男ですが魔法少女始めました
俺の名前は西島 光太郎。いきなりだが初めに言っておきたい事がある。俺は何というか、誤解を受けやすい立場だからな。
頼むからこれだけは信じてくれ。「俺はロリコンじゃない」
確かに子供は好きな方だよ。だけど性的に興奮するとかそういう意味で好きなわけじゃない。
なのに、世の中には俺が中学校の教師という理由だけでロリコン扱いする連中がいるんだ。困ったもんだな。
自分が聖人君子だというつもりはないが、俺にそういう趣味はない。信じてくれ。痛くもない腹を探られるのはいい気分じゃない。
さて、もう少し踏み込んだ話をしよう。俺がその不愉快な誤解を受ける理由はもう一つある。
誰だって憧れの存在ってのはいるよな? 少なくとも、いつかの時点ではいたと思うんだ。
漫画やアニメの主人公だとか、TVのヒーローだとかさ。孫悟空、ルフィ、ナルト、ブルース・ウェインやピーター・パーカーやルーク・スカイウォーカー、刑事コロンボ、名探偵ホームズ、なんだっていい。
それはフィクションじゃなくて、本当にいる存在かもしれない。大記録を持つスポーツ選手、華やかなアイドルやロックシンガー、偉大な格闘家。
お巡りさんだとか消防士とか自衛官みたいな公務員、あとは成功した政治家や企業家に憧れる人もいるかも知れないな。あ、キリストやブッダのような宗教指導者の名前も当然挙がるだろう。
もっと身近な所でもいい、両親とか兄貴や姉貴が憧れの人だってこともあり得ると思う。
大抵の場合、憧れを持つことはいいことだ。
例えアニメのヒーローが幻だとしても、ヒーローに憧れたらヒーローに近づこうとするもんだ。
TVの中で格好いいお兄さんが「道にごみを捨てるな」と言えば、子供たちだって真似するだろう? それは道徳の道標になる。(悪い点を真似しようとした時は周りが止めればいい。憧れは盲信とは違う)
災害か何かで自衛隊員に助けられた少年が、いつか自衛官になってまた別の人間を助けるっていう事もあるかもしれない。素晴らしい事じゃないか。
自分は孫悟空のように強くなりたいって本気で言っているボクサーがいたとする。彼は笑われるべきか?
俺はそうは思わない。本質的な意味において、これはさっきの自衛官の例と同じだ。
彼は自分の憧れ、自分の信じる高みに近づこうとしているんだ。憧れる対象が架空の存在だからと言って、そう言う人間を笑うべきじゃない。何に憧れるかは自由だ。
俺にも憧れている人がいる。俺の部屋の、PCの壁紙は三人の魔法少女の写真だ。
フリルのついた可愛い服を着ていて……おい、そのしかめっ面を止めろ! 俺の最初の言葉を思い出せ! 別に変な意味じゃない!
彼女たち三人は俺の生徒と大して変わらない年なのに、自分より何倍もデカい敵に向かって行く、そう言う所が凄いなって尊敬しているんだ!
ただ憧れているだけだ! くそ、そんな目で俺を見るな!
それに俺が魔法少女になったのは、自分の意志じゃない!
超能力を持った銀行強盗、全長100mの怪獣や、異星や異次元からの来訪者、未来から歴史を変える為に送られてきた侵略者、たまにそんな連中が現れる以外は今日も日本は平和だった。
日本の警察と自衛隊とヒーロー達と消防と建築屋は優秀だ。とてもよくやってくれている。
光太郎が新聞に目をやると、3人の少女達が一面に大きく写っていた。
それぞれがピンク、黄色、青の三色のコスチュームを着ていて、よく見ると細部も微妙に違う。(例えばピンクを基調としたコスの子は、1人だけヘソを出すようなデザインになっていた)
見出しはこうだ『魔法少女キューティヒール、町を救う』
記事を読むと、どうやら10m近い敵が暴れているのを止めて元の世界に送り返したらしい。
内容を頭に入れた後、光太郎はキューティヒールの記事をハサミで切り取って、丁寧にノートに糊付けしていく。既にノートは半分以上キューティヒールの記事で埋っていた。
ここ最近は特にノートが埋まるペースが早い。
3人魔法少女キューティヒールは今月だけで似たような事件を5件処理していた。
「凄いな」
そう思うと同時に不安も感じていた。
戦いはどんどん激化していく。敵は見るからに強く巨大になり、出現するペースも早くなっているようだ。
いつの日かキューティヒールが敗れる日が来るのではないか?
彼女たちの報道を見る度に、そんな考えが頭をよぎる。
けど俺に出来る事はそんな日が来ない様にお祈りする事だけだ。俺は改造手術なんか受けていないし、妖怪の血も引いていない、特殊な蜘蛛に噛まれたわけでもない、実は異星人というわけでもない。
「……俺はただの一般人だ。警察ですらない」
「然り。故に拙は君を選ぶ」
「あん?」
キューティヒールのノートを閉じた時、光太郎の背後で何かがそう喋った。
反射的に振り向くと、いつの間に部屋に入ったのか、黒い毛並の猫が箱座りしてこちらを見ていた。
黒猫は堂々とした態度で光太郎に語りかけてくる。
どこかおかしいが喋る言葉は日本語だった。
「厳粛にして適当な審議の結果、君は選ばれた。滅び去りし我らの遺志を継ぐ4人目の戦士となって欲しい」
「……」
沈黙は長かった。一瞬にして日常は崩れ去った為に光太郎の精神はしばらく停止してしまっていた。
ようやく衝撃から立ち直った時、なんとか平静を保ちつつも、光太郎は何故か敬語で答えた。
「どちら様でしょうか?」
「拙の名はコガ。滅亡したオルシズン王国の妖精にして、最後の生き残り」
「……妖精? なるほど、猫股だな。すみません、俺はトリニティモンスターズの連絡先は知らないんです。多分警察なら知っているはずですよ」
光太郎はそう答えた。
OK、落ち着け。自分には今まで関わりはなかったが、妙な連中がウロウロしているのは稀によくある事だ。別に変な事じゃない。
そして、日本で妖怪と言えばトリニティモンスターズの管轄だ。魔界からの侵攻を食い止めたこともある実力派ヒーロー集団。あいつらに任せておけば大丈夫だ。
「トリニティモンスターズ。彼らは確かに候補に挙がった。しかし妖たる彼らと我らの魔力が合わさった時の反応は予測不可能である為に、彼らは不適切だと判断した」
「……ならサイバーダイン研究所かな。そっちならググれば電話番号出てきますから、少し待ってて下さいね」
サイバーダイン研究所は科学の力で戦うサイボーグやロボットヒーローたちのホームだ。歴史のある組織で多くの敵と戦ってきた為に、そのノウハウは非常に多岐にわたる。所謂オカルトもある程度なら対処できるはずだ。
「それはダメだ。我らの正体は極力秘密にしなければならない。あの組織は多くの人間が出入りしすぎる」
「妙に日本のヒーロー事情について詳しいですね」
「オルシズンの戦士となる人間は慎重に選ばなければならない。よって拙は長きに渡り検討を重ねたのだ。その結果、拙は君を選んだ」
「……俺?」
「君だ」
「なぜ?」
「理由は様々であるが、その一つは君は完璧にただの一般人であり、従って戦士となった際の影響は拙の予測の範囲内に収まるという点だ。またキューティヒールをよく知る人物である事も都合がいい」
「なんでそこでキューティヒールが出てくるんです?」
「キューティヒールこそ我々オルシズン王国の力を授かりし戦士であるからだ。どうか彼らの同志となり、彼らを助けてやって欲しい」
「つまり俺にあの化け物と戦えと?」
「然り。彼奴らこそ全ての世界を滅ぼさんとする悪の化身アブソリュート。オルシズンは滅ぼされしなれども、我らの女王は最後の時に希望を種を撒いた。その種こそキューティヒールである。
キューティヒールはオルシズンのようにこの世界が闇に沈むのを止める為に戦っている。どうか力を貸してほしい、コータロー」
「えっえええええ……」
光太郎はあからさまに難色を示した。唐突な上に話がデカすぎる。
しかし、即断る事も出来なかった。心にひっかかるのは戦うキューティヒールの姿だ。彼女たちは俺の憧れ。変な意味じゃなくて、近づきたい存在だ。
さっきまでの自分には何もしない理由があった。自分には何の力もないと。しかし、その機会が与えられるとしたら。自分に彼女たちを助けられる事があるとしたら……。
「……分かったよ。コガさん、俺に出来る事があるならしよう。何をすればいい?」
何かの罠であるという考えは思い浮かばなかった。光太郎を動かしたのは純粋な憧れと義憤そしてほんの少しの下心である。
「ありがとう。では早速これを」
コガが差し出したのは指輪である。内側に何か文字のような物が刻んである以外は殆ど飾り気がなかった。
「どの指でもいいからそれを付けて、オープン・オルシズン・パワーと唱えれば、君はオルシズンの戦士となる」
「……何か少し恥ずかしいな。まぁ物は試しだ。」
そう言いつつ光太郎は指輪を受け取り右手の中指に付けてみた。すると指輪はするすると大きさを変え、光太郎の指にぴったりと張り付いた。
その動きは正直何だか気持ちが悪かった。猛烈に嫌な予感がする。しかしここまで来ては今更後には引けない。
ボソボソと光太郎は教えられた言葉を喋った。
「……オープン・オルシズン・パワー」
その瞬間、指輪から黒い光が迸り、光太郎の小さなアパートの小さな一室などあっという間に闇に飲み込まれてしまった。
そしてその闇の中で光太郎の体に変化が生じていく。
「!?!?」
何だこれは。俺は何されてるんだ!?
それは体の隅々をまさぐられるような感覚に近かった。優しい手が全身を撫でる感じだ。顔、首、胸、腹、腿、足先……当然性器もだ。やがてその手は体の内側にも入り込んできた。
脳までくまなく撫でまわされる間、恐ろしい事に光太郎は一種の快感を感じていた。心はヤバい事をされていると訴えているが、体は変化を喜んでいるのだ。
やがて、闇が卵の殻のように砕け、その中から変身した光太郎が姿を現した。出現と同時に光太郎の口は意志とは裏腹にパクパクと勝手に動き出した。
「氷獄を割る黒き花、キューティロータス!」
動いたのは口だけではない。いつの間にか体が勝手にポーズを取っていた。まるで歌舞伎の大見得だ。
あまりの展開に脳が付いて行けない。
え、え?
俺どうなったの?
混乱する光太郎とは対照的に、コガは満足げに頷いていた。
「見事也、コータロー、いやキューティ・ロータス」
「……なぜ体が勝手に動いた?」
いつの間にかコガに対する敬語はなくなっていた。
「拙が考えるに魔力を注入された際の反作用である。体が慣れるにしたがって、そのような事もなくなる」
「この格好は何だ?」
光太郎すなわちキューティ・ロータスは黒いロングドレスのような格好をしていた。所々フリルがついていてとても可愛らしい。女の子が着るのであれば。
だが俺は男だ。
「オルシズン戦士の正装。すなわちキューティヒールの戦装束である」
「男用の服はないのか!?」
「男? 男とは何か?」
「地球人には二種類あるって分からないのか?」
「うむ。オルシズンの人間もそうだ。女王と、それ以外……」
「何言ってやがるこの化け猫。お前今まで何調べてたんだ、おい」
「なぜ君が怒っているか拙には理解できぬ。とてもよく似合っている」
「似合ってるわけ……」
はっとロータスは自分の体をもう一度見渡して、もっと根本的な問題を発見した。
胸がある。
股に手をやる。ない。
鏡を見ると高校生くらいの女の子が、呆然とした顔つきでこちらを覗きこんでいた。
ロータスが手を振ると、鏡の中の女の子も手を振った。
そうかぁ……。そういう事か……。何やってるんだ俺。
猛烈な後悔がロータスを襲っていた。普通こういうのって男は男っぽい格好になるもんだろ……。それがなぜ女になるのか。
これ変身解いたら治るんだよな? っていうか、まてよ、じゃあ他の三人も男だって事? 知りたくなかったわ、そんな事。
「ロータス!」
「……何?」
「早速だがアブソリュートの気配を察知した、近くで暴れている!」
「よし、110番だな」
「冗談を言っている場合ではない」
「……はい」
怒られた。
ロータスは他の人に姿を見られない様に、なるべく静かにこっそりとアパートのドアを開けた。
「……強い!」
桃色の戦士キューティカメリアは、這いつくばりながら敵の強さを噛み締めていた。
黄色がパーソナルカラーのキューティサマー、青がパーソナルカラーのキューティフォールも同じ思いだろう。
攻撃が効かない。
個人の魔法はおろか三人の力を合わせた魔法さえ、この敵には通用しない。
一体どうすれば。
直立した象のような怪物が勝利の雄叫びを上げた、その時「待て!」という声が夜の公園に響いた。
傷ついた三人と象の怪物は一斉に声のした方を振り向く。
「そこまでだ。それ以上は俺……私が許しません」
内心はビビリながらもロータスはそう言った。
同時に心の中では必死で自分で自分を励ます。大丈夫できるできる。俺はできる。気持ちの問題だって。男なら腹をくくれ。男じゃないかもしれないが。
「何だ、お前は?」
怪訝な目でロータスを見ながら象の怪人はそう言った。意外にもそこそこ知性があったらしい。
「私は」
キューティロータス。そう言おうとした瞬間、体が勝手に動くのを感じた。今名乗ったら100%また勝手に体が動いてポージングする。それはまだ恥ずかしい……。
「私は……悪党に名乗る名前はない!」
そう言うや否やロータスは怪人の前に飛び出していた。
もうヤケクソだ。
ロータスは殆ど考えなしに突っ込んだが、意外にもなんとかなった。パンチは深々と突き刺さり、蹴りを放てば象の巨体は風船のように転がる。
あれ、これもしかして、イケる!?
そう考えた時、またもや体が勝手に動いていた。右手を上に上げ、自分も知らない技の名前を唱える。
「ロータスブラッケストシュート!」
自分でも右手に凄まじいエネルギーが集まっていくのが分かった。
そして掌から放たれた黒条の稲妻が象の怪人に命中すると象の怪人は跡形もなく消滅した。
勝った。それも割とあっさりと。
しかし、勝利の昂揚感よりも今のロータスには羞恥心の方が勝っていた。
女装?して象とプロレスして、恥ずかしい名前の技を絶叫。
ああ俺、何やってるんだろ。と、今日何度目かの自問をしていた。
口に出して言ってみてくれ、オープン・オルシズン・パワーとかロータスブラッケストシュートって。何分の一かでも俺の苦悩が分かると思う。
この事は絶対に秘密である。友達や職場の人に知れたらなんて言われるだろう?
想像するだに恐ろしい。ロリコンって言われるよりもキツい。
「あの……」
がっくりと肩を落とし、トボトボと帰ろうとしているロータスを引き留めたのはカメリアだった。
「何か?」
いつもの光太郎だったら、カメリア可愛いよカメリアとか思ってたかもしれない。しかし今のロータスにはそんな余裕すらもなく、自然と口調もぶっきらぼうになっていた。
「ありがとうございます。助けてくれて」
「いえ。当然の事をしたまでです」
「良かったら名前を教えてくれませんか?」
「キューティ……」
ロータスは体がうずくのを感じた。まだ名乗るのはダメだ。
「……今はまだ秘密です。では」
兎に角もうさっさと帰りたい。そう考えてロータスは帰路に付こうとしたが、カメリアはまだ逃がしてはくれなかった。
帰ろうとするロータスの腕をがっしりと掴んで叫ぶ。
「じゃあせめて名乗らせてください。私は、キューティカメリア!」
「知っています」
その時カメリアの体が優しい光に包まれたかと思うと、魔法少女の姿は消えていた。
代わりに現れたのは、どこにでもいる普通の女の子の姿だ。
キューティサマーとキューティフォールは信じられないという顔でその女の子を見つめていた。
少女が言った。
「私の名前は春日野 椿です!」
「ちょ、何バラしてるの」
「椿……信じられない」
「直観だけど、きっとこの人はとてもいい人。私は友達になりたい」
サマーとフォールは愕然としていた。が、やがて決心したようにその二人も観念したように変身を解除した。
「日向 葵、キューティサマーです。ありがとうございました」
「フォールこと龍胆寺 秋子です。危ない所をありがとう」
三人の魔法少女が次々と正体を明かす中、キューティロータスは完全に固まっていた。
何と言ってその場を離れたのかさえ覚えていない。思考回路はショート寸前どころか完全に焼き切れていた。
夢なら覚めて欲しい。
そう願って布団に入ったが、翌日の朝は喋る猫に起された。悪夢は終わらないらしい。
光太郎は動揺を悟られないよう、なるべく普段通りに振る舞った。
笑えるほどいつも通りの朝だった。職場の同僚も、生徒たちも何一つ昨日までと変わらない。
他愛もない雑談をしながら登校して、俺を見たらオハヨー先生と言ってくれる。
うん。いつも通り、いつも通りだ。
ホームルームが始まって、光太郎は開口一番言った。
「昨日言った宿題を集める」
生徒たちは列を作って、教壇の上にワークブックを積み上げていく。
しかし最後の一人は宿題を提出せず、作り笑いを浮かべて、こう言った。
「あははー……先生、宿題はやったけどワークブック忘れちゃった」
「椿、下手な嘘は止めなさい。かえって印象が悪くなるぞ」
「はは……」
キューティカメリア、俺の憧れ、俺の英雄よ、宿題くらいは持ってこいよ……!
他の二人はちゃんとできてるじゃないか……!
コガの野郎、俺がキューティヒールをよく知る人物ってこういう事かよ!
っていうか俺はもう、どうしたらいいんだ。もし、正体バレたら……。