九
小道の一方は海、もう一方は松林だった。松林の間にたまに舗装されていない細道が通っていた。途中でなぜか山羊が草を食べていた。小道と防潮林の間の雑草の伸びた広場のような場所に、縄につながれた山羊がいた。彼女たちが近づくと短く鳴いて、再び草を食べはじめた。
「なんでこんなところに」
古泉は率直な感想を口にした。
「たしか、この向こう側に小さい牧場があったはず」
天水は松林の方を見て言った。古泉は山羊の頭に手を伸ばしたが、山羊は気にすることもなく食事を続けた。その様子を天水が写真に撮った。
「よくさわれるね」
「ヤギだから。これが虎とかだったらちょっとためらう」
「ちょっと?」
ヤギに別れを告げて、まっすぐな小道を進んだ。小道は海とは反対側に曲がるため、二人は一段高い防波堤に沿った道にあがって鳥居を目指した。鳥居はまだ遠く、全然近づいていないように見えたが、距離は少しずつ縮まっていた。
自転車を押しながら歩いて行くと、陸側の様子が変わっていった。木がまばらになり、砂利の多くなった地面には煉瓦でできた歩道がある。そのあたりから人の姿を見かけるようになった。
この神社は海中に沈んだ岩を祀っている、と案内板に書いてあった。人が多かったので早々に引き返した。
時間があったら行きたいと思っていた場所があった。そこは名前は知っているが天水も行ったことがないそうだ。鳥居のそばに周辺の観光図があり、行き方はすぐにわかった。自転車に乗って五分もしないうちに着いた。ガラガラの駐車場の隅に自転車を停めて、遊歩道を歩いた。
少し急な階段だったが、あまり長くなかった。歩いているときほとんど会話はなかった。ここまで自転車で来て、天水も疲れたようだった。会話がないことが窮屈だとは思わなかった。
階段が終わるとなだらかな山道となった。木々の間を抜けると、ひらけた場所に出た。正面には海が見える。日は見えないが、海と空の色で沈もうとしているのがわかった。
天水には写真部に入らない理由があるはずだ。そう思って、古泉は今まで誘わなかった。言って、断られたら今の関係が変わってしまうような気がして、言えなかった。
振り向いて、天水を見た。海から吹く風を背中に感じた。
伝えようと思った。天水に写真部に入ってほしいと。答えがどちらだとしても友達でいつづけることに変わりはない。そう決めたら、自分の気持ちを言わないでいるのが嫌だった。
「天水」
天水は海を見ていた目を古泉に向けた。
「私は、天水に写真部に入ってほしい」
目が合った。天水は意外そうな表情だったが、ゆっくりと顔をほころばせて、
「うん」
と短くこたえた。
翌週の火曜日、写真部の部室の前で佇んでいる人がいた。
「用があるなら、どうぞ、入って」
見知らぬ人が部室の前にたので、瑳内が声をかけて一緒に部室に入った。その人の手には入部届があり、氏名の欄に「天水志穂」と書かれていた。