわっているが、身体がぐうぐうと動くので寝ているだけかもしれない。二人はそばの茂みに隠れると、作戦を練る。
「どうします?寝ちゃってるみたいです」
ナターシャは小声になる。
「むむ、これはチャンスというヤツでは」
シロの声は若干大きい。少なくとも隠れている時に出す大きさでは無い。
「そうですよ!やっつけちゃって下さい!」
ナターシャの声もつられて大きくなる。
それ以上の大声で『やりましょう!』と、シロが茂みから身体を出すと、目の前に口からヨダレを垂らしたハイグレードウルフがいた。シロは目を瞬かせると、挨拶をする。
「どうもはじめまして、冒険者のシロと」
シロの上半身と下半身が別れた。起きていたのだ。ハイグレードウルフはぺろぺろと血の付いた爪を舐める。ナターシャは固まっている。暫く呆然としていたナターシャは、ハッとしたように立ち上がる。
「ちょっとー、危ないでしょ!」
そう言って、茂みからナターシャは飛び出すと、ハイグレードウルフに抱きつく。
「我慢出来なかったんだ」
ハイグレードウルフは子供の声で言う。ナターシャはよしよしと、自分が丸呑みされてもおかしくない大きな頭を撫でる。
(上手くいって良かった!)
ナターシャとハイグレードウルフは、10年来の付き合いである。お互いが小さな時に、怪我をしたハイグレードウルフをナターシャが助けたのだ。それ以来、お互いに欲しい物をリクエストして、プレゼント交換のようにしていたのだ。実際、ハイグレードウルフは、自身の身を顧みずにナターシャの希望の物を、用意してきた。ナターシャも、ウォルターのげんこつ覚悟で、村の家畜を渡していたが、ある日、ハイグレードウルフが『人を食べてみたい』と言い出したのだ。ナターシャは例外であるが、他の村人は美味しそうに見えると言うのだ。仕方がないのでナターシャはウォルターに、ハイグレードウルフを見たとリークし、その討伐依頼で来た冒険者をプレゼントする事を思い付いたのだ。冒険者が弱そうなのも助かったし、風向きを考慮し敢えて遠回りして、ハイグレードウルフが匂いで動きが分かるようにし、待ち伏せでも大きめの声で喋った。そして、成功した。人が死ぬのは馴れているので、動揺も無かった。
目を閉じて、抱き付いていたナターシャは、いつの間にかハイグレードウルフが動いていないのに気が付いた。
「どうしたの?」
顔を上げたナターシャの動きに合わして、ハイグレードウルフの頭が上にズレた。
「・・・・・・え?」
声に合わせたかのように、頭が落ちた。
断面からジワっと滲み出たかと思うと、パンっと銀色の胴体が木っ端微塵に消える。
「あれ?」
そう言ったのは、ハイグレードウルフの頭である。
気が付いたら、普段、自分よりも下になるナターシャが、上にいる。目線が寝ている時のように低い。そして、なにより大切なナターシャの顔が困惑から、驚愕、そして、悲しみに変わった事が気になった。ナターシャの目から涙が溢れそうになっている。慰めに行きたいのだが、身体が動かない。一生懸命に動かそうとするのだが、ピクリとも動かない。そんな事をやっている内にナターシャがポロポロと泣き出す。いじめられたの?嫌な事があったの?また、お母さんの夢を見たの?
側に行って聞いてあげたいのに聞けない動けない。それどころか、変な眠気に襲われる。おかしい。眠くなるような気分じゃないのに、とても眠い。今になって気付いたが、舌は動く。ナターシャが涙を流している時は、顔中を舐めてあげると喜ぶのだ。
ハイグレードウルフの頭が、舌をピロっと出す。頭は横を向いているので、舌は弱々しく地面舐める。その様子を見て、ナターシャはハッとしたように目を見張る。目がハッキリと合う。
ふと思い出す。
昔、泣いていた自分に彼女はなんて言ってくれただろうか。たしか、
「泣かないで、僕がついてる。・・・ナターシャ」
最後の方は小さ過ぎて、誰も聞き取れなかったが、ナターシャには心で理解出来た。そして、この悲劇を作り出した男の死体に、せめてもの制裁をくわえてやろうと目をやる。
そこには、服の埃を叩いている冒険者シロが立っていた。
「やれやれ、服が埃まみれです。しかし、ハイグレードウルフの討伐は完了ですね。ナターシャさん、帰りましょう」
そう言ってナターシャに手を差し出す。
「・・・・・・な、なんで、生きてるの?」
ナターシャは混乱の極みで、単純な疑問をする。
「いやあ、私昔っから頑丈でして、切断されるなどお手の物です!」
そう言って、シロはマッスルポーズをとったり、ジャンプしたりして見せる。ジャンプした際に、お腹が見える。横に走る赤い線がハッキリと見え、木のツルだろうか、上半身と下半身をまるで縫うかのように走っている。
ナターシャは、徐々に理解する。本でしか知らないが、大陸の向こうには亜人も存在しており、中には死なない亜人もいるらしい。そんな夢物語のような存在であるならば。
「あ、あなた、人じゃなアツっ!」
「しかし、切れすぎますねえ。築地の鮪はこうも簡単に切れなかったんですが」
ナターシャが聞こうとした時に、顔の中心に熱を感じた。いつの間にか、シロの手にはマンホールの蓋があった。ナターシャには、盾のような物を持っているように見えただろう。
シロの独り言は続く。
「健さんは、私がマンホールの蓋で鮪を切ると大変驚かれて、褒めて下さったのですが、ここでは、鮪がいませんから、切りようがないですしねえ。あ、健さんは築地の解体師さんです」
「あなた、何言ってるの?」
頭が痛い
妙な浮遊感もある
「むむっ、御存知ありませんか?築地ですよ。じゅう、いや、200年前でしたかな。あ!昨日かもしれません!ゴホン、正確には分かりませんが、私は昔、築地というところから、離れた所に住んでいました。遠い所なのでナターシャさんが御存知ないのも仕方がありません」
「な、何それ。あなた何歳なの?」
胸と首裏が痛い
熱が加速しているように感じる
「何歳と言われましても、見ての通り20代後半ではないでしょうか?紳士としては、だんでぃな50代でも問題無いのですが、いや、50代は言い過ぎました。4・・・やっぱり、30代でお願いします」
「話がめちゃくちゃよ」
縦に痛い
頭の頂点から、踵までに一本の熱した針金が入ったように熱い。
何か、液体が眉間を通っている。
シロが思い出したように、自慢げに誇らしげに笑う。
「その杖は富士山に登ったお土産だったんですよ。途中で焼印をして頂いたりと、私の思い出の品です」
シロがスルッとナターシャの頭の上を掴む。
パチクリとナターシャ本人には、全く何が起きているか分からないだろう。
シロは腕をヒョイっと引き上げる。
ブビューっと、音がした。