10話 好きとかそういう次元じゃない(前編)
なげぇーーー!!!
ので分割
仕事終わったら次がんばる
上空1000m、一人の男が黒の防寒着を着用して、この寒空の下カメラを抱いていた。
程よく年齢を重ね、仕事の油がもっとも乗っているであろう男は、くたびれた表情を浮かべながらネオン輝く地上を空しく眺めていた。
(ああ、なんで私はここにいるんだろう)
せずには居られない自問自答を自分自身に投げ、胸ポケットを探りややくたびれたのラッキーストライクを取り出すと、ライターに手を伸ばした。
「ヘリの中で煙草は厳禁っすよ」
といったのは部下の池田だ。長い髪を後頭部で結び、少しばかりチャラけた感じの男である。
しかし私はそいつの忠告を無視してライターに火をつけた。
強風に煽られ消えそうになるライターの灯火を必死に守りながら、煙草に火を灯すとその紫煙を一気にフィルター越しに吸い込み肺に溜め込む。
・・・うまい
「あ~あ、もう何言われてもしりませんよ僕は」
「うっせ、そもそもなんでこんな馬鹿みたいなことで、俺が駆り出されれなきゃなんねーんだよ」
無粋な部下の発言に胸糞悪くなり、私は大きく備え付けのソファーにもたれ掛かった。
「そもそも、なに?東方、だっけ?ビタ一しらねぇよ、なんだそりゃ。世間様じゃえらく騒ぎ立てているようだが、あんなもん幻想に決まってんだろう」
再び煙草を咥え、紫煙を吸い込む。
うーむ、エクセレント。
「はぁ、ですがその作品に登場するキャラクターかなんかが、えーっと槐だったけかな?それ連れて空飛んだ映像が」
「んなもん作りものに決まってんだろ。今の合成技術は何だって出来るんだよ。たとえ生中継っぽく見せる技術なんて、それこそ両手で数え切れるような数じゃねぇ」
全く、これだから新人は、映像に映るもの全て信じまいやがる。
忌々しく煙草を携帯灰皿で捻り潰すと、次の煙草を取り出す。
それを池田は方眉をぴくりと動かしたが今度は何も言わなかった。
「そもそもだ。人間がどうやって空を飛ぶ。羽もねぇのに。魔力とかなんだか摩訶不思議な技術があるなら何で皆それ使わなかったんだよ。だいたい今俺たちが受けている重力をどうやって相殺するんだよ」
私の全うな疑問に池田は「それは・・・」ともごもご口の中で答えを出そうと必死だったが、結局口を閉じた。
「それみろ。つーか魔力で空飛べたんなら、他の生物が何万年の進化をへて空へ羽ばたいた労力はいったいなんだ。進化論の大前提否定してんじゃねーか。そも、そんなら一匹ぐらい魔力使える動物いてもおかしくないだろ」
「ああもう分かりましたよ!それじゃあなんでこんな事態起きたんですか」
いい加減な夢から醒めたであろう池田の疑問は、今現状置かれている状況へと変わった。
そう私たちの置かれている状況、すなわち
「こんな事態っていうとあれか、この撮影用ヘリコプター使っての飛行少女探しのことか?」
そう、今私たちは上からの業務命令でヘリを活用した、空中捜索の真っ最中である。
カメラ片手に真冬の寒空へと舞い上がり、狭くて煩いヘリの内部で、ありもしない幻想を追いかけなければならないのだ。
「全く馬鹿馬鹿しい限りだよな。下ではイヴのイベント盛りだくさんだってのに、娘の約束断ってやる仕事がこんな・・・全く馬鹿馬鹿しい」
「今日はその東方projectの製作者の会見あるみたいですからね。ここでちょっとした話題作りでもしておきたいんでしょうね、きっと」
バラバラと不愉快なヘリのプロペラの音に眉を顰めながら、私は荒ぶる風を両手で遮り、再び煙草に火をつけた。
取り付けの席に深く座り込みながら、私は苛立ちを紛らわすかのように紫煙の昇らせる。
隣に座るサポート役の池田は、話が一区切りついたのか黙ってカメラのテープの確認をしている。
結局何が悪いかっていったら、面白半分に騒ぎ立てている私たち報道陣がもっとも悪いだろう。
言いように大衆の羨望に踊らされて、そして数字が取れると分かるや否や、それを煽る私たち報道陣が。
我ながら空しくなってくる。
私の初心は一体なんだったのだろうか?
私は何に憧れてこの業界に入ったんだ?
私の求めていた夢は幻想でしかなかったことに気付いたのは?
だが残念ながら私は、その擦り切れた記憶を再び浮き上がらせることはなかった。
夢を追い求めるには老い過ぎて、達観するにはまだ若過ぎて、中途半端な心を絶妙に釣り合いの取れた天秤のように動かして、私は再び紫煙を胸にためる。
今の私はただ流動的に仕事をこなしているに過ぎないのかもしれない。
天秤は間違いなく、ゆっくりと達観した視野へと傾いているはずだ。
だからだろうか? こんな夢を追い求めるような仕事を毛嫌いしているのは。
とは言え仕事だ、やるだけのことをしよう。
そう思い、大きく紫煙を口から吐き出し、席を立とうとして
私は、まさしく、幻想をこの目で見た。
小型の偵察機か何かと思った。
しかし長年カメラを通して培った目は、自身の認識違いであることを明確に表していた。
―――飛んでいた。
二人の人影が、一切の飛行機器をつけずに、空を200kmで滑空するヘリを追い抜くスピードで。
一人は至って普通の青年だった。グレーのジーパンに赤のジャンバーを着こなし、肩にはカバンを担いでいる。
しかしもう一人は、まるで仮装舞踏会から抜け出したような、奇抜なスタイルだった。
赤と青を縦に割ったドレスを着て、スカートからはその配列が逆になっている、そう眉唾ものの雑誌によくある時代を先取りし過ぎた服装といえよう。
しかしその相貌は、まさしく、鳥肌が立つほどに美しかった。
「わ、わ、こっちみてますって八意さん」
「ええ、そうね」
幻聴ではないだろう、ないはずだ。
「そんな・・・・・馬鹿な」
隣から今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに、震えた声を洩らしたのは、間違いなく池田だ。
振り返る必要もない、奴は口をきれいなO字に開けて間抜け面を晒しているだろう。
体中がまるで金縛りにあったように硬直し、動かすことが出来ないのだろう。
頭は突然の理解不能な現実に、完全に機能を停止させているだろう。
何故分かるだって? 分かるとも。
何故なら、今私がしていることだからだ。
―――天秤が大きく揺り動く
カタン、という音が心の中で波紋を広げる
私はその時、新しい夢を描いたのだった
それは私たちを追いつき、追い越し、雲の合間を突き切って、消えた。
何も出来なかった、プロ失格だ。今思い出しても、そう思う。
「は、ははは。あはははは」
茫然自失、人が理解不能な状況に置かれたとき、最初に行われるのは冬の大気よりも乾いた笑い声だった。
全く滑稽だった。私たちが想像していた事態は、実際の斜め下であったことを嫌でも認識させられた。
だが、私は腐ってもプロ。
たとえ決定的瞬間を捉えることが出来なくとも、やれることは大いにある。
俺は振り返った、新しいおもちゃを与えられた子供のように、そして今しがた描いた夢を実現させるために。
激動は激流を呼び、熱烈になお痛烈に、胸に秘めた衝憧を鎮めるために俺は声を張り上げた。
「おい!操縦士!」
「は、はいぃ!」
私の言葉にヘリの操縦士も、自失から復活したようだった。
当然だ、あれはそうなるべきものだ。
「あいつらが消えてった方角は!?」
「はい!方位角127度・・・・あ、これっは!?」
「なんだよ!さっさと言えよ!俺らエスパーでもなんでもねーんだぞ!」
操縦士の戸惑いに隣いた池田が、身を乗り出して問い詰める。
彼は何度も方位角を確認し、現在地を確認し終えたのちこういった。
「恐らくですが、例の会見の会場へと向かっているかと」
「・・・なに?」
「門松さん、これって」
「・・・本部に連絡しろ。目標を発見したってな」
門松 高次
このくたびれた30過ぎのおっさんは、後幻想郷を追い求める専門カメラマンの第一人者となる。
が、それはあくまで余談である。
「八意さーん!確かに俺はZUNさん記者会見に行きたいとはいいました。いいましたけど!何もあそこから最短距離で飛ぶ必要ないじゃないですかぁ!!!」
強風に煽られながら、俺は非常に全うなことを言った気がする。
というか基本的に俺は全うなことしかいってない。9割方八意さんが、常に俺の考える想像斜め45度を羽ばたいている。
そして俺はそれに振り落とされないよう必死だ、そう。今のようにな!
八意さんが伸ばす腕一本が、俺の生死を左右する。
それを俺は両手で握り締め、全身で風を感じる。痛いぐらい。時速で言うと300近くは出てるんじゃないだろうか?
新幹線並みの速度の頼みの綱は、片腕一本だけである、これひどい。
ひどいと言うか、一回落ちている。上空1000㎞の時点を紐なし、パラシュートなしの自然落下。
無論八意さんがすぐさま助けてくれたが、俺は人生を一度、振り返ることが出来た。実にいい経験をしたと思う、もう二度としない。
というか今はそういう問題じゃない、俺は目立ちたくないんだ。
吉良吉影にまでなったつもりはないが、所謂俺は一般ピープル。
並みのハートしか持たない俺に、これ以上人の注目を集めないで欲しい。
しかしそんな俺の思いを裏切るかのように、八意さんは清々しいくらいにいい笑顔をして答えた。
「槐、あなた何か勘違いしてるんじゃないかしら?」
「・・・と、いうと?」
非常に嫌な予感がする。これは霊力持ち特有の、一種のよく当たる勘みたいなものだ。
そしてそれが告げている、彼女の次の答えは、俺の望むべきものではないと。
「私はあなたを幻想郷へ連れて行く、その交換条件で提示されたのがこの騒動」
全て言わなくても分かった、もう答えは得た。
だがまだ確定はしていない、聞いてはいない。
俺は震える声で死刑宣告の先を促した。
「そ、それは・・・・つ、つつ、つまりぃ」
「ええ、派手に幻想郷入りよ」
その瞬間彼女のスピードは俺の常軌を逸した速度で加速した。
降りかかるGと、圧迫する冷たい空気、そんなさなか彼女を繋ぐ腕が唯一の温もりだった。
「ぬわぁぁぁ!!!!言うんじゃなかったぁぁぁ!!!」
もっとも今の俺にはそれを堪能する余裕は、小指の甘皮ほどもない。
ただただこれから起こるであろう凶事のプレッシャーと、降りかかる重力加速に耐えるので精一杯だった。
「神主さん、今こっちのツテで情報が入ってきまして」
その言葉に軽く反応を示したのは、黒を基調としたハンチング帽、やや度の強い眼鏡をかけたスーツ姿の少々やつれた感じの男性だった。
神主と呼ばれる人物は黒のベンチに黙って腰掛け、友人の告げる次の言葉を待ってる。
その友人も急かされたように、次の台詞を言い放った。
「なんと、八意永琳と俺らの敵槐 隆治がこの会場に向かってきているらしいです」
その言葉を聞いた神主たる人物は、ベンチから立ち上がり会見するであろう場所に視線を移す。
手先が震え、足の感覚もやや覚束無い。
それなりの舞台には彼も立ったことがある。だが、これはあまりにも異常だった。
用意された会場は総百人は軽く収容できる規模の会場、所謂大物芸能人の記者会見をするであろう場所。
並みの人間なら、見ただけでその場を覆う重圧に圧倒され、口を開くことすら間々ならない。そして彼は今からその場所で会見しなければならないのだ。
神主たる人物は諦めにも似た吐息を大きく吐き出し、缶ビールを強く煽ったのだった。