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蒼の封印  作者: 鈴村弥生
得難き者
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2.

 北の中央砦は、グリフ国境を望む要衝である。


 この砦から僅か北へ数キロの谷に国境線が敷かれ、更に数キロ先にはグリフ側の砦が置かれている。


 グリフの魔法兵器の実態を探るべく、真維達はここに来た事があった。


 奇襲に見舞われながらもどうにか捕虜を得て、結果は上首尾に終わりゼルダや公子を喜ばせたものだ。


 因みに、その作戦で魔法院と騎士団が協力したのが、クレイスとセリフィスの馴れ初めとなったのは余談である。


 作戦後に保護した難民の少女から得た情報で、魔法兵器の製造工場の場所が判明した。その現状を確かめるべく、単身グリフに潜入したセリフィスが持ち帰った情報により、魔法兵器製造の悲惨さが浮き彫りにされた。


 母の安否を問う少女のたっての願いで真維はグリフに行く予定だったが、それが決まった直後に、セイルロッドの求婚を受け、国内に留まざるを得なくなった。


 代わりにゼルダ・カドフェルが少女を連れ、グリフに向かったのである。


 ゼルダの姿が最後に確認されたのもこの砦であり、彼はここから旅立ち消息を絶ったのだ。


 一年半振りに訪れた砦は、物々しく武装した兵士達が、北の国境線を睨みつつ警戒を強めていた。


 駐屯している部隊の数も格段に増え、激しい攻防戦に何度も見舞われたらしく、砦の外壁には幾つもの魔法攻撃の残滓が生々しく残っている。


 ここが最前線なのだと、肌で感じる。


 今は小康状態といえたが、何時本格的な戦闘がはじまらないとも限らないのだ。


 そんな場所で、クレイスは一人。真維達を待つ事になる。




 砦で一日かけて準備を整えた翌日。


 夜明けを待たずに二人は出発した。


 門外まで出て二人を見送るクレイスに、セリフィスは心配そうな目を向ける。


 揺れる妻の瞳に、クレイスは苦笑で答えた。


「何て顔してる。俺は蒼を拝領している魔導士だ。ここに派遣されているどの魔導士より魔力は高い。戦闘があったって、自分の身位は守れるさ」


 安心させるようにわざと言葉を連ねる良人へ、セリフィスはそっと頷く。


「貴方の力は信じています。私が心配なのは、砦の事です」


 意味が解らず首を傾げる良人に、新妻は微かに頬を染めて囁くような声を出す。


「砦の部屋は、全て石造りで……あの。夜、一人で寝る時、冷えるのじゃないかと……」


「……何言い出すんだ、お前?」


 いきなり妙な事を言われて、クレイスは当惑した。


 セリフィスも、自分の言葉がどう取られたのかに気が付いて慌てて首を振る。


「え? あ……い、いえ、そういう意味じゃなくて……」


 夫婦の会話というものは、傍で聞いていて嬉しいものではない。


 ましてやこっちが独り者となれば……居たたまれない事甚だしいわけで。


 真維はさりげなく荷物を抱え、なるべくさりげなく二人に声をかけた。


「いっけなーい、あたし、忘れ物してきた、ちょっと戻るね」


 たいへんたいへん。などと呟いて、二人が返事をするまもなく門の中に駆け込んでしまう。


 その後姿を見送って、クレイスは微かに苦笑する。


 昔、似たような気の使い方を別の人からされた事がある。普段は執拗にからかうくせに、何かにつけてさりげない気遣いをしてみせる。優しいペテン師の姿が真維に重なって見えた。


 職業柄もあるのだろうが、真維は彼の人物によく似ている。どこがと聞かれれば返答に困るが、敢えて言うならは精神(こころ)の強さや在り方かもしれない。


 思えば、妻と結び付けてくれたのも、真維とゼルダだった。二人が居なければ、今の自分は無いだろう。


 同僚の策謀で失敗に陥った魔法実験が思い出される。


 壊れた魔法陣が呼び出した、凶悪なドラゴンの息吹で焼かれた身体、肉を裂いた爪。


 即座に受けた治癒魔法でさえも、焼け石に水といった有様だったと兄から聞いた。


 そこまで瀕死の大怪我を追いながら、頑なに転地療養を拒んでいたのは。ドラゴンの炎を恐れもせずに助けに来てくれたセリフィスの姿が、頭から離れられなかったから。


 真維を還す方法を見つけないとだとか、戦争目前なのに仕事は放り出せないだとか。ろくに意識も保てないくせにあれこれ言い訳をする本心は、セリフィスの心が知りたいからだった。ただそれだけに固執していた大阿呆に、二人が確かめる機会を作ってくれた。


 それがなければどうなっていただろう? 


 意地を張ってそのまま命を落としたか。怪我を理由に、養生先の田舎に引きこもったままか。そんな程度に違いない。


 間違いなく、こうして愛しい者の視線を受け止める事はできなかった筈である。


 だからクレイスは、赤くなってしどろもどろになっている妻をそっと引き寄せた。


「く……くれい?」


 驚く妻を胸の中に包み込んで、邪眼の魔導士は低く笑う。


「いったい何が言いたいんだ、セリフィ?」


 路上であるのを気にして身を硬くしたセリフィスは、肌に馴染んだ温もりに促されて、クレイスの肩に顔を埋める。


 細い腕がおずおずと背に回され、左手が何かをなぞるように動かされる。


「私が心配なのは……砦のなかで体を冷やしたら。この傷が、また痛むのではないかと……それが気になって……」


 クレイスの右半身には肩から足にかけて、引きつりケロイドになった傷痕が生々しく刻まれていた。


 ドラゴンの爪で引き千切れかけた腕や壊死すら始まっていた足は、半分以上肉の削げた歪な傷跡を曝してはいたが、妻の手厚い看護によって再び大地を踏んでいる。


 だが完治はしたものの、季節の変わり目などには時折ひどく痛む。


 セリフィスはそれを案じているらしい。


 妻の気遣いが嬉しくて、クレイスは腕に力を篭めた。


「気にするな、寒けりゃ誰かに頼んで毛皮でも貰うさ。それに暖炉もあるしな」


「はい……」


 ようやっと力を抜いてきた体が愛しくて、クレイスは微笑を深くしたまま妻のぬくもりを楽しんでいた。


 頭の隅で、夜明け前の薄暗さをあり難く思う。


「あの……クレイ。そろそろ行かないと……夜が明けてしまいます。マイを呼んで来ますね」


 さすがに時間が気になりだしたセリフィスが、腕の中で身じろぎ始める。


 クレイスは少しだけ身体を離して、鮮やかな緑の瞳を覗き込んだ。


 今朝のセリフィスは、グリフ潜入の為に、髪を黒く染めている。


 人間の数倍の魔力を持ち、金髪に翠眼か碧眼。目も覚めるような絶世の美貌に加えて、思春期までは月単位で性別が移ろう。それが美神の末裔(すえ)と云われるエルド族の特徴で、性別を固定するには恋をする事。妻が自分に向けてくれた想いだ。


 魔導士狩りをしているグリフは、当然魔法に秀で魔力の高いエルド族も狩っていた。


 たとえ突然変異で魔法が一切使えないとはいえ、エルド狩りの本場に当のエルド族が乗り込むのだ、特徴である金の髪は悪目立ちしすぎるという事で、烏の濡れ羽色で艶かしく染め上げた。


 だが、この変装は失敗だったかもしれない。なぜなら、水準以上の容姿が、黒い髪に縁取られることで更に際立ち、そのうえ、翡翠の瞳が黒髪に映え過ぎる。


 エルド狩りの魔の手は逃れても、邪な輩が寄ってくるかもしれない。


 そこまで考えて苦笑する。


 その邪な輩を片っ端から叩きのめしていく妻の姿は、実のところ王都名物の一つなのだ。


 彼女の能力を信頼しよう。


 それができる相手だからこそ、自分の心を捉えて離さないのだから。


「クレイ。どうしました?」


 小首を傾げる妻に、そっと顔を近づける。


「マイなら、気を利かせてくれたんだよ……少しだけ、甘えることにしよう」


 自分も随分変わったものだ。頭の隅で苦笑しながら、ゆっくりと、妻の唇に、口付けを落とした。




「まったく……見せ付けてくれますねぇ」


 門の内側で様子を伺いながら、真維はニヤニヤと一人ごちた。


 良識人の夫婦は、人前では滅多に互いの愛情を表したりしない。見詰め合うだけで全てが通じている、と言わんばかりに、行儀良く離れてしまう。


 普通ならそれで良いだろう、だが、今回はどちらも危険の前に身を曝して、次に会える保証すらないのだ。珠には後朝の別れとやらをしてみても罰は当たらないだろう。


 まあ、その為には周りでお膳立てをしてやらないとならないのだが……


「難儀な夫婦だよね」


 口では文句染みたことを呟きながら、自分の思惑に満足して頬が緩む。ぶきっちょ夫婦のお膳立てをしては覗き見したりからかったりするのは、彼女の趣味の一つだったりするからだ。


「マイ殿?」


 にやつく背後から不意に名を呼ばれた。


「うき?」


 思わず奇声を漏らした真維が慌てて顔を引き締めて振り向くと、砦の責任者である士官が立っていた。奇声に関してはスルーしてくれるようなので、とりあえず姿勢を正して向き直る。


「なんでしょう?」


 出発の報告はしたはずだがと首を傾げる真維に、士官は緊張した面持ちで歩み寄った。


「たった今、鳩の知らせがありました。お耳に入れておいた方が良い事なので……」


 簡素簡潔を旨とする騎士の珍しく言いよどむ姿に、嫌なものを感じて眉を寄せる。


「何? 教えて」


 辺りを憚るように耳打ちされた言葉に、真維の眉間は更に皺を深くした。


クレイの脳内のろけでした( *´ー`)

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