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24・ある姉弟の福音

 *   *   *


あたしの名前はミア。

今年で12才になった。

そうおじいちゃんが教えてくれた。


あたしはこの村の子どもの中で、一番年上なんだって。

前の年のいくさで村のほとんどの大人の男の人たちはいなくなってしまった。

あたしのお父ちゃんも帰ってこなかった。

帰ってきたのはほんの少しの人たちで、その人たちも足や手や、どこかをケガをしてしまっていた。


そのぶん、あたしのおじいちゃんやお母ちゃんがたくさん働かなければいけない。

おじいちゃんはこの村の村長だ。

おじいちゃんはすごい。

村で字を読めるのも、数をかぞえられるのもおじいちゃんだけだ。

でもおじいちゃんも片足をひきずっている。いつも元気がない。

お母ちゃんはもっと元気がなくて、とうとう起き上がれなくなってしまった。

おじいちゃんもお母ちゃんも、あたしたちに食べ物を渡して自分たちはあまり食べていない。

お母ちゃんの顔が、この前動かなくなってしまったおばちゃんと同じ顔をしていて、あたしはぞっとした。


今年も前の年も、ムギはほんの少ししか取れなかった。

村にはもう、ほとんど食べ物がない。

思い切って羊を食べてしまったばかりだし、残りの羊と牛は村のこれからのために絶対にとっておかなくてはいけない。

隣の村の教会にも、もう助けてもらえないとおじいちゃんは言っていた。

隣の村だってたくさん食べ物があるわけじゃないから。


あたしは森に行くことにした。

お父ちゃんの弓を持って、こっそりでかける。

本当は森に入るには何日も前からご領主さまにお願いしておかないといけない。

狩りも14才から上の男の子しか連れていってもらえない。


だからだれにも言わないで北の森に入った。

少しだけ、羊のほし肉と水を持っていった。


でも森に入ってしばらくして、後ろを見てびっくりした。

弟のアトルが着いてきていたのだ。


「バカアトル!すぐに村にかえんな!」


「ミア姉ちゃん、狩りにいくんだろ?

狩りは男しか行っちゃいけないし、姉ちゃんだってまだ12才だよ。

オイラもいっしょに行くよ」


「あんたなんか弓もひけないし、まだ8才になったばかりじゃないの」


「オイラもじいちゃんと母ちゃんに食べ物を持って帰りたい」


それから何度も帰そうとしたけれど、弟はどうしても言うことを聞かなかった。

しかたがないので二人で森に行くことにした。

二人なら、一人よりたくさんの動物を見つけられるかと思ったから。


でもどうしてだろう?

うさぎもきつねも、りすも、一匹も見つけられなかった。

一度だけ鳥を見つけて矢を放ったけど、ぜんぜん当たらなかった。


雪がふってきて、どっちが村かも分からなくなってしまった。

ほし肉も水もなくなってしまった。


「姉ちゃん、寒いよう」


「姉ちゃんがさすってあげるからがまんしな。

もうすぐ動物が見つかるから」


あたしは泣きそうになりながら弟に言った。

狼にあったらどうしよう?

狼にあう前に村に戻るつもりだったのに。


「もう、動けない……」


「アトル、だめだよ。

起きなきゃだめだよ、アトル」


アトルがうずくまって動かなくなった。

なんとか背中におぶって、前に進む。

でも寒いし、重いし、ほとんど動けない。

あたしは何度も転んだ。

おなか、すいた……

さむいよ……


「……アトル?……」


アトルが全然しゃべらなくなった。

どうしよう。

このままじゃアトルも死んじゃう。

なんとかしなくちゃ。

はやく、なんとか……


雪から身を守ろうとして、大きな木のかげに入ろうとした時だった。


「ひっ……」


熊だ。

大きな熊がいた。

冬の終わりには、はやく冬眠からさめる熊もいるから気をつけるんだよ、ってお父ちゃんが言ってた。

冬眠前と後の熊には気をつけないといけないよ。――――


あわてちゃだめだ。

静かに後ずさって、はなれなくちゃ。

でも足ががくがくふるえて動かない。

ぼろぼろ涙がこぼれた。


「……………あ!!」


雪ですべって倒れてしまった。

どうしよう、熊がこっちにくる。

目がぎらぎらしてる。

あたしたちと同じ、おなかがすいて死にそうな顔をしてる……


あたしは必死でアトルにおおいかぶさって、抱きしめた。

もうアトルを抱きおこす力も残ってない。


おじいちゃん、お父ちゃん、お母ちゃん。


「助けて」


あたしは泣きながら声をあげた。


「助けて!

助けて!誰か!誰か――――――」


熊があたしたちに覆いかぶさろうとしてきた。

だめだ!もう―――――――


ぎゅっと目を閉じる。


「……………」


でも、熊はあたしたちに向かってこなかった。

不思議に思って顔をあげると、熊は唸り声をあげながら、あたしたちとは別の方向に向こうとしてるところだった。

熊が向いている方を見て、あたしはびっくりした。

はじめ、つむじ風が雪のかたまりを運んできたのかと思った。

でもそれは風じゃなかったんだ。


まっしろな馬。

見たこともないほどまっしろでキレイな馬。

それに誰かが乗ってる。

まっしろな馬と、その誰かが、熊の体を貫くように走り抜けた。

本当に矢が熊を貫いたように見えた。


「――――――!」


熊の頭のまわりから、たくさんの血がふき出した。


ズシン


すごい音をたてて、熊が倒れる。

あたしは何がおこったのか分からないまま、走り抜けていったまっしろな馬と誰かを目で追った。

本当は馬と人に見えただけで、やっぱりつむじ風か何かだったんじゃないかと思いながら。


でもやっぱりそれは馬と人だった。

あたしたちから少し離れたところで馬は引き返して、こっちに向かって来るところだった。

馬にのっていたその誰かが、馬の顔をなでてあげてからあたしたちの方に顔を向けた。


「………あ」


あたしはぽかん、と口をあけてしまった。


黒い髪。

黒い目。


うそ………?

ほんとうに………?


その女の人は見たこともないほどキレイで、黒くてまっすぐな、さらさらの髪をしていた。目の色もとてもキレイな黒い色だった。

肌も雪みたいにまっしろだ。

まるで神父さまのお話で聞いた、女神さまそっくりだ。……


「大丈夫?」


女神さまそっくりな人が、やさしい声であたしに言った。

あたしはぼうっとして、お返事を返すのを忘れてしまった。

すごい。ほんとうに黒い髪に黒い目だ。……


「言葉、分からないのかな」


女神さまそっくりの人が心配そうに言ったので、あたしはあわてて答えた。


「あ、だ、だいじょうぶ、です」


「よかった、言葉、通じるんだね。

私の名前は八神遥」


「え………?」


「ヤガミハルカ。分かる?」


やっぱり。


――――やっぱりこの人は女神さまなんだ。


「ミィハさま……!

ミィハさま。ありがとうございます。

助けて頂いて、ほんとうにありがとうございます」


ミィハさまは地面に顔をすりつけるあたしを起こして、ご自分の着ていた毛皮を着せてくれた。

アトルにも、もう1枚の毛皮を着せてくれた。

あたしはミィハさまの服を見て、またびっくりした。

やっぱり見たこともないほどキレイな赤い色だったからだ。

赤い色の服なんて、ご領主さまだって持っていない。


「あ、あたしはミア……

弟はアトルっていいます。

あ、あの、アトルが……弟が、全然動けなくなっちゃって……」


気が付くと、まっしろな馬と、やっぱりとてもキレイな青毛の馬がもう一頭、あたしたちのすぐそばまで来ていた。

ミィハさまは青毛の馬が咥えている不思議な袋から何か道具を取り出すと、大きな黄色い塊を出した。


――――すごい、魔法だ。

おとぎ話の魔法が、本当に見られるなんて!


ミィハさまが手をかざすと、その塊の真ん中が割れて、中に部屋ができてしまった。

おそるおそる中に入ると、雪も風も防いでくれる、ちゃんとした部屋がそこにできあがっていた。


ミィハさまは中に入るとつるつるとした石を取り出して、あっという間にそこから火を出してしまった。

木もないのに火をおこせるなんて、魔法は本当にすごい。

ミィハさまはその火でお湯をわかして、手と足をつけるように言った。

お湯はやっぱり見たこともないほど透き通っていてキレイで、手と足をつけると最初は痛かったけど、だんだん気持ちがよくなってきた。


ミィハさまはその火でまたお湯をわかして、魔法の粉をさらさらとそれに振りかけた。

するとどうだろう!

お湯が金色になったのだ。

そして今までかいだことのない、おいしそうな匂いが立ちはじめた。

ごくり、とのどが鳴る。

ミィハさまは熱いからゆっくり、と言ってあたしにその金色のスープを差し出した。


あたしは無我夢中でその金色のスープを飲み込んだ。

口の中をやけどしても、ぜんぜん気にならなかった。

スープは甘くて、香ばしくて、本当においしかった。

ずっと前に食べた馬のお肉が今までで一番のごちそうだと思っていたけど、このスープはそれとは比べ物にならないほどおいしかった。


あっと言う間に飲み終わって、はっと気が付くと、ミィハさまが木の棒でスープをすくって、アトルに飲ませてくれているところだった。

あたしはアトルに先に飲ませなきゃいけなかったのに、すっかり忘れてしまっていた。

女神さまの罰を受けなきゃ、と小さくなってうつむいていたら、ミィハさまがもう一杯、あたしに金色のスープを差し出してくれた。


「……おいしいよ……姉ちゃん……」


アトルが小さく笑って、小さくあたしに言った。

あたしはぼろぼろ涙をこぼしていた。


ミィハさまは少しずつ金色のスープをあたしたちに飲ませてくれてから、夜になると、今度は金色のおかゆを食べさせてくれた。

さっきの金色のスープがいちばんのごちそうだと思ったけど、この金色のおかゆはもっとおいしいごちそうだった。


全部食べ終わって、おなかがいっぱい、と思った。

生まれてからはじめてそう思った。


ミィハさまはあたしたちの手と口を、雪みたいにまっしろで、きれいで、不思議な匂いのする濡れた布でふいてくれた。

そしてさらさらとした不思議な布であたしたちをくるんでくれた。

ミィハさまが外に声をかけると、どこから来たのか、大きくてまっしろな狼と、青毛の狼が部屋の中に入ってきた。


「……お、おおかみ……!」


「大丈夫、この子達はかみついたりしないよ」


ミィハさまが言うなら、と思ってがまんしていると、狼たちはあたしたちを温めるように座ってくれた。

ふわふわで、あたたかくて、あたしはとてもいい気持ちになった。


「ミアちゃん」


「は、はい」


「アトルくんはとても弱ってて熱もあるみたいだし、私の住んでる家に連れて行った方がいいと思うんだけど、どうかな?」


「……………!

い、いいんですか?」


「ミアちゃんがそれでいいと思うんだったら」


「あ、ありがとうございます!

お願いします!」



  *   *   *



それからのあたしはびっくりしてばかりだった。

まるでおとぎ話や、神様の世界に迷い込んでしまったような、夢のような出来事ばかりが続いた。

女神さまといっしょにいるんだから、そんなの当たり前なんだけど。


夜が明けると、ミィハさまは夕べの金色のおかゆをもう一度あたしたちに食べさせてくれた。

狼はどこかへ行ってしまって、いつの間にか最初のまっしろな馬と青毛の馬が戻ってきていた。

青毛の馬にあたしとアトルを乗せると、ミィハさまが言った。


「この子は絶対にあなたたちを落とさないからね。

いいって言うまで、しばらく目を閉じててくれる?」


はい、とうなずいて目を閉じる。

するとびゅうっ、とすごい風が吹いてきた。

目を開けたくなったけど、ミィハさまに言われたから一生懸命目を閉じるようにした。

しばらくしてからミィハさまの声がした。


「もう、目をあけていいよ」


目を開けて、あたしとアトルはびっくりした。

本当にびっくりした。


まっしろで、大きくて、信じられないほど立派なお城が目の前に立っていたのだ。

お話で聞く王様のお城だって、きっとこんなにキレイで立派じゃない。


ミィハさまはアトルを抱き上げて、あたしに着いてくるように言った。

おそるおそるお城の中に入ると、中も外と同じくらいキレイで立派だった。

壁はまっしろで、見たこともないほど立派な道具がたくさん並んでいる。

部屋はあたたかくて、とても明るかった。

そして今までかいだこともないような、やさしくて素敵な香りがした。

壁の所々に水の膜みたいに透き通った不思議な場所があって、そこからは外の景色を見ることもできる。

あんまり不思議でその水の膜をのぞきこむようにしていると、ミィハさまが笑って呼びかけた。


「お湯をわかしてあるから、その石鹸で手と足と、顔を洗って。

着替えてまた少しごはんを食べてから、眠るといいよ。

アトルくんは長く休まなくちゃいけないけど、ミアちゃんは目が覚めたら温泉に入った方がいいね」


きいたことのないような言葉があったけど、うなずいてお湯で体を洗った。

渡された不思議なかたまりで体をこすると、とてもいい香りがして、体がどんどんきれいになった。

このかたまりの香りは部屋の香りと同じだった。

アトルはミィハさまがだっこしながら、手足や顔を拭いてくれた。

ちょっとアトルがうらやましかった。


体をふき終わったら、着替えだといって何枚かの服を渡された。

その服に、またあたしはびっくりした。

こんなにさらさらで、さわり心地のいい布があるなんて。


あたしたちが着替えているあいだに、ミィハさまが食べ物の用意をしてくれていた。

まっしろな石をわって金色の玉を出しておかゆに入れると、そこにまた白いかたまりのかけらと、茶色い粉を入れてる。


「卵とヤギのバターと、ハーブだよ」


その金色のおかゆは、前に食べさせてもらったおかゆよりも、もっとおいしかった。

おかゆを食べた後、あたしたちはミィハさまが用意してくれたベッドで二人並んで眠った。

ベッドはさらさらで、信じられないほど温かかった。


 


 *   *   *




アトルはそれからしばらくして、すっかり元気になった。

不思議な温かい川に入れてもらったり、温かくておいしいごちそうを食べさせてもらったりしているうちに、あたしとアトルの手と足にあったあかぎれやしもやけは治りはじめていた。

前は頭もかゆかったけど、今では髪もすっかりふわふわになって、ぜんぜんかゆくなくなった。

とっても幸せで天国にいるみたいだったけど、アトルが元気になる頃にはあたしはだんだん心配になって、いてもたってもいられないような気持ちになってきた。

アトルもあたしの顔をのぞきこんだり、森の向こうを見ることが多くなってきた。


「どうしたの?ミアちゃん、アトルくん」


そんなふうにしていると、ミィハさまがあたしたちに聞いてきた。


「そのうち聞こうと思ってたんだけど……

どうして二人は、二人だけで森に入ってたの?」


神父様にはがんばってがんばって、本当にがんばって倒れた人のところにだけ、女神さまの福音が訪れるんだって聞いてたけど。

今でも十分すぎるほど、ミィハさまには助けてもらったけど――――


あたしはとうとう、ミィハさまの前にひざまずいて、地面に顔をこすりつけた。


「お願いします、ミィハさま。

村を――――あたしたちの村を、助けてください!」


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