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蒼の封印  作者: 鈴村弥生
消えた魔導士
3/33

2.

やっと主人公の登場。

「マイ。もう、そんな怖い顔をしないで下さい」


 ダイナは、ドレスを選ぶ手を休めずに、窓辺に背を預けて突っ立ったままの親友に語りかけた。


 白と金で統一された公女の部屋は、品の良さとカリストの富を象徴している。


 カリストは大きな湖を海と繋ぐ大河によって交易が盛んであり、穏やかな天候のおかげで農作物も良く育つ。そして王都を見下ろす霊峰には、希少価値のある宝石も産出していた。


 山間の小国ながら、カリストはコダールでも有数の豊かな国である。


 そんな国の姫君の部屋は、調度品の全てが瀟洒で品が有る。


 白い地に白い花が浮き出る壁紙、白い木材の家具には控えめな金細工の縁飾り。淡いピンクのカーテンは、寝台の天蓋と合わせてあった。


 全てが淡い夢のような部屋の中で濃い蒼を纏う、茶色い髪の少女は追いかけてくる現実だ。


 夢の中へ逃げ込むために、公女は殊更手元に視線を向け声だけは明るく張り上げた。


「ねえ。婚礼衣装を選ぶのを、手伝ってくださいませ」


 何枚もの純白のドレスが、公女の寝室に広げられている。


 御用達の織物商が持ち込んだサンプルは、どれも贅を凝らした見事なもので、若い娘ならばみな一様に目を奪われて然るべき品々だろう。


「貴方の衣装も、一緒に選んでしまいません事? お兄様がお喜びになりましてよ」


 もうすぐ姉妹となる親友に向き直って、楽しげに一枚のドレスを取り上げる。


 彼女は兄の婚約者でもあるのだ。


「ほら、これなんて、きっとマイに似合いましてよ」


 シンプルなプリンセスラインのタイトドレスには、腰からヒップラインに会わせて、レースのボアが後ろに流れる。大人っぽさとかわいらしさを混在させたデザインは、なるほど少女から女性に成長しつつある、栗毛の少女に似合いそうである。


 だが、ほとんど無表情に公女を見詰める濃茶(トルマリン)の瞳を、そのドレスは僅かも惹き付けはしなかった。


 今のダイナには、濃茶の瞳は辛く感じられた。もう一人の、深い琥珀を思い出すから……


 だから彼女は、さりげなく視線をはずし、再び優しい夢を与えてくれる品々に顔を向けた。


「気に入りません? むう~。どれが良いかしら……」


 薄紅の髪に指を絡ませ、小さく小首を傾げる。


 あくまで楽しげにはしゃぐ公女に、秋葉(アキハ) 真維(マイ)は小さく吐息を吐く。


「それでいいの?」


 初めて発された声は、静かでありながら、鞭のように公女の心を打つ。

 

 彼女の声は、追いついてきた現実。


 一瞬震えた細い肩は、そのまま軽く竦められた。


「何がですの?」


 身についたロイヤルスマイルで見返してくる公女に、容赦の無い問いが投げつけられた。


「このまま結婚していいの? ゼルダの事、本当に忘れたの?」


 同じ琥珀の瞳が、親友の瞳に重なる。


――ほら、ダイナ。俺が育てた花だ。綺麗だろう? だが……お前さんのほうが綺麗だな……


――恥ずかしいですわ、ゼルダ。そんなことを言ったら。


――本当の事を言ってるだけなんだぜ。惚れた欲目かな? 


――ゼルダったら……


――愛してるぜ、ダイナ


 菫色の瞳は、深い琥珀には耐え切れない。公女は再びドレスに目を落とした。柔らかな夢の残滓がまだ残っているそこへ。


「もちろんですわ。だからこうやって、一生懸命ドレスを選んでいるんですわ」


 にっこりと笑ってみせる公女に、真維は苛立たしげに眉を寄せ、一歩前に進み出る。


「じゃあ、何であたしを見ないの? アルマンと結婚するって決めてから、あんたあたしの目を、まともに見たこと無いでしょう」


 強い意志が叩きつけられる。公女は俯いたまま、真維に見えないようにして目を閉じた。


「そんな事ありませんわ。わたくし、マイの顔をちゃんと見ていましてよ」


 ぐいと肩を捕まれ驚いて顔を上げると、トルマリンの双眸が真摯な光を称えて、僅かに見上げてくる。


 小柄な少女は、だが誰よりも強い精神(こころ)を持っていた。


 たった一人でこの世界に迷い込みながら、それでも自分の居場所を切り開くほどに。


 その強い精神が、そのままぶつけられる。


「顔じゃないよ、あたしの目って言ったんだよ。あんたあたしの目をまともに見ようとしない。辛いんでしょう? あいつと同じ色をしたこの目を見るの」


 ついに公女は、苦しげに目を伏せて顔を逸らした。


「マイ、やめてくださいですわ……わたくしは、マイのように強くないんですわ……」


 両手で掴んだ肩が微かに震えだしたのを感じてか、真維は後悔と共に手を離し謝罪の言葉を返してくる。


「ごめんダイナ。ただね、結婚する前に、本当に後悔しないか聞きたかったの。あたし、あんたがゼルダをどれだけ好きだったか知っているし。ゼルダがあんたをどれだけ大切にしていたか知ってるから」


 だからこそ、二人の幸せを願っていたのだ、自分のためにも……


「もし、まだゼルダが好きで、そのまま結婚するんなら、アルマンにも悪いじゃない? おせっかいなのは判ってる。でもね、後で苦しむより、今苦しんで、本当の答えを出したって良いじゃない? もし結婚した後にゼルダが帰ってきたら、あんたどうするの?」


 親友の問いかけに、菫色の瞳にはじめて強い光が宿った。それは悲しみであり、怒りなのかもしれなかった。心の奥に夢と幻想で蓋をした扉が軋む。


「ゼルダはわたくしを捨てていったんですわ。捨てた女が何をしようと、あの人は気にしませんわ」


 真維の瞳が、打ちのめされたように揺れた。


「ダイナ……本当にそう思ってるの? ゼルダがあんたを捨てていったって。あいつが、あんたを捨ててグリフに寝返ったって噂、信じてるの? セイルとあんたのためだけに生きていたあいつが?」


 かすかに震える声が、真維の動揺を教えてくれる。きっと頑なになっているダイナの心に楔を打ち込みたくて、口止めされている真相をいっそこのまま言ってやろうか? と苛立ったに違いない。


 親友は何時もながら、短気なくせに律儀だ。


 勝気な少女が意を決して口を開くのをわずかに覚悟して見詰めた時、背後から柔らかな声がかかった。


「姫様、マイ、どうですかぁ? ドレスは決まりましたか~?」


 多少間が抜けて聞こえる温和な声音に、公女は救われた心地で微笑を浮かべる。夢が春風に乗って戻ってきた。


「アルマン……あら、お兄様も?」


 公女の声に、今度は真維がはじかれたように振り返る。


 寝室の入り口に、公女の新たな婚約者アルマンディン・ラムダと、彼の君主である世継ぎの公子、セイルロッド・エルク・カリストーナが立っていた。


「御婦人方のドレス選びにお邪魔するのは失礼かと思ったが、なにぶん気になってね」


 そういって微笑む己が婚約者に、真維は強い視線を向けた。


「セイル。あたしもう黙ってられない。言うからね」


 そう宣言する少女に、公子は僅かに苦笑して首を振る。


「ダイナは知っているよ。ゼルダが何処に行ったのか。私が話した」


「な!?」


 公子の言葉に、真維は再び公女へ目を向けた。


「私が殿下にお願いしたんです~。姫様に、本当の事をお話して欲しいと~」


 文官がすまなそうに口を添える。


「……知ってて、出した結論なのね。ダイナ」


 事の成り行きを自分が知らなかった苛立ちより、今の現実を把握する為にだろう、真維は公女を見据えた。


「ゼルダはあんたやカリストの為にグリフに行った。そこで消えた。それを知ってて、それでもアルマンを選んだのね」


 容赦の無い畳み掛けに、公女は親友から背を向け俯く。もう、現実には向き合いたくない。


「決めましたの……もう良いんですの」


 震える声が搾り出された。


「ゼルダの事は、忘れましたわ……」


 震え始めた細い肩を見かねて、アルマンディンがそっと歩み寄っってくれる。


「姫様」


 婚約者の優しい腕に公女はそっと身を寄せ、そのまま込上げる嗚咽を堪えきれずに泣き出した。


「ダイナ……」


 為す術も無く親友を見詰める真維に、文官は悲しげな微笑をむける。


「マイ。私は、ゼルダ様が戻られるまで、姫様をお守りするつもりです~。何時になるかは判りませんが、それまで姫様の笑顔をお守りできるのなら、それで良いんです~」


 何処までも優しいその言葉に、腕の中の公女は頭を振る。


「違いますわ、アルマンが好きなんですの。わたくしはアルマンが好きなんですの……」


 自らに言い聞かせるように、なんども呟きながら、それでも顔は上げられず、公女は泣きつづける。


 そして心の奥の扉をさらに硬く閉めるのだ。もう二度と悲しみに囚われないように。




 真維は、ただ立ち尽くすしかなかった。


「マイ……こっちへ……」


 公子に促され、真維は抱きあう二人を残して、公女の私室を後にした。



「蒼」について。

蒼という字は、元来鮮やかな青色を表すのだそうですが、Kはなぜか、どうしても、ちょっとくすむか醒めた青色を連想します。

で、この話で「蒼」はそういう『あんまり綺麗じゃない青色』です。

ご了承ください。

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