8話 えーりん!えーりん!助けてえーりん!
えーりん脳ですいません
だいぶ書き直しました
以前の出来損ないを見てしまった人に盛大に謝罪を
やっぱあれだね、眠気と肩組んでの共同作業はだめだね
目的地に近づくにつれタクシーの進行速度が徐々に緩やかになっていく。
それもそのはず、車道歩道問わず彼らの向かう先はまるで一緒で、皆獲物に群がる獣のように進む。それは彼らそのものが一つの生き物のように感じた。
もっとも俺もその一人であるということを否定するのは少しばかり難しいのだが。
今の気分は最低だ。
俺の目的地に思いを馳せ、憂鬱な表情で外に視線を投げかける。
・・・どう考えてもこれ無理だろ。
到着するのにまだ距離はあるはずなのに、日本三大祭りのごとく人の数。日本に1億2千万人いるといわれているが、ちょっと納得できる人ごみだ。
それに車の数も尋常じゃない、さっきからこのタクシー、まさしく亀の歩くスピードでしか進んでない。
というか実質止まっている。おいみんな、信号青だぞ?何故進まん。
シートに深く沈みこみ諦めにも似た心境でため息を吐き出した。
ここにいる人はみな八意さんを求めては居ないだろう。彼らはその先にある魔法という名の非常識を求めているのだ。
今の日本の低迷は著しい、もっとも顕著に現れているのは自殺者の数だろう。
希望がないのだ、出口の見えない袋小路、閉塞的な経済の疲弊に喘いでいる。
弱者救済がこれほど促進している国は他にないはずなのに、道行く人々を見れば希望なく下を向いて歩いている。
ニュースは常に汚職と不祥事の連続、迷走する政界に弱体化する対外交渉。
人々は明るいニュースに飢えていた。
人々は刹那的でも今の現状を忘れたかった。
人々は現状を取り巻く環境に新しい風が欲しかった。
結果これだ。
オイルショックに似た現象が今の日本を包んでいる。
当時の人間はトイレットペーパー求め、現代の人間は魔法を求める。
まさしくこの時期しか起き得ない絶好の機会というしかない。
俺は再度ため息を洩らし、動く気配のない前方の車列を眺めた。
「すいません、もうここで降ろしてください」
これ以上粘っても意味がない気がする。
少し癪だが、今歩道を歩いている眼鏡かけた小太り集団の中に紛れよう。俺は運転手に運賃を渡し、底冷えする外気に体を晒した。
『えーりん!えーりん!助けてえーりん!えーりん!えーりん!助けてえーりん!』
「・・・・・・・」
ムカつくぐらい子気味いい音頭を取りがなら腕を振り進む小太り集団。俺は思わず呆然と眺め、思い返して後ろを振り向くと既にタクシーはUターンを終え、遠くに過ぎ去っていた。
悟った表情でまた阿呆な集団に目を向けて、口元の端をひくつかせる。
頑張れ俺
(えーりん!えーりん!助けてえーりん!)
頭の中でその音頭がぐるぐる回っている。
少し分かった、集団催眠ってこういう風になるんだ。
重く痛む頭を抱えながら、視線を上げて本日最高のため息を漏らした。
人
だいたい人
たまに車(アンテナ付)
ときおりフラッシュ
その情景が目指していた目的地を取り囲んでいた。
すごい人だかりしてるだろ?これ、俺のアパートなんだぜ・・・
携帯を開けて不在着信二桁を軽く無視し、ニュースを開ける。
・・・・・まだ、八意さんとのコンタクトは取れてないみたいだ。
ふぅ、と軽く安堵のため息をついた。
現状維持か、とりあえずは最低限に最高だ。
しかしさて、どう動くか。
まぁここはベターにこのアパートの住人になりすまして突入が安定だな。しかしこれ入れるのか?
「おいえーりんどこにいんだよ、見せろ!」
「つーかマジ空飛んでたのか?」
「お前ら邪魔だぁ!俺の嫁を迎えにいけねぇだろーがぁ!」
「うぜーぞ死ね!」
「ZUN来んの?」
「こねーだろjk」
頭をガシガシと少し乱暴にかき乱した後、覚悟を決める。
「くそっ、すいません通してください!」
すこし目立つが仕方あるまい、さっさと八意さんに物申したい。
俺は人垣を掻き分けて、ゆっくりと着実にアパートへ近づいた。
アパート前には案の定テレビ関係者と思わしき人物が壁を作っている。
構うものか突っ切れ。
「そこのあんた、今関係者以外立ち入りだよ」
やはり呼び止められた。
くそ、関係者って少なくとも仕切ってるあんたらが一番関係ないだろ!
舌打ちしたいのを堪え、口を開く。
「・・・このアパートの住人なんで」
「住人?何号室の誰?」
「309号室坂口です」
「ええっと・・・あ、はい確認取れました。どうぞ」
「・・・ッ」
すまん、坂口さん無断で名前語った。
つーかこいつらなんでアパートの名簿持ってんだよ!
今度は間違いなく舌打ちをしてアパートの中に入って階段を上る。
・・・半分予想はついてる、この階段を上へと続くケーブル見れば嫌でも。
そして悪い予感は外れようもなく、俺の部屋に軽く8人ほど集っている。
もう完璧にばれてらー、もう阿呆かと。
冷めた視線で見つめる俺の姿に気付いたのか、数名が俺に駆けつけてくる。
「すいません、303号室の槐さんでいらっしゃいますか?」
「ちがいます、あと邪魔です奥に通してください」
「お話を・・・」
「通してください」
突き放すように話す俺に記者達は意表をつかれた様な表情を浮かべた後、慌てて俺に道を譲った。
・・・・・チャンスは一度のみ、これに失敗したら?考えることを放棄する!
正直賭け以外なんでもないがこれしか俺の部屋に突入する案が浮かばなかった。
頼む!八意さん!
端によった記者を煩わしそうに進み、件の303号室を通り抜けようとした刹那
俺はそのドアノブに素早く手を伸ばした。
突然の行動に周りの空気が一度死んだ。
それらを全て置き去りにして部屋に飛び込む俺に、その時初めて怒声が生まれる。
その喧騒を扉を閉じることでかき消し、後ろ手で鍵をかけた。
玄関の八意さんの靴を漫然とした表情で眺めた後、我に返る。
やった?成功し、た?
鍵が開いてるか否か五分だっただけに安堵の吐息と冷や汗が同時にでた。
うおー!やったぞぉぉぉ!
思わずガッツポーズしている俺に外の連中が
「あの野郎やりやがった」
「警察だ!警察呼べ」
くそ忌々しい!
「俺はこの部屋の持ち主の槐 隆治だ!」
俺は壁越しに叫び、ガンガン扉を叩いている間抜けを無視して部屋へと歩みを進め、少々乱暴に扉を開けた。
八意さんそこにいるんですよね・・・!
果たして、八意さんがお茶を嗜みながら吉川某の三国志の読書に励んでいた。
外の騒然とした空気と全く逆、思わず草原で日向ぼっこしているようなゆったりとした時間の流れに、俺は思わず毒気を抜かれしまった。
「早かったわね、もうすこし遅くなるかと思ったけど」
呆けた俺に八意さんは絹のようにスラリとした微笑を浮かべた。
今度は別の意味で惚けた、ってそうじゃないだろ俺!
「八意さん!目立たないでくださいって言ったじゃないですか!何であんな・・・あんなことしたんですか!」
少し強い口調で問い詰める俺に八意さんはさらりと笑みを深くして受け流した。
「目立つ行動はとっていないわ。だって歩いて買出しに行ったんですもの」
「い、いや確かにそうなんですがっ・・・」
うん、間違っちゃいない。
八意さんは前回のように霊力による浮遊はしていない、全うに常識の範囲内の行動だ。
それは俺も認めよう、けどね・・・
「なんで着替えなかったんですかぁぁぁ!!!」
その赤青ドレスは現代社会においてあらゆる視点から見て浮いてるだろぉぉ!!!
「そうは言っても、外の世界の服はちょっと野暮ったくて・・・」
「や、野暮って・・・」
なんだ?地球人とムーレイスには格差的な美的センスがあるのだろうか?ユニバース!
がくりと膝を折り両手を床につけ体を支えた。
もうだめだ、話が、かみ合わない。
二人の間に暫しの沈黙が流れる。
聞こえる音といったら湯沸し機のポットが時折放つ加熱音くらいだった。
話は変わるけどこの音を聞くと冬の到来を感じさせてくれ?
・・・・・・・・・・・・?
窓の外をちらりと見る。
あれほどの人だかりだ。さらに言うと家主の俺が帰ってきたのにもかかわらず、外の喧騒が全く聞こえな
「騒がしいから簡易結界張っているわ。本を読むにはあの喧騒は、あまり優雅ではないでしょう?」
・・・そうですか、もうなんでもありですね。
不意に俺が一人相撲をとってる気分になってきた。
いや八意さんから見れば間違いなくとってるだろう。
相変わらず彼女が俺を見る表情は、犬をからかった時どういう反応を示すか楽しくてしょうがないみたいな表情だ。
ああ、もうこのまま床に倒れこみたい。今までの俺の心労はなんだったんだろう?
「槐、そういえばお昼は食べたのかしら?」
・・・そりゃ、凄まじくすいている。
引継ぎで忙しかったからカロリーメイトと缶コーヒーで済ました。
顔を上げると小さな子供を見届ける母親のような自愛に満ちた笑みを浮かべている。
「・・・・・・・・・食べてないです」
「そう、じゃあすぐに用意するわね」
八意さんはそういって台所に向かっていった。
・・・・・負けた、もう負けでいい。
そうさ、恋なんて惚れたほうが負けなのさ。
結局その日は、我が牙城で過ごす最後の時間を八意さんとゆったり過ごした。
テレビで見る俺のアパートの外の喧騒を、リアルタイムで見れるとはなかなか感傷深いが、テレビで流れる怒声を完璧にシャットアウトする結界ってすごいね。何でもありだね。
「結界術式は得意よ。深い昔が懐かしいわね、また術式戦でもやってみたいわ」
術式戦ってなにそれ怖い。
八意さんって血気盛んなんですか?
「さぁ?昔はどうか知らないけど、今はそんなことはないわよ?」
何ゆえ疑問系?
「ふふ、私も負けず嫌いだったってことよ」
俺も結構負けず嫌いですよ。
不甲斐ない自分に腹たってもっと!さらに!とか思っちゃいます。
我ながら単純だなぁ、とか思いつつ前のめりな会話をする俺に八意さんは相変わらず慈愛の笑みを浮かべていた。
翌日の朝、なのだがスズメの鳴き声がしないとは、ちょっと記憶がない。
俺のアパートの近くに木が立っているせいで、朝はスズメが目覚まし替わりになるくらいうるさいのに、これも結界の効果か。
うーん今日が12月23日だから・・・後2日か。
そう、聖夜に幻想入りする計算になる。
今日でこの家とおさらばする予定だ。現在の時刻は7時過ぎあたり、人が本格的に動き出すにはまだ少し早い時間だろう。
カーテンをずらして外は覗くと、嫌な曇天の下にまばらとは言え今だ十数人の人間が俺のアパートを取り囲んでいる。
人はこれでも減ったはずだが、まだまだ予断は許されない。
さぁて、どうやってあの連中を撒こうかね?
「槐、どうしてもこれじゃなきゃ駄目かしら?」
扉越しに聞こえる八意さんの声に、俺は外への関心をそっくりそのまま彼女に向けた。
彼女の衣装は少しばかり目立ちすぎる。特に相手を撒こうとしてるのあの格好は自分がここに居ることを宣伝しているようなものだ。
よって八意さんには俺の持っている男女兼用にも見えなくもない服を提供しているのだが、八意さんは少々渋った。
なんかセンスがないらしい。ほっといて下さい!
「駄目です。郷に入れば郷に従え、ここでは八意さんの衣装は目立ちますので隠れながら進むのはちょっと難しいです」
「はぁ、しかたないわね」
そういって彼女は扉を開けた。
・・・・・・なんてことをしてくれたんだ、俺。
そんな、こんな・・・
俺の渡したジーンズは彼女の流れるような足のラインを浮き立たせ、特にお尻の円熟さは饒舌するに難しい。
赤のジャケットから覗かせる黒のセーターに隠されたたわわに熟れた果実は扇情的すらある。
そして何より彼女の少しばかり紅潮した頬とふくよかな唇、存在感を際立たせる白銀の髪に、憂いを帯びた瞳。
完璧だった。
この世に完璧なものなんてないって言った奴はこれを見たらすぐさま改心するだろう。
う、静まれ俺の両腕!
確かに今の八意さんをこの手で覆いたいのはよく分かる!
プルプル震えて何も言えない俺に八意さんは不安げな表情を浮かべた。
「やっぱり似合ってないわよね」
がしっと彼女の両手を握り締めて八意さんの顔を正面から覗き込んだ。
普段なら長時間見れず照れてしまう俺でも、この時ばかりはそんなこと考えてられなかった。
「八意さん、ありがとうございます」
・・・・・・・俺は、何を言ってるんだ
自分でも何を言ってるのか理解できなかった。
頭がぐちゃぐちゃに攪拌されて、今この現状すら頭の中から消え去っていた。
そして彼女も俺が何言ってるか、わからないはずなのに
「ええ、どういたしまして槐」
彼女の微笑みに俺は救われた。
ぐはっ
さて、どうやってこの隔絶された空間から抜け出そうか。
生憎俺のアパートは突然建物が潰れたとしても「あれ?ここなにかあったっけ?」と思われるくらい、全うに普通のアパートである。
そんな普通のアパートに凝ったギミックを期待するだけ無駄であり、それでも探そうとする奴はただの現実逃避野郎だ。
正当法で行くしかないだろう。
重要なのは連中が俺と八意さんから意識を離すことが必要だ。
うーん、どうしよう。
外の連中に仲間を紛れさせて陽動作戦、か。
いや、難しいな。そもそも俺に協力してくれる人間なんているか?
俺の立場が逆で協力してくれと言われたら?
1.陽動に協力するが、何かしらの利を要求
2.報道陣に密告して、陽動されたフリをして俺たちを確保
3.そもそも断る
ま、大筋はこんなもんだろう。
協力してくれたと仮定しても、相手にもよるがほぼ間違いなく八意さんとの接触及び霊力の有無又は保持の要求、こんなところか。
後者二つは許せるが前者は許せん、なんとなく。
先輩ならワンチャンあるが、先輩には仕事の引継ぎを押し付けてしまったし、これ以上甘えるのはよくないし・・・
「何を考えてるの?」
悩んでいる俺に八意さんはひょいっと俺の顔を覗き込んだ。
ぐぅ、仰け反りそうになるのをかろうじで抑え、八意さんの質問に答えた。
「いや、ここからどうやって上手く相手を撒けばいいか考えているんです」
その俺の答えに瞳を数回しばかたせたと思ったら今度はくすくすと笑い始めた。
「な、なんですか」
「いえ、なんて単純なことで悩んでるのか、と思ってね」
単純と申したか。
間違いではないが釈然としないぞ。
「じゃあ八意さんはもう既に解決策がある、と?」
「ええ、もちろん相手を撒けばいいのでしょう?」
いや、そうなんだけどそれが出来れば苦労はしない。
とにかくこちらの悪条件が多すぎるのだ。地理的にも人員的にも。
しかしそう考える俺を全く意に介さず自信に溢れた笑みを浮かべる八意さんをみると、本当になにか考え付いたのだと思わされた。
ちょっと悔しい。昨日から俺がずっと考えたことをものの数秒で思いついた八意さんがなんとも恨めしい。
「けどこの部屋は3階ですし立地条件的にも不利です。それに恐らくですがこのアパート全体、間違いなく見張られてます。安易な陽動作戦は相手の思う壺ですよ」
何を言っているんだ、子供じゃないんだから。
しかしやっぱり、悔しい。俺は彼女と並び立ちたかった、だがあの笑みを見るとどうしようもないほどの差を見せ付けられたようで。
そんな負け惜しみ似た俺の発言を、八意さんは案の定一蹴した。
「着眼点はいいけど、それだけじゃまだまだね」
彼女は凛々しい笑みを投げかけ、カーテンの締め切った窓へと歩みを進めた。
あそこは大通りを一望できる唯一の窓だ。逆に言うと大通りから俺の部屋の状況を視認しようと思うのなら、この窓の存在を最有力候補として監視する必要がある。
そんな人がもっとも注目しているであろう部位を八意さんは全く意に介さず、まるで早朝起きたとき、今日の天気を確認するような気軽な動作でその窓を開け放った。
その瞬間新鮮な外の空気と冷気と共に、外のざわめきがこの部屋に怒涛のように流れ込んできた。
「永、琳?・・・・・永琳だ!八意永琳があの窓に!」
「え?でも服違うくね?」
「着替えたんだろ、きっとさ!なんだ?何をする気だ?」
「えーりーーーーん!!!!俺だぁぁぁぁ!!!!」
「お前誰だよ」
瞬くカメラのフラッシュと湧き上がる歓声。
一体彼女は何をする気なのだろうか?いんちき臭い説得か、もしくは霊力による結界的な何かを作るつもりなのか?
八意さんの動向に俺は意識を集中させた。
前者を採用するのならば催眠のような術式を用いなければ彼らを退散させることは難しいだろう。
彼らは今残っている彼らは知的好奇心だけではない、仕事という使命感をも燃やして挑んできている。
倫理に訴える説得など彼らの心を動かすには足りない。
だがそれが可能ならばもっとも穏便に済ませられる行動かと思われる。
もちろん催眠の術式を見られないことが前提、かつこちらを映すカメラにも効果があるのかも加味しなければ事象だろう。
ならば後者は、音を隔絶する結界を作ることが出来た彼女ならば、俺たちの存在を隠匿する結界なんてのも可能ではないだろうか?
もちろんこれは推測にすぎないが、霊力とか魔力の術式工程をしらない俺としては想像することが精一杯なのだ。
しかし彼女は俺の予想、そして外から溢れる喧騒その全てに背を向け、俺に手を差し伸べた。
まさしく予想外。
俺の予想を尽く外し、覆し、突然の行動に俺は馬鹿みたいに口を半開きにしてしまっていた。
そんな醜態を晒しながら俺はふらふらと花蜜に誘われる蜂の様に、なんの疑問浮かんでこないまま彼女の手を握り返した。
そして痛感するその読み全てを外した先に待っていた彼女の思案を。
その身に襲い掛かる強烈な違和感によって
皆、空に一度は大望を抱いたことはないだろうか?
俺はある、もし霊力とか魔力とかが一般化したのなら何がしてみたい?と問われるなら、俺は・・・
突然襲い掛かる無重力にも似た浮遊感
顔を圧迫する早朝の冷たい空気
足元から聞こえる多くの声の大瀑布
そう---まさしく、俺は空を------
「う、あああぁぁぁぁあああぁああぁぁあああ!!!!!!!!」
飛んでいるぅぅぅぅぅ!!!!?????
迫るグレーの雲、下に落ちていくビル、鳥が羽を動かしながら俺の横を停滞している。
いや、俺たちが上に飛んでいる。
全ての喧騒は疎外化し、救急車が通ったドップラー効果のように遠く伸びていく。
もう俺の周りには何もない。
下を覗くと拡大地図を縮小して様をこの肉眼で見て取れる。
上を仰ぐと迫り来る雲、そして彼女と俺を繋ぐ腕。
俺は彼女のはためく銀髪を眺めていた。
・・・なんて乱暴な選択肢だろう。考えていた全ての観点をぶっ壊して彼女は飛ぶ。
彼女の軽率な行動に、苛立ちさえ覚えた。
しかしそれ以上に、俺は自由に飛行していることに心を躍らせていた。
空への渇望、男なら一度なら夢を見たんじゃないだろうか?
ライト兄弟然り、オーガスタス然り、オクターヴ然り。
空を鳥のように自由に飛べたらどれだけ素敵だろうか。
人はそれを夢見て飛行機を作った、しかし今の現代ではそれですら満足できない。
本当に、自由に、体全体で風を感じたいと思ったのではないだろうか?
故に人は空想した。ありえない空想科学を信じたいと願ったのだ。
しかしそんなことある訳ない、空想夢想夢幻だと納得し、心の中で渇望していた。
それが、今この場で起きているのだ。
「・・・・・八意さん、俺も幻想郷へ行ったら空を飛ぶことって出来ますか?」
八意さんはこちらに視線を向けることなく返答を返した。
「難しいわね、霊力の絶対量の少ないあなたが空を飛ぶのは、相当辛い鍛錬が必要よ。耐えられるかしら?」
脅しにも似た言葉だったが、俺は不安より先に歓喜が胸を埋め尽くす。
八意さんはこういっているのだ、頑張り次第で飛べるのだと。
頑張れば飛べるのだ。
比較したらよく分かる、普通は頑張ったって飛べないはずだ。
きっと今の俺の表情は欲しがっていたトランペットを買ってもらった少年のように輝いているのだろう。
そんな俺の表情をしってかしらずか、八意さんは警告を促した。
「さぁこの雲を抜ければ撮影機なんていう無粋な物から逃れられるわ。障壁を張るわ、離れないで」
雲に入る。
順当に考えるのならばまさしく愚考だ。
何の対策もしていないただの人間が強烈な気圧変化に耐え切れるはずはない。そんな常識を彼女と俺を包む膜によって明後日の方角へと弾かれた。
そう、よく考えてみたら空を飛んでいる事自体非常識じゃあないか。
雲を切り裂く、突き抜ける。
果たしてその先に
「ぁ・・・」
雲を地に、蒼天が映し出す太陽に、俺は心を打たれた。
その風景は一度は見たことがあった。
飛行機での光景、透明なガラス越しに見るその風景に俺は感嘆したものだった。
しかし、俺は再び、いやそれ以上に感動している。
風を肌で感じ、一秒と同じ形をとどめ様とはしない雲に胸を動かされ、蒼穹を映し出す燦然と輝く太陽に目を動かさざるおえなかった。
まさに天地に一つ、この光景は存在しないだろう。
「気に入ってもらえた様で幸いね」
その声に我を帰した。
日の出が映し出す彼女のほんの少しの得意げな横顔を見惚れること数秒。
再び自我を取り戻して足元に何もない不安定な感覚に、俺は思わず彼女の腕を抱き込んだ。
「うおお!!!これ、なんで俺浮いてんの!?もしかして手を離したら落ちるとか!?」
「ええそうね。今あなたは私の術式に乗っかる形で浮いているわ。その接続点がこの手よ。せいぜい離さないことね」
「ま、マジですか。」
その言葉に抱き込んだ彼女の腕にさらに力を込めた。
雲の上っていうと標高1キロ以上あるだろ、そっからパラシュートなしのスカイダンビングっていったい何回人生振り返られるんだ。
いや、それじゃない。
そんなことはいいんだ、いやよくないけど。
「ってそんなことより八意さん!何で大衆の面前で空飛んだんですか!」
確かにあの連中は撒くことに成功した。
しかしこれで確定した、八意永琳は本物だと。そしてそれは幻想郷の肯定に他ならない。
そんな俺の焦りも空しく八意さんは澄ました顔で答えた。
「何故って、もう一度飛んでるのに隠す必要なんてあるのかしら?」
その答えに俺の疑点のパズルが嫌が応にもに組みあがっていく。
先輩、あなたの推測はどうやらあっているようですよ。
彼女は間違いなく、幻想郷の管理者、八雲紫と繋がっている。
今の今まで彼女と一緒に居れば単純明快、算数の問題を解いている方が楽に思えるほど。
八意さんは恐ろしいまでに聡明だった。
その彼女が幻想郷の理を知らぬはずが、いやそもそもその理を教えてくれたのは八意さんなのだ。その彼女が幻想郷の存在を明るみに出すだって?ありえない。
八雲紫によって締め出しを食らうかもしれない状況なのに、彼女はそれを一切気にしたそぶりは見せていない。
ならばもう答えは出ている、あまり考えたくなかった事実なだけに衝撃も大きい。八雲紫は、この状況を容認しているとしか思えない。
八意さんが大きく世間の目に触れたのは、1度目も2度目もここぞとしか言えないタイミングだった。
しかし何故、何のために、その答えを見るには今だ見当たらないピースが多すぎる。
俺たちの世界は八雲紫に、八意さんに振り回され、変化していく。
俺は何も出来ずに、ただ流されるままだ。
本来ならば思い直した方がいいのか?
今だならまだ、まだ間に合う、引き返せる。
ああ、だが、なんてこった。ああ、くそっなんてキレイなんだ。
彼女の存在は、その全ての思惑を乗り越えてでも、俺は彼女の傍に立っていたかった。
いやっほうー!!!
問題が一つ解決したぜぇ!
突然同僚に「ちょ、おま、何しろてるのwww」って言われずにすむ!
やったーーー!!!
もう評価されてpt上がっても「うん、うれしいんだけどさぁ・・・」とかふざけた事考えなくていいんだ!
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