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蒼の封印  作者: 鈴村弥生
得難き者
6/33

1.

「計画を確認しよう」


 馬車で四日、最前線の北の砦に近づいた頃、クレイス・ラムダが二人の同行者に口を開いた。


「クレイ。これで何度目?」


 いい加減あきれた声が真維から発される。

 

 無理もない。


 ここに来るまでの四日間クレイスは、事ある毎に計画の確認をしているのだ。


 実際、彼が口を開いたら、それしか言わないのではないかというぐらいの頻度なのだから真維は食傷気味だ。


「失敗したら後は無いんだぞ。第一俺は、北の砦から先には付いていけないんだからな」


 ぎろりと伊達眼鏡の奥から、翡翠の瞳が睨んでくる。


 亜麻色の髪も緑の瞳も、顔の造作も同じなのに。アルマンディンとは正反対の険しい表情が双子だということを信じさせない青年。それがクレイス・ラムダだ。


 ゼルダと並び、カリスト公国最高位の蒼の魔導士である。


 高い魔力故に邪眼とまで呼ばれるその瞳は、精霊や幽界(かくりょ)の地まで見通すと噂される。実際彼は神殿や墓地を極端に嫌い近寄らない。眼鏡は余計なモノを見ないように、(まじな)いが掛けてあるのだという。


 明らかに魔導士と判る彼には、グリフ国内に潜入する事は出来なかった。その為、北の砦からの後方支援に徹する事となる。


「一回失敗したら、何度確認しててもおんなじだってば、第一計画っつーたって、あんたが北の砦でまってる。あたしとフィーがグリフに潜り込んでゼルダを探し出す。これだけじゃない」


 呑気に言い返す元被保護者を、元保護者は更に睨みつけた。


「お前のとことん無謀な計画で、お前が勝手にドジを踏むのは構わんが、それに付き合わされるセリフィの身にもなってみろ」


 クレイスの言葉に、真維はにやりと笑う。


「へぇ~ほぉ~」


「なんだよ」


 楽しげに光りだした茶水晶に、邪眼の魔導士は眉を顰めた。


「さすがの朴念仁も、奥さんの事は心配かぁ」


 落とされた爆弾に、青年の頬が朱に染まる。


「な……何言ってんだ! 俺は殿下からお前達を預かった責任が」


「まあまあまあ、むきになりなさんなって。そうだよねぇ、新婚さんだもんねぇ」


 双子の兄、アルマンディンよりも数ヶ月早く、クレイスはセリフィスと結婚していた。エルド族という、思春期に性別が決まる特殊な種族の出であるセリフィスが、遅い分化で女性に固定するのを待っての結婚だった。


 月毎に性別の替わる金髪翠眼の絶世の美形、な見習い騎士に翻弄される邪眼の魔導士が、仲間の話題になったのも良い思い出だ。


「お前なぁ、それとこれとは関係ないだろう!」


 赤くなって言い募る良人を見ながら、同じように頬を染めた新妻がそっと声をかける。


「真維、あんまりからかわないで下さい」


 もう一人の親友の困惑する姿に、ちろりと舌をだして、肩を竦める。


「ごめん……でもね、感謝してる」


 不意に変わった声音に、二組の翡翠が真維に向けられた。


「嬉しかったよ、クレイとフィーが一緒に来るって言ってくれた時」


 馬車の振動でずれかける眼鏡を直しながら、青年魔導士は苦笑してみせた。


「お前一人を放り出せるわけ無いだろう。それに……わざわざからかいにやって来る物好きな人がいなくて、俺も物足りなかったからな……」


 彼なりに心配を表す、少してれた様子に、真維は微笑む。


「うん……そうだね。あのさ、クレイ、フィー。安心して。たとえ、どんなことがあったって、フィーだけは、絶対にクレイんとこに帰すから。あたしの我侭につき合わせるんだもの、絶対にフィーは守るから……だから…」


「真維、やめろ」


 クレイスは座席から腰を浮かせて真維の肩を掴み、言葉をさえぎった。


「守るだの、帰すだの、お前はセリフィを馬鹿にしてるのか? たとえ魔法が使えなくとも、セリフィは騎士だ。こいつは、自分の身ぐらいは、自分で守れる。たとえ一人になっても、自力で帰ってこれるだけの頭もある。こいつがグリフに行って、帰ってきたのを知っているだろう? 何をしに一緒に行くと思ってるんだ? お前の手伝いをする為だぞ、お前に守られる為じゃない、足手纏いになるんなら、行かない方がマシだ」


 きつい物言いだが、気負い過ぎるな、という気遣いが感じられて、真維は泣き笑いのような顔になった。


「クレイ……」


「第一、前にも言った筈だぞ、魔導士の言葉には力が篭る。死にに行くような言い方はするな」


 そう言い放ち、座席に直る。だが視線は真維を見据えたままだった。


 真っ直ぐな翡翠の瞳に、優しい光が篭っている。


 ぶっきらぼうで無愛想な青年は、本当は双子の兄と同じくらい優しい心を持っていた。ただ、表す方法を知らないのだ。


 真維はそれをよく知っている。魔法実験の失敗で召喚してしまった責任を取るとして、自分の後見を買って出てくれた。元の世界へ帰る方法を必死で探してくれたし、その助けになるだどうと魔法の教育も手ずから指導してくれた。(ただし、ハンパないスパルタだったけれど)


 セリフィスとの恋すらも、自分への責任が済むまではと、後回しにして……死にかけた。


 不器用で優しい元保護者。


 じわりと、喉の奥が熱くなる。こみ上げてくる涙をどうにか飲み込んで、真維は大きく頷き、再び満面の笑みで二人に向き直る。


「そだね、ごめん。じゃあ、二人とも、よろしく頼むわ」


 業と軽い口調で言えば、むすりとしたまま、クレイスが頷いた。


「はじめからそう言えば良いんだよ」


「真維、がんばりましょうね」


 セリフィスに微笑み返し、再び元保護者を見ながら、真維はしみじみと首を振る。


「それにしても、クレイって……お父さんみたいだねぇ」


 再びの爆弾投下に、ラムダ夫妻は真維を凝視した。


「え゛?」


「だって、元保護者だしぃ。あ~、でも三つしか違わないから、お兄ちゃんか」


 真維は自分の思いつきが気に入ったらしく、指を折って年を勘定してはけらけらと笑い出す。


 クレイスはさも嫌そうに眉を寄せる。


「騒動しか持ち込まん、お前みたいな妹は願い下げだ」


「あ、ひっどぉい」


 口を尖らせる真維に、セリフィスがくすくすと笑い出した。


「私は、真維なら何時でも妹になって欲しいです。あ、でも、娘でも良いかも……」


「セリフィ?!」


 目を剥く良人に、彼女は鮮やかに微笑んでみせる。


「だって、真維は可愛いですから」


「おまえなぁ……」


 クレイスが溜息をつくのと、真維が歓声を上げてセリフィスに抱きつくのとが同時だった。


「キャー、フィー! 嬉しいっ」


 華奢な体で、やはり細身の少女を抱きとめて、セリフィスは目を細めた。


 時々見せる妻の実に男らしい表情に、自分に出会わなかったら絶対男になっていたのではないかと、クレイスは思う。


 緑一点の男の思惑なぞ何処吹く風で、女たちは勝手な相談をはじめていた。


「じゃあさ、あたしが娘だったら、何時産んだのかな?」


「そうですね。クレイ、何時にしましょうか?」


 緊張感の吹き飛ぶ言葉に、クレイスはがっくりと肩を落とした。


「勝手にしろ……」


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