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蒼の封印  作者: 鈴村弥生
闇の左手
24/33

3.

 思わず土壁に身を寄せて、光から隠れると、はっきりとした武具の立てる音と、数人の足音が通り過ぎていく。


 やがて起るだろう乱戦を予見して、三人はそのまま息を潜めて様子を伺う。


「誰だ!?」


 はたして、鋭い誰何の声が発せられ、真維は心臓が跳ねるのを堪えた。


「俺だ」


 松明が振られたらしく、光が揺れ、明らかな仲間同士の会話に、セリフィスは目を細めた。


「お前たちだけか?」


 意外そうな声に、応える男達も同じ様に返す。


「そっちこそ、捕まえていないのか?」


「誰も来なかったぞ」


 光が揺れる、どうやら複数のランタンが同じ方向に向けられたらしい。


「ここに入ったのは確かか?」


「ああ、間違いない。黒髪の女二人と、茶髪のちっこいのだ」


 三人の特徴を言われ、ガウディアは生唾を飲み込んだ。


「どこかに隠れているんじゃないか?」


「捜せ、チビはカリスト公子の女だ。捕まえれば大将首並の手柄だぞ」


 心臓が跳ね上がる。


 悪い方の予感が当たった。前王派の情報は、完全にグリフ軍へ筒抜けなのだ。


 男達はてんでに舌打や文句を呟きつつ、お化け屋敷の方へと通路を歩き出したらしいのが、揺れる灯りで推測できた。横道や壁の穴を探し始めたに違いない。


 この亀裂が見つけられるのも時間の問題だろう。


 マイはじりじりと奥へとにじり寄った。


 亀裂がさらに深く地中を穿っていて欲しかったが、淡い期待を数歩でぶつかった土壁が断ち切る。


 最奥は行き止まりだった。


 手探りで他の道を探るが、袋小路なのを確認するだけに終わる。


 しかしそれなら、最前自分を呼んだあの青白い光の主は何処へ消えたのだろう? 疑問は残るが、それが既にここに居ない事は確かだ。


 進退窮まり、セリフィスが背に括り付けていた剣の紐を外す音が聞こえる。もう、切り抜ける外は道は無い、と、覚悟を決めたらしい。


 ガウディアも懐の短剣に手をかけた気配があり、真維もまた、もし穴から入ってくる者が居れば、攻撃魔法を叩きつけようと身構えた。


 亀裂の穴の向こうで、松明やランタンが揺れる。


 ごくりと生唾を飲み込む音が、いやに大きく聞こえた。


 だからはじめ、その声は耳鳴りだと思った。


「こっち……きて……」


 用心深く、ただ一度発された囁きが、亀裂に招き入れた青白い光の主のものだと気がついた時、小さな手が真維の肩を掴んだ。


 咄嗟に両手で口を押さえ、悲鳴を飲み込めたのは、我ながら賢明だったと、揺れる光を見ながら思う。


 そして、声と同じに一瞬だけ肩を掴み、すぐに離れていく手を追って、そろりと首を廻らせれば、真維の肩のあたりから上の方に、ぽっかりと穴が空いている。


 そしてその黒い空間から、岩の反射する光に浮かび上がるのは、小作りの白い顔。その顔がにっこりと頷いた。


 最初に連想したのは、呪いの市松人形だった。


 黒いおかっぱ風な前髪のラインと、卵形の顔で整いまくった目鼻立ちに浮かぶアルカイックな微笑み。それが薄闇にぼんやりと浮かぶ。


 思わず一歩下がってセリフィスにぶつかった。


 訝しげに肩に置かれた手のお陰で、何とか落ち着いてもう一度市松人形を見る。


 それは、小さな手でおいでおいでと手招きしている。そして穴の奥へと後退して見せた。


 この際、呪いの市松人形だろうが、本物の幽霊だろうが構うものか。向こうの通路に居る男達に比べれば、貞子だって怖く無い。


 なにしろ、貞子に取り殺されるのは自分ひとりで済むのだ。


 だが、あいつらは生きていて、武器を持っていて、自分達を探している。そして捕まれば、その影響はカリストに行く。


 第一あの穴は横穴だ、少なくとも、ここから逃げる事は出来る。


 真維は腹を決めた。


「二人ともついて来て」


 声を殺してそう囁くと、穴によじ登り始める。再び小さな手が伸びてきて、真維の腕を引いて手伝ってくれた。


 どうにか穴へ這いこむと、市松人形はするすると後ろへ下がっていく。真維は後ろの二人に手招きすると、その顔を追いかけて、やっと四つん這いになれる程度の狭い横道を進みはじめた。


 背後で流石に真維よりも俊敏な二人が、難なく横穴に登る気配がする。


 こっちこっちと、時々止まっては手招きをする市松人形を追いかけて、細身の三人でもかなり苦しい、狭い亀裂を幾つも潜る。



「ぬぉ……」


 最後に窮めつけに細い隙間を、じたばたもがきながら潜り抜けると、いきなり開けた空中に転げ出た。


 当然体は落下する。


「うきゃっ?!」


 ほんの体半分程度の滑落に、思わず声を漏らし、あげた悲鳴を取り戻すように、両手で口を押さえたが、覆水盆に返らず。案の定、穴の向こうでざわめく声が聞こえる。


「今の聞いたか?」


「女の声だ」


「どこだ?」


 元凶になった真維はもとより、形の良いヒップが災いして、最後の亀裂でもがいていたガウディアも、手助けに後ろから押していたセリフィスも、ぴたりと動きを止める。


「この穴だ!」


 兵士達が通路の亀裂を見つけたらしく、声がより一層大きく響く。


「入れるか?」


 ごそごそと土を引っかく音と声に、全員の身が竦む。


「無理だ、だが、女ならいけるんじゃないか?」


 最後尾のセリフィスは、そっと背後を窺い見る。長く細い亀裂の向こうで光が揺れる。


「中は行き止まりだぞ」


「隠れてるんじゃないか?」


「いや……大きな岩も窪みも無い」


 どうやら横道は灯りの死角にあり、見つかってはいない様だ。


 そのまま息を顰める女達の後方で、追手は狭い隙間を調べ、他に隠れたと判断したらしい。声と光が遠ざかる。


 さらに暫く様子を窺い、兵士達が完全に他所へ行ったと思えるまでじっと隠れる。


 声も物音もさらに遠ざかり、危機が去ったと確認する。


「はぁ……超びびった……」


 やっと大きく息をつき、真維が小さく呟くと、誰かがくすりと笑う。


「ホント、どうなるかと思っちゃったよ」


 可愛らしい子供の声とともに、真維の肩に手が触れる。


「でも、まだヤバイよ、こっちに来て」


 再び服の袖を引く手に頷いて、ようやく隙間を潜り抜けたガウディアと難無く通り抜けたセリフィスへ手を伸ばす。


 しなやかな手が真維の片手を掴み、四人は完全な暗闇を一繋がりになって進んでいった。


 どれほど歩いたのか、闇の中では時間の感覚すらあやふやになる。ただ片方の小さな手と、もう片方の柔らかな指、そして四人の足音と、遠くから聞こえる地下水の流れる音だけしかない世界を進んでいく。


 小さな手が導く曲りくねった闇の道の、何度めかの曲がり角を過ぎると、くぐもっていた水音が、はっきりと正面から聞こえてきた。


 引っ張る手が離され、やっと足を止める。


 火打石の打ちつけられる音が響き、小さな火が灯された。


「ここまでくれば、もう安心だよ」


 手持ち用の小さなランプに火が移されると、暗闇に居た真維達には、火屋の反射で煌々とした光が溢れた様に思えた。


 暫く目を瞬かせ、浮き上がる岩壁で光に慣れさせる。


 そこは岩の間を地下水の流れる、洞窟の様だった。


「ここは、お城の一番下なんだ、誰も来れないから、安心して良いよ」


 可愛らしい声が説明してくれる。


 ようやく落ち着いた視界を救い主へと向けて、真維は小首を傾げた。


「あんた誰?」


 真維の問いに、市松人形が長い黒髪を揺らしてにっこり微笑む。


「ぼく? ぼくはマーリン。マーリン・オーケンシールド。お姉さん達は?」


 市松人形、もとい、10歳前後の少女とも少年ともつかない子供は、髪と同じ黒い瞳で真維を見上げる。


「あたしはマイ。マイ・アキハ」


「私はセリフィス・ラムダ。助けてくれてありがとう」


「わたくしはガウディア。命拾いしました、ありがとう」


 後の二人に、先に礼を言われて、少々バツの悪い気がする。


「えっと……ありがと、マーリン」


 照れ笑いとともに、真維が右手を出すと、おずおずと差し出された手と固く握手する。漆黒の瞳を半月にした子供は、はにかみながらふるふると首を振った。


「困った時はお互い様。最近の兵隊って、ガラが悪いもんね」


 城の地下道の中で、しかも不法侵入の真っ最中には、はなはだそぐわない返事をして、マーリンはランプを掲げて歩き出した。


 まるでここが城下町の中でもあるかのような、気軽な様子で歩いていく背中に、互いの顔を見合わせて肩を竦めながら、真維達も後に続く。


 岩の間を流れる小さな漱ぎの辺を、危なげなく進み、子供らしい細い肩が竦められる。


「ホントはね、お姉さん達の事、ちょっと前から知ってるんだ。シュベール通りで有名だし。最近お城の近くで探し物してたでしょ?」


 悪戯っぽく振り向く仕草に苦笑が漏れる。


「まーね。こういう穴を探してたの」


 今更隠す必要も無い。真維は肩を竦めた。


「お城に入る抜け道?」


 長い黒髪を、背の中ほどでゆるく結び、黒いセーターに黒いズボン。黒尽くめの姿は、小さいながらいっぱしの盗人のようだ。


 その姿に共犯者な笑みを浮かべて、ゆっくり頷く。


「そゆこと。ちょっち人探ししててさ」


 その言葉に、マーリンの足が止まる。


「どうしたの?」


 真維の問いにゆっくりと振り向くと、黒い瞳がランプの光を反射して煌めく。虹彩と瞳孔が同じ色の目なのが、第一印象の市松人形そのもので、かなり異様に感じられた。


「ねえ……」


 何かを期待するように、子供が口ごもる。


「なあに?」


 促す真維に、一度唇を舐め、再び口を開いた。


「お姉さん、ゼルダ・カドフェルって人知ってる?」


 果たして、どこかで期待していた名前を聞き、三人は息を飲んだ。


 ついに、手がかりを掴んだのだ。


 真維は大きく頷いた。


「あたしたちは、その人を見つけに来たのよ」


やっと、キーパーソンの登場です。

え? 貞子は古い? 

( *´ー`)真維ちゃん古い映画好きなんですよ

きっと

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