魔法少女の妖精に秘密があるんです 前編
かのアルベルト・アインシュタインは言っている。
熱いストーブの上に手を乗せていれば、一分も一時間に感じられる。
ところが可愛い女の子と一緒に居れば、一時間も一分に感じられると。
楽しい時間が過ぎるのは早い……早すぎる。
始まった時は永遠にも思えた夏休みはたった一か月で終わり、二学期が始まる。
教壇に立った光太郎は、久しぶりに会った生徒たちの顔を確認するように見渡した。
一月前の記憶よりも痩せた者、髪の伸びた者、日に焼けた者、何か浮ついている奴、休みの間勉強をやっていたのか不安な連中
浮ついていたりするような子が一番気になるぜ……これが手間のかかる子ほど可愛いって奴か……と、光太郎は苦笑いを浮かべた
しかし手心を加えても生徒の為にはならない。挨拶もそこそこに光太郎は壇上で宣言した。長期休みが終われば、その次にやる事は一つ。テストだ。
「まず始め言っておく。少し恥を晒すけど、俺はそんなに優等生ではなかったんだ。実際にカンニングはしなかったけれども、皆と同じくらいの年頃の時は、バカな事もいろいろ考えた。
だから皆がバカな事をしても見破れる。シャーペン、消しゴムにカンペを仕込む。大胆にも机や教室のどこかに予めカンペを張るって手もあるな。後は鏡を使って他の回答を見るとか。
おっと、忘れちゃいけないのがテスト中の通し(サイン)だな。足踏みやペンを叩く音を使えば複雑な情報も交換できるもんな? 例えばモールス信号を使うとか。
だがそれは盗聴されていると思え。トンツートンツーツー トンツー ツーツーツーツー トントンツー ツートントントン ツー トンツー トントンツートンツー ツートン トントン(ていこうはむいみだ)。」
「今なんて言ったの!?」
「先生気持ち悪!」
他の生徒たちも思わず心の中でツッコむ。
凄い。凄いけど、バカだこの人。 モールス覚えてる暇があるなら普通に勉強しろよ、と。
「何でもいいだろ。カンニングなんか絶対するな。始め」
思惑はどうあれ、その言葉と共に、配られていたテスト用紙が一斉にめくられた。
戦いが始まる。
悪くない。悪くないぞ。
採点をし終わった答案を配る光太郎の心は無駄に高鳴っていた。
始める前は不安だったけど、皆、意外な程出来ていた。いいぞ。流石、俺の生徒だ。抱きしめたい。
「お、シゲル! お前……」
そう言って光太郎は解答用紙をマジマジと眺めた。
このシゲルという生徒は赤点組の常連で、良く言えば好調時のイチローの打率くらいの点数を取るのだが……今回はどうした事か。
決して良い点数ではない。良くはないが……そんなに悪いって程でもない。
「出来ない出来ないって言って、やれば出来るじゃないか! 次も頑張れよ」
「勉強やんないと試合出さないって監督がな……」
「なんでそんなに残念そうなんだ、お前。元々学校は勉強する所なんだよ! ハグするぞ!」
「いや、なんでよ。いいよ……いいって! マジでいいって! ちょ、やめ、アメリカ人かよ!」
しばらく光太郎は野球部のシゲル君とじゃれていたが、本気で嫌がられたので離してやる。
茶番を眺める生徒の半分は笑っていたが、もう半分は呆れていた。なお二人ほど西島先生×シゲルもアリじゃん、と内心思う女子がいたとか。
「先生! 私も点数上がったぜ」
そう言って親指を立てたのは、椿である。
反射的に「お前、毎日口を酸っぱくして補習してたのに、これで点数下がってたら、流石の西島先生も怒るぞコノヤロウ」と言いそうになったが、その言葉は飲み込んだ。
宿題をやって来たのなら、それに越した事はない。
「なるほど……分かった。椿、そこを動くな」
「!?」
「気付かなくて済まなかったな」
光太郎が両腕を仰ぐように広げ、すっと右足を前に出すと、即座にヤジが飛ぶ。
「それは完全にアウト!」
「遊んでねーで仕事しろ先公!」
「って事が立て続けに起り、いきなり教師の威厳が低下している……」
「完全に自業自得であるな。まぁそもそも君に威厳なぞ元々ないと思うが」
ガリガリとダンボールを掻いて爪を研ぎながら、コガが呆れたように言った。
「面目ない……夏休みの間、空の教室は寂しくてなぁ。生徒が揃ってると学校が楽しゅうて楽しゅうて、ついテンション上がってしまった。だってさ、中学二年生だぜ? 十四歳だぜ?
正直人生が一番楽しい時期。そりゃテンションも上がるって。まぁ俺は小学校も高校も大学も楽しかったけどね! ぶっちゃけ今も」
「君は幸せな奴だなァ……」
「バカモノ、こんな俺ですら人生は辛い事の連続だ。だから楽しめる時は全力で楽しむのが俺の人生論よ」
「……なぁコータロー、先日テレビを見ていてな」
「ん?」
「ペンギンのヒナはな、ある程度育つとクレイシという集団を作るそうだ」
「ふーん」
「クレイシはヒナ達が集団生活を送る空間で、親鳥がエサを取りに行っている間、ヒナ達は身を寄せ合って外敵から身を守るそうな」
「ほほう」
「ただな、クレイシのヒナ達だけでは心許ないので、まだ若輩者の若鳥や、つがいを作れず繁殖に失敗した成鳥の中で、お節介好きの者がクレイシを守るそうだ……君みたいだな」
「おい誰がペンギンだ! 俺は繁殖に失敗してねーよ! 今モテ期来てるし!」
そう言って光太郎はバサッと髪を払う仕草をした。長髪ならば髪がうねるかもしれないが、光太郎は短髪である。
「この私ことキューティロータスが一声かければ、彼氏の一人や二人……」
「拙は止めないがな……彼氏じゃ繁殖できんじゃないか、このうつけが!」
「人が気にしてる事をズケズケと……もういいよ! 敵を全員倒したらメムリアで一角獣騎手やって暮らす! きっとモテモテだ!」
「人生論を打った舌の根も乾かぬ内に、自分の人生から逃げるんじゃない! 教師なら学び舎に行け莫迦!」
「行くよ、可愛い生徒達が待ってるからな! むしろ待ってなくても行く!」
ハァハァと二人は息を切らせた。これで今日の喧嘩は終了である。
「……あー何の話してたっけ?」
「君が余計な事を申したせいで、教師の威厳が下がったという話である」
「ああ、そうそう。バカをやったせいで、椿とばかりベラベラ喋るとあらぬ誤解を受ける雰囲気だ。ま、俺は全然構わないけど椿が少し可哀想だからしばらくの間学校では離れてていた方が無難かな」
「例の秘密基地問題がいよいよ浮上してきた、という訳であるな」
「おう、当てがあるんだろ?」
「うむ。既にメールでツバキ殿たちを呼んである故、これから皆で見に行こうと思う」
「……魔法の国の妖精がテレビやらPCメールて」
「今更ながら便利であるなァ、この世界は。おっと」
コガは机の上に飛び乗ると、カチカチとマウスを動かした。
「ツバキ殿達がそこの公園に着いたそうだぞ。我らも行くぞ!」
「公園が秘密の場所なの?」
「いや、そこは単なる集合場所である。もっと遠い場所よ」
「あんまり遠いと不便じゃねーか?」
「矛盾するようだが、遠くそして近い場所なのだ。さて、ツバキ殿達を待たせては悪い、ホラ行くぞ。変身しろ」
「ん、変身するのか?」
「危険な場所でもあるからな」
「そんな所に行くのかよ」
「なに、君やツバキ殿やアオイ殿、アキコ殿が拙の見込んだ通りなら問題はないであろうよ」
「ど、どんな所なんだ?」
「名前だけ教えておこう。“常盤木の丘”と言う」
コガが集合場所に指定していたのは、以前ロータスとフォールが1on1を競ったバスケットリングのある公園だった。
設置されているリングの高さは一般的な305㎝。だが、身長たった150㎝の女の子がそのリングにダンクシュートを決めた。
ガコンとリングが揺れる。
「ひゅーこの状態なら世界中どこのチームにだって通用するわね。きっと私モテモテ!」
そう言ってふふんと胸を張ったのはキューティカメリアだ。
だが素早くボールを拾ったキューティフォールは、カメリアの言葉に首を傾げつつ、スリーポイントラインの遥か向こう側、誰も居ない場所へとパスを出す。
ボールはコート外まで飛んでいくと思われたが、突然ボールの前にもう一人のフォールが現れ、スリーポイントラインから3mも離れた場所からシュートを決めた。
「でも魔法でズルして勝ってもねえ」
「くっ」
「大体アンタ、日本語すら怪しいのに外国のチームなんてとてもじゃないけど無理」
そう言ったのはキューティサマーだ。パスを受けた彼女は、スリーポイントラインから鳥のように飛ぶと、空中で半回転し、後ろ向きでダンクシュートを決めた。
「くっ、言って見ただけよ! それにしても女の子を待たせるとか、あの人分かってないわ~。かぁ~これはモテないわ~」
「誰がモテないんですか? カメリア?」
「うげっ」
思わずカメリアはカエルの様な声を上げた。
背後にいたのは可憐なる黒蓮、キューティロータスである。
その肩の上にはいつものようにコガが張り付いている。
「さて、全員揃ったようであるな。それではいざ行かん、常盤木の丘へ!」
「ちょっと周りから見られてるんだけど」
サマーがちらりとコートの外を見ながら言った。
少し離れた場所ではチラホラと人が集まりかけている。
「大丈夫よー」
間延びした声でハルイチが答えた。
「例え着いていくって思ってもねー着いてこれないよー」
「左様、安心なされよサマー殿。常盤木の丘はこことは異なる次元にある故」
「異なる次元?」
「正確には狭間であるがな。まぁ実際に行った方が早い。それ」
そう言ってコガが後ろ足で地面をトントンと叩くと、一瞬強い風が吹き荒れた。
風が去った時4人と2体の姿は消え、後にはただ風が舞っていた。




