男ですか魔法少女始めました 2.5
ある日突然、魔法少女に変身できるようになったら?
総合すると何だかんだでマイナスの方が多い気がするが、そこには目を閉じてプラスに考えよう。
ポジティブシンキングは人生を楽しむコツである。
ある落語家はこう言っている――『貧乏はするもんじゃありません、味わうものですな』と。
貧乏じゃないが、逆境を些細な幸せに変える事は重要だ。
魔法少女だって同じことだよな。
魔法少女はやるもんじゃなくて、味わうものだ。
さぁ、新たな一歩を踏み出そう!
光太郎は洗面台に立ち、寝ぼけ眼の顔を見た。
普通の顔だ。少なくともそんなに嫌われるような顔ではないよな、と確認した後、消え去りそうな声で囁いた。
「……オープン・オルシズン・パワー」
黒い閃光が走ったかと思うと、鏡の前に立っているのはもはや光太郎ではなく、4人目の魔法少女キューティロータスであった。
彼女は(彼は?)鏡を見ながら思った。
私、可愛い。
……いや、今のは控えめな評価過ぎた。
私、物凄く可愛い。
肘を顔に近づけて、腕を匂いを嗅ぐと、変な笑いが出た。
どうなってるんだコレ。初恋の匂いがするわ。
神は私に何をさせようとしているのだろう?
このドレスのような服の下には、一体何があるのだろう?
ロータスは脱いでみようと服に手を掛けたが、すぐにその手を離した。
「俺としたことが……こんな綺麗な女をただ裸にするなんて野暮だな」
キューティロータスなる存在は美しくあるべきだ。服を脱いだ後、ただ裸にしておくなんて悲しい事だ。代わりの服がなくてはな。
さて、キューティロータスにはどんな服が似合うだろう?
まぁとりあえずバニースーツだ。
なぜかって子供の頃に見たバニースーツを着たヒロインは、それはそれは綺麗だったからな。
「コータロー、一体何をやっている?」
「見て分からないか? 朝食を作っている」
小さなアパートの台所で、目玉焼きを焼くじゅうじゅうとした音がした。
フライ返しを握る白い手は、雪のように美しい。慣れた手つきで目玉焼きを掬って皿に盛りつけると刻んだキャベツをその横に添える。
猫の妖精がもう一度疑問を発した。
「何故、ロータスの格好で料理を作っている? 変身する必要などないではないか」
「ある。俺が作るよりもロータスが作った方が絶対に美味い」
「……いや変わらぬぞ。魔法で料理を出すならともかく、いつもと同じ作り方ではないか」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ、コガ」
キューティロータスはくるりと振り返ると、腕を振るって熱弁した。
「女の子がな、誰かの為に作る料理ってのは美味いもんなんだ。ちょっとした心遣いが凄く伝わってくるんだ。あの感じを何と表現したらいいんだろう?
美味いでも、上手いでも、巧いでも、旨いでもない。それを全部合せたような素敵な味がする……」
「意味がよく分からぬぞ。誰かの為ではなく自分で食べるのだろう? もしや拙の為に作っているのか?」
「いや、お前の分もあるけどさ。なんていうか、とにかくロータスが作った方が美味いの!」
「……コータロー、今だから言うが、拙はしばらく君を観察していた。学び舎での君は素晴らしい。だから君を選んだのだが、こうして一緒に暮らしてみると妙な行動が目立つな」
「学校じゃ先生だが、ここじゃありのままの西島 光太郎、おっと今はロータス、だからな。しかし、それほど変な事はしないって信じて欲しいな」
「勿論信じているとも。但し、拙がこの国の警吏を呼ぶ方法を知っている事を心に銘記して欲しい。『110番』だろう?」
「おっと、そいつはおっかねえな。でも俺だって保健所の電話番号は知ってるんだぞ。お互いの事は尊重しあって行こうじゃないか、相棒」
「その通りであるな、キューティロータス」
「ハッハッハ」
「アッハッハ」
牽制の笑いを終えた魔法少女と妖精は、何事もなかったかのように卓を囲んで朝食をとった。
全く、魔法少女とは味わうものだ。
喋る猫と喧嘩した事のある奴は、そう多くない。
「あー……今日ちょっと帰り遅れる。先にあるもの適当に食べてていいよ」
「お勤めご苦労である」
仕事を終えた光太郎は、いつもとは違う方向へ車を走らせた。
運転しながら、光太郎は考えていた。
何だかんだで……魔法少女はマイナスの方が多いと思う。俺はいいが他の三人は……。
コインパーキングに車を停めた光太郎は、人目の付かない場所までそそくさと移動すると、光太郎という存在は消え、代わりにキューティロータスという存在が現れた。
ロータスが向かった先はサイバーダイン研究所――多くのヒーローたちが後ろ盾とする民間組織――の支部である。
入り口の先には、ロビーと受付窓口があり、ロータスは真っ直ぐ窓口へ向かったが、わずか数秒で、ロビーが少しざわついた。
その建物の中ではコスチュームを着た超人は珍しくないとはいえ、それでもヒラヒラとした格好のロータスは目立つ。
視線が自分に集まるのを感じたロータスは、少し緊張しながら、受付まで歩いていく。
俯き加減で歩きながらロータスは自分に言い聞かせていた。
大丈夫。全然普通だよ、融け込んでる、融け込んでる。少しも変じゃない。変どころか可愛い! 俺可愛い!
窓口の男は緊張しているロータス
「いらっしゃいませ。御用向きはなんですか?」
「あの……私、可愛いですか?」
受付の男は一瞬だけロータスに戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに営業スマイルに戻り、にこやかに答えた。
「……ええ、はい。とても」
よし、違う。でも嬉しい。
「ハハハ、今のは冗談ですが……その、センチュリオンさんに会いたいんです。何とか連絡を取る事は可能でしょうか?」
「うーん、用件は?」
「スーパーパワーに関する事で相談があるんです、日時は先方の都合のいい時で構いません、お時間頂けないかどうか……」
「会えるかどうかは分かりませんが、伝える事できますよ」
「ありがとうございます、是非お願いします」
「ではお名前と連絡先を」
「キューティロータス。連絡先は……言えません。また来るからその時にお返事を……という事ではダメでしょうか?」
「構いませんよ。可愛い御嬢さんが訪ねてきたと、ボスに伝えておきましょう」
「そんな、可愛いだなんて……もっと言って」