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親指を探せ!

作者: 蒼16





朝、目が覚めると何故か違和感を感じたんだ。



ベッドの上には朝日が差し込み、真っ白なシーツがいっそう輝いて見えた。


爽やかな朝の風景のはずなのに僕だけが馴染めていない気がする。


風に揺られているカーテンの影はさっきから僕の左手に乗っかったままだ。



もう一気にカーテンを開けてしまおうと思って手を伸ばした、その時。






大変なことに気がついた。


僕の左手の親指が綺麗になくなっているんだ!



どこへ行っちゃったんだろう。

そこらに落ちてはいないかと思って部屋中探してみたけれど、どこにも見当たらない。


とにかく僕はとても心配になったから親指を探しに行くことにした。


朝ご飯はちゃんと食べたよ。



まずは隣の家。

ここには狂暴な番犬がいるんだ。

もしかしたら僕が眠っている間に何かが起きて、この犬に大切な指を噛まれちゃったのかもしれない、って思ってね。

けれど、残念なことに犬小屋の周りに親指らしきものは見当たらなかった。

もしかしたら小屋の中にあるのかもしれないけれど、たぶん違う。

あの犬、自分の持ち物は見せびらかすかのようにいつも小屋の周りに並べるんだから。




ここじゃなかったんだ。




僕は気を取り直してもう一度歩き始めた。

ずいぶん探して、公園についた。

ここでも隅々まで探してみたけれど、僕の親指はどこにもいなかったんだ。



くたくたになるまで探したのに、それでも親指は見つからなかった。





暗くなってきたから仕方なしに僕は家に帰ることにした。



家に帰るとママがやさしく笑って『ぁら、おかえり』って言ったんだ。

僕の親指は帰ってこないのに、ママは『おかえり』って言ったんだ。


なんだかとっても悲しくなって、僕はママの前で泣いちゃった。


「あらあら、どうしたの。」

僕の頭をなでながら、ママはちょっとだけ困った顔をしてみせた。


けれど僕のほうがママよりもずっと困ってるんだ。



だってね

「僕の親指…」


「ん?親指がどうしたの」

やっぱりママはやさしく言うんだ。


だから僕は言ってやった。

「僕の親指、どこか行っちゃったの」



ふふっと笑ってママは言う。

「何てこと言うの。親指がない、だなんて」

ママは呆れた顔で僕の手を両手で包み込んだ。


よく見てよ、ママ。

僕の親指、なくなっちゃったよ。


するとママはどうしたと思う?


ぎゅっ、と抓んだんだ。

僕の親指があるはずの空間を。

ちゃんとココにあるでしょう、って僕に言うんだ。


「ばかなこと言うのはやめなさい。ママはご飯作ってくるからね」

そう言ってママはさっさと台所へ消えちゃった。




どういうことなんだろう。

ママには見えているんだ。

僕には見えない僕の親指。


もう何もかも分からなくなってきちゃった。


とりあえず僕は部屋に篭って悩んでみることにした。

もしかすると僕は頭がおかしくなってしまったのかもしれない。



部屋の扉を開けると、夕日がまぶしかった。


「やぁ。また会うことになるとは思わなかったよ」

窓が喋った!!

僕はビックリして尻餅をついちゃった。


するとまた窓がしゃべったんだ!

「違うよ、よく見て。俺だ」


まぶしい中、目を凝らすと窓枠から細長い影が伸びていた。

声はそこから聞こえる。


「まさか君に家出したことがバレるなんてね」

影がそう言った。


そこでようやく僕は気がついた。

あれは僕の親指だ!!


「よかった!!帰ってきたんだね」


するとすかさず影が否定する。


「なんでだよ!君は僕の親指だろう!!」

僕は怒ってやった。


そしたら悪いな、と言って僕の親指はゆっくり話し始めたんだ。


「確かに俺はお前の親指だ。けれど、このままこれだけに留まって人生終わるのは嫌なんだ」

「俺にだってやりたいことがある」

「生きている今を楽しみたいんだ」

「なぁ、お前だってこんな人生嫌だろう?分かってくれ、な」


言いたいことだけ言って、親指は出て行こうとする。


「待てよ!そんなのダメだ!!君は僕の親指だろう!行っちゃダメだっ」



僕の言葉を防ぐように、僕から背を向けたまま親指は言った。

「お前には代わりの親指をつけておいたからさ」



なんだよそれ。

「そんなのいらないよ!僕の親指は君だけなんだ!!」



親指は僕の言葉なんて聞いちゃいなかった。

「何故だか君にはには見えなかったようだけれど、もう見えるようになっただろう。そいつが君の新しい親指だ。」



言われて見てみると、さっきまで何もなかった空間に親指が居座っていた。


「…何だよこれ。こんなのいらない!君がいいんだ!!」


「悪いな、俺は行く」




「待って!!ねぇ!」




慌てて追いかけたけれど、僕の親指はもうどこにも見あたらなかったんだ。






僕の親指は家出した。

僕の親指は新品だ。


新しい親指はとてもいい動きをした。

けれど僕はコイツが気に入らないんだ。

僕だけの親指はコイツじゃないんだから。



いつもいつも、この親指だけが嫌いだった。




ある日、僕はこう考えた。


コイツがいなくなったら僕の親指もまた戻ってきてくれるかもしれない、ってね。

邪魔なのはコイツなんだ。

きっと僕の親指は僕の元に戻ってきたくて仕方ないんだ。


けれど僕の手にはいつもコイツがくっついている。


僕らにはコイツが邪魔なんだ。




そう考えると未来は明るくなった。





僕の部屋に、僕のじゃない指が転がる。

痛くはないよ、僕のじゃないもの。

床に血溜りができちゃった。

ママにしかられるかな、って少し心配になった。


その後はなんだかふわふわして上手く立っていられなくなったんだ。


少し前までの苛立ちなんて綺麗にどこかへいっちゃった。

心がとっても暖かくなって、僕はなんだか安心して眠りについた。






朝、目が覚めると部屋が白くなっていた。

隣ではママが椅子に腰掛けたまま眠っている。

違う、ここは僕の部屋じゃない。

僕は病院にいるんだ。


でも何故だろう、分からない。




そして僕は大変なことに気がついた。


僕の左手の親指が綺麗になくなっているんだ!



どこへ行っちゃったんだろう。

とても心配になったから僕は親指を探しに行くことにした。







朝ご飯はちゃんと食べたよ。




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