9話 おまけ以下の存在
「八意さん今からどこへ向かうつもりですか?」
ほんの少しばかり振るえる声で質問する。
警戒心を覗かせた俺の音質の変化を彼女は敏感に感じ取り、笑みを深くした。
「あなたの考えていることは大体分かるわ。私が八雲紫と組んで、幻想郷の為にあなたを管理者に引き渡すのではないか、かしらね。私は差し詰め彼女の指示通りに動く出来のいいお人形ってところかしらね」
そう彼女は俺の考えを看破し、ますます笑みを深くした。
「そうなったらあなたの末路は?考えなくても分かる、幻想郷の歯車と一生振り回されるのが落ち。あなたの利用価値はその一点、外の世界のパイプとして、何より外の憎悪と妬みを一身に受け止めるだけのフィルター」
そうだろうさ。
八雲紫が幻想郷のためにこの騒動を起こしたというのなら、この騒動の中心である俺は一体何の為に必要か。
幻想郷は多くの失われた技術が存在する。特に人々が注目するべきところは霊力や魔力の加工だろう。
人が一度は思い描いた幻想がそこにあるのなら、皆はこぞってそこへとなだれ込む。
しかし、それでは幻想が幻想でなくなる。
もし俺が管理者をやっているのならば、こちらの移転は禁止するだろう。
霊力も魔術も何らかの理由あって幻想と化した、それを今更万人の目に触れさせるのは暴挙に他ならない。それこそ何のための幻想郷だ。
また技術の安易な提供は、幻想郷のアドバンテージの失墜を意味する。せっかく謎技術で鎖国を行っているのに、技術漏洩を許すと簡単に他の勢力からの進行が始まる。
ならばもっとも幻想郷に有効なのは、外の世界に『幻想郷はある』というのを認識のみさせ、幻想郷そのものは保護した状態で外の世界と交渉のみ行う、これに限る。
こうすることにより世界各国からくる霊力・魔力の加工を餌に、常に幻想郷は上位に立て、さらに外の世界の羨望・憧憬を幻想郷の信仰の力として利用し、さらに幻想郷は力をつける。
と、一見多くの利点がありそうにも見えるが、欠点としては幻想郷は多くの憎悪や妬みを買う事だろう。
霊力・魔力など、全く未知であり新たに三次エネルギー資源とも示唆してもいい、稀有な技術の独占をしてるのだから、当然といえば当然。
それを全体に公開することなく、小出しにし、出し惜しみをする幻想郷はさぞかし対外的にみて歯がゆいことだろう。
最悪、三次エネルギーに頼らず純科学での成長を望む派と、三次エネルギーに頼り幻想を紡ぐ派と大きく二分する。
そうなっては幻想郷といえど混乱の渦に巻き込まれざるおえない。
よって幻想郷は敵意の矛先をいかに向けさせない様にするか腐心する。
幻想郷と俺たちの世界、その間に何かワンクッションを起きたいのだ。
ならばそこに、外の世界の住人であるにも関わらず幻想入りした人間がいるとしたら?
さらにそいつが幻想郷と外の世界を繋ぐパイプ役として働いていたら?
もう答えは出ただろう、幻想郷の憎悪をこの俺に向けさせること、これこそが俺の幻想郷での存在意義。
何よりもこれこそが、俺がもっとも警戒していた事態。
しかしそんな俺の危機感を八意さんは笑みを消して瞳を鋭く刺すように向けてきた。
「だけど、その考えは私に対する侮辱だわ」
初めて浮かべる彼女の怒気に思わず気圧された。
怯んだ俺の姿に八意さんは続ける。
「今の私は確かに幻想郷の住人である、でもそれ以上に蓬莱山輝夜の従者よ。妖怪の賢者ごとき操り人形なんてもっての他、舐められたものね」
強まる彼女の威圧に俺は成すすべなく狼狽する。
ここが上空1,000m、八意さんの加護の元に成り立っているから、それだけではない。
彼女に呆れられ、見捨てられることが俺は何より恐れている。
だが俺の焦りを生み出したのが彼女なら、それを溶解させたのも彼女だった。
「でも、それでいいのよ。全てあるがままに能動的に受け入れるのは愚者の発想。その点あなたは目先の欲に囚われず、時代のうねりを大きく感じ取り、そして自分が如何に薄氷の上にいるかを認識した」
そう言って先ほどの威圧はどこへやら、八意さんはいつもの様に子の成長を見守る親のような眼差しで俺を見た。
「安心なさい。言ったでしょう、あなたは私の客人よ。あなたの身の安全はこの『月の頭脳』八意永琳の名にかけて保障するわ」
八意さんの誇りにかけての保障。
それがどれほどの影響力を得るのか分からないが、だが彼女が俺の身の安全を守ってくれることに安堵し、そしてそれ以上に恥じた。
おいおい、結局俺は八意さんを信用しきれてなかったんじゃないのか?
彼女との情報のやり取りもせず、全て自分の推測で物をいってたんじゃないのか?
幻想郷へ行くと決めた時点で覚悟を決めたんじゃないのか?
「八意さん・・・すいません、でした。ありがとうございます」
まったく情けない、結局俺の独り相撲、一人で何とかしようとした結果がこれだ。
そろそろ自分の矮小さを理解するべきだな、はぁ・・・
っと、反省なんて後で出来る。
その前に聞いておかなければならないだろう。
「しかし一体どうしやって俺の、身の安全を?」
「八意紫には、槐。あなたには今回の騒動に関する一切の干渉を行わないと確約させた。そして幻想入りさせる過程の交換条件で提示したのがこの騒動。もっともあなたの不干渉には期限があるけどね」
「それは・・・?」
やはりそう話は上手くないのだろう。かの管理人は俺を緩衝地帯として使いた・・・
「10世紀よ」
・・・・・・?
はい?
えっと、あれ?
聞き間違えたかな?
「え?10年ですか?」
「10世紀よ」
は?なにそれ?
もう何がなんだか桁違いの期限に唖然としている俺の姿をみて、八意さんはクスクスと小さく笑い出した。
ああ、なるほど。つまりこれは
「・・・冗談ですか?」
そうだろう、10世紀の期限なんて、有限に見える無期限と変わらない。
海外には実刑判決懲役300年とかあるらしい。300年て、もうそれなら終身刑でいいじゃん。
しかしそんな予想全てを裏切り八意さんはもう一度いった。
「いいえ、本当に10世紀よ」
いまから10世紀前、そう1000年前ってなんだったっけ?
ん~~~、平安時代?
で、今から1000年後かぁ、地球まともに残ってるかなぁ
って
「んな阿呆なぁ!」
俺の叫び声が雲と大空の間に響き渡った。
「まぁ飛行の術式を展開しただけで、これほどの悶着が起こるとは思っていなかったけどね。拍子抜けしたわ」
なるほど、驚いてた理由はそれか。
そして今俺は田舎の田舎、雪降り積もるそんな田舎の片隅にある民宿で布団に抱かれ震える体を慰めてもらっている。
あの後、俺と八意さん幻想郷を目指し北陸の方へと上がって行き、そして増えてゆくヘリの数にそ知らぬ顔で突破していこうとする彼女を宥めて、この地に降り立った。
携帯を開けると案の定圏外、一応脱出する前に荷造りしたカバンの中にノーパソも入っているが、当然使えないだろう。
といってもテレビは繋がっているので、完全に情報隔離されているわけではない、が今時ケーブルかよ。
その肝心のテレビも居間にしかなく、腰が悪くと耳の遠いばあちゃんが見る時代劇専用物と成り果てている。
果たして幻想郷はどこにあるか?
以前幻想郷について話を聞いたところによると、日本全国に点在しているという。
ナゾナゾか何かと思った俺を八意さんはイマイチよく分かんない理論で教えてくれた。というのも術式を絡めた理論展開で、半分以上分からなかったがかろうじで把握したのは
・幻想郷とは多くの幻想となった場所の集合体である
・基点を博麗神社におき、他がとりもちの用に繋がった結果である
・幻想郷の扉は個にあらず、北陸飛んで四国までの幻想と化した場所の境界線上複数に、幻想入りの点がある
と、いうことだ。
しかし今回は八雲紫が扉を用意してくれているというので、境界の綻びを探す手間はなく合流地点に行けばいいとのこと。
一つは南端に位置する天石門別神社そしてもう一つ北陸の奥地にある神社。
「雨降宮嶺方諏訪神社かぁ」
呼びにくい、なんだこれ?つーか聞いたことないんだけど。
いや、だからこそ幻想と化したの、か?
ああ、くそ調べたい。
回線さえ繋がっていればっ!!!
そこで俺は思いなおした。
あれ?ここの電話回線貸してもらえればよくね?
・・・なんか少々問題かもしれんが仕方ない。
今は緊急事態なのだ!携帯の履歴はともかくメールを見たら呪詛のような文章が数十件入っていた、おそろしあん。
ちなみに先輩からもメールが来てた
「殺人予告が某掲示板に張られてるぞ、しかもくそ伸びてる。注意しろ」
ちょっとほっこりした。
さすが先輩、かっこいい・・・あれ?
「殺人予告が某掲示板に張られてるぞ、しかもくそ伸びてる。注意しろ
最後に、爆発しろ」
先輩・・・
もしも自分だけ、自分だけが霊力とか魔力とかいう不思議エネルギーを使い、空を自由に飛ぶことが出来たら。
想像したことがあるだろうか?
空を鳥のように飛びまわり、地を歩く人たちに優越感を感じながら笑みを投げかけ、さらに高く、もっと高く。
高層ビルの隙間を縫うように飛び、時には地上めがけ急降下をしかけ、そして雲の絨毯を優雅に散歩する。
ビルの中に居た人々は書類や電話の受話器を思わず落とし呆然と、地上にいた人たちは突然の大型飛行物体に腰を抜かし驚愕を、飛行機を操作するパイロット突如訪れた変事に錯乱する。
それを自身は悪戯が成功した子供のように笑うのだ。
ちょっと学校に行って来る。ちょっと仕事に行って来る。
そういって空へと飛び立つ、皆自分を羨望の眼差しで見送る。
着地場所はもちろん屋上、時間が余って天気がいいならそこでちょっと日向ぼっこなんて憧れるね。
仲間たちは羨ましがるだろう。いや、見るもの全ての期待を一身に受けるだろう。
皆心の中でそんな非常識を求めている。
日本でライトノベルが廃れない理由、もっと視野を広く持ったらハリーポッターなんていい例だろう。
あの本こそ、全世界に話題と反響を呼んだ王道ファンタジーの金字塔。
そう、まさしく世界に広がった。それはつまりこの世の人々が心の中でファンタジーを求めていたに違いない。
そして今まさしく、俺はその不思議ファンタジーの階に手をかけた。
しかし
「不自由だなぁ、ほんと・・・」
もしそれが本当に起こったとき、想像上の通り能天気に振舞えるのだろうか?
結論はもう出てる。とてもじゃないが振舞えない。
人は羨望する、ここまではいい。
しかし俺一人独占してしまっている、これが問題だ。出る杭は叩かれるとはいうが、まさしくその通り。
突出した存在は羨望、憧れよりも先に、嫉妬や妬みが生まれる。
それを思う数が増えれば増えるほど、感情というのは暴走する。
赤信号、みんなで渡れば怖くない。これは言葉っていうのは実に奥深いと俺は思う。
人は責任の分割を行うことで、多くの支持を得られることで、時にどんな悪行も許されることがある。
もっと簡単に考えようか、もし自身が空を飛ぶのを羨望するだけでしかないその他大勢なら?
どうだ?答えはすぐでたんじゃないだろうか?
我慢できるか、あんな能天気に空を飛んでいる馬鹿を。
地べたに這いつくばらせて、叶えてやろうじゃないか。
俺たちの夢を。
「うう・・・なんでこんな事態に」
八意さんが飛び立つところ、確かにそれは大いに話題をよんだ。
しかしそれ以上に議論が白熱しているのは
『幻想郷へ行く!?槐 隆治の謎を追え!!』
どうしてこうなった?
今一番話題にすべきなのは、背筋が凍るほど美しい八意永琳さんじゃないか!
俺なんて別にどうでもいいよね!!おまけ以下の存在だよね!!
こんだけ俺に視点を向けるなんて、もう誰かの陰謀だよね!!
確かに八意さんに連れられて大空へ行ったけどさ。
その上同居なんてしてたけどさ。
逆に俺の立場なら、そりゃキレるけどさ。
・・・いや、もうやめよう。
墓穴を自分で掘ってどうするんだ。
「・・・・・ん?」
その時俺は思わず、パソコンから指を離し一つの記事を凝視する。
それを何度も読み返し、居てもたっていられず俺は八意さんを探しに出かけた。
「八意さーん、すいません。明日よりたい所あるんですけど」
『東方Project作者ZUN氏による緊急記者会見 12月24日』
次の10話で幻想郷です
とりあえず予定通り
そしてようやく他キャラが出せます
長かった、でもここまで派手に幻想入りして後で辻褄あわせ様としたら、色々外せない点あるんで致し方なし