五
週明け、講義が始まった。月曜日の午後に必修の英語があるため、教室に向かった。高校の時よりも少し狭い教室で、学生は二十人くらいだった。その中にいる名雲と目が合って、手招きされたので古泉は隣に座った。
「おいっす」
手招きしていた右手を顔の横にあげて名雲が言った。
「こんにちは」
「もうサークル決めた?」
「うん。写真部にする」
「そっか。私は天文同好会にしたよ」
「もう入った?」
「ううん、さっきメールが来た」
そう言って名雲は机の上に置いてあるスマートホンを操作し、画面を古泉に見せた。メールには日付と時間が書かれていて、入部希望者はその時間に部室に来てください、という内容だった。
「まだ先だ」
日付を見て古泉は言った。
「うん。それまではヒマだ」
スマートホンを鞄にしまって、代わりに学生手帳を取りだした。講義の時間割をメモするページを開いて、
「講義は何とったの?」
古泉も学生手帳を鞄から出して名雲に渡した。学科が同じなので必修科目は一緒で、一般教養はいくつかかぶっていた。専門資格をとるための科目は別だった。
「そういえば、講義によっては席が決められているのもあるんだって」
名雲がそう言ったとき先生が来て、会話は途切れた。最初に講義の説明があり、隣の人と交互に英語で自己紹介をした。二人とも難しい英語は使えないので、内容は簡単だった。名雲は県庁のある市の出身で、趣味は天体観測と映画鑑賞だそうだ。
一回目の講義だからか、予定時間よりも早く終わった。携帯電話を見ると、知らないアドレスからメールが届いていた。
『件名 写真部入部希望の方へ
入部希望の方、または入部を検討している方は
四月十九日 火曜日 午後四時~七時の間に
文化部棟二階一番奥
写真部部室に来るべし。
写真部部長 瑳内耀 』
「べし、って」
メールを見て、古泉は思わずつぶやいてしまった。果たし状みたいな文章だと思った
「どーしたの?」
古泉のつぶやきに名雲が興味を持ったようだった。名雲にメールを見せた。
「部長さんの名前、なんて読むんだろう」
「確かに、初めて見る名字だ。『さない』かな」
古泉は行くことに決めていた。天水にこのことを教えるべきだろうか。
水曜日、講義に余裕を持って間に合うように家を出た。大学までの二十分程度の道を、歩道の脇に生えている葉桜を眺めながらゆっくり進んだ。自転車で走っても寒さは感じなかった。
学生手帳にメモした数字を確認してから教室に入った。講義までまだ時間があるが、教室にはすでに十人程度の人がいた。それでも二百人くらい入れる教室なのでガラガラに見えた。
すでに座っている人から離れた席に座ろうとしていたら、前から三分の一くらいの窓側に天水の後姿を見つけた。横に立って挨拶をすると、
「おはよう」
と言って隣の椅子の背もたれを軽くたたいた。古泉はそこに座った。
「早いね」
天水は読んでいた本を閉じてそう言った。
「空いてる時間に来たかったから」
「歩道は混んでたでしょ」
「そうでもない」
「私が来たときは高校生が多かったから、自転車押して坂を上ったよ」
天水の方を向くと、窓の外が目に入った。若葉色の葉を茂らせた銀杏がすぐ近くに並んでいる。その向こうに図書館がある。床に固定された長机に置かれた天水の本は、ブックカバーで覆われていて何の本かわからなかった。
「古泉は、何か、サークルとか入るの?」
鞄から教科書とルーズリーフを出しながら言った。
一緒に写真部に入らないかと誘おうか、そう思ったが、やめた。デジタル一眼レフカメラを持っているくらいだから、天水は写真が好きなのだろう。それでも写真部に入ろうとしないのは何か理由があるのではないか、と思った。
「うん。写真部に入る予定」
部活の話をするとき、天水はどこかよそよそしかった。その理由を知らずに誘うことはできない。友達になったのだから、話してくれるのを待とうと思った。急ぐ必要はない。
「まだ入ってないの?」
「来週、部室に行く」
古泉は大学では写真部に入ろうと思っていた。しかし、写真を撮るのは一人でもできるし、撮ることは孤独なものだと考えている。ならば、なぜ写真部に入ろうと思ったのだろうか。部活動紹介で見た彼岸花の写真と、それを囲む写真が頭に浮かんだ。
天水と話ながらそんなことを考えていると、横から声をかけられた。
「おはよう古泉。そしてねむい」
名雲が目をこすりながら言った。
「おはよう。寝れば」
二人はそれぞれ窓側に席をずらして、空いた所に名雲が座った。体を横に向けて、
「名雲です。お噂はかねがね伺っています」
「天水です。ご高名は承っております」
古泉を挟んで、二人は握手を交わした。これが大学レベルの初対面の挨拶か、と古泉は思った。