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9.誘惑と欲求

ひとしきり悶えた後、気を取り直して探索再開。


炭と化した木片の残骸の下から、ライムギと小麦、大麦を発見した。

ただこちらは燃えてしまったのか持ち去られてしまったのか、本当に少量だ。

片手でつかめる程度である。

それでも貴重な穀物なので、大事にジップロックに保存。

鍋に放り込んで移動する。


次の部屋は完全に木造だった。

やっぱり屋根やら壁やら焼け落ちて穴が開いている。

ベッドだったらしい木片と藁布団だったらしい残骸が床に散らばっていた。

ただ、部屋の隅に比較的形を保っている大きな木の箱を見つけた。

期待しつつ開けてみると、


「おお、リネンだー!」


服が数枚出てきた。

ストンとしたシルエットに、ボタンのないシンプルな服。

いわゆるシュミーズとチュニックというやつである。


「うーん、でも焦げて穴があいてる…

着る気にはなれないなあ」


『母上、一番下のマントとベルトと婦人用の靴下は焦げていないようですよ』


「うん、まあこっちは使えそうだね」


もしガチで中世ヨーロッパなら本当に寒い時はミニ氷河期並みにヤバいはずなので、マントはしっかり確保する。

ベルトと靴下も鍋にぽいっ。

シュミーズ、チュニックも型紙が取れそうなので取っておく。


(でもミニ氷河期かは分からないな。

山奥の春先でこの気候だし、異世界だし、案外大丈夫かもしれない)


それに糸車のこともある。

他の文化水準は低いのに、城塞と糸車はやや時代が先行している。

糸車はヨーロッパ中世前期以降に伝播してきたもののはずだからだ。

要するに中世ヨーロッパに見せかけたゲテモノかもしれない可能性が大なのだ。


(でもまだこれだけじゃ、よく分からないね)


もっと何かないかなーと部屋を見回してみた所、ベッドの残骸の傍に瓶を発見した。


「おおー初の陶器発見!」


「………」


「………」


「………」


「って、まーさーかー」


『は、母上、どうなさったのです?』


「見たくない!見たくなかったよ!

世の中には見ない方がいいってこともあるんだよおおお!」


はい、そうです、尿瓶ですね。

これがここの最高級のトイレなんですね。

ですよねー。………



  *   *   *



テント設営部屋から外へ出て回りこむと、城壁に囲まれた庭があった。


「へー、けっこう広いじゃん。

お、井戸!」


石で囲ってあるだけの井戸があったので(板の蓋は吹っ飛んでいた)のぞきこみつつ石を落としてみたが、返ってきたのはカラカラーンという渇いた音だけだった。

ま、いいです。

わたしにはトウ君という無尽蔵の潤いがあるんですし。


庭ではもう、何かだった残骸しか見つけられなかったので城壁から外へ出てみる。

すると畑っぽい場所が広がっていた。


「あークレソン!ソラマメ!

アスパラガスとカモミールじゃーん!ニンニクもある~!」


狭いし、伸び放題荒れ放題だが、それは確かに畑だった。

しかも全部すぐに収穫できそうな状態である。

わたしは4匹にならって喜びの踊りを踊った。


「わーい食糧問題はこれでほぼ解決した~

園芸もできる~どのみちやるつもりだったけど、これならすぐできる~」


『じゃあカレーを食べられるのもほぼ確実ですわね、お母さま!』


「オウともよ!」


『『わ~い』』


「わーい」


『『わーい』』


「…………」


「…………」


「………ふう」


『母上、これで城塞はほぼ探索し終わりましたね。

次はどうなさいますか?

昨日おっしゃっていたように、湖の周りを見て回りますか?』


「そうだね。

お昼までにはまだ間があるし、見ておきたいね。

――――しかしその前に!」


『はい?』


「ぜひ頼みたいことがあるのだよ!

というか試してみたい誘惑と欲求に抗えないのだよ!

協力を求む!」



  *   *    *




わたしはテントに引き返し、戦利品に変わってザックを装備、小太刀を片手に巨大化したトウ君の背中に飛び乗った。


「よし!

やっちゃってください、トウ君!」


『はい!

行きます、母上!』


『ナンも行きますわ!』


トウ君とナンさんが上空に浮かび上がった時だった。


『おいらも行く!』


『ホクも行くの!』


「いやあなたたち生物学的に空飛べる構造してないでしょ……っておおおおお!?」


サイ君とホクちゃんの背中に翼が生えて、二匹はばっさばっさと私たちの近くにまで飛んできた。

翼の生えたホワイトタイガーと翼の生えた蛇。

シュールである。


「もう本当になんでもありですな……」


『よし、行こうぜ母ちゃん』


『出発するのー』


4匹と空高く舞い上がり、周囲を見渡す。

南と東西は海が見え、北は山の向こうにぼんやり白い平原が広がっていた。

平原の向こうは地平線の他は何も見えない。


「北はあまりにも分からなさすぎるから…

やっぱり海!

海に向かって行っちゃってください!」


『はい、母上』


そうなのだ。

空を飛べる時点で誰もが考えつくであろうことを私もやっぱり考えついたのだ。


空飛んで脱出しちゃえばいいんじゃないのー、と。


大自然に孤立しちゃった場合、まず手段がなくて途方に暮れるパターンが圧倒的だと思うが私にそれは当てはまらない。

なにしろ空飛べる。

しかも無燃料。

問題は陸地がありえないほど遠かった場合、どこまでもどこまでも果てしなく海が続いていた場合だが、それなら途中で引き返せばいい。

脱出さえできれば荷物も後で運べば無問題だ。


(昨日は初日だし日暮れが近かったからね…

城塞に不思議マジックアイテムかなんかないかなーと期待しちゃってたりもしたし。

まあそんなのなかったけど。


どのみち海は一度は探索しなきゃだし、火山の向こうも気になるけど、これで文明圏に脱出できれば御の字だもんね。

文明圏に脱出できたらちゃんとしたトイレがあるといいなー

ああ、トイレ………)


『ぶへっ』


「ぐわっ」


『お、お母さま!?』


突如がくん、と衝撃を受けて危うく私はトウ君の背中から落ちそうになった。

必死でしがみついて、よじ登る。


『母様!

だ、大丈夫なの!?』


『母ちゃん!?』


「うう、大丈夫……

な、なに、どうしたの、トウ君?

何か見つけたの?」


『母上』


トウ君はそのまま中空でじたばたともがいている。

ちょっと見ると先刻までの喜びの踊りのようである。


『こ、これ以上、先に、進めません。

何か見えない壁のようなものがあって』


『あ、ほんとですわ』


ナンさんも何もない中空でじたばたと羽と足を動かしてもがいた。


『ナンもこれ以上先に進めませんわ』


『ホントに壁があるの。

見えないのにどうしてなの?』


『だめだああ、進めないい』


ちなみにその後念のため、もっと上空で、ホクちゃんに至っては海の底までもぐって前に進もうとしたけどだめでした。

他の方角の海でもダメ。

前に進めない。


(一定期間って言ったじゃない)


もしや一生このままかああああ!!?


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