6・お月様
『ナンたちは他の異なる世界を知りませんわ。
ですからお母さまがおっしゃる世界とここが、異なっているのか同じのか、よく…分からないのですわ』
そりゃそうだ。
わたしの知らないことを色々知っているので、ついがんがん聞いてしまったけど、そりゃそうだよね。
しゅーんと小さくなってしまったナンさんをなでなでして(すべすべっすよ姐さん)とりあえず簡易かまどを作る。
かまどと言っても石を積み上げただけの本当に簡単なものだ。
壁にあいたでっかい穴の前に作ってみた。
扉の前から集めてきた大小様々な枝をスタンバイ。
「さ、ナンさん、いっちゃってください」
『はい、お母さま』
ぽっと吐き出された火は、見事に放り込まれた小枝に引火。
火の勢いが強まったあたりで中くらいの枝を放り込む。
「いやー助かるわー。
サバイバル生活の中で、なんといっても重要なのは火だからねー」
火をつける道具もガスも持ってるけど、まさかタダで無尽蔵に出現する燃料を使えるようになろうとは。
「ありがたやありがたや」
『お母さま、お礼を申し上げるのはナンたちの方ですわ。
お母さまが見つけてくださったから、ナンたちは生まれてくることができたのですから』
「?……それどういうこと?」
『あれ、母ちゃん、なんだそれ??』
「あ、これ?」
わたしがとり出した袋を見てサイ君が前のめりになった。
「こっちがカレーでこっちが白いご飯だよー。
サイ君たち、ごはんは食べるの?」
『おいらのごはんは風だよ。
でも人間の食べ物も食べられるよ』
ううむ、もう本当になんでもありですな。
「じゃ、ぜひこれも食べてみてよ。
今日は色々助けてもらったから、お礼だよ。
今用意できる精いっぱいのごちそうがこんなので悪いけど」
* * *
『うめええええええ』
結論からいうとカレーライスは大好評だった。
そうだろうそうだろう、山で食べるカレーは最高だろう。
カレーはわたしの登山装備の最重要項目なのだ、カレーは正義だ。
「いやーキャンプはやっぱり楽しいねえ。
わたしはいつもソロで登ってるから新鮮だよ」
おやつに羊羹をもぐもぐ食べながら緑茶をすすり、わたしはご満悦だった。
なんたる贅沢。
「トウ君が出してくれた水がおいしいから、緑茶がかつて飲んだことがないほど壮絶に美味だよ」
『それはよかった。
私の水を褒めてくださって、本当にうれしいです、母上』
いい子だ、この子めっさいい子だ。
(―――なにはともあれ火と水が確保できて本当に良かった。
あとは食糧だな、持ってる食料は節約してもせいぜい10日間もつかどうかだし…
明日は周りを探索してみなくちゃ)
それでも本当にありがたい。
この子たちに会えたのは僥倖というものだろう。
ひとりだったらいくらなんでも、こんなにまったりしていられなかったはずだ。
そんなことを思っていると、なにやらじーんと感動してきた。
「ささ、あなたたち、この柿の種もお食べ。
ん?動物が柿の種とか食べて大丈夫?」
『おいしいの、母様ー』
『うめええええええ』
「よかったよかった」
* * *
お茶を飲みながら、4匹と少し話をした。
彼らは申し訳なさそうな顔をした。
『母上、私たちはまだ生まれたばかりなので、人間たちのこととなると分かることはほとんどないのです』
どんな国があってどんな歴史を歩み、どんな人々がどのような生活を営んでいるのか。
そういったものは皆目見当がつかないとのことだった。
『でもここの土が肥沃だってことはホクにも分かるの。
山一つ越えた北の向こう側には火山があるのー』
『この湖から海に流れてる川には温泉がわき出ている場所もあるようですよ、母上』
「温泉ですと!?」
それは行かねば!行かねばなるまい!
『海まで行く途中には、母ちゃん以外の人間はいないみたいだ』
「まさか無人島……?」
『火山よりも北側はなんだかよく分からない…
もしかしたら北側には何かあるかもしれないよ、母ちゃん』
「行ってみないと分からないってこと?」
『うん』
「そっか…じゃあ明日はこの城塞を調べてみて、湖の周りを回ってみたいと思う。
その後一度、北側まで連れて行ってくれるかな?
空から見てみたい」
『もちろんです、母上』
「あと今って季節、いつなんだろう?
少し寒いから春…秋かな?」
『春ですわ、お母さま』
「あとさ」
この質問は少しためらった。
でもやっぱり聞いておくことにした。
「なんであなたたちは、私にこんなに良くしてくれるの?
なんで会ったばかりなのに、こんなに仲良くしてくれるの?」
『それはもちろん母上だからです』
『ナンたちは、ずっとお母さまが起こしてくださるのを待っていたのですわ』
『母ちゃんが名前を付けてくれたから、おいらたちは今こうしていられるんだからな』
『だからホクたちが母様を大好きなのは当たり前なのー
母様がよろこんでくれたら嬉しいから、たくさん助けるのー』
うむ。
そう言うだろうと思ったよ。
分かってて聞いてしまった私が悪い。
そして聞き方も悪い。
それでも4匹たちが心の底から純粋無垢にそう言ってくれるのはよく分かる。
動物が信頼した人間に対して向けてくれる、あのひたむきな愛情。
びしばし伝わってくるので、私もあれこれ考える間もなく4匹を信頼するのだ。
なんかもう、それでいい気がした。
(と、いうわけでの声の人、だからここに飛ばしてくれたのかなー
偶然なのかなー4匹と転移早々会えたのって)
* * *
食事のあと片づけをすませた後、どうしても私は誘惑に打ち勝てず、温泉へ連れて行ってもらうことにした。
温泉は城塞からそんなに遠く離れていなかった。
反対側の岸辺近くにあった。便利だ。
手を入れてみると、ちょうどいい温度。
石で囲ってお湯をキープする作業は4匹に手伝ってもらって瞬く間に完了。
最高。あなたたちマジ最高。
ついでに4匹もいっしょに入ってビバノンノンと温泉を楽しんだ。
いいのかなー不条理にどことも分からぬ場所に転移させられて、こんなに和んじゃって。
そう思いながら上を見上げた。
正直に言うと。
この時までここは北海道辺りなんじゃないかとか、ヨーロッパのどこかなんじゃないかとか。
ひょっとしてもしかするとタイムスリップしてきたんじゃないかとか、まだ頭のどこかで往生際悪く考えていた。
でも真上には。
小さな青い月が。
3つ。
やっぱり異世界でした。
(地球ですらねええええええええ)