表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テールズ・オブ・サードアース  作者: ミナミミツル
13/34

ユール・キャロル

 言うまでもなくクリスマスとは重要な祭事だ。

 いや、クリスマスというよりも、この新年との境目の時期は多くの人々にとって重要な祭事だ。

 キリスト教徒のクリスマスだけではなく、クワンザやハヌカといった祭りがあるのは、境には不思議な事が起こるからに他ならない。

 そう言う時に人々は身を寄せ合い、怪異から身を守ろうとしたのだ。



 乙代(くによ)という女は生前から亡霊じみた存在だった

 彼女は忘れられた種々の事柄に属し、人間たちから見れば、存在するはずのない存在、辺獄から迷い込んだ悪魔だった。

 しかし、どれほど彼女が透明な存在であったとしても、これだけは言える。彼女は確かに存在し、死んだ。それだけは確かだ。

 乙代がどのように生き、そして死んだのかを知っているのは、今ではただ一人、タスカーという男だ。

 まずこの男の来歴を話そう。タスカーは秘密結社プロヴィデンスから改造手術を受けてた改造人間だった。しかし折角得た力を発揮する機会がないまま、プロヴィデンスは崩壊してしまった。

 巨大な組織がなくなった後、プロヴィデンスの社員たちは衝撃を受けつつも新たな道を歩み始めた。

 ある者はすっぱりと足を洗い、ただの人間として暮らしている。ある者は復讐とばかりにセンチュリオンやハイペリオンを付け狙っている。

 その他かつての組織の流通ラインや物資を利用して特殊な仕立て屋を始めたり、自らの派閥を率いて新たな結社を作った者もいる。

 しかし、タスカーは何もしなかった。この男は自分勝手で不器用すぎた。

 彼は宙ぶらりんのまま、どこへも属さず、何も始めず、獣のように暮らし始めた……そう、タスカーはまさに解き放たれた獣だった。

 腕力を振るうのは楽しい、欲しい物は奪えばいい、奴の考えはそれだけ。小脳だけしか働いていないような男だった。

 タスカーにはおよそ愛という概念が欠如していて、どれ程の悪事をしても良心が痛む何てことは全くなかった。そもそも良心という物があるのか……。

 この男一人の為に何人の者が犠牲になったのか定かではないが、その数は決して少なくない。

 好き勝手に暴れて、奪って、それでもまだ何かが足りない。満たされないから苛立つ。怒る。

 タスカーは理由のない怒りに苛まれ、自分の運命を呪った。その為に豚に似た顔にはいつも凶悪な相が浮かんでいた。

 暴力を振るっている瞬間だけは荒れ狂うタスカーの心は凪のように静まり、平安を得ることが出来た為、タスカーはまるで嵐のように激しく周囲のものに当たり散らした。

 人を突き飛ばし暴れる事こそ彼の喜びだった。

 だが当然ながら御せない危険な力は反感を買う。気が付いた時には、タスカーはあらゆる物と敵対していた。

 無力な者は彼を避け、彼と戦うだけの力のある者は、全てが敵になっていた。

 ただ一人、乙代を除いては。



 クリスマスイブ。

 街の表通りで聖なる前夜祭が行なわれている時、人里離れた山奥でタスカーは追われていた。

「はっはっ……」

 力の限り走ったタスカーの口から荒々しく白い吐息が漏れる。タスカーは一度止まって後ろを確認した。

 か細い月の明かりは木々の中ではさらに弱々しく、一寸先も見えない。だがタスカーには鋭敏な嗅覚があった。普段であれば、暗闇の中でも敵がどこにいるのか手に取る様に分かる。

 しかし今彼を追っている相手は奇妙な相手だった。

 撒いたのか、まだ付いてきているのか、それさえも分からない。実体のない幻のような相手だった。

「クソ、あの野郎は一体何者だ……」苛立ちながらタスカーが無意識に呟いた瞬間、耳元で返答があった。

(ロウ)だ」

 タスカーが反応する前にロウと名乗る男の一撃が飛ぶ。

 ガツンと頭に痛みが走った。

 その痛みに、タスカーはよろめくように後ずさったが、すぐさま二撃目が飛んできた。距離を考えると素手の間合いではない。

「逃れられるとでも思ったのか?」

 感情のない声でそう告げるロウという男は、何の装飾もないのっぺらぼうの仮面を付けていた。そしてその手に握られていたのは、六尺ほどの長さのメラミックス超合金の棍棒だ。

「ロウの眼を欺くことなど誰にも出来ん」

「……上等だ」

 咆哮と共に、タスカーもまた自身に眠る異形の力を開放した。形容するなら、それは二本足で歩く巨大な猪である。

 剣のような牙をロウに向けて威嚇すると、タスカーは策も何もなく突っ込んだ。もっともタスカーに策など必要ない。体重3トンのタスカーの突進はかすっただけで人体など容易に引き千切れるのだ。


 力任せのタスカーと、ロウの操る棒術はまるで真逆だった。

 暴風雨のようなタスカーの攻撃をかいくぐり、ロウは精密に急所を突いてくる。

 攻撃を空振り、その合間を縫って棍棒が閃く度、タスカーは苦悶の声を上げた。

 一撃、ただ一撃、俺の手が触れれば容易く引き裂けるはずなのに、ロウの体はするりと俺の腕を抜け、逆に俺に攻め立てる。

 なんだ!

 なんだ、こいつは!

 棍棒で打たれながら、タスカーは恐怖に似た感情に襲われていた。

 ロウという男は高い技量とセンスに加え、威嚇にも咆哮にも一歩もたじろがない。この男からは怒りとか恐怖といった感情が感じられない。恐ろしくクールな相手だ。まるで機械。

 大体こいつはどうやって俺を見ている? この暗闇の中では、強化人間の俺でさえ視覚だけでは3mも離れれば何も見えない。ただの人間には、一寸先だって見えるかどうか。

 それなのに、ロウの付けている真っ白い仮面には覗き穴さえない。

 ……あの仮面の中にいるのは一体何だ?

 超能力者? 火星人? 妖怪? 俺と同じ改造人間か? それとも俺の知らない何かか?


 タスカーが正体不明の敵に怯え始めた時、彼の中で怒りが爆発した。

 この俺が、こんなチビに負けるだと!

 断じて認めるわけには行かない。猪獣の怪物は涎をまき散らしながら、怒号を上げ本能に身を任せた。

 それを待っていたとばかりにロウもまた気合一喝。これまでよりも大胆に大股で踏み込むと、猪の急所である目と目の間に棍棒を突き立てた。


 だが同時に、タスカーの腕にも、ロウの体を裂いたぬるりとした感触が走った。

 殺った!

 だが、その瞬間、タスカーの視界がぐにゃりと歪む。ロウの一撃がタスカーの脳を震盪せしめたのだ。

 タスカーの動きが止まったのはほんの一瞬だったが、その間にロウが叩きこんだ棍の数、実に十二度。

「お、お……」

 避難するようにタスカーの巨体が一歩、また一歩と後ずさる。

 最後に喉元に超合金の棍棒を食らった時、たまらずタスカーはまた一歩後ろへ下がろうとしたが、足を置いたところに、あるべき地面はなかった。

 崖。

 暗闇と強敵の気迫に気を取られ、タスカーはその存在に全く気が付かなかった。

 タスカーは今まで9.8m/s^2などという値は聞いた事も扱った事もなかったが、今日そうとは知らず自分の体にこの値を当てはめる羽目になってしまった。

 七十メートルも下の地面に向かって、一直線にタスカーは落ちていく。




「ふん、手酷くやられたわね。相変わらずノロマな男」

 聞き覚えのある声に、タスカーは虚ろな意識のまま目を覚ました。

 落下の衝撃とロウとの戦いのせいで指一本動かせなかったが、何とか目を開ける事だけはできた。

 そうして目に飛び込んできたのは、かつての情婦。もう七年も前に死んだ女。

「乙代……? そんな……お前は死んだ」

「そうよ、女旱のアンタの為に、わざわざ化けてきてやったのさ」

「そんなバカな事があるか」

「天と地の狭間ではねぇ、アンタじゃ到底考えつかない不思議な事が起きるもんなのさ。今日はクリスマスイブだしね。知ってる? 北欧の辺りじゃあ、クリスマスはユールって言って

魔女やお化けなんかが跋扈する日なんだよ。ま、お盆みたいなもんさね。私みたいな幽霊が現れてもそんな不思議じゃないのさ」

「ここは日本だぞ」

 タスカーは口では否定したが、内心では乙代の存在を認めていた。生意気で知ったかぶった口ぶりと言い、灰色の髪に赤縁の眼鏡という出で立ちといい、生前の乙代そのものである。

「まぁ信じなきゃ信じなくてもいいよ。私は失血と脳震盪と高熱が生み出した幻かも知れない。まぁ何だっていいじゃないか」

「……雌犬め、早く地獄に降りて来いと急かしに来たな! 心配しなくてももうすぐそっちへ行く」

「その逆よ、哀れなお前の人生に希望を見せに来たのさ、豚男」

「希望なんざねえ」

「さぁそれはどうかね? まぁそれもどっちでもいいけど。例え希望が無くても、お前はまだやる事があるはずだよ」

「なんだそれは?」

「そう言うと思った。アンタは本当に忘れっぽいね、豚男。昔約束したじゃないか。まぁいい、これからアンタに三つの事を見せる」

 乙代が手を振ると、タスカーは寂しい山奥ではなく、全く別の場所にいた。



 華やかなイルミネーションに彩られた町。道を歩くのは、学生のカップル、プレゼントを買って帰路に付くサラリーマン。ケーキを買い求める親子連れ……。

 そのど真ん中に巨大な猪の怪人は突如現れた。しかし誰もその事に反応しない。それどころかタスカーの存在に気付いてすらいないようだった。

「なんだここは?」

「見覚えはない? よく見て」

 促されるままタスカーが目を凝らすと、町の一角で破裂音して、人々は一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 音がした方に目を向けると、粉砕されたコンクリートの粉塵の中から、見覚えのある男が顔を覗かせた。

 巨大な二本の牙の間から漏れるのは、爆音のような笑い声だ。逃げていく人間たちを見て、その男は満足そうに笑っていた。

 思わずタスカーは叫ぶ。

「あれは俺だ!」

「そうだよ。まぁあんなブ男は二人といないしね。ここは過去の世界さ。この後何が起きるか覚えているかい?」

「確か――」

 タスカーが答えるよりも早く群衆たちがオオッ!という声が上がる。誰もが知る男が、猪の怪人の前に立って構えを取っていた。

 体は鱗の甲冑に包まれて、まるで中世の騎士や武士のよう。曲がった角のある外骨格が兜のように頭を覆い、その隙間から伸びたドレッドヘアーが風を受けて揺れていた。

 男もまたタスカーと同じ異形の改造人間だった。しかし人々は希望を込めて彼の名を叫ぶ。

「やっちまえ、センチュリオン!」


「ボッコボコだねえ」

 過去の幻影を眺めながら、乙代はわざとタスカーに聞こえる様に呟く。

 同じ改造人間とはいえ、両者の戦力差は明らかだった。戦いと呼べたのは最初の15秒ほどだろう。見る見るうちにタスカーは劣勢へと追い込まれていく。

 センチュリオンの拳が、今よりも若い顔つきのタスカーに叩きこまれる度に、現在のタスカーは顔を顰めた。

「強いねー、あいつは。この時にゃもう大分ジジイだったはずだけど」

「……もういい。ムカつくもんを見せるな」

「待って、もうすぐ……ホラ来たよ、私だ!」

 乙代がキャッキャとそう言うと、突如として二人の改造人間の戦いに巨大な狼が割り込んだ。

 狼は不意をついてセンチュリオンに噛みつき、体を大きく振って無敵のヒーローを投げ飛ばす。

 そうして時間を稼ぐと、その狼は傷ついたタスカーに向かって人語を話した。

「立てるか?」

 タスカーが頷くと狼は急き立てる様に言った。

「じゃあ逃げるよ! 急いで!」

 猪の怪人と巨大な雌狼――若き日のタスカーと乙代は、這う這うの体で逃げ出して行った。


 タスカーが見せられたのは戦いばかりではなかった。情事の光景もあった。

 安宿の中で若きタスカーは乙代に尋ねる。

「なぜ俺を助けた?」

「見どころがあると思ったのさ。人間の敵は私の味方だ」

「……お前は何者だ? プロヴィデンスの改造人間か?」

「違う。私の本当の姿は獣の方さ。私はこの国の最後の狼。仲間は全部殺されたよ。鉛玉から逃げている内に、私は人間に化けられるようになった。私は生き残る為に屑どものフリをしなきゃならない」

「妖怪か」

「豚みたいなお前にそう言われたくないねぇ」

「何だと」

「ふふ冗談さ。私はお前のその顔が気に入ったよ。私の顔はまるで人間みたいだけど、お前のは全く人間らしくない。羨ましいよ……」

「褒めてるのか、馬鹿にしてるのか分からんな」

「褒めてるのさ勿論。いつか二人で人間を滅ぼしたいねえ」

 そう言って乙代は眼鏡を外し、タスカーの顔へそっとキスをした。

 この時以来、乙代が眼鏡を外すというのは二人に間で特別な意味を持つ合図となった。

 タスカーは変な所で頑固でプライドが高く、自分からしたいなんて絶対言わなかったし、乙代はそんなタスカーを面白がっていたのでやはり直接「やる」とは口に出さなかった。

 その代わりに無言で編み出された、交わるサイン。

 今にして思えば、人工物を外すというのは乙代にとって象徴的な行為だったのかもな、と年老いたタスカーは思った。


 その後、乙代は走馬灯のように二人で暴れ回った日々の思い出をタスカーに見せた。

 暴れるのに理由はない。タスカーは暴力をふるうのが好きだったし、乙代は人間を憎んでいた。そして必然的に起きるヒーローと呼ばれる連中との戦い。

 負け続きだった。いい所まで追いつめたとしても、いつも尻尾を巻いて逃げだすのは自分達だった。

 敗れた二匹の獣が夜の街を駆けて行く。

 その光景に思わずタスカーは目を背けた。

「これは見たくない」

「いいから見なさい」


 リベリオンに敗れた帰りだった。

 二人とも血まみれ、しかし病院へ行くことはできない。検査なんかされたら改造人間と人狼であると一発でバレる。

 どこか体を休められる場所を探していた折、一発の弾丸が狼を貫いた。

「乙代!」

 タスカーは飛び交う弾丸の盾になり、狼を物陰へと運んだが、その時にはもう手遅れだった。

 血を吐いて倒れる狼は、最後の間際何か言おうとしたが、ゴボゴボと溢れる血に邪魔されて、何も伝える事は出来ず、あっさりと猪の手の中で果てた。

 こうして、二人の不思議な関係は終わりを告げた。


「これのどこが希望だ!」

 タスカーは吐き捨てるように言った。

 負け続きの人生。唯一愛してくれた女さえ殺された。後で知ったが、乙代を殺したのはバーストショットという男だ。しかし、仇はまだ取れていない。

 乙代のしたことは、惨めな人生を振り返っただけだった。

「最初に言ったでしょ。これは過去、希望ってのは未来に属す物よ。だから今見せた事に希望はないよ」

「回りくどい事をするな、何が言いたいかだけ言え!」

「そう焦るなって。次は現在を見ようか」



 ふと気が付くと、タスカーは医療施設の一室に立っていた。

 そこはどうやら手術室であるようで、男が一人手術台の上に寝かせられて、傷の縫合を受けていた。

 男の右肩から左の脇腹にかけて、ざっくりと深い傷が刻まれていた。大量に失血しているようで、血圧を示す機械の数字に医者たちは絶えず気を配っている。

 執刀医たちの会話を聞くと、助かるかどうかは五分五分と言ったところ。

 タスカーはなぜ乙代がこんなものを見せるか分けが分からず、首を傾げた。

「ちょっとこっちに来て」

 乙代はそう言うと、幽霊のように(幽霊だけど)手術室の扉を雲のように突き破って、外へ出た。タスカーもそれに続く。

 手術室の外に無造作に置いてあった荷物を見て、タスカーはハッとした。無貌の仮面に、血の付いたメラミックス超合金の棍棒。

「コイツ、ロウか?」

「ご名答。仮面の中身は幽霊だとでも思った? でも違うの、ミスターロウはただの人間で、アンタに殺されかけた。いい? 少なくとも今日のアンタは負けていないよ、引き分けだった」

「……」

「次よ」


 また周囲の景色は変わり、タスカーと乙代は賑やかな酒場にいた。テーブルにも何人かの客がいたが、乙代はカウンターに座る老人を指差した。

 その老人はバーテンダーと何やら会話してチビチビと酒を呷っていたが、突然酒杯を持つ手がビクンと痙攣したかと思うと、するりとその手から杯が滑り落ちた。

 カシャン、という音がしてグラスは砕け散り、床から酒のツンとした匂いが立ち上る。

「飲み過ぎたか?」バーテンダーは始め冗談っぽくそう言ったが、老人は真顔で「大丈夫だ」と答えた。

 老人はブルブルと震える手をじっと見つめ、もう一度自分に言い聞かせるように「大丈夫」と言った。その時ようやくバーテンダーも何かよくない事が起きている事を悟った。

 砕けたグラスが片づけられると、乙代はタスカーに老人の事を説明しだした。

「あのジジイは人間たちからこう呼ばれている『プロヴィデンスの最高傑作』」

「センチュリオンか!」

「そうよ。私やアンタみたいな二流じゃ逆立ちしたって勝てない不屈のタフガイ――10年前まではね! あのジジイは改造人間だからって無理しすぎた。体はもうガタガタさ」

「本当か?」

「ええ。銀河が消滅するって時にあの男が何をしたと思う? ただ後輩を励まして見送っただけよ、ようは何も出来なかったのさ!」

「……」

「私達やあいつに倒された何人もの怪人の戦いは無駄じゃなかった。少しずつセンチュリオンを削って、ついに抜け殻にしたの。もうあの男は戦えない……」

「俺は負け犬じゃなく、戦いには意味があったと? それがお前の言った希望か?」

「違う。これはまだ現在よ。これから見せるのが希望よ」



 次の瞬間、タスカーは果てしなく続く墓地に立っていた。

 墓はどれも非常に簡素なもので、ただ均一のデザインの墓標が並べてあるだけ、といった光景だ。それらの墓標はひび割れて苔生し、相当な年月の間、風雨に晒されてきた事を示していた。

 ふと目についた墓の一つの銘を読むとそこには『センチュリオン』と書かれている。

 さらによく観察すると、センチュリオンだけではなく無数の名があった。

 ハイペリオンにリベリオン、ミスターロウ、キューティカメリア、バーストショット、サムライガール、マーシャンレッド……。

 ヒーローだけではなく所謂ヴィランや怪人、そして一般人の名前もあった。知っている名前も知らない名前も、無数に存在した。

 墓地は地平線の端から端まで、北に南に東に西に、どこまでも広がっている。生命の気配は何もなく、ただ寂しい風が墓と墓の間を駆け抜けていった。

「これは未来よ」

 乙代が言った。

「私達は勝った。かつて私の種族にやった事を完璧にやり返した。最後の一人に至るまで人間を狩り尽くしてやったわ!」

「嘘つけ。そんな事は出来ねえよ」

「出来る、アンタがその気なら。あとほんの少しで聖と邪の均衡は崩れる。それに例えダメだったとしてもそれが何だって言うの? 今更一度負けるくらい。さぁ人間を滅ぼしに行こう」

 タスカーは長い間沈黙していたが、やがて口を開いてこう言った。

「静かな世界だな。落ち着く」

「でしょ。とりま、さしあたってクリスマスプレゼントには『センチュリオンの墓』だけでいいよ」

「現金な女だ。気軽に言ってくれる」

 二人は視線を交し合うとやがて乙代はにやりと笑い、眼鏡を外した。まるで情事の前のように。

 豚のようなタスカーの唇と乙代の唇がそっと触れ合い、何秒かして乙代は身を引いた。

「今日はここまでよ。続きは出来高次第ね。さぁ立ち上がって」



 タスカーは昨晩戦った山中で目を覚ました。

 全ては夢だったのだろうか?

 だが夢というにはあまりにも現実感がある。タスカーの唇にはまだ乙代のキスの感触が残っていた。

 タスカーは乙代の言葉を反芻した「続きは出来高次第……」

「雌犬め、お前は地獄にいるだろうが。俺にも戦って死ねってか」

 そう言いながらもタスカーはゆっくりと歩きだした。

 ずっと昔、乙代と出会う前のタスカーならそんな言葉など一蹴して好き勝手に過ごしただろう。

 しかしタスカーは知らずの内に乙代に愛という首輪を付けられていた。死んでなお、タスカーは乙代の奴隷なのだ。


 クリスマスを破壊し、愛を証明する為に、タスカーは山を下りて行く。自分は死ぬと理解しながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ