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二話

 私の証拠隠滅は上手くいった様で、あの人が私の部屋に入ってきても特に違和感に気づいていなかった。

 しかし、「なんだか、部屋が汚くなっていないかい?」と言われた時は心臓が取れるかと思う程、驚いた。


「どうぞ。ご飯よ」


「ん。この匂いはアレだね。僕が前に食べて美味しいと言った、君の創作料理」


「ええ。そうなの。よく覚えているわね」


「当たり前。僕が忘れる訳ない、君との関係した思い出を」


「ありがとうございます。それでは、お手を拝借して」


「「いただきます」」


 二人声を合わせて、ぱんと手のひらを合わせた。あの人が言うには感謝の気持ちを表す為らしい。私は何に感謝の気持ちを抱くのか分からないから、とりあえずあの人の動作を真似る。

 目の前から、あの人のスープの啜る音が聞こえた。あ、飲んでくれている。と思うと、少し緊張する。

 いつも、答えは決まっているけれど。


「ん。美味しいよ」


「ありがとうございます」


 やっと安心して、私も三度目の食事に手をかけた。しかし、私にまた緊張が襲ってきた。密室とも言えるこの部屋に、すきま風が入ってきているのだ。

 何故か。理由には簡単なこと。二度目の食事の後に、猫さんが壊していったから外界の空気が入ってしまっている。

 私の部屋はあの人や私が動く時以外は、空気の移動はあり得ない。だから、この風があの人にバレたら、私は……どうなるのだろう?


「そういえば、君は今年で十六歳になるね」


「十六歳。それって何か良いことなのかしら?」


「十六年生きたって事だよ。ある国では結婚可能な年齢だって言われているらしいね」


「へえ。結婚……」


「ああ、ごめん。この言葉はまだ教えてなかったかな? 結婚っていうのは……」


「知ってるわ。貴方がくれた辞書に載ってたもの。結婚とは、夫婦になることだって。夫婦って言葉はちょっと分からないんだけどね」


「僕らの関係のようなものだよ」


「そうなの! なら、早くにでも調べないと……」


「どうして」


 私が急いでご飯をかき込もうとしたら、低い声が帰ってきた。あの人にしては珍しく暗い声に、思わず動揺する。


「えっ?」


「何で調べようとするの。そんなに、僕が嫌なの? まあ、確かに君の許可は取らずに夫婦という関係にしてしまったのは悪いのかもしれないけど、拒絶しないでよ」


「どうしたの……?」


 目の前のあの人がどんな表情をしているのか、どんな気持ちなのか全く分からない。こんなあの人は初めてだ。どう対応すれば良いの? どうすれは嫌われないの?

 震える手を伸ばして、あの人に触れたと思ったがすぐにあの人は手を払いのけた。


「やっぱり、僕が嫌なんだね。だからこうやって手も震えて。それに……」


 ガタッ、という机の揺れる音と共に、大きな足音が一番近づけてはならない外界の方へと向かっていくのが分かった。やだ、やだ、いかないで。


「こんな大きな穴まで作って、僕から逃げようとしている」


 あの人の声の方から物の崩れる音がした。そして、ボンヤリとした明かりが入り込み、あの人を照らした。あの人は私が作った外界へのバリケードを壊したのだ。

 猫さんの時ほどではないが空に浮かぶ色のついた丸いものが眩しくて、目が眩んだ。


「ちっ、違うの! 貴方から逃げようだなんて思っていない!」


「この部屋に入った時から気づいていたよ。君が変なこと位簡単に。まさか壁に穴を開けるとは思わなかったけど。それほど、穢らわしい外界に行きたかったって言うことでしょ?」


「違うの! 行きたくなんかない! 外に出て、凄いとは思ったけど、出ていきたいだなんて思ってないわ!」


「もう、良いよ。君のような子を僕なんかの側に置いとこうと考えたこと自体馬鹿だったんだ」


 次第に慣れてきた目は、あの人が頭を抱えて項垂れたところをしっかりと捉えた。


「君はもう、帰って良いよ」


 そして、あの人の顔も捉えた。目から水を流しながら、眉間にシワを寄せたぐじゃぐじゃの顔。声も震えている。

 何で、これはどんな気持ちにする時の表情だよって、いつものように教えてくれないの? 私を突き放すの?




 あの人は、外界に触れて汚くなった私に触れることなく、この塔の出方を教えてくれた。ぐるぐるぐるぐる、螺旋階段を降りて次第に出口に近づいていく。

 このままずっと、降り続けてるだけでも良いからこの状況にいたかった。あの人の灯す明かりを頼りに、歩く。あの人の背中を見ながら歩く。こんなのは初めてだったから。

 もしかして、これがあの人の教えてくれる最後のことなのかしら、と思った時。目頭が熱くなった。

 最後に大きな門を潜り抜けたところで、あの人は止まった。けれど、手で私に進めと催促する。

 もう、あの人はいない外界へと出てしまう。けれどその不安よりもなによりも、あの人の素顔を知ってから一度も目線が合わないことが気がかりだった。

 最後だから、見せても良いものなのにあの人は見せてくれない。そして、私が出た後振り返って見ても、あの人の姿はなかった。


 あの時、猫さんが私のところにさえ来なければ追い出されることはなかったのに、とチラリと猫さんを恨んだ。

 でも、今更遅い。

 ブスの挙げ句、外界に出てしまった汚い私にあの人はもう優しい言葉をかけてくれることも、教えてくれることもないのだ。


「いやよ……そんなの」


 熱くなった目元から、更に熱い液体が流れ落ちた。ポロポロ、ポロポロ。あの人も流していたものだ。同時に酷く胸がつっかえて苦しくなる。あの人を考えて、あの人を思い出す程痛くなる。あの人も、こんな思いをしていたの?


「おい。何でこんなところにいるんだよ、お前」


 突如、頭上から降ってきた言葉に驚きのあまり膝から崩れ落ちた。猫さんだった。


「何よ。驚かさないでよ」


「怒ってるのか。まあ、そりゃ無理もないな。急に追い出されたんだし」


「何で、知ってるの?」


「盗聴さ。お前は気にしなくて良いよ。それより、お城までの道案内でもしましょうか? 姫ぎみよ」


「断るわ。私には帰る場所があるもの」


「はぁ? 何で。お前はもう追い出されちまったんだぞ? それなのに、何故まだ未練がある」


 ぐっと、喉が詰まった。確かに私は追い出された。あの人が汚い私を返してくれるとは思えない。

 それでも、私は帰りたいの。あの生活を送りたいの。あの人との居心地良い空間に戻りたいの。


「城にさえ戻っちまえば考えも変わるだろ。今までとは違う豪華な生活が出来るんだぜ? 服は綺麗なものを着れるし、美味しい飯はシェフが作ってくれる。ほら、良いもんだろ?」


 猫さんの言葉にぴくりと耳が動いた。


「その話。本当なのよね?」


「ああ、勿論」


 ニヤリ、猫さんは笑みを浮かべた。そして、乱暴に駆け寄ると、私を抱き上げ、飛んだ。


「んにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!!!!!!!!!!!」


「お前、本当に色気ねーな。キャー位言えないのか」


「だって! 猫さんが! 飛ぶから!」


「そう言ったら俺が空を飛んでるみてーじゃねーか。ちょっと速く木上を走っているだけだから」


「そんな、普通のことじゃないわよ!??」


 大声を出しても尚掻き消される程の騒音を立てながら、猫さんは城に向かって飛ぶ。

 どんどんと、私の育った塔が遠ざかっていく。

 あの人との思い出全てが流されていった様な感覚に、胸の奥がぎゅっと苦しくなった。



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