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蒼の封印  作者: 鈴村弥生
消えた魔導士
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3.

「あの二人、セックスレス夫婦になるわよ」


 私室に戻って開口一番、己が婚約者の発した科白に、カリストの公子は溜息をついた。


「マイ、そんなあからさまに言わなくても……」


 宥めるような公子の声など耳を貸さず、トルマリンの瞳が睨みつけてくる。


「アルマンはゼルダが帰ってくるまでの中継ぎの代役のつもりだし、ダイナはゼルダに未練たらたらじゃない。あんなの傷口に絆創膏貼ってるだけよ。上手くいきっこないわ」


 正確な上容赦の無い現状分析に、ここには居ない親友の姿がだぶる。


 本質的に同類なのだと昔彼は言った。それを裏付けるように、真維は筆頭魔道師代行を、見事にこなしてのけていた。


 秋葉真維。カリストの慣習で呼ぶならば、マイ・アキハ。


 四年前、召還魔法実験の失敗により、何処とも知れぬ異世界から呼び出された少女である。


 異世界人は驚くほどの魔力を秘め。その高い魔力を以って、瞬くうちに国内でも有数の魔導士に成長を遂げて最高位の蒼に順ずる藍の魔導士となった。


 しかし、彼女の本当の強さは魔導士としての実力ではない。数奇な運命すらも飲み込んで自分に取り込み、笑ってみせる柔軟な精神(こころ)にあると誰もが言う。


 強さと生命力。


 全てをあらわす笑顔は太陽に例えられ、彼女の周りの者達を魅了する。


 その強さが欲しかった。たとえ、誰を押し退けようとも。


 あの時の己の宿命に挫けかけた自分には、何よりも必要な物だった。


 そして獲た筈なのだが。


 その笑顔は、最近では稀なものになりつつあった。


 原因は判っている。


 親友を気遣う彼女の奥底にある、もう一つの心……


「セイル、聞いてる?」


 問い掛けられて、セイルロッドは物思いから浮上した。


「ああ……」


 訝しげな茶水晶(トルマリン)に、あいまいな笑みを返し、先を促す。


「どんな傷だって、時間が癒してくれるのは判るし、今のダイナには、アルマンみたいに優しい人が一番必要なのも判るのよ。でもね、優しいばっかりじゃ、庇われるばっかりじゃ、ダイナは弱くなるだけよ」


 自分が強いが故に、他人にも同じだけの強さを求めるのは、彼女の悪い癖である。しかも、その強さが並以上である事に気が付いていない。


 だが、判っているのだろうか? そう言っている自分こそが、泣きそうな顔をしているのを……


「心に治癒魔法は掛けられないよ」


 涙を嫌う強い双眸が真っ直ぐに見詰めてくる。


「掛けれるわ、ゼルダなら」


 公子が首を振る。


「しかし、あいつは……」


「セイルも、あんな馬鹿げた噂を信じてるの?」


 そんな事は無いのを真維自身が良く判っている。


 消息を絶って一年になるにもかかわらず、公子の下知により、筆頭魔導士はゼルダ・カドフェルのままである。


 彼の消息が判明するまで、その役を解かれることは無い。


「グリフには、何度も細作を放って行方を探させている。しかし、あれが何処に居るのか、まったく判らないのだ」


 公子の言葉に、真維はゆっくりと目を伏せた。


「セイルは、ゼルダを信じているよね……?」


 小さな呟きに、セイルロッドはしっかりと頷く。


「あたりまえだよ。あれの事は誰よりも判っている。カリストを手に入れるためにグリフに寝返るなど笑止千万。もしこの国が欲しいのなら、ダイナと結婚した時点で私を殺せば良い。あれは王位に最も近い場所に居たのだ」


 カドフェル家は何度も公女が降嫁している名門貴族。ゼルダの実母も現王の姉である。王族の範疇に入れても良いほど血は近い。


 公女降嫁がすんなり決まったのと同じく、従兄弟である彼の継承権の順位は高かった。


 ダイナを得て王の娘婿となり公子が夭折すれば、確実に王位は転がり込んでくる。


 権謀術数と闇を纏う筆頭魔道師には、そのほうがずっと似合っている。


 だが、彼は、策を弄するのを好んでも、権力を欲する性質ではない。


 そもそも公女であるダイナを、妻にと望んだ事自体意外であった。その後ろに見え隠れする彼の本音を読み取れなかったら、自分はどれだけ反対したか判らないだろう。


 常に傍らにあった、夜空色の親友。決して本心を見せない、優しい偽人(いつわりびと)


 彼の献身の上に、今の自分は在る。


「細作の人って魔法持ってないよね」


 低い呟きに、その意図を察して、セイルロッドは真維の腕を掴んだ。


「駄目だ」


 鮮やかな紫水晶(アメジスト)が、茶水晶(トルマリン)を覗き込む。


「だって、ゼルダがもし捕まっているんなら、きっと厳重な結界の中だよ。あんな化け物なみの魔力の男を閉じ込めておくなんて、生半可なモノじゃない。だったら、魔力の無い人になんてわからない」


「それで君が行くというのか?」


 叱責にも似た声音に、臆する事無く少女が頷く。


「うん」


 ふわりと小柄な体を腕の中に引き入れる。


「今のグリフが、魔導士にはどれだけ危険な場所なのか、判っているのかい? そんなところに君をやるわけにはいかない」


 抱きなれた細い体に腕を回して、愛しい婚約者を抱きしめる。だが、どれほど抱きしめて、体だけ自分に縛り付けたとしても、その自由な精神を縛る事は出来ない。


「グリフが魔道師狩りやエルド族狩りをしているのは知ってるよ、最近は国境を越えてまで誘拐しているらしいって事もね。筆頭魔道師代行には、いろんな情報が入ってくるわ」


 腕の中から、至極冷静な声が返ってくる。


「でもね、あのグリフ行きは、本当はあたしの役目だったでしょう? 理由は、一目では魔導士とわからない事。ただの女の子に見えて、そのくせ魔法が使えて、機転が利く。細作としては最適だって……」


 それは以前、グリフの魔法兵器の真相巣を探るべく、ゼルダと二人で人選をした時の判断理由。結局、彼女がその任に付く前に、婚約者として自分の手元に引き込んでしまったのだ。


 その代わりに、ゼルダはグリフへ向かった……


「あたし、自分が遣り残した仕事をしに行きたいの。だから……殿下……お願い」


 業と変えられた呼び方に、彼女の意思の固さがにじみ出る。もはや少女は決断しているのだ。


「マイ……君はやはりそうするんだね」


 小さな頤がこくんと頷くのが胸に伝わる。


「ごめん、セイル。……でさ、その前に……」


「君の申し出を受ける前に、婚約者にキスをさせてくれ」


 我ながら切ない声だと内心で苦笑しながら、見上げてくる細い顎にそっと手をかける。


 柔らかな唇に自分のものを重ねながら、セイルロッドは心の中で一つの区切りをつけていった。



「計画が決まったら、教えるね……」


 そう言い残して私室を出て行く真維を、セイルロッドは微笑んで見送った。


 椅子に沈み込み、深い溜息が漏れる。


 未練がましい事をした。思わず苦笑が漏れる。


 もはや時は動き出した。


 ならば、自分に出来る事をしよう。自分が摘み取った人生を相手に返す。


 それが為すべき事なのだ。


「ゼルダ……マイは動き出したぞ。頼む……生きていてくれ」


 今はただ、親友の安否が心にかかる……



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