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10話 好きとかそういう次元じゃない(後編)

ねんがんの えーりんとげんそうきょうにいけるぞ!



周囲の言葉はない。

拙い息遣いだけが周囲の存在を感じさせ、この寒空の下に鳴く鴉の泣き声が俺をあざ笑うかのように響き渡った。



滅びきった空気、珍妙な緊張。








「・・・・・・ふっざけんな」



しかしそれも数十秒後、この一言を輪切りに決壊したダムの如き怒声の奔流が生まれた。



「ふっざけんなよてめぇ!」


「怨めっていったのてめぇだかんなぁ!」


「そこを動くなよ!」


「うはははは!阿呆だ!阿呆がいる!」


「うわーまじかよー」


「やべ、俺あいつに気持ちでまけた」


「そんなことどうでもいいから魔理沙に合わせろ!」



最初の喧騒を超えるような騒ぎと罵声が濁流になって襲い掛かる。

だが、そこには最初の黒い敵意はなく、澄み切った赤い怒りが俺を心地よく焦がしてくる。



(さいかち)



その言葉に俺は周囲の雑音に耳も傾ける余裕はなくなった。

いまここでダイナミック告白をした相手が居るのに、余裕持つ奴なんてどうかしてる。



「八意さん、あー、いやその」



思わず空笑いが出てきてしまいそうな状況に、俺は大衆から視線を外し件の女性と正面から向き合った。


彼女の姿を見たとき、そして今の心境。

それは一遍の変化も見当たらない。

ただひたすらに恋しく、そして憧れる。

彼女の一挙一動に俺の心は動かされ、振り回され、引き寄せられる。

そしてそれを俺は楽しんでいるらしいのだ。はは、どんなマゾ野郎だよ。


傍から見たらさぞかしキモイだろうなぁ。

俺が逆の立場だったら真面目に引くね。


けど改める気は全くない、というかその段階は先ほど通り過ぎてしまった。

むしろ引き返そうって言う気持ちこそ、忌避すべき精神だ。

ならあとは、わき目も振らず突っ走るだけだ。

その突っ走った先にあるのは、八意さん素敵な笑みだろう。


そう、今彼女は傍から見ても本当にイイ笑顔で笑っていた。

まるで心のそこから、面白いと思えるオモチャを見つけた少女のような表情で笑っている。

彼女の表情を見て俺は初めて悟りの境地を開けたような気がした。


ああ、いじられる。



俺はほんの数秒後、誰でもわかるであろう事態を予言し、そして外した。





「くく・・・あー、本当に笑わせてもらったわ。あなたって本当に・・・」








そこで八意さんは言葉を切った。


何故切ったのか?

彼女の身に何か重大な事態が起きたのか。

しかし事実はそうではなく、というよりも彼女に何か起こったのではない。


その時の事をふと考え直すと、先輩の事を思い出す。


『殺人予告が某掲示板に張られてるぞ、しかもくそ伸びてる。注意しろ』


と、最後に『爆発しろ』って言う文には少々驚いたが、俺ももっと真摯受け止めるべきだった。

予告をするのなら準備ぐらいする。

さらにその人物が動き出してしまいそうな状況は、うん。今現在このイベントしか存在しないな。



「・・・・・・っか、ぁ」



最初は痛みなんてものはなかった。

ただ誰かに後ろから体当たりされただけかな、そう思った。

しかしそれと同時に何かの異物が体を突き抜け、俺はその衝撃に少々驚いた。


次に起きたのは異物によって体内を押しのけられるという不快感。

氷が体内に溜まっているような不思議な感覚。

もっと単純に言うと「吐き気がするぐらい気持ち悪い」といったら分かりやすい。


そして、その氷が灼熱のごとく熱を持つのにそう時間はかからなかった。



「・・・・・・うぉぁ・・・」



「痛い」というより「熱い」が正しい。

体に火鉢を押し付けられたかのような苦痛。

それと同時に俺の血と汗、涙。全てが高温の熱を持ったかのように沸騰した。



「・・・・・・やりやがった」



外野で何かが聞こえる。

そうして俺は初めて、自分が刺されているという事態を認識した。






―――痛い


冷や汗が止まらない、肺を膨らませると脇腹が鈍く軋む、心臓がやけに他雑に鼓動する。

その感情が俺の中の全てを濁流で押し流そうとするのを、理性の塀で必死に耐える。


後方を振り返りこの目で確認する事実、確かに俺は後ろのわき腹を何者かによって刺されている。



「・・・・・てめぇ、マジで・・やるかよ」


「・・・・・・・・」



俺の言葉の投げかけにそいつは無言を貫き通した。

ただ腹部に感じる熱が、そいつの殺意を雄弁に語っている。


ああ、なるほど、そうか、こいつも必死なんだな。

俺が八意さんに追いつこうと必死なように、こいつもこいつなりに俺に追いつこうと必死なのだ。

そう、立場が違えたら俺はこんな風になっていたのだろうか?

そんなこいつを俺は嫌えるはず、ないだろうね。


クラリと意識が一瞬飛びそうになり、それを必死に繋ぎとめ俺は血を脳へと送り込む。



「ぁぁ・・・安心しろ、俺が、言ったように、お前には、その・・・・・権利があるんだ」



息継ぎが異様に辛い、喋るたびに脇腹がギシギシと軋み声を上げる。

今この場で倒れてしまいたい。


だが、それは出来ない。

確かに俺はこいつは嫌いじゃないが、こいつがやった事に、なにも共感できない。



「・・・・なぁ、満足した、だろ?俺、を殺すこと、できて、満足、出来るんだろ?」



熱い、だが体は冷たい、頭が酷く痛んでくる

風邪の初期症状のような異変、いかん、血が流しすぎている


しかし俺の瞳は俺を襲った輩から外さないし、外せない


なぜこいつは自分を変えようとしない

なぜこいつは他人の責任にする

それじゃ、何も変わらない

自分の世界、自分の価値観を変えなければ、周りが変われど自分は何も、変わらない!



だが俺にそれを言う権利はない

そもそも煽ったのは俺だしな

けど言わせて貰う


他人に当たることででしか満足出来ない奴に



「だからてめぇは、八意さんを諦めるんだな!俺が死んで、それに満足したてめぇが、幻想郷にいく資格ねぇよ!」



奇々怪々な巡り会わせがあると思うなよ!









ぐちゅ






俺の中で何が発火した。



「がぁああああぁぁああああ!!!!!!」



こいつ・・・!ナイフを、捻りやがった!


ほんのり薄れていた意識が一気に叩き起こされた。

体の精一杯の警告を脳が強制的に受信する。

いわく「これはまずい」と。


こいつを振り切ろうと身を捩ろうとした刹那、事態が再び一転した。




風が俺の傍を通り過ぎた。


瞬間に輩の体が宙に飛ぶ。

二転三転と、ダンプカーに轢かれたような派手な転げ方をして、10メートル先でようやく運動エネルギーを使い果たし指先一つ動かさずに力尽きている。


俺は、ただの人間には到底まねできない事を平然と出来る人物に視線を向け、凍りついた。




掲げた腕は物理的干渉が出来るほどの高密度の霊力に覆われて、彼女の体はその霊力に連動したかのように淡く輝き、奇抜なドレスと美麗な髪を撫で上げている。

その幻想的な姿と反比例するかのように、彼女の顔には一切の感情が見られない。

無表情の能面を顔に貼り付け、今しがた俺の脇腹にスタイリッシュなポケットを作ってくれた輩に、感情無き視線を投げかけていた。


そして八意さんは俺に視線を変える。

その視線に地獄の釜の底を覗き込んだような身を切るような恐怖に襲われ、俺は思わず身を竦ませた。


俺の怯えの感情に気付いたのか、八意さんは無表情の仮面を外し眉を八の字に曲げて俺に歩み寄った。



「傷口を見せなさい。簡易だけど、処置するわ」



彼女は腕に霊力を纏わせると、ナイフが刺さった脇腹を押さえつけ、ゆっくりと抜き始めた。



「あ、ああぁぁ・・・・」


なんだろう、ナイフと一緒に内臓まで引き抜かれていくような感覚に、俺の意識は再び白い霧の中へダイブしそうになる。

しかし不思議と痛みは感じなかった。

彼女の霊力を纏った腕に押さえられた瞬間、痛みは灼熱の業火から湯沸しのポットぐらいにまで落ち込み、なんというか、むしろ心地よくすらある。

そんな奇妙な異世界を僅かな間とは言え垣間見て、ナイフが完全に俺の体から離れたと思った瞬間、ぐちゃりと何か傷口に叩きつけられた。


「ぐぇ!」


さらにその上に何か湿布の様なものを上から貼り付けられる。


「はぁん!」


「はい、付薬と護符を貼り付けたわ。今はとりあえずそれで我慢しなさい」


そう言って彼女は傷口に抑えていた手を離すと、痛みの鐘が再びゴンゴンと鳴り出す。

だが、我慢できない程度ではない。

これ本当に簡易処置なのか、なんかもう直りかけのような気もしないでもない。

というか凄まじいまでの手際のよさだ。

幻想郷ではこれが普通なのか?


そんな疑問を浮かべていると、彼女は再び俺を刺した輩に視線を向け、無常に、無慈悲に、彼女は再び霊力を込め、動く気配すらない者に狙いを定めた。




・・・・・・・・・




ってちょっと待て!



「八意さん・・・・!た、たんま!」


「ああ、安心なさい。この程度の傷、一週間もせず完治できる」


「あ、そうですか。それはそれは・・・」



じゃ!なくて!

話の論点からして全く違う!



「いや、そうじゃなく!八意さん聞いてます!」


「なに?」



今だ視線を輩から離さず、八意さんは俺の質問に淀みなく答える。



「彼すでに満身創痍じゃないですか!これ以上の追い討ちは生死に関わるんじゃ」


「安心なさい、なにも殺しはしない。ただちょっと悔いを改めて貰って」


「いや、でもその霊力は・・・」


「・・・・・気脈を狂わせ、まともな人間じゃなくなるだけよ」



おーい、何怖いこといってるんですかぁ?

駄目だ、これ以上は駄目だ。



「八意さん、彼を治癒してもらってもいいですか?」



俺の一言に八意さんは視線を再び俺に変えた。



「彼はあなたを刺した。私の客人であるあなたに危害を加えた。なら然るべき罰を与える必要があるのではなくて?」



その表情はあの時のように能面の様に何の感情も見出せない。

しり込みする心に喝を入れ、俺も八意さんに視線を外さず物申す。



「さっき言った様に、彼には俺をなじる権利があります。そして彼は不器用ながらもその言葉に従った。そして何より、八意さん。これは俺の問題、俺が抱えるべき懸案なんですよ」



相変わらずその表情からは彼女の思惑は見て取れない。

だがそれでも俺は俺を貫き通す。


「自分の言ったことに責任を取る。それは他人であれ、八意さんであれこの俺が許せない。けじめをつけれないのは、恥だ」


「・・・・・あれが私の顔に泥をぬった、と言っても?」


「・・・・・恥だ!」



視線が絡み合う。

意思と意思がぶつかり合い、互いにどちらの想いが強いか測りあう。

原初の動物ですら行っていそうな、この睨み合いをまさかこの場で、この人でするなんて思ってもみなかった。


「「・・・・・・・」」


彼女の意思を感じさせない、無機物の壁を相手しているような威圧に、俺は効くかどうかも分からない視線を叩きつける。

以前の俺なら思わず視線を背けていたのだろう、だがあの恥ずか痛い演説が俺の行き着く視点を失わせた。

心に踏ん切りがついた、俺は馬鹿でいい。

だから俺は馬鹿正直に俺の意思を八意さんに向けるだけだ。




「仕方ないわね、全く。本当、姫と似て変な所で頑固なんですから」



そうして折れたのは、八意さんだった。

鉄仮面の表情を外し、苦笑の笑みを浮かべて呟いた。


「はぃ?姫?」


「こっちの話よ、さ。じゃあさくっと治療して行きましょうか、幻想郷に」



そういって曙スタイルで倒れている輩に彼女は近づいていく。



「え!?もう行くんですか、俺何のためにここまで・・・」


「医者の私がいうのよ、処置したとは言え今は「絶対安静」。さてすぐに戻って永遠亭で本格的な治療をするわよ」


「ええ、ああ、はい」



なんかもう俺流されてるんだけど。

小さくため息を吐き、頭をガシガシとかき乱す。

ここに来るときはこんな事が起きるとは思いもよらなかったよなぁ。

事実は小説より奇なり、を地で行ってるな。


そうして俺は蚊帳の外だった大衆を振り返る。



「じゃ!行ってくるわ」



片手を挙げてシュタっと挨拶をして、返事も聞かず八意さんに向けて全力疾走する。


「あ!ちょっ!待てやコラァ!」


「てめぇ何いい風に纏めてんだよ死ね!」


「あはははっはは!!!」



足を動かすたびにズキズキと脇腹が脳みそに危険信号を送っているが今は無視だ。

自分なりの精一杯の走りで八意さんに追いつく。


「八意さん!OKですか!」



その言葉に彼女は霊力の篭った手を離して振り返り、不適な笑みを浮かべながら親指を天へと突きさした。

フライトの準備はOK。では皆様シートベルトを着用してゆっくり彼女の手を掴みましょう。


その瞬間慣れない浮遊感が襲い、俺たちは一瞬にして数メートル上空に浮遊する。



ああ、行くのか幻想郷に。

これほど派手に幻想入りっていうのもおかしなもんだ。


最後に、俺は雑多な喧騒に負けないほどの大声でこの世界に別れを告げる。





「うははははは!!!!!サラダバ諸君!まぁちょっと行ってくる!」




「うっせ!死ね!」


「変われこの野郎!」


「俺はお前を絶対に許さん、絶対にだ!」


「おーおー、やるねぇ」


「ピンクーーーーーっ!!!!」


「もうお前死ねよ」




この喧騒ともおさらばか、そう思い俺は軽く笑みをこぼし、大空へと連れられ羽ばたいていった。


  そう かんけいないね


にア殺してでも うばいとる


  ゆずってくれ たのむ!!






な なにをする きさまらー!



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