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25・覚悟

*        *        *


こわかったこわかったこわかったこわかったこわかったこわかったこわかった!


(勢いでなんとかなったくさいけど!

何考えてんだわたし、普通死ぬよ熊はない、熊はないよ熊は!

怖いよおおおおお今になって震えがあああああ


サイくーん!)


その時のわたしは外から見れば呆然と立ちつくしているように見えただろうが、内面ではただひたすらパニくっていた。

いやだってマジで怖かったのだ。

わたしだって実際に生きた動物を斬ったのは初めてだったのである。

平気そうに見えたかもしらんがマジで怖かった、熊はないよ熊は!



『母ちゃん、母ちゃん、大丈夫か』


(こここここ怖かった怖かった)


『怖かったのか?ごめんな母ちゃん、なんかものすごく平気そうだったから大丈夫かと思ったけどオイラがぶっ倒せばよかったな?』


(飛び降りて刀振り回してる間は大丈夫くさく振舞えてたんだけど実は怖かったみたいだよ、恐かった、マジ怖かったよサイくーん……って、おや?)


『う?』


(……わたし声出してないよ?なんで会話成立してんの?)


『やだなあ、母ちゃん、できるに決まってんじゃん。

最初っからオイラたち声出してなかったけど、母ちゃんはちゃんとオイラたちが何言ってるか分かってたじゃん』


今更なに言ってるの?とばかりに白馬のサイくんが首をかしげた。

わたしはその事実に衝撃を受け、半歩よろめいた。


(そ、そーいえばナンさんが思念だとか念話だとか言ってた……

え、それって私の方も考えるだけで会話ができるってことだったの!?

テレパシー!?念話ってテレパシー!?

私たちって今までずっとテレパシーしてたの!?

声に出さなくても通じるのはサイくんたちだけだと思ってたよ!?


というか今までの私の恥ずかしい思考全てがタダもれだったということじゃないかッッなにその羞恥プレイィッッ)


『???????

母ちゃん、母ちゃん、そんなことないぜ、オイラたちだって母ちゃんの考えること全部はさすがに分かんないぜ。

今みたいに頭の中でオイラたちの名前を出してくれたりとか、はっきり母ちゃんがオイラたちに向かって考えたりとかしないと通じないよ。

後は例えば母ちゃんがものすっごく強く心で何か思ったり感じたりした時とか?』


(強く?例えばトイレとか?トイレとか?トイレとか?)


『あー、うん、トイレは聞こえ』


(ぎゃああああああああああX&!Q`@-¥|D$<*G!!!!!)


『そんなに恥ずかしがんなくったっていいんだぜ。

分かったのはなんか母ちゃんがすっごく感動してるみたいだってことだったし。

母ちゃんが感動するのはオイラたちだって嬉しいんだぜい』


(君は……


…………いい子だねえ……………)


私はよよ、と感動以外のものも多分に含まれた涙を心の中で滂沱のごとく流しながら、すぐ側までやってきていたサイくんのたてがみをもふもふした。


うん、立ち直れる。

大丈夫、だっていい子たちなんだもの、この子達。

だから多少恥ずかしくったって、人として何かを失ったような感じがしたって生きていけるさ、ふふふふ。


(それにしてもなーんで今まで気づかなかったのかなあ、確かに念話ってテレパシーってことだもんなあ。

まず第一にあまりにもナチュラルに会話成立してたからぜーんぜん気にならなかったんだよ。

声出して会話しちゃ拙い自体にも陥ってなかったし…

なんだかテレパシーの定義がゲシュタルト崩壊してしまったよ…)


『時々だけど今みたく声出さないで話してた時もあったぜ?

母ちゃん、知ってるんだと思ってたよ』


(そうなの!!?

そうなの……ふふふ…ははは……は、は…は…)


『母ちゃん、母ちゃん、ところで後ろの二人はどうすんの』


(は!!?)


そうだった、そもそも熊の前に人がいたから飛び出したのだった。

早急に安全確認をせねば。

どんな人だろう?と思いつつ離れた場所にいる人影を確認してみて私は再度衝撃を受けた。


(こ、子供……!?)


しかも二人。

まだちっっちゃい。

超ちっちゃい。

小学校低学年、幼稚園児にしか見えない。

こんな森の奥深く、クマと同じくありえない話である。


(そ、遭難……!

ほ、保護!すぐに保護しなくては!

あ、言葉。言葉は通じるか?)


『話しかけてみたら、母ちゃん。

たぶんオイラたちの声はこいつらに聞こえないと思うんだ』


(そ、そうなの。そうだね)


私はギクシャクと二人に近づいていった。

あやしい、わたし怪しすぎる。なにしろイノシシのコートに小太刀ときたもんだ。

日本だったら即効で変質者として警察に通報されること確実だろう。

たとえ遭難中であっても私だったら出くわしたら絶対に逃亡をまず第一に考える状況だ。


てな感じでびくびくしながら


「大丈夫?」


と話しかけてみた。

子供のうちの一人、おそらく明るい茶色の髪をした女の子の方が年長なのだろう。

その子がぽかーんとした顔で私を見ている。


(ひいッッ

ど、どうしよう、やっぱ怪しいんだッ

言葉も通じてないッ)


『か、母ちゃん、落ち着け。

もう一回話しかけてみるんだ!』


(そ、そう?そうだね?)


「言葉、分からないのかな?」


神様ああ、お願いです、通じてください、別世界に来て言葉も通じず変質者決定なんてあんまりです、神様ああ、などと叫ぶように祈っていると


「あ、だ、だいじょぶ、です」


という頼もしいお言葉を頂けた。


(ええ~ん、よかった~よかったよ~

変質者じゃなくて保護しようとしてるって説明できるよ~)


『よかったな~母ちゃん~』


なぜテレパシーを介していない人たちと普通に会話できるんだ、という大きな疑念は後回しにして私はさらに声をかけた。


「よかった、言葉、通じるんだね。

私の名前は八神遥」


「え………!?」


(え?なに?この反応?

日本語名が聞き取りにくいのかな?

どう見ても欧米人だしな、この子)


「ヤガミハルカ。分かる?」


「ミィハさま……!

ミィハさま。ありがとうございます。

助けて頂いて、ほんとうにありがとうございます」


「え?は?いや?

なんでミィハ?様?じゃなくてヤガミ……」


「ミィハ様!」


猛烈な勢いで私を拝み始めた女の子をなんとか起こし、とりあえずあまりにも寒そうなので(リネンのチュニックに薄いウールの上着一枚!木の靴!他は弓と皮袋しかない!)私の着ていたイノシシのポンチョを羽織らせる。

もう一人のとび色の髪をした男の子にはイノシシのコートを着せる。


(男の子の方は熱があるな……脱水症状も起こしてる?

今すぐスープだけでも飲ませた方がいいかな。

体も温めなくちゃ…)


「あ、あたしはミア……

弟はアトルっていいます。

あ、あの、アトルが……弟が、全然動けなくなっちゃって……」


「そう」


(やっぱりそうした方がよさそう。

トウくーん)


『はい、母上』


すぐにトウ君がザックをくわえてやって来た。

急ぎテントを取り出し、前にも増してぽかーんとしている女の子をよそに設置する。


(うう、怪しい。わたし怪しいよ。

この子達から見るとわたしって怪しい魔女かなにかに見えるんじゃないかな。

異端審問とかにかけられたらどうしよう)


『母上、どうもそんなに怪しい人だと思われてないんじゃないですか?

この子たちの表情から見ますと……』


(でもぽかーんとしてるし、見慣れない何かを見てるふうではあるよね?

さっきのミィハ様呼びといい、拝みっぷりといい、人外だと思われてるんじゃ)


『やっぱり保護、やめますか?』


(それはない)


山女のはしくれとして、それだけはない。

山では相身互い、お互い様なのだ。


もうどう思われてもいいやい、と開き直ってガスカートリッジとガスバーナー、コッヘルを取り出しお湯を沸かす。

目をまーんまるにしている女の子の手足をそこに浸し、ゆっくりと温めていく。

同時進行で男の子の手足も温めていく。


(よかった、二人ともまだ凍傷しかけてる所でおさまってた)


ほっとして真っ黒になったお湯を捨て、洗ったコッヘルでさらにお湯を沸かし、コーンスープの元を入れる。

ほい、と差し出すと女の子はしゃっくりのような声を上げた。

今までも相当驚いていたようだったが、今ではもう眼がこぼれて落ちそうなほどである。


「あああ、そ、そんなに慌てて飲んだらやけどしちゃうよ?」


「だ、だいじょうぶ、れす」


それはもうすごい勢いでコーンスープを一気飲みである。

悪いことをした、次の一杯はもう少しぬるめにしよう。


男の子はぐったりしていたのでスプーンで一口ずつ飲ませてあげることにした。

よかった、ちゃんと飲んでいる。

熱はあるが呼吸は安定しているし、意識もしっかりしているようだ。


もう少し飲ませてもよさそう、と思いややぬるめのコーンスープを作って差し出す。


「……おいしいよ……姉ちゃん……」


例のしゃっくりのような声がまた聞こえた。

女の子を見るとぽろぽろと涙をこぼしている。


「………………」


私はやや言葉を失って二人を見つめた。


思い起こされるのは初めて猫を拾ってきたとき。

まだ両親は健在だったときのことだ。


(覚悟を決めたほうがいいかもしれない)


猫を拾ったとき、はじめは両親共に反対した。

面倒をみるから、勉強をがんばるから。

いつにも増して頑固に主張する私についに根負けした両親が言った言葉があった。


覚悟を決めてやりなさい。


おもちゃではない、生きている動物が相手だ。

そしてその拾った猫は幼く、病気でこれ以上にないほど衰弱していた。

飼い始めて思ったのはこんなに大変なんだ、ということ。

拾って終わりではないのだ。

結局、子供だった私ひとりで世話ができるはずもなく時間もお金も手間も親に出させてしまった。

2年後に猫は眠るように息を引き取った。

親はこの猫は幸せだった、お前はよくやった、と言ってはくれたが。


(今度は猫じゃない、人間だ)


しかもどことも分からない世界。

様子から見てやはり中世ヨーロッパ、おそらく貧困の中にある。

もしかしたら家族、属する村や集落が存在するだろう。


熱が下がって村の近くまで送ってあげて、はいお別れ。

そこまでやれば十分なのかもしれない。

でも果たしてそれで終われるだろうか?


(―――――決めた)


もう手を出してしまった。

ここで放り出して途中でやめる選択肢が私の中にないのならば、どうなろうと最後まで。


『母ちゃん?』


(サイ君、トウ君、この子達を暖めてあげたいからアニマル布団頼めるかなあ?

寝袋だけだと心もとないんで。

中型犬とかに変わってきてくれる?)


『おう、いいぜーい』


『はい、母上』


「お、おおかみ……!」


(なぜに狼!?)


狼と化してもそもそとテントに入ってきたサイ君とトウ君に、かわいそうに二人は震え上がってしまったが、そこはさすがにアニマル布団。

その魅惑のもふもふっぷりにあっという間に陥落してしまった。

すっかりほっこりとして早くもうとうとし始めている。


「ミアちゃん」


「は、はい」


「アトルくんはとても弱ってて熱もあるみたいだし、私の住んでる家に連れて行った方がいいと思うんだけど、どうかな?」


「……………!

い、いいんですか?」


「ミアちゃんがそれでいいと思うんだったら」


「あ、ありがとうございます!

お願いします!」


(城塞だったらエキナセアのハーブがあるし。

栄養のあるものが他にもあるもんね)


それに。


(しらみいいいいいいい!

仕方がないけどこの子達の頭しらみだらけなんだよおおおおお!

重曹と椿油で駆除してやる!

すきブラシ作ってやるうううう!


……ていうかサイ君とトウ君、ぜんぜん平気そうだね?

しらみとかうつんないの?)


『おいらたち、ホントは風とか水だし』


『しらみも風や水にはうつれないんじゃないですかね?』


(ほーそういうもんですか)


原理は分からないけど、まいっか。


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