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蒼の封印  作者: 鈴村弥生
闇の左手
25/33

4.

 夜が……明けさえすれば……


 苦痛と閃光、怒号の支配する闇の中で、誰もが朝陽を欲していた。




 魔法弾が城壁を打ち砕かんと強い魔力を孕み飛来し、その都度に防御の魔方陣が赤く輝き、魔法弾は城壁に到達することなく炸裂する。


 爆発の衝撃が、砦全体に鈍い振動を与え、石壁の漆喰や天井の板の隙間から、ぱらぱらと微細な埃が零れ落ち、騎士達の帷子に降りかかった。


 砦の中央、砦外周に施した魔方陣の中心となる部屋の中。外壁と呼応するように、重ねて床一面に描かれた魔方陣の中心。亜麻色の髪に白く粉を積もらせて、クレイスは額の汗すら拭わずに、低く呪文を唱え続ける。


 彼の周りには、方陣を囲むように数人の魔導士が立ち、同じ呪文を唱えて、防壁の補佐を勤めていた。

 彼らが念を込め、練り上げた魔力が、魔方陣の描く魔力の導線を伝って中心へと至り、さらにクレイスの高度に研ぎ澄まされた魔力とイメージに因って、外壁の防御を維持していく。


 夜半からの攻撃は、雷雨と共に執拗に続けられ、未だ衰えを見せていない。


 士気も攻撃力も、今までの明らかに付け焼刃な徴兵軍ではなく、正規軍が投入されたのだと判る。周辺諸国で、唯一無傷なカリストを、本腰を入れて叩きに来たのだろう。


 総攻撃と思われるほどの大群が、ほぼ篭城となった砦を囲んでいた。


 この砦が落ちれば、背後の峡谷を抜けて、カリストへと軍勢がなだれ込む。決して負ける事は出来ない。


「北東と北西からの援軍はまだか?」


 指揮官の問いに仕官が首を振る。


「狼煙へは確かに返答がありました。しかし、この嵐。山中の行軍は……」


「判っている……だが、ここを突破されるわけにはいかんのだ……」


「は……」


 重苦しい空気が、司令塔を包む。机に広げられた砦と周辺の地図を睨み、大きく手を走らせる。


「東崖の弩弓隊に、油壷を飛ばすように指示を出せ。火付きが良いように、よく熱した奴をな。弓隊には火矢の用意を」


「はっ!」


 指示を受けた伝令が走る。


 活路を見出そうとするかのように、開いた窓を見据える指揮官の目に、魔法弾の輝きが閃いた。


 禍々しい火球は、城壁の上空で弾け、一瞬赤い結界が浮き上がる。


 最上階のこの部屋からは、攻防戦の矗一(ちくいち)が手に取るように見渡せた。


「西の弓櫓の火災は、収まったようだな」


「はい、消火に割いていた魔導士も、治療班へ回りました」


 落雷による火災の鎮火にほっとした指揮官は、副官の言葉に眉を寄せた。


「防御班に戻さなかったのか?」


「ラムダ殿が、弓矢を防がぬ防壁ならば、人手は今で十分。敵の魔法は気にせず、撃破を考えて欲しい、と」


 魔法の防壁は、敵の魔法兵器の攻撃は防いでも、鑓や弓、ましてや落雷などの物理攻撃は防げない。いや、防がない魔法が組まれていると言うべきだろう。


 魔法とは両刃の刃物。物理攻撃を防ぐ魔法を組めば、確かに敵の攻撃を防ぐものの、当然こちらの攻撃もその結界を突き抜けては行かない。


 完全な篭城をするのであれば、そうやって鉄壁の殻に閉じ篭るのも戦法の一つだろうが、今はこの砦を盾として、カリストへの道を塞ぎ、幾らかでも敵の力を削ぎ、そして撃退しなくてはならない。指揮官の依頼で、結界は最も恐れる魔法兵器と魔導士の攻撃からの防御に当てられていた。


「そうか……邪眼の魔導士が居てくれただけでも、我々の運は悪くないな……」


 自分よりも数段下の魔導士達を補佐として、巨大な砦の防御を一手に担っている最高位の魔導士の存在に、僅かな慰めを感じて、彼は苦笑した。


「はい」


 上官の笑みに、生真面目な面持ちのまま副官は頷く。この苦境の中、そうやって笑える指揮官が頼もしく思えた。


 指揮官は無数の鬼火のような灯がちらちらと瞬く北の森へ剥いた窓辺に立つ。眼下に砦の攻防戦が展開していた。


 城壁に取り付こうと、櫓や梯子を架ける兵へ、矢が雨のように降り注ぎ、更に石や熱湯が浴びせられる。魔法兵器を封じられたグリフ軍は、弓や石弓、城攻めの櫓を使い、従来通りの戦術を仕掛けてきていた。


 数を頼みの戦法だが、城壁に到達できる兵士は、驚くほど少ない。


 魔法結界の副次効果である。


 魔法の進入を許さない結界にグリフ軍の魔法兵器が阻まれ、その剣や鎧を帯びた兵士達が砦に近寄れないのだ。


 だがそれでも、破錠筒を繰り出そうと巨大な櫓がゆらゆらと迫ってくる。魔法兵器を脱ぎ捨てた兵士が、梯子を抱えて咆哮を上げていた。


 武器も人員も充実している敵軍に、総身に傷を受け、備蓄すら使い果たしかけているこの砦が、何時まで持ちこたえられるのか……


 正規軍に砦の半分を包囲され、闇の中に蠢く松明の明かりは数千とも数万とも思え、未だ敵の全容すら把握できない事に指揮官は苛立ちを募らせる。


 夜が……明けさえすれば……


 遥か東の山の稜線は、東雲が薄く色づき、黎明の訪れを感じさせてはいるものの、砦の上空には未だ雷雲が居座り、雨も雷も弱まる気配を見せない。


 雨が吹き込む事も厭わずに、開け放たれた四方の窓。遠く、敵の陣営に落雷が落ちる様が見えた。グリフから流れてくる黒雲は、砦に甚大な被害を齎すが、同時に敵にも同じだけの損害を与えてくれる。


 下界の争いは、女神にとって等しく罪なのかも知れない。


 だが、たとえ断罪されたとしても、母国に戦火の火の粉を降らせる訳には行かないのだ。


「夜が明けたら……打って出るぞ。準備をさせておけ」


 決意を固めた指揮官の言葉に、副官が頷き、きびきびとした復唱を返すと、伝令へと指令を伝える。


 その声を背に聞き、少しでも光を求めるように東の空を見やる目の端に、何かが閃くのが見えた。


「!?」


 眉を寄せ刮目する指揮官に、無数の鑓が天へと突き上げられ、雷雲を貫き夜明けを呼ばんとするかの如き様が見えた。


 銀の林の穂先に翻るのは、大樹と百合の紋章。


「援軍だ!」


 その声に、司令塔に居た全員が東の窓に駆け寄った。


 全ての希望を込めた視線の先に林立する槍。


 はためくカリスト旗。


 そしてその中央にひときわ大きく、白い獅子と鷲を組み合わせた紋章旗が翻る。


「あれは……公子旗。公子殿下旗下の近衛隊だ……レグナム・インダルフの部隊だぞ!」


「剣聖インダルフが来た……」


 もはや間に合わぬと諦めていた援軍。


 しかも剣豪として名を知られた勇将の登場に、この司令塔だけでなく、城壁の兵士の中からも歓声が沸きあがる。


 東の斜面を、(かちどき)の声を上げて駆け下りてくる加勢に、全員が色めき起った。


「隊を整えろ! 決戦だ!」


「はっ!」


 硬く閉ざされていた城門が開かれ、高らかな出撃の角笛が吹き鳴らされた。



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