14話 覚悟完了
えー
鈴仙ファンの方すみません
でも私のなかではこれがジャスティス・・・ヘァー
なんか最近謝ってばかりだな
懐かしい障子戸の擦れる音がして俺は目が覚めた。
何だ、親が起こしにきてくれたのか。今日仕事はどうだったっけ、休みだったか?
しかし障子戸の音なんて久しぶりに聞いたなぁ、たまには実家に帰ってみるもんだ。
そう思いながらもうすこしだけ心地よいまどろみに呑まれたくて俺は音に背を向けた。
布団越しに感じる冷気が外の気温が尋常でないことを思い知る、これはますます出れなくなったな。
ゆっくりと意識が落ちてゆく、ゆっくりゆっくり、安楽なまどろみへ・・・
その時ひんやりと、額に当たる手に違和感を感じた。
柔らかく瑞々しく、尚且つ生命力に満ち溢れた手は母とは別ベクトルで素晴らしいものだったから。
あれ?これだれの手だ?
不意に俺の意識が急上昇した。
そうだ!俺は幻想郷に来たんだ。
そう、それで・・・それで八意さんがキレたと思ったら俺は霊体離脱していて。
そして額に手を伸ばす人物こそ、求めて止まない八意さんのものに違いない!
「あ」
「・・・・誰?」
うさ耳をつけた赤い瞳の美少女がそこにいた。
美少女は俺の質問には答えず、額から手を離すと膝横に置いてあるボード付の用紙に何か書き込んでいる。カルテか何かだろうか?
どちら共々話すことなく、無音の空間にただペンを走らせる音だけが響き渡った。
「八意永琳の一番弟子『鈴仙・優曇華院・イナバ』」
ペンが止まったと同時に簡潔に名乗り、ブレザーの学生服を着込んだ薄紫長髪のコスプレ美少女は、俺に冷たい視線を送って挨拶もそこそこに部屋の外へ出て行った。な、なんなんだ一体。
そこでハタと気がついた。やっちまった、初対面の八意さんの一番弟子に碌に挨拶ができなかった。つーかそもそも自己紹介すら出来てないじゃないか。
人間関係のこじれこそ厄介なものはない、俺もここに暮らす予定である以上ひとまず下手に出て穏便に謝ろう。
そう思い布団から抜け出そうとしたとき
「気にしないほうがいいうさ。あれは元々人間にはああだから」
今度は後ろか!?
振り返るそこに、壁に凭れ掛り腕を組むうさ耳ロータリーが一人。
人参のアクセサリーを首から提げてピンク色のワンピースが妙にあうその少女は、外見相応にないふてぶてしさを纏いニヤニヤ不敵な笑みを浮かべている。
ミステリアスなアリスに出てくる嫌味な猫見たいだな、とか結構不謹慎な感想を抱いているとそれは壁から腰を離すとずいっと身を乗り出して俺の顔を覗き込んだ。
「へー、あんたが槐・・・・・かぁ。ふーん」
嘗め回すように見渡し、思わず顔を引いた俺を誰が責められようか。
そんな俺の反応にロータリーは心底不思議そうな表情で呟いた。
「全然霊力ないねぇ、これはハズレかな?」
「な、なにが!?」
「ああ、こっちの話こっちの話。お師匠様が呼んだ人間に過度な期待をしてただけで」
そりゃそうだ。外の人間からしたら幻想郷どいつもこいつも異能者なんだから俺なんて凡夫過ぎて逆に珍しいだろう。
といっても今のところ八意さんとその弟子、後管理者ぐらいしか会ってないのでまだ推測の域をでないが、当たらずとも遠からずといったことろじゃないか。
ともあれ俺が物語の勇者の様に何か秘めた力を宿しているなんてことはまずない。だから勝手に期待されても何もしないし出来ないのだ、察してくれ。
「しかしお師匠様も何でこんなふつーの人間を向かい入れたのかねぇ。別にうちの利になりそうなこともないし・・・」
そのロリータの呟きでようやく状況を理解した。
つまり八意さんは何故俺を幻想入りさせたのか、それを弟子らしき彼女らに何も話さなかったらしいのだ。
確かに逆の立場ならそりゃ気になる。先輩が無理行って入社させた奴がいたら絡みに行こうものだ。
さて、いきなり他人の顔を見てハズレ呼ばわりしたちびっ子に何かしら言ってやる義理は流石にない。養鶏所の鶏だってまだまともなこと言われてそうだ。
とは言え俺も大人の端くれ、意固地張っても仕方ないので簡潔に説明しておこう。
「八意さん曰く、先祖に縁があるとは言っていたけど。なんにも聞いてないの?」
俺の言葉にちび兎は一瞬動きを止めた。
「・・・・・へー、何も聞いてないね。っとなると、ふーん。ま、そうなるのかね」
「すまん、自己完結しないで俺にも分かるように話してくれないか?」
「気にしない気にしない。じゃあゆっくりしててねー」
そういうと俺に背を向け手をぷらぷらとさせながら部屋から出て行ってしまった。
なんなんだ、一体?
人気が完全に途絶えたことを確認して布団の上に寝転がる。
今気付いたんだけど、意識途絶える前にあったわき腹の痛みが完全になくなっている。包帯が巻かれているようだが、体を捻ったり触ったりしても全く異常は見当たらない。
常識的に考えると全治1ヶ月は固い怪我だったのだろうが、もう直っているということは気付かないうちに既に1月たっているか、それとも非常識な手段で直したかの二択。
まぁ後者だろうな、非常識を売りにした世界なんだし。
さて、病み上がりとはいえやることがないというのも辛いな。
特に体には異常は見当たらないので、とりあえずここは八意さんを探してみよう。
なにぶんこの地で唯一の面識があるのが八意さんだからな、現状を説明してもらおう。
本当はあの二人に聞けばよかったんだけど、タイミングを逃してしまって聞けなかったんだよな。
勝手に出歩いていいものかほんの少し葛藤したが、このままじっとしているのもなんだかむず痒い。
俺は布団から這い出ると八意さん捜索のために部屋から出ようとして、
「ん?」
なにか複数の視線を感じた。
コスプレ女子高生にうさ耳ロリータ、先ほどはこんなもの感じなかったのだがまだこれ以上何か出てくるのか。
警戒心露に周囲を見渡す、右よし左よし・・・背後もよし。
後見ておくところは・・・そう思い頭上を見上げると、鈍く銀色に光沢の掛かったものが視界一杯に広がった。
ガンッ
金タライを顔面に受けるという、人生あるかないかの貴重な体験を鼻が曲がりそうな激痛と共に体感し、俺はもんどりうって布団の中に再度引きずり込まれた。
クスクスという微かに聞こえる笑い声を耳にし、そして俺は考えるのをやめた。
諸君、どうすればモテるんだろうか?
漫画のように環境さえよければ俺だって・・・
物語のようにフラグさえ立てば俺だって・・・
と思う人もいるのではないだろうか。
残念、恋愛とはそれほど難しくはない。
なにもそんなややっこしいプロセスを踏まえなくとも、単純なことだが普通に話しかけたら容姿関係なく出来ちゃったりする。
自分の望む異性がいないとか、そもそも出会いが無いとか、それは単なる言い訳で、世の彼女・彼氏のいない者達は異性に話しかけることをしないからだ。
確かに異性は考え方も違えば、勝手も心構えも違ってくるだろう。しかしだからこそ難しく考える必要は無い。
例えば昨日見たドラマの話だっていいし、読んだ漫画の話でもなんでもいい。「昔アイツあんなことやってたんだよー」のような会話も探せばいくらでもある。
会話を通してパーソナルスペースを徐々に埋めていく。『話す』ただそれだけで一人の異性として意識される、なんと単純なことか。
さらに言うなら男と女、互いが互いとも接点を持ちたがっている、そのフラグを自ら見逃すなんてもったいない。
かかる経費は前に出る勇気、プライドをちょいと売りに出せばすぐ手に入るものだ。もっともさらなる効果を期待するなら課金なんていいんじゃないか。
最終的に気軽に馬鹿話を異性と楽しめるようになったら、ハーレム状態!っていうのも全然夢じゃない。というかホント割とあっさり出来てしまう。
後は本命の異性と一緒にいる瞬間を楽しめたらグッドだ、ガハハ・・・・・って
「それが出来りゃ苦労しねーよ!」
言われて出来れば皆東大に合格しとるわ!それができねーから苦労してるんだろ!
生憎世の中、世間体とかの目を気にしなきゃならん。
あまり露骨に話しかけてもがっついてるように見えてなんだかなぁ、とかな。
さて、ここまで話してなんだが俺は何を言いたかったというと・・・
俺が先ほど上げた声に反応して周囲のうさみみの子供達が興味深々にこちらの様子を覗ってくる。
まぁ新参者の客人だからな、その好奇な目は納得しよう。だがここで一つ問いたい。
―――何でこいつら全員女の子なんだ?
・・・いや、まぁ悪いとはいってないよ。
女の子、うん可愛いね。俺はロリコンでもなんでもないからいいんだけどさ。
なんだろう、混浴っていうのを期待膨らまして来たものの実際入ってみたら9割女性で何か気まずくなってゆっくりできないみたいな、そんな感じ?
普段ちっこい子供が様子を覗ってたら「なに覗いてんだゴラァ!一緒に遊んで欲しいのかぁ!」と遊びを吹っかけるのだが、いきなり人のうち来てはっちゃけるのもどうなのかなぁ。
かといってこのままほって置くのもな、何か視線が痛くてゆっくり出来ないし。動物園の折の中の生き物はよく我慢できるもんだ。
と、そこまで考えたとき一人のうさみみ子供が足を縺れさせん勢いでやってきて覗き見ていた集団に近づいた。と思った瞬間クモの子を蹴散らかしたかのように散っていく。
とたん自分のいる部屋が広くなったように感じ、冬の冷気がよりいっそう侘しさを助長させる。
「・・・・な?」
「目覚めたようね」
胸に響く声が俺の鼓膜を揺さぶった。
振り返らずともわかる、この声の持ち主はここ一週間でもっとも意識し敬愛した声だったから。
「槐、加減はいかが?」
俺を幻想郷へ招いた、八意永琳がそこにいた。
「師匠、先ほど槐 隆治が意識を取り戻しました」
「そう」
そっけない返事を返しながら師匠はフラスコから目を離さずを振り続ける。
琥珀色の液体が踊るように容器の中をクルクルとまわるのを注意深く観察しながら、スポイトで透明な液体を掬い取りその中に数滴こぼした。
とたんフラスコ内の液体は青紫色に変色し不吉に粟立ち始めた。しかし師匠は慌てない。
「優曇華、E7の棚においてあるMQ-10hyをもってきなさい」
そこに焦りの色はなく淡々と発する師匠の命令に、私は背筋が痺れるような甘美な快感を唇を舌で湿らすことで押さえつける。
師匠、八意永琳。全てが美しい。
なんて華麗で、気品あふれて。如何な事態にも予測できるそのそこの深さ。
どこを切っても完璧で、どこを眺めても隙が無い。
もう、師匠の椅子にでもなりたい!それほどまでに師匠、私は思いを寄せています。
しかし私は師匠の一人の弟子に過ぎない。
師弟関係こそ私と師匠を繋ぐ絆ではあるが、同時に隔たりでもある。それを壊すのには些か時間が要る。
この喉から溢れそうになる思いを伝えるには、まだ準備不足、あと3世紀ほどは欲しい。
待っていてください師匠。あんな霊力干乾びたウジムシ以下の下種は、私の爪の垢以下であることをお見せしますゆえ!
それまでどうかこの私、『鈴仙・優曇華院・イナバ』をみていて下さいねーーー!!!
「はい、師匠。お持ちしました」
「ん」
師匠は私の手から薬品を取ると別のスポイトでそれを掬い上げ、フラスコに罅がいきそうなほどに煮沸している液体の中に数滴入れた。
嫌に焦げ臭い匂いが部屋中を覆いつくし、思わず顔を顰める。しかし師匠はまるで気にした風体もなく、反応の終わったフラスコをテーブルの上に置く。
エメラルド色に輝くそれの効能を調べるべくシャーレを取り出したところで師匠は動きを止めた。
「優曇華、やってみるかしら?」
誇張抜きで私の心臓が肋骨を押しつぶすように跳ね上がる。
「え・・・?よいの、ですか?」
今まで師匠の研究の雑務しか任されてはいなかった。
アレを取ってきて、コレを取ってきて、ソレを洗って消毒しておきなさい。などなど、実際の研究に噛んだことは一度も無い。
しかしそれが今、塗り替えられた。
師匠はこう言っているのだ「私はあなたを信頼し、技術を信用し、努力を信認している。だから優曇華、あなたには私の手足の一部になって頂戴」っと!
きた
ついにきた
私の時代がきたー!
私は大きく偉大な一歩を踏み出したのだ!
「は、はい!」
「やり方は分かるわね、私がやっていたようにやりなさい」
「はい!」
そういって師匠は私をいつも座っている椅子に導いて肩に手を置いた。
その手から伝わる信頼のぬくもりで目蓋の奥がチカチカする。思わず瞳を閉じて感傷に耽る。
嗚呼私、今輝いてる。
胸に広がる至福の多幸感に言葉が無い。師匠、みていて下さい。私の全力を!
その思いを胸に師匠が取り出したシャーレを手に取り、
「じゃあ私は槐の様子を見てくるわ」
落としそうになった。
両手から滑り落ちるシャーレをわたわたと追いかけ、最後は地面に滑り込むようにキャッチする。
あ、あぶない。もうすこしで師匠に大目玉くらうところだった・・・ってそうじゃなく!
「は、はぇ!? な、ななな何でですか、先ほど私が視診しましたよ! アレは猿が診ても健康体だと断言しますよ!」
しかし師匠は話にならないとばかりに首を振った。
「優曇華、別にあなたの視診を疑っているわけではないわ。ただあの時彼の処置はあくまで応急だった。それによるアクシデントを警戒しているの。永遠亭に戻ってから完璧に済ませたとは言え、処置を施した本人が万事を備えて視診するのは当然ではなくて? だから優曇華あなたは今、あなたが出来ることをしなさい。期待しているわよ」
そういってしゃがみ込むと肩を2度ほど慰めるように叩いて師匠は研究室から出て行った。
一人残された私は先ほど出て行ったばかりの扉を呆然と眺め、突然降って湧いてきた虚脱感に体全体を床に預ける。
床から伝わる冷気が今の私をより惨めな気分にさせてくれる。
煙に巻かれた。
師匠は、私を置いて、あのゴミムシの所に。地べたを這い回ることしか出来ない奴のところに・・・あはは、なら今の私はなんだろう。ゴミムシ以下?
「あ、あはは・・・・」
どうしてだろう、涙が止まらない。
「あははは」
なんでだろう、嗤いがとまらない。
「ははははははははははっはああはははは!!!!!」
ああ!ホントウに嗤いが止まらない!
怒りで頭がねじ切れそう!嫉妬で臓腑が沸騰しそう!
手に痛みが走る。それよりも心が痛い。
再びあの竹林に迷い込んだような締め付けが私を締め上げる。この痛み癒して欲しい、ああ師匠。あの時の様に、あの温もりをもう一度私に・・・
求めるように虚空に向けそうになる手をさらに握りつぶす。砕けたシャーレが肉に食い込む痛みを意識の外に置き、師匠からもらった課題をこなすべく起き上がる。
そう、例えどんな形であれ師匠の期待を裏切るわけにはいかない。
師弟関係、これこそが師匠と私を繋ぐ鎖。それだけが私がアイツに勝る唯一の優位性。それを自ら破棄するなど言語道断。
私はやれる、やれば出来る子なんだ!
(『やれば出来る子』なんて駄目な子に言う常套文句じゃないかい?)
違う違う違う!今はあんな不良兎の台詞なんてどうだっていい!
師匠も言った。私は今、私が出来ることをする!
血まみれの手を水で洗い流し単純な処置を施す。最後に荒々しく手に包帯を巻いた後、棚から新しいシャーレを取り出した。
それに師匠の作った薬をスポイトで軽く落とし、サンプル用の菌糸を複数撒いて反応を確かめる。
顕微鏡で初期段階を観察・記録をし、それを保存してさらに数時間後反応を見るのだ。それを数十作り置き、
そして作業が終わっても、ついに私の頬が乾くことがなかった。
ただただ、止め処なく溢れる涙と怨嗟の声がその研究室を覆いつくしていた。
「ふぇっくしょーい!・・・・・ズズ」
「体が冷えたみたいね、もう一枚着なさいな」
「いや、流石にそういうわけには。今からここの主に会いに行くって言うのに野暮ったいのはちょっと・・・」
「病み上がりなのに何言ってるのかしら?主治医には従いなさい」
「・・・はい」
それをいわれちゃこちとら何も言えぬ。
俺は大人しく赤のジャンパーを上から羽織る。中に着ている永遠亭提供の着物がなんともミスマッチだ、キャビアの軍艦巻きみたいな違和感を感じる。
思わず皺の寄った眉間を手で揉み解しつつ、八意さんの後ろについて行く。
永遠亭の長い廊下を二人無言で渡り歩く。本当、どこまであるんだよと突っ込みたいくらいに長い。そもそも先が見えなくなるほど廊下が続いてるとは、これ如何に?
部屋の数もそれこそ無限にあるのかと思うほどに多く、恐らくあの時一人で八意さんを探しに行こうものなら一発で迷っていたであろう自信がある。
しかしこれほどの豪邸一体何坪の土地が必要なんだか・・・ここの主の経済力、影響力が知れるといったところだ。
『蓬莱山 輝夜』
今向かっている永遠亭の最深部に居られるらしい。
この永遠亭の主、一体どういう人物かは予備知識は一切無しで会わなければならない。
本来なら東方Projectで検索したらあっさり出そうだが、八意さんに止められた。
曰く、この情報媒体は幻想郷の一側面しか捕らえておらず下手に固定概念が生まれると後々厄介だ、とのこと。
確かに分からないでもない。
事実って言うのは製作者の言いように作り変えられるのである。
マルコポーロなんていい例じゃないだろうか?
東方見聞録に出てくるジパングなんて本当は東南アジアあたりじゃないかとも言われているのである。
結局人間の記録なんて曖昧なものだ。複数存在するならともかく、単一の記録に一体どのような信憑性がるのというのか。
そういわれ、俺も東方Projectを調べるのはやめた。
確かに予備知識なしでわけの分からないところに放り込まれる恐怖感はある。
だがそれ以上に、自分で見て、聞いて、感じたことを先入観なく取り込み、自分だけの新しい地図を作ってみたい、そうおもったのだ。
まっさらだった紙がどんどん埋まっていくワクワク感、その楽しみを俺は思う存分味わってみたかった。
(ま、それで死に掛けたら世話ないな)
思わず零れた苦笑をかみ殺した時、八意さんは歩みを止めた。
「さて、この先に姫様が居られる。粗相の無いように」
俺は八意さんが立っている襖を見上げる。
今まで通った場所同様、巨大な襖があるだけ。襖も左右のものと全く同一のもので、違いを見分けることなんて不可能だ。
なるほど、木を隠すなら森の中・・・か、確かに外部からの侵入があったとしてもまず見つかるまい。
さて、ここが正念場だ。
この次の瞬間で、俺の処遇が決まるといっても過言ではない。
俺は跳ね上がる心臓を落ちつかせるように大きく深呼吸をして、緊張を解くように首を軽く捻る。
「・・・・・いきます」
気力を四肢に充実させ、腹に力を入れ、拳に気合を込める。
覚悟完了。
気に入られるような会話をする自身は無い。出来ることは自分の全てをぶつけるのみ。それが馬鹿の出来る唯一の強み。
前のめりになりそうになる気持ちを抑え、俺は永遠亭主のいる襖に手をかけた。
鈴仙動かして楽しい
えーりん動かし辛い